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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章八、開戦編
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9-(2) 黄子推

 2日後、黄子推こうしすいが受けた報は、従兄あにであり水明星すいめいせい議長の黄士譚こうしたん敗報だった。

 

 従兄の黄士譚は宙間要塞ちゅうかんようさいから少し離れた場所で、

 

「グランダ軍に補足され戦闘となり殲滅された、だと」

 黄子推が報告を読み上げ歯を食いしばり唸った。

 

 唸ったと同時に黄子推は立ち上がり


「宙間要塞へいき、防衛の指揮を執る。プランCだ。準備せよ」

 と、指示を飛ばし自身も部屋を出た。


 プランCは、黄士譚が敗北した場合、黄子推が宇宙で指揮をとる防衛案。シャトルで宇宙へ飛び、宙間要塞へと入る。

 

 黄子推が宙間要塞へと発つ直前、見送りにきた黄士譚の子の黄子士こうししが別れ際に問いかけてきた。


「父は電子戦の結果降伏したのでしょうか」


「いやわからん。が、それはありえない」

 

 敗報は入っていたが、この時はどのような形で敗北したのか状況は全く分かっていなかった。


「では砲戦の末、父は敗れたのですか」


「わからんが、敗れたと言うならそうだろう。電子戦の末なら降伏となるはずだ」

 

 黄子士の顔から血の気が引き驚きがでる。

 当然だった。今まで星間戦争では、まともに戦闘が行われたことがない。電子戦で進退して、二足機部隊で牽制しあい戦線が硬直し休戦を繰り返していた。


「叔父上も」

 と、いって黄子士が言葉を切った。

 

 続いて出そうと思った言葉が、

 ――死ぬのですか

 というものだったからだ。

 

 黄子士は、感情の高ぶり押さえきれずに思わず声をだしたことに不味さを覚えた。

 

「敗れたとだけ報告が入ってきている。もっとも危うい状況を想像すれば砲戦により撃滅されたということだ」


 この言葉に、黄子士がうつむく。子士からしても父の黄士譚は死んでいるような予感があった。


「まだそう決まったわけではない。とりあえず私が要塞に入る。入る頃には状況はより明確になっているさ。案外、小競り合いで引いただけかも知れん」

 

 それでも不安の色の消えない黄子士。

 黄子推は


「そう深刻に思うな。お前がしっかりしなくては従兄上がどう思う。黄氏宗家の嫡男としての義務を果たせ」

 と、いって甥の肩をたたいて激励したが、同時に、子士は弱く頼りない、黄士譚の後は継げない。そう思った。

 


 従兄の敗報を受けて黄子推の行動は素早かった。

 水明星に残る守備隊から一五〇〇名を選んで、宙間要塞へ移動。要塞を中心に電子防御陣を構築。

 

 宙間要塞へ入って指揮を執る黄子推は、配置が終わると

「簡易版ツクヨミだ」

 といって少し笑った。


 黄子推からして、そう簡単には破られない自信がある。

 続けて黄子推は、要塞司令部に立って防衛隊へ訓示くんじ

 それが終わると、黄子推は宙間要塞の宙域図ちゅういきずを見ながら一言。

 

「これでグランダ軍の先遣隊程度なら十分追い返せる」

 

 ……はずだった。

 これが黄子推の誤算となる。


 敵の進軍の早さから星間連合側は、領域に侵入してきたグランダ軍がまさか主力艦隊だとは夢にも思っていなかった。

 

 誤算の原因は、改造防衛艦の報告。

 黄子推が宙間要塞へ入った前後で、改造防衛艦8隻の内の1隻が戻ってきていたが、敵の数がはっきりしかったのだ。

 

「黄議長率いる8隻は4隻と3隻の二つに別れ進んでおり、私の艦は本来3隻と行動をともにするはずだったのですが、機関不調で3隻から離れおりました」

 これが黄子推が要塞司令部で受けた黄士譚と八隻に関する最初の報告。


「この間に七隻が不意を突かれ敗北。我が艦は追撃を振り切りここまで戻ってきたという状況です」


「艦はボロボロだな。よく航行できた」

 

 黄子推が情報を確認するに、戻ってきた改造防衛艦は二足機から雷撃を三発直撃させられている。


「機関に被害がなかったのが不幸中の幸いですが、第二艦橋が吹き飛び、全主砲塔はダメにされました」

 

 黄子推が数秒黙考した艦長へ向け


「艦長の艦だけが、切り離され7隻が健在という可能性は」

 という疑問を口にすると、艦長がうつむき黙った。


 艦長からして、黄子推の指摘した可能性は極めて低い。というかない。


 宇宙空間で災害を受け一時的に音信不通となる可能性はあるが、今まで宙間要塞へ黄士譚の何らかの連絡がないとい事実が、黄士譚の7隻の壊滅を如実に物語っている。

 黄子推もすぐに、自分の問いの愚かさに気づき


「失礼、願望が口に出たようだ。恥ずかしいことをした。忘れてくれ。それより、よく戻ってくれた」

 といって質問を切り上げた。


「二足機部隊による追撃だけでしたので、なんとか生き延びたというところです」


「襲ってきた敵二足機部隊はどこだった」


「ロイヤルガードの二足機隊です」


 ロイヤルガードとは、レティの戦術機部隊のことで、両軍の間では有名だった。

 レティの戦術機部隊は敵味方の識別に、この識別コードを派手、派手しく飛ばすのだ。


 黄子推も知っており、多少の驚きを覚えた。

 ロイヤルガードといえばレティの近衛隊で精鋭ということも黄子推は知っている。その精鋭が、この局面で投入されているとは意外に過ぎる。

 

「近衛のレティか」


「そうです」


 艦長が疲労の濃い目で、苦々しくいった。

 雷撃機れいげききが対艦ミサイル撃ち尽くしたあとにもしつこくまとわりつかれ、対空銃座や砲塔を潰されたのだ。厄介極まりなかった。

 そんな艦長へ黄子推が


「艦長の所見は」

 と鋭く問う。


「敵は二足機部隊の精鋭である近衛連隊を、機動部隊きどうぶたいへ詰め込み先発させていたいのではないでしょうか」


「なるほど国境付近に母艦機動部隊を先発させていたと」


「そうです。これで黄議長の7隻が不意を突かれ音信不通となり壊滅した説明もつきます。敵の規模にもよりますが、機動部隊に補足されれば改造防衛艦ではとても太刀打ちできなかったでしょう。幾つかの条件を満たせば降伏信号を発信する間もなく、短い間に7隻が爆沈という可能性もないわけではありません」


 黄子推が黙り込んだ。

 改造防衛艦とはいえ、重武装宇宙船だ。短時間で7隻が音信不通となるような状況は、よほどの不運が重ならなければ難しい。

 

 だが、今の状況はその不運が重なったとしか思えないのも事実。

 従兄黄士譚からの連絡はない。


 黄子推が

「不運が重さなったということはあるな。わかったありがとう。本当によく戻ってくれた」

 と再度ねぎらいの言葉をかけると艦長は敬礼して要塞司令部を後にした。


 艦長からの報告聞き終えた黄子推は、続いて作戦会議を招集。

 だが集められた面々の顔はどうしても暗い。

 

 自分たちは

輝星義士隊こうせいぎしたい

 などと称してはいるものの非正規軍。


 政府から活動を黙認されているだけで、しかも今回の自分たちは政府の命令に背いて守備についている。というのが理由だった。

 

 そう守備隊の正規軍ではなく、実体は民兵組織に近い。

 そして宙間要塞で粘っていれば、第一星系にある本隊が助けに来てくれるとはとても思えない。


 政府としては、水明星すいめいせいは宙間要塞で防衛を行い。無理なら降伏。戦いたいなら勝手にしなさい。という冷淡なもの。

 ここまで事態が逼迫ひっぱくした場合は、降伏以外に手がない。


 今ここにいるのは

 ――決死隊に近い。

 と誰もが思っている。

 

 黄子推は作戦会議の席で


「宙間要塞の攻略を諦めさせ、敵侵攻部隊の士気を挫く」

 こういって会議を開始した。


「前回敵は連絡線の確保を重視して、侵攻を断念しましたが、今回も同じてつを踏むとは限りません。無視され第一星系へ儲君された場合は」


 早くも懸念が上がったが、黄子推はすかさず応じ


「敵が我々を無視して進むなら兵站を脅かせる」

 と、室内の暗さを払うようにいうと、さらに質問が上がる。


「攻囲を残して進むという可能性もありますが、その場合は」


「我々への抑えのための攻囲軍を残していくなら一個艦隊は下らないだろう。そうなればむしろ十分な成果だ。宙間要塞が落ちない。というのが重要だ。ここが落ちなければ、たとえ水明星へ降下作戦を行おうと完全には制圧はできない」


 なるほど、という納得が室内に満ちたが、同時にその間決死で戦い抜くという厳さへも想到し重苦しさがただよった。

 そんななか一人が、努めて明るく


「敵は、ここを落とさなければ、我々に水明星内の動きを完全に掌握しょうあくされますからな」

 と会議へ参加している面々にいった。


 それでもやはり室内の重い。この重い雰囲気は絶望感からはほど遠いいが、明るさからも遠いい。

 誰もが自身の未来を思うと明るい展望はいだけないからだ。


 室内には

 ――このまま死ぬのだ

 という険しさと暗さがある。

 

 そんな重い空気を割って


「私は、この戦争が終わったらグランダ皇帝へおくりなを進呈して差し上げようと思う」

 と、声を出したのはやはり黄子推だった。

 

 黄子推の言葉で、場に笑いが起こった。

 諡は死んでから付けられるものだ。生きている相手へ贈ろうとは馬鹿にしているのにも程がある。


 笑いのなかから


「どんな諡ですかね。それは」

 という質問が当然でた。


「何だと思う。ピッタリやつだぞ」

 

 黄子推が自信ありげに室内を見渡す。答えが出ない。

 ――早く答えを

 という期待の視線だけが黄子推へ集まっている。

 

 黄子推が

ようだ」

 と、真顔で放った。


 場にドッと笑いが出た。

 

 諡には色々あるが、煬は悪諡あくしと呼ばれるもの中でも幽、れいこんと並び極めて悪い。

 実際に使われたもの中で一番ぐらい酷い。といっても過言でもない。

 

 煬とされる条件には四つあるが、代表で挙げられるのは、

「礼をり、しゅうとおざける」。

 

 無礼で行いが横暴、人を信じないといった意味だ。


 なお他の三つを書いておくとこうだ。

「内を好み、礼から遠ざかる。」

「内を好み、政務を怠る。」

「ほしいままに行い、気ばかり病む。」


 黄子推は笑いで満ちる室内へさらに言葉を継ぐ。


「礼を遠ざけ、ほしいままを行い、気を病むあの皇帝に相応しい。グランダ皇帝は、我々をあぶって焼いていたぶって人倫にもとる」


 黄子推は雄壮ゆうそうな男子だが、ほとんど声を荒げたことがなく言葉で人を攻撃することのないような男。

 その黄子推の言葉がいまは激しい。


 この異常に誰もが死を予感したが、

 ――黄子推は暗さがない

 と誰もが思い、みな心に暗さを抱えることをやめた。ここに至ってくよくよ考えても仕方ない。


 防衛軍を鼓舞する黄子推は、真っ白で雑念がない。死守するという目的に向かって一直線だった。

 

 黄子推がいなければ、水明星ではとっくに惑星破棄が開始されていたかもしれない。

 

 今回も黄子推に従って、

 ――水明星の気概をしめす。

 

 宙間要塞に入ったものたちは、それだけだった。

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