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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章七、李紫龍編
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8-(5) 紫龍と蕎花

 その日の学校の帰り、8歳の李紫龍りしりゅうは泣いて通学路を歩いていた。

 最初は、今日あった歴史の授業思い出して憂鬱ゆううつになり、考えている内に涙が止まらなくなった。


李紫明りしめい

 と、教室正面と目の前の端末にでたこの文字。


 紫龍は授業で祖父の名が出ても、そんなものかといったぐらいにしか思わなかった。なにせ祖父は紫龍が生まれる前にとうの昔に死んでいる。

 

 父や母、祖母から祖父の話をよく聞かされたが、立派な人だと思う程度で、どんな人かという実感はなかった。

 今日、教師にその祖父をなじられて、怒りを覚えたことに自分でも驚いたぐらいだ。

 

 紫龍は祖父を侮辱されたことより、言い返せなかった自分に腹が立ち、涙が出てきたのだった。


「よく祖父のことを知っていれば抗弁出来たはずだ」


 そんな感情のたかぶりを抱えながら通学路進む。分岐に差し掛かった。


 右に行けば自宅につくが、このまま家には帰りたくなかった。母が心配するし、泣いている姿をあまりみられたくない。

 

 紫龍は、家とは逆の左に歩き出す。

 

 左へ行くと従姉の安心院蕎花あじむきょうかが住む安心院家あじむけがある。紫龍の目的地はそこだった。安心院家は、広い庭園を有しておりその一部を公園として開放している。

 紫龍は、その公園で気持ちを落ち着けてから家に帰ると決めた。

 

 左に曲がるとすぐに、公園の入口の大きな門が見え、紫龍はその門をうつむきかげんでくぐった。

 公園として解放していると言っても私有地の一部、高い壁に囲まれている。


 公園内を進む紫龍。季節は初夏。公園はまぶしい光と青々とした木々が生い茂り、今日は涼しい風も吹き抜けている。

 

 そんな気持ちのいい公園の風景とは逆に紫龍の表情はやはり暗い。


 紫龍は公園のベンチに座り、膝の上に背負っていた鞄をおいた。

 

 公園は静かで、ここまで歩いてくる内に涙も止まり、心も随分落ち着いた。

 ついたばかりだが、もう帰ろうと紫龍は決めた。通常の町中にある公園と違いここには子供が時間をつぶせるような遊具は置いていない。


 せいぜい池のこいを眺めるか、暑い時期には虫が取れるかぐらいだ。

 そう思い紫龍が、立ち上がろうとした時だった。目の前に人が立った。


 相手を確認する前に風がそよぎ、いいにおいがするなと、紫龍は漠然と思ったが、同時に目の前の人物が誰かも分かってうんざりもした。


「お主ぐらいじゃぞ。こんな何もないところにくる子供は」

 

 目の前に立つ相手が、そう声をかけてきた。

 声の主は、安心院蕎花あじむきょうか。李紫龍の従姉だった。

 

 いま目の前の蕎花は長い黒髪に、赤い髪留め。女学校のセーラー服を着ている。私学の制服だ。紫龍も同じ私学に通っているので男子用の制服を着ている。

 

 この従姉に紫龍は、随分とおもちゃにされておりできれば顔を合わせたくなかった。泣いているのを見られれば必ずもてあそばれる。

 

 紫龍は座ってうつむいたまま


「蕎花姉様は、何故ここに」

 そう蕎花の言葉へ応じた。


「わしの家じゃからな」


 当然じゃろといったふうの蕎花に、紫龍がうんざりしながら問い直す。

 

「問い方が悪かったですね。めったにおとずれないここへ今日に限って何故こられたのですか」


「はー、それが八歳児の言葉かえ。大人びておるの」


「そうでしょうか」


 紫龍は言葉を切り、その後に続けたかった蕎花姉様の言葉遣いも歳相応とは思えませんよ。という言葉をぐっと飲み込んだ。

 以前これを指摘してひどい目にあったのだ。

 

「理由など分かりきっておる。門内に入るお主の後ろ姿を見たからじゃ。また池に落ちられても困るからのぉ」


 この紫龍が、目の前に立つ蕎花へ顔を上げる。

 

 ――蕎花姉様は、自分を心配し来てくれたのか。

 

 蕎花と紫龍の目が合う。

 

 蕎花の顔はしたり顔、にんまりと笑っていた。その表情は、いいおもちゃを見つけたといったふうだ。紫龍に危機感が芽生えた。

 

 蕎花姉様へ、真剣にあらがわないと、また何をされるかわからない。

 と、いう冷えた思いが幼い紫龍の胸間を突き抜け、同時に落ち込んではいられないと必死に反論に出る


「あれは、蕎花姉様が突き落としたのではないですか。ずぶ濡れになって帰って母に随分と叱られましたよ」


「松の枝を折って、集めていたのも感心せん」


「それも蕎花姉様が、芋を焼くと言って集めさせたのではありませんか。しかも肝心の芋はないときた」

 

 言い返された蕎花が、一瞬苦い顔となる。当時の状況を思い出したのだ。

 枝を集めたところを、蕎花の父に見咎められ二人はひどく叱られていた。


「生木は燃えないと分かってよかったではないか。一つ賢くなれたわけじゃ」


「そういえば叔父様に、げんこつを食らっていましたね。私も同罪だったのが納得いきませんが」


 この紫龍の言葉に蕎花が、苦い顔になる。

 年下に言い負かされそうになった蕎花だが、にやりと悪い笑いを浮かべ巻き返しとばかり

 

「庭園のふちを掘り返して、穴だらけにしたこともあった」

 と、また紫龍の失態を上げた。

 

「あれも蕎花姉様が、この下には山芋が埋まっているから取ると言って掘らせたのではないですか。あれも泥々になって帰って母に大目玉を食らいました」


「まだまだあるぞ。去年の夏は、カエルを集めて屋敷内へ放ったろ」


「蕎花姉様が、煮て食べると言って、それを止める私を振り払った時にバケツの中をぶちまけただけです」


「あれは傑作じゃった。家中大あらわよ。あと父上がまさかカエルが苦手とは。お主に食わせるより面白かったので結果オーライじゃ」


 これに紫龍が

「私に、食べさせる気だったんですか」

 と、渋い顔になる


 蕎花がカエルの話でさらに思い出したことを口にする。

 

「パンツの中に魚を入れて運んでおった」


「それは蕎花姉様が、私を裸に剥いて池に突き落としてから、ご自分で手づかみなさった魚を私のパンツをめくって」


 紫龍は、そこまで言って赤面しながら目を伏せ


「止めましょう。今思い出すと非常に恥ずかしい」

 と、黙りこんだ。当時の紫龍としては流されるままにやってしまったが、思い出すだけで恥ずかしい。


「李家の長男が、パンツ一丁で、フナを運んでおった。愉快愉快ゆかいゆかい


「待ってください。この紫龍が悪いように言われておられますが、どれも蕎花姉様が原因ではないですか」


 この紫龍の言葉に、蕎花が

「そうかのう」

 と、あごに手を当てて考えこむようにしたかと思ったら


「そうじゃ。庭園の木々にカブトムシが来ると言って蜂蜜を塗りたくった。あれはお主が悪い」

 と、思い出したことを口にしていた。

 

「いえ、あれも蕎花姉様が」

 

 そうすかさず紫龍が、反論を出そうとすると、それを蕎花が遮り


「あれもこれも女のせいにするとは、それでもお主は男か。素直に罪を認めんか」

 と、一喝した。


 これに紫龍は少し驚いたが、途端に破顔する。年上の従姉が、ばかばかしいことで真っ赤になるのを見て面白かったのだ。

 対する蕎花は、口を曲げて拗ねるようにして横を向いた。

 

 蕎花は、紫龍をおちょくって遊ぶつもりが、逆に一々言い返されて面白くない。

 そんな蕎花に紫龍は


「何もない公園と思っておりましたが、思えば我々は、随分ここで遊んでおりますね」

 と、いって笑った。


 そういって笑う紫龍の表情は、公園の門をくぐった時と違って随分と明るかった。

 

 蕎花は、紫龍の表情をみとめると、紫龍の横に座った。

 2人が、涼しい風の吹く初夏の公園のベンチで横並びになる。

 

 横に座ってきた蕎花を紫龍が見上げる。蕎花は、正面を向いてどこか遠くを見るようにして、耳にかかった髪の毛をかきあげた。

 この蕎花の仕草に、紫龍の目が一瞬くぎ付けになる。


 美しいなと、紫龍は子供ながらに思い。黙っておられれば美人なのに、などと考えてしまい、さらにそんなことを考えた自分が恥ずかしくなった。

 

 蕎花が、紫龍の視線に気づき屈託ない笑顔を紫龍へ向けた。その笑顔は眩しかった。紫龍は思わず赤面して顔をふせてしまった。

 紫龍は、気恥ずかしさを隠すために喋り出す。

 

「実は帰ろうと思っていたところです。蕎花姉様は、今日は随分とお早いお帰りですね」


「今日は習い事が休みじゃったからな。それにしてもお主は何故ここへ来たのじゃ。ここは面白いものなんぞないぞ」


 そう蕎花はいうと、すこし意地悪な笑みを浮かべた。その笑みの意味は、紫龍をいじって遊ぶには面白い場所という意味も込められている。

 一方の紫龍は、言いたくないなら言わなくていいという意味だと受け取ったが、気を使われたことで敢えてはっきり口にすることにした。

 

「泣いている姿を見られたくなかったのです」


「何を言うのか。お主の泣き顔など散々見て見飽きておる。お母上にしてもそうじゃろ。最近は少し違うが、お主はいつも泣いておったからな」


 紫龍は決意して口にしたのに、にべもなく返され「それはそうですが」と、口ごもった。

 

 対して蕎花は、泣き虫を指摘されて恥ずかしそうにする紫龍を楽しげ眺める。やっと歳相応といった反応が出て面白かったのだ。

 だが、紫龍は蕎花のいじわるげな言葉にもめげずに、顔を上げてつづける


「今日、史学の授業がありました」

 

 隣に座った蕎花が、紫龍へ顔を向ける。紫龍の視線は力強く真っ直ぐ前を見つめるようにしているが、その幼い顔に少し寂しげな色が出ている。

 

 蕎花は、将来は端正な顔立ちの二枚目になりそうだな、などと思いながら黙って紫龍の次の言葉を待った。

 

「お祖父様の名前が出てきました」


 そいう紫龍の言葉は、少し濡れていて言葉が終わったあとに少し鼻をすすった。

 目尻もほんの少し湿り気を帯びている。


「私は、お祖父様の雪辱をすると決めました。正しいことをしたのに汚名を帯びているのはおかしい」


 幼い顔で、それを真剣に言う紫龍。

 これを見とめた蕎花がおもわず叫びながら紫龍へ両手で抱き寄せる。


「はああ、可愛いのうお主は。よしよしじゃぞー」


「やめてください。もう子供ではありません」


 紫龍が、蕎花の胸の中で離れようとあがくが


「何を言うか、そういうことを言うのが子供の証拠じゃ。ほんに可愛いのう」

 と、蕎花はさらに力を込めて抱き寄せてしまう。


 紫龍はこの日、安心院蕎花の胸の中で誓った祖父の雪辱をけして忘れることはなかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 星間戦争は再開が決定している。ついにその時が近づいていた。

 

 安心院蕎花が下軍府を出て行ったのと入れ違いに、人々が下軍府の李紫龍のもとに人が押しかけた。


 紫龍は、この思いもかけなかった人々の波に驚いた。

 おとずれるものは、古参兵やベテラン兵などより、老兵と呼ぶに相応しいものが多い。

 

 集まったものは皆、

「故紫明将軍に使えたものです」

「直接お言葉をもらいました」

 と、口々にいった。


「この時を待っておりました」

 そういって泣くものすらいた。


 なるほど第一次星間戦争は、約40年前。まだ当時の兵士が残っている。

 この時代遺伝子治療は、発達している。寿命は長い。地球時代の治療の域を超えているといっていい。肉体を擬足の発展形の擬体化するものもいる。

 

 下軍府に集まった者たちは、皆故李紫明に縁故のある者たちだったのだ。

 李紫龍は祖父の遺徳と偉大さを知り、次々に訪れる古参兵に、祖父の姿を見たような気がした。

 紫龍は祖父李紫明が与えたものの大きさを知った。


 合わせて紫龍は、天儀へ直談判し、その前を辞去する折のことを思い出した。


「紫龍、人は何を得たかではなく。何を与えたかで評価される。与えたとは残したかと言い換えてもいい。世の中で真人、亜聖、聖人と賞賛を集めるものは皆例外なくこれだ。君が李紫明の雪辱を果たすのではない。その思いを抱えるものの代表となって代弁しろ。大業は『自分が』ではない。『共に』だ。それで自ずと事は成る」


 紫龍は、これを単なる励声と受け取ったが、今は違う。天儀の言葉の意味が良くわかった。

 なるほど李紫明の名誉回復願うものは多い。自分は、一人ではない。

 

 合わせて紫龍は、天儀の温かさも知った。どう見ても天儀は、紫龍の下軍に李紫明ゆかりのものかき集めてくれている。


 ――これが大将軍たる人か。

 と、李紫龍の心と身は、感動で打ち震えた。


 紫龍はチャンスを与えられ、精兵を与えられた。そして何より李紫龍が望んだ星間戦争を本当に再開する。いまや紫龍にとって天儀は、天空で燦然さんぜんと輝く存在となった。


 幼いころに誓った李紫龍は、祖父の残した遺徳とともに星間戦争に臨むこととなったのだった。

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