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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章七、李紫龍編
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8-(4) 新編成

 グランダ軍では、星間戦争再開に向けての下準備が整っていた。

 そして今日、ついに新編成の三軍の人事が発表された。

 

 中軍の将は天儀(てんぎ)。これが主力である。

 上軍の将はエルストン・アキノック。

 下軍の将は李紫龍(りひりゅう)

 

 細かい編成は省き戦力の配分を書くと以下の通り。

 

 中軍は、1個軍

 上軍は、2個軍

 下軍は、3個軍

 

 この1個軍は、1艦隊とも言い換えられる。

 中軍に電子戦司令部サイバーフォースの麾下の精鋭と、主力の戦術機隊が集められている。

 

 李紫龍は、この人事発表を思いがけない思いで見つめ息を呑んだが、不思議と気負いはしなかった。

 何故か自分がいるべき場所にいるような気がした。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 安心院あじむ蕎花きょうか

 は、雪膚せっぷにカラスのぬれ羽色の長い髪、小股が切れ上がったいい女。


 蕎花は、まさに大和の女子といった印象を受けるが、とくに目が切れ長だったり、ほほがふっくらしているわけでもない。むしろその美しい蛾眉がびからは、気の強そうな一面が見て取れる。

 

 そんな蕎花はいま、真っ黒な髪に天使の輪を浮き上がらせ、外廷内を進んでいた。

 内といっても蕎花の歩く場所は、片側二車線の道路に歩道と幅広い通り。歩道の脇には長く白壁が続いている。

 

 李紫龍が率いることなった下軍。この李紫龍を助けるが、下軍で艦隊一つを任される安心院蕎花だ。

 なお軍内の正式な肩書は、李紫龍が下軍司令官、蕎花が下軍副司令官。

 

 グランダ共和国に限らず星系軍は、地球時代の陸海軍の名称が混ざっていることが多い。

 さらにここにグランダでは、伝統的な表現で美称したりするので、グランダ軍人たちは様々な呼ばれ方をする。


 付け加えておくと、この下軍副司令官安心院蕎花の安心院家と李家は親しい間柄にあり、蕎花は紫龍の従姉にあたる。

 

 そしてこの黙っていれば楚々としている安心院蕎花が入った建物は、下軍府かぐんふとされた旧宣真殿きゅうせんしんでんだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 李紫龍りしりゅうが下軍府とされた旧宣真殿へ入ると、下軍に編成された巡洋艦酒匂(さかわ)艦長の安心院蕎花あじむきょうかと鉢合わせた。

 

 紫龍を待ち受けていた蕎花は、紫龍を見るなり


「さっきほど朝廷に顔を出したら帝から短剣をたまわったぞ。しかも、わしは呼び出される折に朝廷では下軍のと呼ばれた」

 と、言葉を向け笑った。


 蕎花は祖母に育てられた影響か自分のことを『わし』と呼ぶ。あまりに堂々と、そう一人称するので、おかしさを覚えても誰も指摘できない。

 それに蕎花の優秀さと、自信に満ちた態度から、その一人称が似つかわしくもあった。

 

 紫龍は蕎花の存在で、士官学校の主席卒業を逃したほどで、安心院蕎花は軍内で将来を嘱望しょくぼうされている俊英しゅんえいである。


「どうも朝廷は、軍の役職名を古風なものに置き換えたいらしいようじゃな。軍の正式な役職に一々朝廷側で呼び名を決めいたようじゃぞ」


 今日、朝廷に呼び出された軍人は、蕎花だけではなかった。

 蕎花が「下軍の佐」と呼ばれた以外にも、他の軍人たちも聞き慣れない名称で呼ばれていた。

 

「まったく時代錯誤なことをするものよ。古めかしいのは大将軍だけで十分だと言うに」


 その蕎花の言葉に、紫龍が苦笑する。それを口にする蕎花の口調もとても古めかしいからだ。


 朝廷が軍内の役職に独自に名称付を開始するなか、戦時臨時職の大将軍だけは、最初から古めかしい正式名称だった。

 

 グランダ共和国の大将軍は、司令長官や総司令官にあたる役職である。

 戦時には全星系軍と圏内軍を統括するため大将軍が任命され、その大将軍と一体となり輔弼ほひつする大将軍府が設置されるという制度になっている。

 

 だが百数十年前から臨時職であるはずの大将軍は、軍の名誉職的な位置づけも含むようになりほぼ常設されていた。

 さらに大将軍は、防衛省と参謀本部を、帝のもとで統括するという役割を担っていたので、帝の権威を強めたい皇統派からも強く常設が求められるという事情もある。

 

「そういえば朝廷に顔を出すついでに大将軍様を見てきのじゃが」


 この言葉に、紫龍が興味ありと顔を上げる。

 蕎花が口にした大将軍は、つまり天儀のこと指している。紫龍には興味があった。

 軍の編組が発表されると同時に、天儀は軍の頂点に立つ大将軍に任命されていた。


「大将軍様に、おぬしが死んだら変わって指揮をとれと言われたぞ」


 蕎花は続けて紫龍へ飛びかかるような構えを取りながら


「大将軍の言葉は、帝のご意思と言うからの。今おぬしを始末してわしがその座に」

 と、いって笑った。


 蕎花の言葉に、紫龍も笑声を上げた。


 蕎花の口から出たのは、紫龍が知りたかったようなものではなかった。紫龍は、蕎花が具体的な作戦内容を聞いてきたのかと思ったのだ。


 思えば子供の時分に大人しかった紫龍は、この従姉に随分とおもちゃにされたものだ。

 そんな思いが頭をよぎった紫龍が、笑声を収め蕎花へ言葉を向ける。


「相変わらず口を開けば、ろくなことを言わない人だ」


「何を言うか、お主などわしがおらねば何も出来ぬではないか」

 と、蕎花は悪びれもせずに偉そうな物言いだ。


 だが確かに、この人の後ろをついて回っていたのが幼いころの自分だ。と、紫龍は思う。

 

 この従姉が指揮を取るなら安心して死ねるなと、などと紫龍が考えていると蕎花はさらに言いたいことをいっている。

 

 紫龍は、この人と一緒なら宇宙でも暇はしないだろうなと思わず苦笑し、幼かった昔のことを思いだした。

 祖父の雪辱を誓った日、思えばあの時もこの人がいた……。

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