8-(3) 穿兎一号作戦(はくういちごうさくせん)
李紫龍が去ったあとに入れ違いで、参謀本部の用事を終え千宮氷華が天儀の務室へ入った。
氷華が挨拶をすませ報告をおこなおうとすると、天儀の様子がいつもと違う。
――今日の司令は、どこか興奮している。なぜ。
と、氷華が、けげんな目で天儀をとらえた。
いま氷華の目に映る天儀からは、まるで子どもがはしゃぐような喜びが体貌から漏れ出ている。加えて、理由は不明だが、室内の空気もいつもとどこか違う。
氷華が、天儀へけげんにジト目を向けるなか、
「下軍の将が見つかった。事は成る」
と、天儀は氷華など目に入っていなようにいった。
天儀は星間連合軍と艦隊決戦をするつもりだ。開戦にあたって上・中・下に編組された艦隊の内一つを率いる将を探していた。
その将は絶対に破られない将でないとならなかった。天儀に直談判へあらわれた李紫龍は、これに適任だった。
「あとは六軍を率い兎の穴から星間連合軍を引き出すだけだ」
そう1人で勝手に盛り上がる天儀をジト目で眺めていた氷華が、
「兎ですか。ツクヨミシステムのツクヨミは、月を神格化した夜を統べる神でしたか」
と、少し声を大きくしていった。
氷華からすれば、いまの天儀は、これぐらいしないと自分の世界から戻ってきそうにない。先程、挨拶をしたのに上の空で流された感じがあった。
「そうだ。そして月には兎がいる。と、幼いころの童話だな」
氷華がこの言葉にうなづいた。幼いころに見た絵本や、教科書にも月に兎がなどと出てきたのが記憶にある。
その折に決まって、地球の月には兎の模様があると聞かされる。
「地球には月があって、兎の模様があるそうですね。今の入植惑星の衛星はどれも月といいますが、その元となった衛星ですか」
そこまでいって、氷華がハッとした。
「なるほど、やっと戦争計画書の題名の、あの『穿兎一号作戦』の意味がわかりましたよ」
「兎を穴から突いて出す。と言うような意味だな。いいだろ」
つまり『穿兎』には、ツクヨミという穴に隠れる星間連合軍を突いて出すというような意味合いがある。
「自画自賛とはまではいいませんが、気取りすぎでは」
「そうか。帝には気に入って頂けたのだがな」
天儀が少し軽くいう。
氷華が、これに鼻を鳴らし応じた。
最近の天儀と自分の距離は、縮まった。と、満足げに氷華は思う。
以前の天儀は、つねに謹厳とした雰囲気で身を覆い。物腰丁寧だったが、最近は二人でいる時などは口調が軽い。
馴れ合いという感じもなく、近すぎず、遠すぎずといったところだろう。
氷華が見る天儀は、穏やかなよう見えて、犯し難い引き締まったものを感じるし、丁寧で礼儀正しいが、窮屈さは感じさせない。と、いうような一面を随所に見せる不思議な男だった。
これを温かみがある。というのだろうかと氷華は思う。
氷華が、そんな不思議の目を天儀へ向けるなか、天儀が
「下軍の将が決まった事は成る」
と再び繰り返していた。
これを氷華は、よほど嬉しいことがあったのだろう。程度にしか思わなかった。
天儀は、思いが高ぶると、端的な言葉しか出さず。その意味を問いかけても要領を得ない。
いま氷華の目の前の天儀は、明らかにそのスイッチが入っている。何を聞いても無駄だろう。放置するに限った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
氷華が話題にした『穿兎一号作戦』は、帝と側近以外は、まだ軍中枢しか知らないマル秘と題されるような機密事項。
つまり『穿兎一号作戦』とは、第四次星間戦争での戦争計画名。グランドキャンペーンである。
近々発表される星間戦争再開で、作戦名が公開、同時に作戦が発動する。
つまり宣戦布告、大将軍任命、作戦発動が同時となる。
事前に大将軍任命し、軍の再編行えば戦争の動きを察知される。大将軍任命をぎりぎりまで行わないのは隠蔽工作の一環だった。
『穿兎一号作戦』は、開戦から終戦に持ち込むまでの多段階作戦。おおよその内容は、間に星間連合軍との決戦を挟み、決戦に勝ち講和に持ち込む。
なお三号作戦まであり、一号が基本作戦となる。一号が、短期決戦プラン。二号が、長期プラン。三号が、決戦で敗北した際の巻き返しプラン。
「ツクヨミという穴に隠れる星間連合軍を突いて出すということか」
と、帝の横でこの作戦名を聞かされた桑国洋などは納得していた。
穿とは、うがつとすれば、穴を開けて通す。つまり穿には、開いた穴という意味と、穴を通す意味がある。通すとは突くという動作に近い。
また穿は、はくとも音にする。はく、とは白と音を同じくし、穿兎を音だけで「はくう」と読ませ、白兎(はくと・しろうさぎ)を意味させた。
そして無敵の電子防御陣ツクヨミシステムのツクヨミは、月の象徴でもある。
月の穴に隠れる白ウサギを突いて出す。その穴から突いて出される白いウサギは、当然星間連合軍。
天儀は、『穿兎』という二字に、かなりの意味を重ねていた。




