8-(1) 忠臣李紫明
星間戦争へ向けての準備が着々と進む中、天儀の執務室を一人の若者が訪問した。
この若者の表情は決意にみなぎり、悲壮感すらある。
李紫龍
これが若者の名。真っ黒な長髪を後ろで一つに束ねた長身の美男子。挙止には力強さとあわせて優美があり、まさに貴公子然としている。
そう第二戦隊司令室の扉を決意みなぎる表情で叩いた李紫龍の実家の
――李家
は、グランダ共和国にあって武門の名門。
李家は皇帝制度が、始まって以来の軍人を中心に、各界に人材を輩出した名家。グランダ国内だけでなく星間連合でも有名だった。
そんな家の嫡長子が李紫龍である。
そのなかでも特に有名なのが。今の帝の二代前の景帝時代の
「名将李紫明」。
李紫龍は、この李紫明の孫だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――李紫明
とは、第一次星間戦争の失敗の責任を取り自刃した男でもある。
この李紫龍の祖父、李紫明には有名な快傑談がある。
時は約50年前、星系間を運行する民間宇宙船が、宗教原理主義系テロリストに船ごと連れさられるという事件が発生した。
その民間宇宙船に折り悪く乗り合わせていたのが若き日の李紫明だった。
しかし拘束された李紫龍は、隙を突いてシャトルを奪取し最寄りの宇宙基地へ単独で帰還。
それだけでなく帰還した李紫明は、
「長年賊ども根城が不明で苦労していたのに今わかったのだ。今ならまだ賊は油断している。自分たちを追補するには、この周辺宙域の戦力では足りないと高をくくってな」
と、豪語。
宇宙基地の部隊を率い直ちに出撃。
自分を虜にしたテロリストを急襲して壊滅させてしまったという。
李紫明を捕らえた者達は、まさか逃げた人間がすぐに戻ってくるとは思わなかったという話だった
そのようにして国内外に盛名があった李紫明。そんな李紫明に転機がおとずれる。第一次星間戦争が開始されたのだ。
戦争は新時代に突入していた。戦いは砲戦ではなく電子戦に終始。
開戦からだらだらと数年が経過し、講和交渉が始まりグランダ軍の撤退が決定すると、李紫明は直ちに自ら首をはねて星間連合へおくった。
戦争の責任は、A・ゼークトの妄想を信じた景帝にあるといっていいが、李紫明は、軍の長として帝へ害が及ばぬように先んじて責任を取ったのだ。
だが星間連合は、その首を見ても不快に思っただけで黙殺した。
「随分時代錯誤なことをしたものだ」
と、李紫明の首を前に、星間連合側の感情はかえって嫌悪で寒々とした。
自ら首をはねておくる。物語としては美談に見えなくもないが、現実目にすれば野蛮だった。
李紫明の死が黙殺される中、講和交渉は、その内容でこじれた。
撤退すると言っても星間連合本隊と戦って負けたわけではないグランダ軍。惑星の割譲はもちろん、資源地帯の譲渡も論外であった。
つまりグランダ側の言い分はこうである。
「簡単に勝てると思って殴ったが、当初の予定と違った。帰るので講和しよう」
当然これでは星間連合も納得しない。
ここであの李紫明の首に出番がおとずれる。星間連合の盟主的存在であるセレスティア家が、盛名のある李紫明の首に目をつけたのだ。
星間連合としては第一星系から出なければ必勝であるのは疑いがないが、そこから出てグランダ軍と戦うとなれば話は別であり煩わしい話であった。
交渉がこじれてこのまま再戦となれば星間連合にも利益がない。
さらにこのような曖昧な状況が続くのも好ましくない。講和はきっちり成したい。
そしてれ以外にグランダが知らない星間連合が講和を急ぐ理由がもう一つあった。
グランダ軍の攻撃で、
――レントール・トルク
という狂信的で強行派の政治家が星間連合内で支持を集め始めたのだ。
戦争状態が、続けば急進派が力を持ちかねなかった。急進派が政柄を握れば全面戦争。星間連合政府もセレスティア家もこれを危惧した。
この状況を憂慮したセレスティア家の家長が動き、戦争の責任を李紫明へ追求する工作を開始。
「李紫明の個人的な野心で、グランダ共和国は戦争を起こした」
この話が両国間で流れ、グランダも視点を変えれば、無謀な個人的野心の被害者という認識を大衆へ与えた。
確かに戦争のきっかけは、個人的野心で、A・ゼークトの妄言を真に受けた景帝にある。戦争の個人的な責任となれば、A・ゼークトか景帝へとなる。
だが当事者の一人、A・ゼークトはすでに死去しており、皇帝の責任を追求すれば余計話がこじれる。
セレスティアル家は、誰の個人的野心だったかを改ざんし、野望をいだいたのは李紫明とした。
このプロパガンダは成功した。
講和の条件は、3つ。
グランダ軍が占領した地域の開放。
グランダ共和国は敗北を宣言する。
そして戦争を起こした大悪人李紫明は、両国の間で行われた裁判で戦争犯罪人として処刑されたこととする。
これでグランダ共和国は、敗北したのに実質失ったものは李紫明の首一つですんだ。
調印の際に、星間連合の特使の一人は、
「ゴネ得とはこのことだな」
と、痛烈な皮肉を口にする。
今世の中、李紫明は、戦争を起こした大悪人として知らぬものはいない。
そして李紫龍は、その大悪人李紫明の孫である。
そんな男が、いま天儀のもとをおとずれたのだった。




