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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章六、レティ・疾風編
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7-(8) 氷華の嫉妬

 天儀てんぎは宣言通り防人隊さきもりたいの隊長草刈疾風(くさかりはやて)へ、その日の内に予定表を送った。

 

 宣言通り送ったといっても予定を調整したのは、天儀の秘書官でもある電子戦指揮官千宮氷華(せんぐうひょうか)


 その氷華は、いま一人で憤然ふんぜん禁軍営きんぐんえいのビルの食堂でパスタをつついていた。


 ――今日も司令が、行ってしまった。

 と、氷華は思う。

 

 午前中に顔を合わせた天儀は、氷華への声掛けもそこそこに、いそいそと準備をして出ていってしまう。それを氷華が慌てて追いかけて見送ったのだ。


 氷華は、天儀を乗せた車両が走り去るのを見送りながら、

 ――何故自分が、こんな見送りまでしなければならないのか。

 と、苛立らだった。


 別に見送りの義務も慣例もないが、行かずにいられないのが今の氷華だった。

 

 せっかく見送ったのに天儀ときたら、今日の訓練は何をするとか、一方的に玄関口まで話して、気もそぞろ行ってしまった。

 

 氷華は、その状況を思い返すと、

 ――外まで見送った自分へもうちょっと気遣いを見せてくれてもいい。

 と、憤然としたものがこみ上げる。

 

 その怒りがパスタをつつくフォークにも出ており、盛られた麺への差し込みが力強い。

 

 そう氷華の天儀は、防人隊の出迎え以降、草刈疾風から二足機の手ほどきを受けるために毎週2回、防人隊の駐留している基地へ出かけることとなっていた。

 

 この状況に、食堂で一人パスタをつつく氷華が


「司令と居る時間が減った。由々しき事態ですよこれは」

 と、怒りのこもった熱い息とともにひとりごちる。

 

 パスタを突きながら氷華の思考が続く。冷静になれと自分へ言い聞かせながら。


 自分は天儀の重要な幕僚の一人であるといっても四六時中一緒にいるわけでもないし、それぞれ戦隊司令と電子戦指揮官としての別々の業務があり、実際考えてみれば天儀と氷華が同じ空間に居ることはもとから少ない。

 

 が、その少ない時間が減ったのだ。

 氷華にとって、やはり由々しき事態だった。

 元々一緒にいる時間は少なかった。は、いまの氷華には納得いく理由にはなりえない。


 そして、いまの第二戦隊司令の天儀は、星間戦争再開に当たって軍内で会合を繰り返しており、事情通の情報室長のセシリアが付いて業務をこなすことが多い。

 

「セシリーが司令についているのは問題ないのです。セシリーとは毎日携帯端末でやり取りしています。むしろ天儀さんの状況を聞き出せるぐらいで好都合」

 と、氷華は閑散かんさんとした食堂で一人ぼやいた。

 

 セシリアは自分が天儀と業務をともにした日には、必ず天儀の様子をそれとなくだが聞いてくる氷華に最初は驚いたが、今はむしろ面白がって『今日の天儀予報』という天気予報にかけた皮肉で、ほぼ天儀に付いた日には氷華の要求に応じていた。

 

 今では、連絡が遅くなると氷華から

 ――予報まだ。

 と、絵文字付きで送られてくるぐらいだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 悶々(もんもん)とする氷華は、後日、戦術機の用電子防壁テストのために基地を訪れた折に天儀を目にした。

 氷華は嬉々として挨拶しようと一歩目を踏み出したが、右足を踏み込み体の向きを変えた瞬間にその動きが止まった。


 一歩出した氷華の目に、天儀以外の人間が飛び込んできたからだ。

 目に飛び込んできた人間は、遠目から見ても快活(かいかつ)で明るい青年。

 

 氷華は、天儀の冗談に困り顔で応えるその青年に、少し幼さを感じつつも誠実な印象を受けた。

 そして氷華は、その青年を誰だか知っていた。

 

 防人隊の隊長の草刈疾風だ。

 

 着任式で見かけた上に、その後に天儀から散々疾風の話を聞かされている。

 天儀と疾風は随分馬が合うようで、秘書官の氷華に時折、草刈疾風の話題を出すようになっていた。


 氷華は、

 ――やめよう。

 と思っても2人を眺め続けてしまう。

 

 いまの氷華の目に映る疾風と天儀は、随分と楽しそうで、これが男と男の友情と言うやつなのだろうか、そういえば天儀は、榛名艦長のアキノックともあんな感じだったな。と、氷華が思う。


 2人の様子を眺める氷華の心にじわりと感傷が染みた。


 自分は天儀一番ではないかもしれない。それなりに離れているとはいえ、目の前の天儀は、氷華が居ることに気づきもしない。

 そして氷華の心に、感傷が染みた次の瞬間、天儀が子どものような心の底から笑顔が出ていた。

 

 ――自分には見せない表情だな。

 と、氷華は思ったと同時に、

 

 ――楽しそうですね。楽しいですか。ああ、楽しいですよね。

 と、心がチクリと傷んだ。


 氷華はムッとして、天儀へ声もかけずに基地を後にしたのだった。

 

 さっさと立ち去ればよかった。と、いら立ちを覚える氷華。

 面白くないものを目撃する予感はあった。

 

 だが、気持ちがこれほどささくれ立つのかもよくわからず、何故自分がいら立ちを覚えたか真剣に考え出すと困惑した。

 

 よくよく考えてみれば、天儀と草刈疾風が仲良くしていただけ、腹を立てた意味がわからない。思えばアキノックと話す天儀を見ていてもいら立った。


 ――謎だ。

 と、思った。氷華の、意識が思考に沈んでいく。


 暫くの間、いつもの無表情のジト目で思考を続ける氷華。

 数分後、氷華のあごが少し上がり、目が動く。結論を得たのだ。


「そうです。電子戦は、宇宙戦争の要。戦隊司令と戦隊の電子戦の責任者。司令にとって、一番重要な関係」

 

 そうひとりごちる氷華の顔が、強気な色味を見せてから不敵に笑ったあとに、ため息を吐き、いつものジト目に戻った。


 平静さを取り戻した氷華は、


「そして私は秘書官でもある。司令の一番であるべきです」

 と、自意識過剰なことを静かに口にしたのだった。


 氷華は、天儀に対して自分の感情がどこにあるか気づき、あえて最後の言葉を口にした。

 電子戦司令部(サイバーフォース)始まって以来の逸材は、自らの感情をも客観的に分析していた。

 

「自分の心が、ごく私的に天儀へ傾きかけているなら、いまは自重すべきだ」

 これが氷華の最初の結論だった。

 

 そう現実を理解しても感情は抑えがたい。頭で理解できても、ただ我慢しろと押さえつけておく事ができないのが感情だ。感情との折り合いをつける理由が必要だ。


 いま、星間戦争再開に向けて軍全体が動いている。なにより天儀が、戦争のことしか考えていない。ならば仕事の関係で一番になることで一先ず甘んじるべきだ。ここが氷華の自身の感情との落とし所だった。

 

 星間戦争が内示された予定通り、開戦されれば、天儀は間違いなく全軍の長たる大将軍に任命される。

 

 そしておそらく氷華は、このまま全体の電子戦指揮官に格上げになる。

 いや第二戦隊の司令部要員は全員が軍中枢へ格上げだろう。

 唐大公誅殺直前からの天儀の一連の組織づくりの意図を推察すれば、間違いなくそこになる。


 そして天儀が望んでいるのは、星間戦争での勝利。宇宙空間の戦いで、電子戦は最重要。氷華の働きは間違いなく、勝敗に寄与するだろう。

 

 氷華は自分が全軍の電子戦指揮官として最大限力を発揮すれば、おのずと天儀の一番になりうると冷静に思ったのだった。

 

 ただ気づかない内に自身の心に降り積もっていた眷恋けんれんを冷静に分析した割に、氷華のその思いは、随分と情熱的でもあった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 氷華が

 ――気持ちに整理をつけた

 と思ってから3日後。

 

 今日も天儀は、午後から防人隊が飛行訓練を行なっている基地へ出かけていく。


 氷華は、

「今日は天儀さんのお楽しみの日ですから、スムーズに出られるようにしてあげましょう」

 など思いながら、天儀が出かけてしまう前に報告をすませるため、午前の業務が終わる30分ほど前に天儀のもとへ顔を出した。

 

 氷華の報告が終ると天儀が雑談を始めた。

 もうあと数分でお昼だ。

 

 氷華は雑談を始めた天儀を見て、自分が報告へ現れる前に、天儀は午前の事務業務を片付けていたのだろうなと推測した。

 

 ですよね。今日は、二足機教習の日。さぞ楽しみで書類片付けもはかどったでしょうね。などと、氷華が思う中、天儀が疾風の話題を口にした。


 ――また草刈疾風の話か。

 と、うんざりする氷華。


 以前は、お昼直前に顔を出すと、昼食などにも誘ってくれたのに最近は全然誘ってくれない。

 そんな悶々(もんもん)とした思いが、氷華の心のなかで渦巻く。


 先日、自分の心理を冷静に分析し、割り切ったといっても天儀を目の前にすると話は別だった。わかっていても感情が起伏する。これが感情だった。

 

 最初、氷華は持ち前のジットリとした視線に批難の色を込めながら天儀の話を黙って聞いていたが

 

「司令は、ずいぶん二足機がお好きなようですね」

 と、たまりかねて口を開いた。


「まあ、飛んでるのは楽しいからな」


「つまり、おさぼりになっていると。訓練とかこつけて、飛行を楽しんでいる。どうなんでしょうかこれは」

 

 天儀は、氷華のこの言葉にけげんな顔を向けた。

 いつも業務上の報告以外は、つとめて口数の少ない氷華が、今日は何故かつっかかってきた。態度も頑ななものを感じさせている。

 

 天儀に視線を向けられた氷華が、視線を外し口を曲げた。


「体調でも悪いのか。今日の君はどうも様子がおかしい」


「いえ別に」

 

 氷華のこの言葉に、天儀が


「そうなのか」

 と、口にしつつ氷華を観察するように視線を向けた。


 この視線に、氷華は冷水を浴びせられた感覚を覚え冷静になる。

 

 しまった相手にしてもらえなくて苛立いらだちを覚え、つっかかったなどと見破られたら恥ずかしくてたまらない。

 早々に、この場を去ってしまおう。自分が、こんな子どもじみたことをするなんて、自分でも思いもよらなかった。


 氷華は見つめてくる天儀に、気恥ずかしさから目を伏せつつ敬礼をして立ち去ろうとした。


 その氷華の背中に

「まて」

 と、天儀から声がかかった。


 氷華は思わず立ち止まってしまったが、振り返ることが出来ない。

 氷華は背中に気配を感じ、天儀が立ち上がって自分へ近づいてくるのが分かる。


「久しぶりに昼食でもどうだ。今日の日替わりは君が以前好んでいたのだぞ。付き合ってくれ」

 と、近づいてきた天儀が声をかけてきた。


 氷華は、背を向けたまま憮然としていた。ここで振り返ると何故か負けな気がした。誘いに喜んでしっぽを振っているようではないか。

 それに、わがままを言ってねだったみたいでばつが悪かった。


 背を向けてうつむく氷華の手を、近づいてきた天儀が掴んで進みはじめた。

 手を引かれた氷華は、逆らえずにつられて足が出てしまう。

 氷華は嘆息して諦めた。

 

 自分は、天儀と一緒に昼食を取ることを望んでいる。意地を張るのは、やめようと思った。

 

「手を放して下さい。恥ずかしいので」

 と、ジト目を伏せながら口にした。いつものようにジト目で天儀目を直視できないのは後ろめたさからだ。


 天儀に自分の子供じみた言動の理由を見透かされたかもしれない。

 天儀から望みどおり食事に誘われた氷華は、そんなばつの悪さを感じていた。

 

 だが天儀は、そんな思いを抱える氷華の言葉に、そいつは悪かったという感じで苦笑しながら氷華を開放した。


「ちょっと強引すぎたな。失礼した」


 これも自分を気遣っている言葉だなと、氷華は感じた。つまり、天儀に心の中を見透かされている。

 そう考えると氷華のなんかに気恥ずかしさが積り、積もった恥ずかしさが強気となって目と口の両方から外へ出た。


「違いますから」

 と、ジト目を鋭くし宣言するように声を出した氷華。


 対して天儀が、けげんそうな顔をする。

 

 ――何を今更とおとぼけになって。

 天儀の反応に、氷華はムッとした。


「わざと不機嫌な態度をとって、気を引こうなど考えていたわけではありません」


 ムッとなった次の瞬間には、氷華はついそう放ってしまっていた。

 いったはしから、しまったとは思う氷華だったが、もう出してしまった音はしまえない。憤然として天儀へジト目を向けた。

 

 氷華らか感情をぶつけられた天儀は、


「そうだったのか」

 と、驚きの顔で口にした。


 その言葉に氷華がけげんに天儀を見つめる。

 そうだったのか、とはどうことなのか、私を食事に誘ったのは私の不満を見透かしたからではないのか。これが氷華のけげんの理由。


「いや、私は君がなにか嫌なことでもあったのかなと。ストレスを溜め込んでいたのではないかと」

 

 天儀が、氷華の驚きを含んだジト目にそう応じると同時に、華の顔がみるみる赤くなった。

 

 天儀は、氷華の心中を察して気を使って食事に誘ってくれたわけではなかったのだ。

 いや気を使ってくれたには違いがないが、自分の正確な心の動きを見透かされていたわけではなかった。


 そしておそらく今の態度で、氷華が天儀に相手をしてもらえなくて不機嫌だったことは見抜かれた。というか声に出して宣言してしまっている。氷華へ恥辱の思いが怒涛と襲いかかった。

 

 赤くなって黙り込む氷華に、天儀が続ける。


「いや、そんなねだり方もあるんだな。私もよく先輩に飯をおごってもらったが、さすが電子戦科出身は頭がいい」


 氷華はその言葉にジト目を向けつつ天儀の少し前に出て、その表情を覗きこむように確認した。

 

 氷華の目に映る天儀のその顔は、単に感心しているだけ。しかも何故か機嫌が良さそうだ。


 その様子を確認した氷華の胸中に、

 ――なるほど気づいていない。

 と、安堵が広がった。

 

 同時に、そうか、思えばここまでのことは自分の一人相撲。勝手に心理戦を展開していただけだ。天儀は、ただ一方的に困惑していただけだろう。とも思った。


 氷華からして、一人、七転八倒したことに、若干の恥ずかしさもあるが、天儀に心を見透かされたわけではないという確証を得て、氷華の心に水を打ったような心地よい静寂がおとずれた。


 氷華に、いつもジト目に無表情という平静さが戻っていた。


「そうです。まんまとはめられましたね。今日は、好きなランチを注文させて頂きます。一番好きなやつです」

 

 それに天儀が、


「いや、いつも好きなものを注文してるだろ」

 と、笑った。


 続けて、なんにしても元気になってよかったと口にしながら廊下を進んでいく。

 氷華が、その言葉に鼻を鳴らして応じ後に続いた。


 氷華の横を歩く天儀は上機嫌といった感じだった。その理由を氷華は深く考えなかった。

 どうせこの後の疾風との二足機の飛行訓練が楽しみなんだろう程度に認識していたのだった。

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