2-(4) 天儀との再会
真っ黒な空間に、巨大な白い壁、色とりどりの誘導灯の輝き。
それが高軌道ステーションから、ドック大光へと向かう氷華が見たもの。
ステーションは人でごった返し、対して宇宙は広大で閑散さえ感じさせた。
氷華は問題なく指定日の前日にドック大光入し、無事停泊中の陸奥へ乗り込んだ。
氷華が艦内事務へ顔を出すと、事務員から司令天儀へ着任の挨拶をするように指示を受けた。
――艦内事務
とは、宇宙戦艦という巨大な宇宙船を維持するため事務的な雑務を担当する部署。
難しい仕事とはされていないが、細やかな気遣いも必要とされ
「艦内でわからないことがあれば、先ず艦内事務の事務員へ聞け」
というのが、艦内事務だった。
なので、今回のように新たに着任してくるものへ受付案内も艦内事務の仕事の一環である。
そして氷華が目にした陸奥は、流線型で一面に主砲塔が配置された一般型。
ようは大昔の海上に浮かんでいた軍艦に近い偽装。
氷華は陸奥の外見を眺めつつ
「教本に載っていた大昔の大戦艦大和。あんなのを思い出しますね」
などと思い陸奥内へ入っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦艦陸奥は、改修工事中という事前情報とはことなり、外からは外装の点検員すら見当たらない。
氷華がドックで目の前にした戦艦陸奥では、静かに物資搬入の作業が行われていた。
そしていま進む艦内も配管がむき出しになっていたり、配線が廊下を走っていたり、保護用のビニールがはられたままだったりとかの内装工事のそれをうかがわすような形跡もない。
氷華は携帯端末に艦内地図を表示し
――どこが改装工事中なんでしょうか?
そんなことを思いつつ進む。
艦内を歩き十分ほどで『司令室』と、入り口に書かれた部屋の前に到着した。
ここが目的地だ。
氷華は
「このなかに天儀が」
と、思うと若干の緊張を覚えた。
天儀とは電子戦司令部で顔を合わせたきり、あっていない。
天儀は数日以内に辞令がある、とだけいい残し去っていた。
あの折には個人的な連絡先のやりとりはしていなかったし、その必要性も感じなかった。すぐあえるとも思ったのだ。
いや、そもそもとして、連絡先など、調べれば簡単にわかる。
でも、そこまでして連絡を取ることもない。
などと氷華は思ってから、一旦思考をおいた。
思えば何故自分があの男へ、そこまで固執するのかも不思議だ。
――わからない。
と、氷華は思い。
一つ息を吐いてから司令室内へ進むために扉へと手をかけた。
ここで思考を続けていても何も始まらない。とりあえずいまは、中へ入って挨拶することだ。
――これから天儀と顔を合わせる。
そう思うと、やはり氷華は心身に多少の固さを覚えた。
自分は、先日、電子戦司令部で一声かけられ、意気投合する形で、こうして第二戦隊へ移動してきたわけだが、氷華が天儀とあったのはあの一度きり。
今回、あらためて仕切り直しとなる対面となるだろう。
そう考えると、この着任の挨拶は大事だ。
――初見の挨拶で、粗相があっては恥ずかしい。
これが、部屋に入る直前になって、氷華が緊張を感じた理由だった。
天儀へ自身をよく見せたいとまでは思わないが、恥ずかしくなくしたいとぐらいには思う氷華。
が、考えても仕方ないとも思い、思い切って扉を押し開いていた。
扉を開き、一歩踏み入れた瞬間。
そこには氷華の全く想像していなかった広い空間が広がっていた。
氷華が一歩踏み入れた部屋は、個室などと呼べるようなものではなく、ビルのワンフロア近い広さがある上に、人もすでに十人前後が入っていた。
しかも内装は途中、床には配線がむき出しになっている箇所や、何らかの設備を設置する予定なのだろうとわかる形跡がある。
「これは司令室ではなく、司令部なのでは」
これが氷華の頭のかなに真っ先に浮かんだ感想。
が、操舵設備が奥に見え、氷華はすぐに浮かんだ司令部という考えを捨てた。
では、ここは通常ブリッジなどと呼ばれる操舵室なのか。
だが、ここで不可思議がある。
小さな艦艇ならともかく、巨艦である陸奥の場合、操舵室と司令部は別々のはず。
そう陸奥は戦隊旗艦なので、戦隊司令部もつかさどる。
この場合、艦内に戦隊司令部が設けられ、司令の天儀はそこに入るはずだ。
では、奥に見える艦コントロールの設備は何なのだ。
ここは明らかに操舵室だ。
が、操舵室と見ても「広すぎる」と、いうものだった。
それに操舵室を司令室と形容しているのも解せない。
謎が謎を呼んだが、氷華は思考の末に
「まあ、説明があるのでしょう」
そう思い。無表情のジト目で天儀を探した。
驚いて心をせわしくしても仕方ない。
今日は、第二戦隊司令部の中枢となる陸奥ブリッジ要員が集められた日なのだ。
全員を前に、天儀から何らかの説明があるはずだ。
――ブリッジ要員
氷華が、この自身の頭のなかに浮かんだこの言葉にはっとした。
そうか。なるほど。そう考えればここはやはりブリッジだ。少々大きめのだ。
『大きめのブリッジ』
これに氷華は、天儀の意図がなんとなく読めた。
戦隊司令で艦長の天儀、司令部と操舵室などの艦中枢部を一体にする。
氷華は、おそらくこれが天儀の狙いだろうと考え、同時に
「ならば単に、司令室などと紛らわしい言い方をせずブリッジといえばいいのに」
と、呆れも感じた。
船の中枢部が、一箇所に集まることは小型の宇宙船ならめずらしいことではない。
そんなことを思う氷華が、そのジト目に天儀をとらえた。
同時に、天儀も氷華に気づいたようで、手を上げた。
氷華は、天儀へ素早く近づき、敬礼。
着任の挨拶を手早くすます。
あとがつかえている。氷華が部屋に入ってからも数人が室内へ入ってきていた。
彼らも当然天儀へ着任の挨拶をする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
司令天儀への挨拶をすませた氷華が、あらためて室内を見渡す。
――ひたすら広く、何もない。
と、氷華はあらためて思う。
室内には奥に、操舵設備と思しきものがあるだけ、あとは、ばらばらと折りたたみ式の椅子が置かれている。
氷華は、その椅子を天儀が自ら運んだような気がした。
椅子の数が中途半端で、数脚設置され、あとは適当に積み上がっているだけなのだ。
前日に、集めるといっても座る場所もないのでは不味いと思った天儀が、自身で折りたたみの椅子をせっせと運び、だが途中でめんどくさくなり投げ出した。
そんな様がありありとわかる。
上官から命じられた場合、あんな雑な置き方はしない。
座れる状態できれいに並べるか、折りたたんでおくにしてもきちんと積み上げる。
氷華は、そんなことを思いながら再び天儀へと視線を戻した。
最後の一人が挨拶を終えたところで、周囲には新たに挨拶するものはいなさそうだ。
天儀の周囲にできる空間。
――今ね。
と、氷華が思い動いた。
氷華は、誰かが天儀へ話しかける前に、自分が声をかけたい。
「司令は、身だしなみにもう少し気を使われるべきです」
近づいた氷華からでた言葉は、若干の憎まれ口がまじった発言。
同時に、氷華は思い切って天儀の襟元に手を伸ばし、整えるような仕草も出した。
憎まれ口だけでは、単に文句をいっただけ、ただの性格の悪い女と受け取られかねない。
襟元に手をも伸ばすという行動でそれを修正し、親しみゆえの言葉だと知らす必要がある。
周囲にだけでなく、天儀へもだ。
氷華が考えるに、ここに集まったものたちは、自分同様に天儀から直接声をかけられ第二戦隊へ移動してきたものたちだろう。
天儀に嘱目され集められた人々。
氷華の言葉と行動は、そんなものたちへ向けられた
「みなさんも天儀司令から声をかけられたのでしょうが、その中でも私は特別なんです」
という自分は司令と近いのだぞというアピールだった。
周囲の意識が、天儀と氷華に集まった。
二人は、何を話すのか、どんな関係なのか。
氷華は、そんな好奇心の混じった視線を肌に感じる。
ここに集まった者たちの関係は、天儀を中心とした合従。
一人一人は天儀との関係があっても、集められた者同士の横の関係はない。
そんななか
「千宮だ」
という声が聞こえた。
それは若干の畏敬のまじった色合いの声。
グランダ軍始まって以来の電子戦の天才。
千宮氷華は、軍内でも多少は名が通っていた。
自尊心は強いが、控えめ。これが千宮氷華。
他人を押しのけて、我が我が、というタイプではないが、譲らないところは絶対に譲らない。
そんな氷華に、身だしなみを指摘された天儀は、
「そうだろうか」
と口にし、自身の身だしなみをチェックするような仕草をした。
――着方の問題を言っているのではない。
そう思う氷華。
天儀は将校用の軍服を着ているが、それ以外に特別に身分や立場をしめすものを付けていないのでわかりにくかったのだ。
普通、戦隊司令のクラスの将軍といえば式典でもないのに、大仰な肩章に勲章をジャラジャラ付けていたりする。
氷華は、もう少し立場を明確に示すものを付けてはどうか、と暗にいったのだ。
「華美なものを避けているのでしたら、肩に羽織るような打掛のようなものが支給されているはずです。外套ではない方です。それをお使いになるだけでも少しは生えます」
氷華の目に映る天儀は、規定通りに軍服を着用しており、着崩したりはしていない。
それは真面目という言葉が似合うぐらいだが、杓子定規にすぎても逆に違和感を覚えるのも事実。
普通将軍と呼ばれるような立場の人間は、アクセサリーをつけるなり、着こなしを工夫するなりして、身だしなみに気をまわしている。
それが司令官は、特別という感情を部下へ植え付ける。
「二種軍装についてくる外衣か。あれはデザインがすこぶるいいな。まるで地球時代の十九世紀ごろの騎兵のようだ」
「そうなんですか」
氷華に軍服のルーツなど興味がない。
氷華が気なく応じると、天儀が笑いながら
「私に、そんな華はないよ。それに軍衣の上にさらに羽織ると窮屈だし、重そうだが」
と、いった。
飾り気のない男だなと、氷華は思う。
それも悪くはない。
だが、やはり氷華は、天儀が外衣を着こなしている姿を想像し、それを見てみたいと強よく思った。
「あれは肩周りを強調し、体のラインにメリハリをつけ、体型をよりよく見せてくれます。お似合いになると思いますよ」
氷華からみて、天儀は背丈はさほど高くないが、姿勢もよく体型はいい。外衣が似合うだろう。
「なるほど、ありがとう」
氷華の言葉を受け入れた天儀だったが、だが継いで出た言葉は違った。
「だが仮に目立つのなら戦場だけでいい」
この言葉に、言外に目立つと死ぬというようなものを感じ、氷華が押し黙った。
戦場で目立てば、敵からは格好の標的。
味方からは嫉視を受け、出る杭は打たれる。
氷華からして、天儀が派手派手しく、出世してきたようにはとても見えない。
天儀は、星間戦争を再開するという大胆不敵な男。
だが、その歩みは地味そうだなと思う。
このどちらかと言えば地味に分類される男が、出世できているのは、能力を汲み取る仕組みをもった組織の力か、時折この男の大胆さが爆発し昇進を呼び込んだのか。
氷華が、天儀の顔へジト目を向けながらそんなこと思っていると
「あら、仲がおよろしいのですね」
と、いう声がかかった。
金髪碧眼にスタイルのいい長身の女性。加えて嫌味のない品の良い雰囲気を身にまとっている。
近づいてくる際に、その長いブロンドが、ふわりと浮き上がり、場に気品ある香りが漂うような印象を受けた。
とんでもない美人。生まれは間違いなくいい。教養もありそう。
これが氷華の、登場した女への第一印象。
加えて、氷華の脳内で
――これは昔、見たことがある。これはサモトラケのニケね。
と、うめくように感想がもれた。
『サモトラケのニケ』
教科書に乗っていた古代の彫像。
背に大きな翼を持った勝利の女神像だが、首と両腕が欠損しており、それがかえって美しさを高めているという彫像。
さして歴史に興味ない氷華だったが、このサモトラケのニケは、強く印象に残っている。
氷華は、サモトラケのニケを知って、しばらくのあいだ歴史の授業始まる前には決まって、サモトラケのニケの立体映像を投影して眺めていたものだ。
「この彫像女」
氷華は、唐突に目の前に現れた美を、そう定義付け、合わせて
――誰だこの女は!
と、ジト目を激しくして、声をかけてきた女へ視線を向けた。
このブロンドの女性から声をかけられた際に、天儀からよく知った仲といったような親しみが出ていた。
氷華からして見逃せない事態だった。
自分は顔体型ともに容姿は、そこそこだが、背が低く、ジト目が足を引っ張る。
対して、登場した女はどうか。完璧だ。
肌の色も透き通るように白く、きめ細かい。声もきれい。
男が集まれば、腕力の強さで序列が決まるが、女性が集まれば美しさで序列が決定づけられる。
それだけ女性の
『美』
への意識は強烈。
加えて女性の容姿のへ自己評価は、美点より欠点を重視し、時には利点となる特徴もコンプレックスと感じ引け目をとなる。
氷華の、容姿への自己評価は、まさにそれだった。
隣の芝は青いとはいうが、氷華の今の感情は、自身の持たない物を持っている女性への強烈な嫉視。
だが、嫉視を向けられる女からすれば、氷華は彼女が持たないものを多くもっている。
ただ、そこに考えが至るのであれば、当然ここまで心を激しくしない。
氷華は、突然登場した美人に引け目を感じたが
「知も美のうちです」
そう心の中で豪語し、そう考えれば大幅加点
「私の勝ちですね」
と、勝手に勝負を進め、心の中で勝利宣言していた。
電子戦司令部の人間に、頭で勝てる人間はそうそういない。
また氷華の能力が飛び抜けて高いだけに、この加点方式は、ほぼ無意味ともいえる。
贔屓し水増し実際より高く見積もることを、下駄を履かせるというが、士官学校主席で加点すれば下駄どころの高さではない。小高い丘ほどになる。
氷華の加点方式は、猿顔せむしのような容姿でも、勝ちかねない加点だった。
氷華が、そんな無意味な勝負で、感じた引け目を打ち消すなか、登場した女性が名乗った。
「失礼、セシリア・フィッツジェラルド。情報科ですわ」
氷華も、名乗ろうとするが、セシリアがそれを制し
「電子戦科の千宮氷華さんね。知っていますよ。ツクヨミシステムを打破しうる大才。有名ですわよ」
と、微笑んだ。
これに氷華が、笑みに品があり、美しいと、思うと同時に、
――フィッツジェラルドのご令嬢か
と、閃いていた。
続けて、どうりでと、氷華は思う。
何処かで見たと思ったのだ。有名な女だった。
フィッツジェラルド家は、第一星系の火徳星の名家。
エネルギー事業で成功して以来、家勢は衰えを知らず。名実ともにある家柄だ。
そこの美しいご令嬢が、軍に居るというのは、幾度か世間で話題となっていたし、軍内の雑誌でも取り上げられていた。
そしてセシリアは、若くして次官クラス。情報部の超エリートだった。
天儀さんは、こんな情報部のエリートと、何故お知り合いなのか。
氷華が、そんなことを思っていると、セシリアと天儀は、二三言葉をかわし、続けてセシリアが天儀の襟元へ手を伸ばした。先程、氷華がしたように。
セシリアとしては、たんに胸元についたほこりを指で摘んだだけだったが、これが氷華の癇に障った。
癇に障ったと同時に、行動となる。
「何故、この場所を司令室などと、単にブリッジとお呼びになればいいのに」
氷華は、二人に強引に割って入っていた。
突然の介入に驚くセシリアに、一方の天儀は、この氷華の言葉に、はっとして
「それでいこう」
と、嬉々としていった。
「司令部、操舵室、情報室など艦中枢をまとめて一つにしようと思っていたのだが、いい名称が思いつかなくてな」
これにセシリアもなるほど、という顔になり、氷華へ微笑んだ。
親愛の情を向けたのだ。
セシリアの
――貴女に害意はないのですよ。
と、いう思いが込められたこの仕草に、氷華は簡単にほだされ、セシリアへの印象を変えていた。
微笑むときに、口元に指を当てたセシリアの仕草も可愛らしくも自然。
これも氷華への好印象だった。
好印象を与える物腰と言葉。生まれが良いということは、つねに嫉妬の対象であるということなのか。
セシリアは嫉視を向けられても、かわしかたを身に着けており本人の意識とは無関係に自然と体が反応する。
氷華から嫉という感情を向けられても、柔らかく包み込んでいた。
このセシリア・フィッツジェラルドの如才なさは彼女の才能だった。
艦中枢を、一箇所に集め指揮系統を効率化するという天儀の構想。
これは氷華からしてもわからないことはないが、
「ですが、リスク管理という面ではどうなんでしょうか。ブリッジを吹き飛ばされれば、艦隊中枢部の人間が、一気に消滅してしまいますが」
と、いう危惧もあった。
この思いついたようにでた疑問をセシリアが受けていう。
「小さな艦艇では、ブリッジにあらゆる機能が集中していますし、大丈夫だと思いますよ。なにより艦政本部の法務課からも許可を頂きましたしね」
グランダの艦政本部は、防衛省の外局で、造艦、兵器の研究計画審査、二足機要員の教育などを掌り、兵器の安全基準なども策定している機関だ。
天儀ではなく、セシリアから出た応じ。
氷華は言葉を口にするセシリアを見て、やはりセシリアは、今から何をするかよく知っているようだと思った。
『艦政本部の法務課からも許可を頂きました』
この言葉は、今日行うことへの事前の調整を、行ったのがセシリアだろうということをうかがわせる。
当然、セシリアへことの調整を命じたのは天儀。
二人の関係は、いつからなのか、どんなものなのか、氷華は気になったが
「なるほど、艦政本部も許可したと。杞憂だったようですね。失礼しました」
と、あっさり自身の出した意見を引き下げていた。
天儀の準備している新型ブリッジ構想に反対しているとか、既存の配置に固執しているとか思われては困る。
そもそもこの問題に、氷華は興味がない。親しそうに話す天儀とセシリアへ割って入る口実だっただけだ。
会話が途切れ、天儀が氷華とセシリアを交互に確認してから
「ま、第二艦橋もあるしな」
と、口元に笑みを見せた。
すると氷華が
「第一艦橋と呼ばれる場所が使用不能となったら、第二艦橋か、存在すれば第三艦橋で操船するわけですが」
といい。
それをセシリアが
「戦闘で第一艦橋が使用不能になるような状況なら、結局艦の運行には致命的ですわね。降伏するしかないしょうね」
と、継いで、お互いの顔を見てふっと息を吐くように微笑んだのであった。
天儀は、この様子を見てほっと胸をなでおろしていた。
セシリアと氷華。二人とも天儀が特に重視した人材。
情報収集と管理に長け、情報運用の機微を知るセシリア。
そして宇宙戦争は、電子戦なしには成り立たない、その電子戦をつかさどる氷華。
司令部の軸となる二人の間に、嫌忌や間隙があっては天儀としは困る。
当初、セシリアの顔を見た氷華が、理由は不明だがセシリアへ険悪な先鋭さを見せ、天儀は内心焦りを覚えていた。
天儀としては、折を見てきちんと二人を対面させ、司令部において二人がいかに重要であるかということを自覚してもらうつもりだったのだ。
それが、氷華の相手をしていると、セシリアが気配をなく近づいてきて、声をかけてきていた。
セシリアが、声をかけてきたのは良かった。
突然のセシリアの登場に、氷華が露骨に不快感を滲ませていたのだ。
天儀は焦燥を覚えた。
「おい、何故怒っている。不味いぞ」
と、肝が冷え上がる天儀。
だが、セシリアが持ち前の人当たりの良さで、氷華を上手くいなし、天儀は小休を覚え危機を脱していた。
他人を不快に思う理由は様々だが、特に理由なく不快ということも往々にしてありうる。
氷華の体貌から滲ませたセシリアへの不快の理由が、
「相手の人間性への嫌悪」
であれば致命的だった。
これでは関係の修復以前の問題。決裂する前から関係が悪いのだ。
『根本的に存在が不快』
この場合関係性を良好にするのは不可能に近い。
仲が悪い者同士を、合わせて使う場合は、その関係性の悪さを逆手に取って利用すればいいが、関係が良好であることこしたことはない。
いま天儀の目の前のセシリアと氷華の二人は、まだ会話らしい会話を交わしたわけではないが、天儀は二人の雰囲気を見て
――上手くやりそうだな。
という感触を持ち、一息ついた思いだった。
将軍という立場の人間が、戦いにおいて重視し、必要とするものは各々違うが、戦いはいつの時代でも情報戦だ。
情報部のセシリアと、仮想空間で情報戦行う氷華は、天儀にとって重要な幕僚だった。
――戦争を終わらす作戦は、頭のなかにある。
とも天儀は思う。
これは勝ち方ともいえるが、その勝ち方を具現化するには、軍全体でのイメージの共有が必要。
天儀が脳内で妄想するものを、全員で共有するのだ。
脳内の想像を、作戦計画や指令書として言語化する作業が不可欠。
言語化して初めて他人に考えがつたわるのだ。
そしてイメージの言語化とは、つまり情報化である。
その情報分野のプロフェッショナルであるセシリアと氷華。
言い換えれば、セシリアと氷華は、天儀の頭のなかにある戦争の勝ち方を、具現化するのに幕僚として不可欠な存在といえた。
天儀は状況や戦術へ助言する幕僚より、頭のなかに思い描いたものを具体化するのに、有用な人材を求めたともいえる。
そんなことを思う天儀が、室内を見渡してから
「そろそろ始める。セシリア手伝ってくれ」
と、セシリアへ声をかけた。
「セシリーで、いいと申し上げていますのに」
「では、セシリー頼む」
そう天儀が軽く受けると、
「はい」
と、微笑んで天儀の後に続くセシリア。
そんな二人をジト目で、観察する氷華。
部屋の中央に立った天儀の横にセシリアが収まり、何故か氷華もその横に当然のように収まっていた。
部屋に集まっていたものたちは、この二人が天儀司令の参謀なのなだと何となしに思ったのであった。