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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章六、レティ・疾風編
58/126

7-(7) 草刈疾風

 ――草刈疾風くさかりはやて

 は、黒い瞳に黒い髪の毛、刈り上げというほどではないが短い髪の毛。170センチを越えた程度の身長で、シャープな体つき。

 その風貌は、いかにも好青年といったふうだ。


 この草刈疾風こそ、グランダ戦術機隊で『最強』の下馬評を持つ防人隊の隊長だった。

 その最強であるはずの男が、いま直立不動となっていた。


 場所は防人隊が着任した地上基地の一室。

 部屋の広さは教室程度で、執務机が一つ。ひと目見れば普段使われていない部屋というのがよく分かる。

 そんな閑散とした部屋に、午後の陽光が差し込んでいる。


 部屋には2人、1人はすでに述べた防人隊の隊長疾風。

 そしてもう1人は、その防人隊を出迎えた第二戦隊司令天儀(てんぎ)だった。


 草刈疾風は防人隊のメディア向けパフォーマンスが終了した後、正式な着任の挨拶をするために今ここにいる。

 

 その草刈疾風の顔は、少々青い。体も強張っている。司令天儀から先の着陸の件で、叱責しっせきを受けることが間違いなかったからだ。

 

 緊張と気まずさで硬くなる草刈疾風。着任の挨拶なのに、入室を許されてから言葉が出ない。

 

 そんな疾風に、司令が


「マジで死ぬかと思ったのは、子供の頃に増水した川に入って以来だ。流されてな、死を覚悟した」

 と、言葉をかけてきた。


 その言葉に疾風は、ひたいに油汗を浮かべ、さらに身を固くする。口は一文字に結ばれている。


「第二戦隊司令天儀だ。よろしく頼むぞ」


 恐縮から黙って身を固くするだけの疾風に、戦隊司令の天儀から名乗った。

 あわてて疾風が


「防人隊隊長草刈疾風であります」

 と、こたえるが、それきり両者の間に気まずい沈黙が流れる。


 ――どう切り出したものか。

 と、逡巡しゅんじゅんする疾風。

 

 いまの疾風は、司令天儀へ謝罪するタイミングをうかがっていた。

 

 疾風は部屋に入った瞬間に、天儀からの叱責を受けることすら覚悟していたが、疾風の想像とは違い、今あっさり着任の挨拶が終わってしまい逆に気まずい。

 

 これなら怒鳴りつけられ、顔面を張られたほうがまだ楽だ。とすら思う疾風だが、黙ってこのまま去るわけにも行かず覚悟を決め


「あ、あの申し訳ございません」

 と、自ら気まずい沈黙を破ったのだった。

 

 そんな疾風の決死の謝罪もむなしく、謝罪受けた司令天儀は


「何がだ」

 と、もう出て行っていいぞ、とばかりに返してきた。


 疾風は、その天儀の態度に逆に司令の激昂げきこうを連想し、その身を固くしながら言葉を継いだ。


「着陸時に、天儀司令を踏み潰しそうになってしまったことであります」


 そう叫ぶようにいう草刈疾風は、いうまでもなく15機目の風に煽られてバランスを崩した機体のパイロットだった。

 

「あれか気にするな。君がすぐに機体から降りてきてくれたおかげもあって、メディアには、ああいうパフォーマンスだと思われたようだ」


 司令天儀は、そういうと続けて、


「俺は死んだかと思ったがな」

 と、苦笑した。


「君が軽やかに防人から降りて駆け寄って、俺がそれをとっ捕まえて握手。いい画だったと思う」


 疾風がこの言葉に、表情を引きつらせて背筋を伸ばした。その時の状況を思い出したからだ。


 着陸後、防人から飛び降りた疾風。その姿は颯爽さっそうとしており、墜落事故を起こす寸前だったなどとはとても思えない堂々とした登場だった。

 疾風は操縦席から出る際に、足元の踏み潰しそうだった男の姿を認めていた。


 ――よかった。踏み潰してない。

 これが天儀を認めた疾風の最初の感想。


 疾風は専用の昇降機もなしに機体を器用に下りる間に、踏み潰しそうになった男の階級章と顔を目ざとく確認。顔が目に入った瞬間に、戦隊司令天儀だと気づいて不味さを感じた。


 踏み潰さなかったのは幸いだが、踏み殺しそうになったのは、今から疾風の上司になる男だ。疾風は地上に足を付けるころには、気まずさからくる焦りしかない。

 

 だが、動じても始まらない。疾風は地に降り立つと、3メートルほど離れて立つ天儀へ向けてさっと爽やかに敬礼した。

 

 瞬間、天儀が動いた。


 疾風の目に映る天儀は、切れのある動作で敬礼した直後、疾風へ向け急迫してきていた。

 

 その様子は、駆け寄るとも違うが、とにかく

 ――早い。


 疾風が天儀の行動に驚いた瞬間には、すでに天儀が目の前。

 疾風へ向かってくる天儀は、無表情で体貌から気を放っていた。


 疾風は驚きで逃げだしそうになったが、なんとか踏みとどまった。天儀の肩越しに出迎えの面々とメディアが目に入ったからだ。走りって逃げ出せばみっともない。

 

 笑みさえ浮かべて防人の足元を動かなかった疾風だが、内心何をされるか気が気でない。急迫してくる男は上官で、表情がなく、気を放っている。近づかれた途端殴られることすら覚悟した。


 が、司令の天儀は、内心青くなって固まる疾風を捕まえると、肩を抱いてメディアのカメラの方へと向き直り、強引に疾風の手を取って握手。

 

 掴まれた肩と握られた手が、ただ力強く、疾風は、これがこれから上司になる男の怒りの程だと思い乾いた笑顔でメディアのフラッシュを受けていた。

 

 なお、このあわや着陸事故の折の天儀は、動じずに堂々と立っていたままだったが、

「実は単にビビって動けなかっただけだ」

 と後に回顧かいこしている。

 

 着陸姿勢に入った機体が、バランスを崩した途端に天儀の周りのものは、その場から走り去っていたが、天儀だけが疾風機を真っ直ぐ見つめたまま。

 

 秘書官でついていた千宮氷華が、逃げていない天儀に気づいて色を失ったときにはもはや手遅れ。天儀の3メートル先に、二足機の降着装置、つまり足があった。


 降着装置が地についた瞬間の熱風で、天儀が被っていた帽子は何処かへ吹き飛んで結局見つからずじまい。

 

 その様子を思い出し苦笑する天儀に、疾風が

 

「しかしそれでは」

 と、口にするも言葉に詰まる。が、意を決して言葉を続け


「パイロットとして、ありえない失態であります。何か罰を与えていただかないと、部下にも示しがつきません。お願いしますであります」

 と、言葉を押し出した。


 言葉の最後についた敬語がよくわからないことになっている草刈疾風。

 天儀が、そんな疾風をしばらく見つめてから、そうだな。と、呟いてしばらく考えるふうにした。

 

 間を置いた天儀が顔お上げ


「では、今後もしかしたら私も二足機に乗る事態が発生するかもしれない」

 と、前置いてから、疾風の目を真っ直ぐ見た。


「君は、防人以外の二足機の手ほどきはできるか」


「はい。よほどの特殊機でなければ。惑星ポルセではあらゆる機体を乗りこなせるような訓練もしておりました」


「なるほど、ではそれで行こう。二足機の教習をしてくれ。君は教えるのがうまそうだ」


「はっ」

 

 切れよく短い返事だが、その出た声には、了承とも疑問とも取れる色が出ていた。

 疾風からすれば、天儀司令のこの提案の意味が理解できないし、二足機の乗り方を教えろなどという戦隊司令は聞いたことがない。

 

 軍人は命じられたことをすればよく、意味など考えなくても良いということもあるが、万事につけてそんなことはない。不可能な命令には、問題を具申する必要がある。疾風も場所を変えれば、飛行隊の隊長で部下を抱える身である。疾風の了解は、部下の運命も左右する。

 

 困惑する疾風に、天儀が


「君の呼び方は、疾風(ハヤテ)でいいかな」

 と、問を重ねたので疾風は思わず


「はい」

 と、切れ良く応じてしまった。


 二度目の明確な返事。


 これで疾風は、司令へ教習をする理由を聞けなくなったし、難色を示すのも無理な空気となり、天儀へ二足機の手ほどきをするという命令を了承したということになった。

 

 天儀が、疾風の覇気のある態度に、機嫌良さげにうなづいた。

 

「よっし。よろしく頼むぞと疾風教官。防人隊と予定と照らし合わせて、こちらでスケジュール調整し、今日中に教習日程を送る」


「はい。それは自分が、司令に二足機の訓練をするということでしょうか」

 

 疾風が確認を取る。部下にやらせたりするのではなく、隊長の自分が自らやれということなのか。ここは重要である。


「そうだ。頼むぞ」

 

 天儀が屈託ない笑顔でいった。

 疾風は、その顔を見て何故か心が弾み、司令との教習に期待が膨らんだ。


 上官で戦隊司令を教習する。

 

 疾風は面白そうだと思うと同時に、

 ――艦隊指揮官は、どのように空を飛ぶのか。

 と、興味をいだいた。


 飛び方には、人の色味が出る。人間性や個性、いや今まで生きてきた人生そのものが出るといってもいい。

 

 疾風からすれば、飛行を見ればそれだけのことが感じ取れる。誰もがこのように飛行を見るわけではない、むしろ少数派だろう。だが、これが一流の二足機乗りの草刈疾風の飛び方を見る目だった。大げさにいえば草刈疾風は、飛行を見るだけで、その人間の奥深くまで洞察できるともいえる。


 二足機乗りの疾風は、天儀がどんな飛行を見せるか期待で胸が膨らんだ。


 面白い人だ。きっと面白い飛行を見せてくれる。疾風は、そう思うと心が弾んだ。

 疾風は、天儀の「頼むぞ」という気持ちのよい言葉に今度は


「はい」

 と、気持よく返事をして部屋を後にしたのだった。

 

 部屋を出た疾風が、ふっと息を吐いた。


 奇妙なことになったと思う。始末書を書くのでもなく、司令の教官になったのだ。だが、

 ――とにかく面白そうだ。


 疾風は、妙な気分と期待を抱え部屋の前をあとしたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天儀の目の前にした草刈疾風は、純粋で爽やかさを持った青年だった。

 加えて、恐縮して直立不動した草刈疾風に子供が持つけがれのない純真さを感じた。

 

 それにあの状態から見事着陸を決めるのは、普通は無理だった。まず間違いなく大事故だったろう。

 

 ――無事に着陸し、かつ天儀も踏み潰さなかった。

 状況は天儀を巻き込んで着陸失敗で爆発炎上、共に死んでいてもおかしくはなかった。

 

 つまり共に死ぬところが、共に生き残ったともいえる。


 天儀は、草刈疾風に運命的な面白みを感じ、二足機の教習を命じたのだった。

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