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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章六、レティ・疾風編
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7-(1) レティーツィア・ベッカート

 天儀が、アキノックや足柄京子ともに合同訓練を行なってから数日後、第四次星間戦争の開戦の内示が軍へ通達された。

 今回、内示が出されたことで、軍関係者は大あらわとなった。


 帝は第三次星間戦争直後から再戦を公言してきていたが、これが返って戦争再開を遠いいもと感じさせていたのも事実。

 

 第三次星間戦争は約一年に終わったばかりで、しかも両国は停戦ではなく講和条約を結んでいる。

 ご意思がしめされているだけで、それほど簡単に再開はしないという見通しも強かったのだ。

 

 だが、戦争の理由とは、常に彼我どちらかの一方的な都合による。開戦の時期などとうものは、理由があり勝算があれば攻める側に適宜とおもわれた瞬間がそれである。

 

 そして星間戦争せいかんせんそうにおいては、グランダ皇帝の意思が最大の開戦の理由となる。

 

 内示とはいえ、この正式な通達に伴い軍全体で大幅な異動がおこなわれ、半信半疑だったものもたちにも戦争が再開されるという実感を与えることとなった。

 

 いま、グランダ軍は、戦争再開に向けて着々と準備を進めていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 開戦が具体化するなか、近衛隊このえたいとも呼ばれる第一艦隊所属の第十一戦術機(せんじゅつき)部隊と、その隊長であるレティーツィア・ベッカートにも異動の命令がとどいていた。

 

「第十一戦術機部隊」

 は、ボーイング社製の強襲戦術機


「ハリケーンヘル」

 を、多数運用する二足機隊である。

 

 レティーツィアと、その麾下の隊の移動先は、第一艦隊の第二戦隊。レティーツィアの隊は、第二戦隊の艦載機かんさいき隊となった。


「レティーツィア・ベッカート」

 は、ロングのブロンドにエメラルドのような瞳。気の強そうな眉と目つき。長身に長い四肢、加えて豊かな胸。

 

 そして不満をたたえた口元。


 このレティーツィアが、移動の辞令を受け取ったときの感想は

 ――司令官は、あの唐公を誅殺した天儀か。

 という不愉快。


 感想と同時に、レティーツィアの胸間を抜けていった苦味。

 

 生真面目な軍人レティーツィアにとって、唐公の誅殺ちゅうさつ自体は評価できるが、

 ――やり方が気に食わない。

 これがレティーツィアの不満と不快だった。


 ――あれでは、まるで暗殺みたいじゃない。

 とすらレティーツィアは思う。


 それにレティーツィアは周囲の軍人たちが、唐公誅殺を評価しているのも納得がいかない。

 レティーツィアからいわせれば、軍事的栄光とは博打的に一発当てるというのもではなく、


 ――軍歴を着実に堅実に積み上げて行った先に、もたらされるものなのよ。

 

 なにより良くわからない男が、唐突に華々しく登場し目立っている。これがレティーツィアにとって、面白くないことだった。


 そう第二戦隊司令天儀は、軍と対立関係にあった恒星衛社こうせいえいしゃ首魁しゅかい唐大公(とうたいこう)を誅殺したことで、軍内で一目置かれる存在になっていた。

 いまの天儀は、唐公誅殺という大胆な行動で、軍内の要望を一身に集め支持を受けている。


 最近の戦争再開へ向けた動きも、この天儀の上奏じょうそうによるというがもっぱらの噂で、証拠に天儀も参謀本部さんぼうほんぶ将校しょうこうとともに朝廷へ出入りしている。

 

 艦隊の司令でなく、艦隊の一構成隊に過ぎない戦隊司令ごときが、参謀本部の高官らと朝廷へ出入りするのは、大きな理由があると誰にでも想像できた。

 

 そして、その大きな理由とは、星間戦争の再開と想像するのもレティーツィアでなくとも容易だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 この日、レティーツィア・ベッカートが、第二戦隊の司令執務室へ着任の挨拶に顔を出すと冴えない男が出迎えた。

 

「こんな男が、自分の上官だと思うとうんざりする」


 これがレティーツィア・ベッカートの天儀に対する第一印象。

 目の前にした司令天儀の後ろには、情報室長セシリア・フィッツジェラルドが控えていた。

 

 レティーツィアは、セシリアとは既知きちの仲。レティーツィアが、セシリアへ目を向けると、セシリアが人の良い笑みで会釈してきた。

 

 それにレティーツィアは、ひと目見ただけで応じた。


 見ると同時に、

 ――セシリーのような優秀な軍人が、何故こんな男の下で。

 と、けげんに思い。


 レティーツィアは、こんな男、踏み台にしてさっさと出世しなさいという激励げきれいの思いを込めて、セシリアをにらむようにしてみてから、天儀へ視線を戻し敬礼。司令天儀へ、着任の挨拶を開始していた。


 天儀へ挨拶するレティーツィア・ベッカートは、優美な容姿が目を引く反面、その目容もくように軍人としての気高さが漂い、近寄りがたいものを感じさせる抜群の腕前の二足機パイロット。

 

 金髪翠眼きんぱつすいがんの長身で、モデルが出来そうなスタイルの彼女の愛称は

「レティ」。


 軍内での通称は、

「近衛隊長」もしくは「近衛のレティ」。


 彼女の率いる戦術機部隊は、

「近衛連隊」

 と称され、グランダで単に

 

 ――近衛隊。

 といえば、このレティの戦術機部隊を指すほどだった。


 なおグランダの戦術機の編成は、分隊、小隊、中隊、大隊で、それ以上は戦闘集団とか、二足機兵団という。

 

 つまり書類上、「連隊」は、存在しない。


 戦力の運用は、状況に合わせ適宜行われるので、編組の結果、連隊と呼ばれるような編成が発生し、連隊の呼称が用いられる可能性はあるが、レティの部隊を

「近衛連隊」

 と呼ぶのは、レティと、レティの麾下の規律ある行動へ敬意を払った形の愛称だった。


 加えれば、兵団は、独立して作戦行動を行えるように編制された部隊を意味する。

 

 その兵団長であるレティは、現役の戦術二足機乗りとしては、最高峰の地位にあるといっていい。これ以上、立場が上がると、完全に管理職となり、作戦のために戦術機へ乗るなどということはなくなってしまう。


 そしてレティーツィア・ベッカートは、

 ――高潔で、極めて優秀な軍人。

 だが、その反面、

 

 ――過剰な自信と強い自尊心。

 という面をあわせ持ち、扱いにくい軍人でもあった。


「ベッカートの高潔は、獅子のよう見えて、おごりが多く鷲獅子じゅじしに近い」


 これが、太師子黄たいしこうのレティの評。

 太師子黄は、レティが集光殿しゅうこうでんの朝集の間で顕彰されたおり彼女を見かけていた。

 

 鷲獅子とは、グリフォンである。

 獅子もグリフォンもともに、七つの大罪の一つ高慢の象徴獣しょうちょうじゅう


 だが、獅子が聖獣として扱われることがあるのに対し、伝説の上の生物であるグリフォンは魔獣とまではわいないが、聖獣とはとてもいえない。

 

 グリフォンは別の面では、知識の象徴とされ、鷲という鳥の王と、獅子という獣の王が合成されたことから王家の紋章とされるが、天上の神々の馬車を引くモンスター、化物、怪物のたぐいだ。


 ただ、この『知識』の象徴という面も、黄金を発見し守護するといういいつたえを源泉とし、欲深いさまを連想させ、しかも金を守るだけで、目的なく守ってなんだというのだ。物の価値を知らないさまとも受け取れる。


 盲目の子黄は、レティの言辞げんじから軍人としての異能を洞察したが、その異能は巨大な高慢をも内包していることを見抜いていたのだった。

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