6-(8) 模擬戦(中)
天儀とトロウスの一回目の模擬戦は、天儀側の勝利で終了。
模擬戦はあと二回行われる。陸奥、榛名、高雄の3艦は、出撃ポイントへ戻るために移動中。
この時間を利用し3艦の艦長が回線をつなげて、反省会のようなものが行われていた。
「あいつらは、マジか」
これがアキノックと足柄が通話に出た瞬間に天儀が口にした感想。
トロウス隊の行動に驚きあきれている天儀にアキノックがつげる。
「まあ、電子戦能力が隔絶してこちらのほうが高かったからな。それにクルーの練度の差は大きいな」
「ふっふーん。どう。この足柄京子様の華麗な電子戦からの回り込みの機動よー」
自画自賛する足柄。
「足柄のところのクルーも、ほとんどが古鷹時代の横滑りだろ」
「そうよー私の可愛い部下たち。愛してるわ~。私、比叡と疑似データの護衛艦も含めて4隻撃沈よぉお」
「俺の榛名クルーは、長いやつだと3年近い付き合いだ」
「戦艦含む四隻よ。巡洋艦の戦果じゃないわよこれ。大殊勲じゃなーい」
だが今の天儀には2人の声も上の空。
先ほどのトロウス側の行動が信じられないといった様子で、天儀は画面に砲雷戦開始後のトロウス側の動きを表示。
天儀側の電子攻撃に対して、トロウスが選択した直進からの砲戦。これは行動はあまりに稚拙だった。
「あっさり隊を進めやがったぞ」
「まあ、そんなもんだ。これがグランダ軍の実態だ」
「いや実態とかじゃなく、普通怪しいと思うだろ。進めるか。ないだろ」
「残念だが、あんなもんだ」
それでも呆れている天儀へ、アキノックが言葉を継ぐ。
「流石にあれは極めて酷い例だが、星間戦争なんて言っても後方出動で前線は未経験のやつばかりだぜ」
「あいつは特別使えないから、戦力にカウントしない方がいいわよ~」
アキノックの言葉に続いて、足柄が茶化した。
天儀が、どちらへともなく、なるほど、と相槌をうって
「しかも電子戦の能力は星間連合の方が若干高いか」
とうめいた。
アキノックはそんな天儀をよそに、これが天儀が以前いっていた
『距離の稼ぎ方』
と
『駆け引き』
の有言実行かと心服してしまった。
アキノックとしては色々問いただしたいことはあるが、
「おい天儀。それよりなぜトロウスが砲戦優位空間ぎりぎりまでこちら側に寄せてくるとわかった」
これがアキノックの一番知りたいことだった。
模擬戦中の一旦停止の指示は、トロウス側の前進を確信していなければ出ない指示だ。
アキノックの問いに天儀が一瞬、眉間にしわを寄せ疑問顔になり止まったが
「見ればわかるだろ。あの性格で、慢心していたのだから進んでくる」
そうけげんに応じた。天儀の顔には、わかりきったことだという色すらある。
「お、おう。そうだな」
アキノックは、それ以上問う不毛さを悟り問わなかった。
天儀はおそらく戦況が表示された宙域図を見て、そこから散在する状況を拾い集めて結論を見つけた。
散在する情報を見て何を想像するか、どこまで想像できるかは人によって違う。
これは洞察力ともいうが、このように瞬時にして適宜な答えを導き出すことを
――直感
という。
アキノックは、そりゃあ真似出来ない。とも思ったが、それなら俺も得意だ。とも思った。天儀と全く同じことは無理だというだけの話だ。おそらくアキノックが直感によりできる離れ業は天儀には無理。おそらく足柄に当てはめても同様だろう。
アキノックが思うに、今回の天儀はおそらく勝負感覚が似通った自分と足柄で連携を確かめたかったと推量。
アキノックは自分だけでなく足柄京子も軍の中枢と考えると
――何であいつも一緒なんだよ
と、面白くないところもあるが、今後自分が艦隊を任されると思うと悪い気はしない。
納得のいったアキノックが問う
「あと二回はどうする」
模擬戦は、あと二回残っている。
「次は定形どおり3隻で直進」
「わかったわ。トロウスに花を持たせてやるわけね。意外と気遣いするのね」
「そうだ。そして三回目は二隻で先行して、私の陸奥が迂回行動を取る」
「一回勝って、二回勝たせるか。まあ、友軍のプライドをズタズタにして再起不能にしても仕方ないしな」
「ま、だが三回目は彼ら次第だな。運もある」
「あいつらも次からは、巻き返しに必死だろ。というより、一回目以上に酷いことができるなら後方任務すら任せるのは不安だ」
「三回目は、先行する榛名と高雄に対して、トロウス側がどれだけ火力を集中できるかで勝負が決まる。私の陸奥が戦場に現れるまでに榛名か高雄を戦線から離脱させ、2対3の状況にできればトロウス司令の勝ちだな」
「トロウスがデータ上の護衛艦の使い方間違えると、私達が勝っちゃうんだけど。あと弾着判定でラッキーなの引いちゃったら陸奥が来る前に2対3の状態で決着ついちゃうわよ」
わざと負けるのは嫌よ、という感じで足柄が確認した。
だいたい足の遅い陸奥を切り離し、迂回させるという時点でもうトロウスへの接待のようなものだ。
「それは仕方ない。負ければ口惜しさもあるだろうが、運が手伝ったと彼らも、そして模擬戦の結果を見るものも思うだろう。トロウス以下の面目は保たれるさ」
天儀のこの言葉に、キノックと足柄がうなづき通話は終了。
3艦は二回目の模擬戦向け所定の位置へついたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
通信が終了すると、高雄のブリッジでは
「天儀はすごいわ。いえ天儀司令ね。天儀司令の実力は本物よ」
と、興奮冷めやらぬ足柄が副官の子義へ向けていっていた。
「姐さんをここまで上手く使うとは驚きました」
「武蔵の舳先側に、この足柄京子を配置したのは絶妙よ。速いだけの雑なアキノックじゃ分裂する舳先に合わせて機動なんて無理よ。疑似情報無視して突っ込んで射撃位置につく前にバレてたわよ」
足柄のあまりの物言いに、副官の子義が苦笑する。
子義からみても上官足柄のアキノックへライバル心は強い。
「女性的な繊細さが必要なのよ。速さしか頭にないアキノックじゃ、分離に合わせて艦を微妙に機動させるなんて芸当はできないわよ」
子義が、姐さんは繊細さという性質は程遠いいですがね、とは思いつつも声には出さない。
心の声を押し殺す子義の横で足柄は思う。
足柄からして、唐公誅殺での一連の天儀の指揮ぶりから、優秀なのだろうということは見当はついていた。
だが
――あれは純粋な戦闘とは違う。
という認識も足柄にはあり、今回天儀の実力をはかるという思いで、合同訓練へ臨んでいた。
「どんなもんかと思ったけど、本当に強いじゃない。いいわ。命令には従う。例えどんな命令でもね。天儀司令は星間戦争に勝ちたいんでしょ。やってやるわよ」
「単艦で敵艦隊に突っ込めといわれてもですか」
「ええ、望むところよ。あの男の命令なら無駄死にはならない。ま、死なないけどね」
子義は自分の軽口に、あっさり応じてきた足柄のいいようにただならぬものを感じ押し黙った。
ときには部下の前でも彼氏のソースケを連呼する足柄。
子義から見て足柄京子の生への執着は大きい。固執や妄執とは明らかに違うが、上官の足柄京子は死して名をあげるというタイプではない。
そんな足柄へ
「ええ、どんな命令でも従ってあげるわよ」
と、いわせた天儀は、子義からして驚きだった。
思わず子義は苦笑し
「さすがは我らがアーレス。敵陣を粉砕して下さい」
そういって上官の足柄を見た。
「なんでアーレスなのよ。前いわれて調べたんだから。男神じゃない。私は女よ。女。アーレスってギリシャ神話でしょ。アテナにしなさいよ」
子義が、こればっかりはね、というように笑って流した。
不満な足柄は
「なんで男の神なのよ」
そう、ぶつぶついい、二戦目の開始を待つなか
――ソースケが実質無罪放免ですんだのは天儀のおかげ。
と、思った。
それが天儀は、足柄と顔を合わせても、そのことには一つも触れない。
例えばトロウスだったら
「千早宗介を助けてやった。だから言うことを聞け」
ぐらいは平気で押し付けてくるだろう。
なのに天儀は、『鞘の内事件』のことはもう忘れてしまったかのように何もいわない。
天儀のこの態度に、何よカッコつけてるわけ、ムカつくんだけどそういうの。と、足柄の心は落ち着かない。
――借りを作ったままにはしておけない
そう強く思ったのが足柄。
だが、それでも足柄には下手な指示に従って、一蓮托生までするのには迷いがあった。
義理立てして、恩返しするといっても自分が死んでしまっては元も子もないというのが足柄の考え。
けれど先程の天儀の指揮ぶりを見るに、安心して従える。
その命令がたとえ
――死命でもだ。
そう。そもそも考えてみれば、普段の自分なら一本取って相手に二本取らせるなどという命令には絶対に承服しない。
「なんで、意味分かんないわよ。バカじゃないの。勝ちこそがジャスティス。すべてじゃない」
と、反論し、納得がいかなければ単独行動に走ったろう。
足柄からして、戦場は温くない。勝ちを譲るなどという考えは甘い。
だが天儀の視点は、このような足柄の考えを超越している。
足柄が思うに、おそらく天儀は、この合同訓練をアキノックと、この足柄京子との連携の訓練と位置づけている。
つまり天儀にとって、この合同訓練の最中に生じる勝敗とは副次的なものにすぎないのだろう。
「得れる成果が最も大きいことをする」
なるほど、こう考えれば訓練のやりかたとしとしては最も正しい。
そもそも、この合同訓練の模擬戦自体が、場所、編成、その他もろもろ、天儀側に不利に出来ている。
こうなってくると、勝ちにこだわるより、最も得れるものが大きい行動をするというのは正論だった。
足柄が思うに、天儀は戦争になれば一敗も許さないし、負けても必ずそれを徹底的に活用する。
足柄京子は模擬戦たった一回で、
――悪魔のように狡猾で厳しい男。
と、天儀を洞察していたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方こちらは、アキノック座乗する榛名ブリッジ。
そして二回目の模擬戦が始まるまであと5分。
この短いようで待たされるには長い時間に、補佐官のエレナがアキノックへ
「一回戦目は驚きました。速度の活かし方は、なにも早いだけではないといったとこでしょうか」
そう言葉をかけた。
「擬似データの展開のタイミングが抜群だったな。トロウスはかなり動揺したろう」
「足柄艦長の擬似データに合わせての操舵指示も見事でしたね。分離していく艦首部分のデータにピッタリ動きを合わせていました」
エレナの言葉に、アキノックがうなづく。
「全てはタイミングだった。天儀の電子戦の開始の指示や移動のタイミングだ。あれぞ神域だ」
「足柄艦長も似たような感想を抱いたのでしょね。天儀司令に対する接し方が以前と少し違っていました」
アキノックが露骨に、そんな感じはなかったが。と、顔をゆがめた。
「ま、微妙な変化でしたから」
「再三、自画自賛してただけじゃねーか」
「少し違います。上手くいったのは天儀司令のおかげと、自分の仕事を報告しているように見えました。おそらくあの饒舌は、足柄京子の天儀司令への心腹の態度ですね」
「心腹ねぇ」
アキノックは自身も天儀へ対し、似たような感情を抱いただけに、あの足柄と同じだと思うと納得がいかない。
「ええ、あの様子だと、死んでこいっていわれたら躊躇なく突っ込むでしょう」
「信じられん。あのやかましいだけの女がか」
アキノックが憮然としていうと、二回戦目が開始されていた。




