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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章五、模擬戦編
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6-(7) 模擬戦(上)

 後日、惑星天京(てんけい)の軍演習用の宙域ちゅいきで、天儀とトロウスの模擬戦が開始されていた。

 

 天儀側は旗艦に天儀の戦艦陸奥(むつ)、アキノックは高速戦艦榛名(はるな)、足柄は巡洋艦高雄(たかお)。この3隻の編成。

 相手のトロウス艦隊は、高速艦の金剛こんごう比叡ひえいに巡洋艦の愛宕あたごの編成。

 

 それぞれが開始時間までにスタート地点まで移動。

 定刻に天儀側3隻、トロウス側3隻が、互いを求めて星の海を進み始めていたのだった。

 

 榛名ブリッジに立つアキノック。

 補佐官エレナがトロウス隊との位置関係を確認し報告してくるなか


「やはり遅い。このままだと用意した偽装情報も意味を成さないぞ」

 思わずアキノックから言葉がもれた。


 アキノックが見るに、こちらはやはり陸奥のスピードが遅い。

 普段何事にも速さを重視するアキノックにとって、遅さに合わせることはやはり苦痛だった。

 

「くそ、じれってえ」

 

 悪態をつくアキノックへ


「艦長」

 と、エレナからアキノックへたしなめの一言。


 補佐官のエレナからすればいまのアキノックは逸りすぎている。

 

 アキノックは普段の任務でも、

「遅い」

 と、僚艦りょうかんや護衛対象の動きに辟易へきえきし面倒くさそうに口にすることはあるが、ここまで苛立たない。

 

 エレナから見て、いまのアキノックは焦燥すらしているように見える。戦闘になり、勝負を意識すると普段押さえつけているものが表に出てくるのだろう。

 

「速力の遅い艦に合わせて進む。こんなことは普段もおやりになることではないですか」


「わかっている。それに、これは試験みたいなもんだ。天儀から俺へのな。上手くやる」


「これが試験なのですか?」


「二個艦隊を率いるなら編成がすべて高速艦とはいかないし、二個艦隊とは言い換えれば連合艦隊で規模だ。速力の統一など夢のまた夢。俺がここで辛抱たまらず飛び出せば、天儀に見切りをつけられる。連合艦隊の司令内定が、一転、戦隊司令か部隊司令どまりでお終いよ」


「ならば尚更ちゃんとやらねばなりませんね。ただ義務を果たしましょう」


「義務を果たす。そうだな。兵士はそれだけだ」


 そいうアキノックの言葉には勝負を強く意識する色がでており、焦りがある。

 エレナは、そんなアキノックを見て、ため息を付きながら


「軍務でも速力の遅い艦に合わせて進むなど当たり前ですよ。普段もやっていることではないですか」

 そう言葉をかけた。アキノックの気をまぎらわせ落ち着かせるためだ。


「それにです。撤退戦の折は上手くやっていたではありませんか」


 エレナが第三次星間戦争だいさんじせいかんせんそうの折に、アキノックの指揮で大成功させた撤退作戦のことを口にした。あの折も船速など統一されていない。


「あの時はデブリ除去の指揮で、二足機に乗って先頭走ってたからな。気もまぎれる」


 それにあの時は、前に進むことに傾注できた。いまとは違う。と、アキノックは思う。


 なにより

 ――天儀を見下していたあの豚野郎がムカついてしょうがねえ。

 これがこの模擬戦で、アキノックが勝負を強く意識してしまう理由。


「トロウスの野郎を絶対に負かして、吠え面かかせる」

 

 エレナがこのアキノックの言葉に内心嘆息。どう見てもいまのアキノックは格下相手へ顔真っ赤で無様な赤猿。

 

「艦長、質問があります」


 エレナの問いにアキノックは、こんなときに何だとというように、傲然ごうぜんとエレナを見下ろした。


「エルンスト・アキノックは姿顔雄偉で、勇壮絢爛ゆうそうけんらん。ですが、いまの私の眼の前に居るのは貧弱虚飾ひんじゃくきょしょく匹夫ひっぷ。これは一体誰なんでしょうか」


 平静さを欠くアキノックへ、エレナからの強烈な一撃。

 瞬間、アキノックの体貌がいかりで一回り膨らみ、目の前のコンソールへ自身の顔面を叩きつけた。

 

「クイック・アキノックだ」

 ひたいを赤くしたアキノックが平静といった。


 叩きつけると同時に、いかりが噴出し霧散、晴れやかですらある。

 アキノックに落ち着きが戻っていた。


 エレナは、そんなアキノックを見て満足、涼しげにして情報の表示されるコンソールへ目を落とすと

 

 ――陸奥から停止地点の変更の命令。

 が、発せられていた。


「艦長、陸奥から停止位置変更の命令です。予定より随分前の座標で停止となりますが」

 

 命令の内容にエレナですら懸念をいだいた。

 

 ただでさえ敵が有利なのに、ここで停止すれば砲雷戦を行いながら徐々に砲戦優位空間へ入るということすら難しい。


 報告を聞いたアキノックが哄笑した。


「停止、いいだろう。こんだけ遅けりゃ止まってるのと変わらん。天儀、俺はお前を信じる」


「どういう意味なのでしょうかこれは」


「そんなもん天儀にしかわからん。旗鼓きこみょうといやつだな」


 エレナの疑問に、アキノックが古いいい方で応じた。

 旗鼓の妙とは、戦場の空気をよんで適宜てきぎ采配さいはいを振るうというような意味だが、


「はあ」

 という疑問しかエレナはだせない。

 

 アキノックの言葉では停止の根拠は判然としない。

 疑問顔のエレナへ、アキノックは


「停止の意味がわかるなら。俺が大将軍ってことだよ。天儀はトロウス側の動きを見て、その心中まで想到に至るのだろう。つまり勝敗も見えている」

 そう晴れやかにいった。


「天儀司令には私達が見えないものが見えると」


「そんなところだ。やつの指示通り動けば勝つ。それだけだ。寸分も違わず指示を実行するぞ。今回の訓練の目的は天儀に合わせることを覚える。これだ」


 榛名ブリッジでアキノックが、そう宣言していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一方、金剛ブリッジのトロウスは、副官からの


「我が金剛に続き、比叡、愛宕は砲戦優位空間へ侵入完了」

 という状況報告に愉悦ゆえつにひたっていた。


 報告にトロウスは

 ――想定通り

 と、小馬鹿にしたような目つきで口元を緩める。


 トロウスの余裕を見た副官も、表情に緩みを見せ艦長トロウスへ言葉をかけた。


「やはり砲戦優位空間へ入れていませんな。どう料理してやりましょうか」


「そうだ。イニシアチブ(主導権)はこちらにあるぞ。これから横一列になり、天儀へ船側を向け砲撃準備完了をするか。それでは当たり前ですぎで面白くないな」


 そう意味深に言葉を切ったトロウス。

 副官が不思議そうに上官のトロウスを見る。


 他に選択肢があるのか。というのが副官の疑問だった。

 もう砲戦優位空間へ先に入ったのだからあとは布陣を完成させ、相手がこちらの射程内、つまり砲戦優位空間へ入ってくるのを待つだけ。これ以上の戦い方はないはずだ。

 

 副官がけげんに推量しはじめた瞬間、索敵オペレーターから報告が入った。


「天儀艦隊レーダーに補足。陸奥、比叡、高雄は、まだ砲戦優位空間から30分の距離」

 この報告で、トロウスが動いた。

 

「艦隊は、このまま単縦陣たんじゅうじんで前進。敵艦隊へ向け砲戦優位空間を直進し、砲戦優位空間外縁で停止、そこで布陣する」


 副官がこの指示を復唱。比叡、愛宕へもつたえられ伝令が完了。


 トロウス側の3隻が、さらに前進を開始していた。


 模擬戦ソフトが稼働するシュミレーション上では、金剛を先頭にした11隻の単縦陣だ。画面上では、3隻の後ろにはデータ上だけの護衛艦八隻が連なっている。

 

 再び前進を開始した金剛ブリッジで副官が、


「なるほど。奴らを砲戦優位空間から完全に押し出す」

 そういってトロウスへ尊敬の眼差しを向けた。


「そうだ。戦いは速度だ。天儀の艦隊を砲戦優位空間へ入らせない。これで一方的に撃てるぞ」


「流石です司令」


「やはり天儀は暗殺者に過ぎない。戦いを知らん。戦いは戦う前から始まっている。こんなことは基本だ。合同訓練の申し出を受けた時点で天儀に勝ちはない。模擬戦では全勝して、天儀に作戦指揮は無理だと、帝へご注進申し上げよう」


 トロウスの断定に、副官も同意し表情は喜悦きえつしている。


「司令、アキノックも得意の速度がいきなければ大したことありませんな」


「まったくだ。遅いアキノックなどただの駄犬に過ぎん。訓練後の懇親会こんしんかいでは精々遠吠えでも聞かせてもらおう」


 トロウスが見るデーター上の天儀たちは陸奥に速度を合わせ、まだ砲戦優位空間の外側を進んでいる。

 いまのうちに天儀たちが出てきていない分だけの距離を進み、陸奥以下二隻を砲戦優位空間から押し出した状態で開始してしまおう。

 

 トロウスからして自分の行為は、紳士的とはいえないが、


「砲戦優位空間へ入らせないなんて卑怯だ」

 と、後から文句を言ってきても、天儀たちは恥の上塗りになるだけだ。


 トロウスの口から思わず笑いがもれたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ついに天儀とトロウスの両艦隊が、お互いを補足電子戦から始まり、お互いが砲戦距離に到達。

 砲雷戦ほうらいせんの瞬間が迫っていた。


 そんな折に金剛ブリッジでは、索敵オペレーターが叫ぶようにして報告していた。


「射程内で感あり。大和型(ヤマトクラス)を補足。敵は一隻です。大和型二番艦の武蔵むさしです」


「露骨な擬似情報を一々伝えるなと言っているだろ」


 トロウスが叱呵しっかするようにいった。


「いえ、麾下の二隻にも確認済みです。比叡と愛宕も武蔵を捉えています」


 索敵オペレーターが食い下がったが、トロウスは黙殺、話しにならんとばかりに電子戦指揮官へ

 

「おい、どうなっている」

 と、状況を問いただした。


 自分たちが陸奥、比叡、高雄でなく、武蔵を捉えているということは、当然電子戦で押されて虚像をつかまされているということなる。

 

「いえ、これは大和型です。質量も一致しています。陸奥以下のデータが偽装と思われます」


「どういうことだ」


「最初に我々が捉えた3隻が、疑似データだったんです。ログを見ると質量などが実体データと一致しません」


 この言葉に金剛のブリッジ全体が騒然、その騒然が動揺となるまでに時はおかなかった。


 大和型に搭載されている主砲は、51センチの超重力砲である。一般的な軍艦積まれている重力砲とは桁が違う。

 運が悪いと直撃しなくても至近弾だけで演習ソフトに撃沈の判定を出されかねない。


「あの皇族殺し。帝に泣きついて超級戦艦を引っ張りだしたのか」


「まさか」


 動揺するトロウスへ、それ以上に動揺している副官が驚きの声を上げた。


「ない話ではない。皇族殺しだ。やりかねない。だいたい勝負をあっさり受けたのが解せなかった。こういう絡繰りか」


「比叡、愛宕が指示を仰いできています。いかが致しましょうか」


 この通信オペレーターの報告に、さらに平静を失うブリッジ乗員たち。


「動揺するな。3対1だぞ」

 と、自身も動揺で青くなっているトロウスがブリッジ全体へ向け一喝した。


「愛宕の兵装では、大和型の装甲を抜けませんが」


「知っている。愛宕には時間差で射撃させ金剛、比叡の着弾箇所へ狙えと指示しろ」

 

 副官が復唱し、伝達が開始される。


「大和型にも弱点はある。完成後に発見されたやつだ。装甲の継ぎ目を狙え。大和は弱点部分の改修工事を完了しているが、武蔵はまだその弱点を残している」


 言葉を発するトロウスも動揺覚めやらないが、声を出しているうちに強気となり、それが言葉となって出る。


「一々慌てるな。我らの方が数も場所も有利だ。一杯で前進、武蔵を絶対に砲戦優位空間へ入れるな」


 そう、まだ空間には余裕があった。大和型の装甲に任せて前進されると、こちらが押し込まれかねない。

 いまのうちに更に艦隊を前進させ敵の侵入スペースを潰しておく。というのがトロウスの司令としての判断だった。

 

「前進しつつ砲戦を開始するぞ」


 言葉とともにトロウスが思う。

 そう。いくら超級戦艦を引っ張りだそうと、こちらが砲戦優位空間にいて相手は外側にいる。こちらの絶対優位は動かない。この状況は覆らない。

 

 武蔵まで引っ張り出してきて模擬戦で負ければ、状況どうのではなく、これは単なる天儀の大恥になる。

 

 トロウスは

 ――むしろこの状況は美味しい。

 と、自身へいい聞かせ動揺を押し鎮めようとした。


 だが、トロウスは顔が熱いのに腋間は冷え切っている。あわせて体中を不快感が走り、重しがのしかかってくるような感覚もある。

 

「砲術長、発砲許可を出す。準備できしだい撃ちまくれ」


 トロウスの指示直後に、トロウス側から次々と砲撃が開始された。

 弾着観測オペレーターが叫ぶ。


「全弾命中判定です。武蔵、三分裂し大破判定」


 金剛ブリッジにどよめきと歓声が上がった。


 各乗員コンソールと、中央の戦況を実況している大モニターに、巨艦の爆散ばくさん判定が出ていた。

 

 爆散判定は各艦型によって異なるが、大和型の爆散を見るのは誰もが初めて、巨艦の爆散は爽快そうかいなものがあった。

 

 だが次の瞬間、金剛のブリッジの通常灯が落ち、真っ赤な警告灯に切り替わる。

 これは演習ソフトによる撃沈判定のエフェクトだ。


 ――何事が起きたのか。

 と、騒然とするブリッジで、戦況観測オペレーターが悲痛な声が上がった。

 

「陸奥、榛名、高雄に取り囲まれ立体十字砲火りったいじゅじほうか判定」


 つづけて


「我が方、金剛、比叡、愛宕が撃沈――」

 

 最後の方は声にならなかった。

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