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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章五、模擬戦編
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6-(6) 模擬戦へ向けて

 天儀てんぎと第三戦隊司令トロウス・リストが合同訓練の約束をして数日後。

 この合同訓練と称した模擬戦に参加するアキノックは模擬戦の打ち合わせのために補佐官エレナ・カーゲンを伴い陸奥むつブリッジを訪れた。

 

 天儀は目をつけていた最適なやつ、に上手く声をかけたようで、アキノックが天儀の執務室を訪問した2日後には、連絡があり合同訓練に参加艦を聞かされていた。

 参加艦は天儀の陸奥、アキノックの榛名はるなに加え巡洋艦高雄(たかお)


 陸奥ブリッジに入ったアキノックは、司令指揮区画へと進んでいく。

 すでに高雄の艦長と、艦長へ随行した乗員は中のようだ。

 

 アキノックが目指す、ついたてで仕切られた司令指揮区画からは、やかましい女の声と副官らしい男の声がもれている。

 

「なによー。このブリッジは安物の茶しか出ないわけ。ブランデーぐらい出しなさいよ」


あねさん。止めてください恥ずかしい」


 アキノックは

 ――どっかで聞いた声だ

 などと思いなら司令指揮区画へ入った。


 入った瞬間、アキノックは思わず、どっかで聞いた声のぬしを凝視して


「げ、足柄京子あしがらきょうこ!」

 と叫んでいた。

 

 足柄も気づき


「あら、早漏そうろうアキノックじゃない」

 と、手を上げつつ挨拶。

 

「違う。クイック・アキノックだ。大体下品すぎるだろそれ。お前はほんと最低だな」


「あらー、恥ずかしがるなんて可愛いとこあんじゃない。大体ね私の美し口から下ネタ聞けて喜んでじゃないわよ。あんたとんだ変態ね」


 アキノックの胸間を

 ――めんどくせえ

 という痛烈な悲痛が駆け抜けた。


「天儀が目をつけてる奴ってのは、足柄てめえかよ」


「ふっふーん。いい女はどこでも人気なのよ」

 

 何故か勝ち誇る足柄。


「てかね。自分で二つ名を名乗るってあんたどうかしてるわよ」


 言い返そうとしたアキノックが、足柄との言い争いに対し、未然に不毛を悟り憮然とした。

 この女は滅法口が回る。相手をするだけ無駄だ。言い合いをすればどんどん低俗な言葉の応酬となり、結局は自分の品位を落とす。


「あら、黙り込んじゃって何よ。もう敗北を認めたってわけ。ほんと何につけても最速よね」


「相変わらずめんどくさい女だなてえめえは」


 アキノックは毒づき、天儀に向けて手を上げ挨拶した。

 天儀は2人のやり取りを苦笑して眺めていたのだ。


 司令指揮区画には他に、足柄の副官子義(しぎ)に、秘書官千宮氷華と情報室長セシリア・フィッツジェラルドもいた。

 

 セシリアの姿を認めたアキノックが、

 ――お、情報部の花、ミス・ミリタリー、華麗なるセシリア嬢じゃねーか

 そう喜色を浮かべ、居住まい正した。


「セシリア室長。こんなむさ苦しいところへよくぞおいでくださいました。エルンスト・アキノック。榛名艦長です。以前からお会いしたいと思っておりました」


 長身で均斉の取れた容貌ようぼうのアキノックが優美にいった。その挙止からは、先程まで足柄と情けない言い争いをしていたのと同じ人間とは、とても思えない。


「おい、アキノック。ここは私の艦だぞ」


 天儀が笑った。

 補佐官エレナが続けて


「艦長、自重して下さい。恥ずかしいのは私なんですから」

 そう嘆息。

 

 その横では足柄が不満を口にしだした。


「ちょっとあんた。私は。私もいんじゃない。無視すんじゃないわよ」


「おめえは、どうでもいいよ。大体、千早宗介ちはやそうすけがいるだろ。俺だって男がいるわかってる相手は口説かねーよ。後々めんどくせえからな」


 アキノックが価値のない枯れ草のように、足柄をあしらった。

 お前には価値がいないとばかりのアキノック態度。これに苛立った足柄が言い返す。


「あらそうなの。意外ね。なんでもいいと思ってたわよ。それこそ美人の写真でもはりつけた藁人形でもね」


「本当に、めんどくせえなお前は。たとえお前が独り身でも、めんどくさすぎて無理だ。お前だけは絶対にない」


 騒がしい室内で天儀は、苦笑しつつエレナを一瞬見て、このように美しい女性を横において、まだ他を求めるものか。とアキノックへ好奇の目を向けた。

 

 ――不思議なものだな

 と天儀は思うが、それがアキノックのバイタリティなのは間違いないとも思う。人とは、そういうものなのだろうと天儀は受け入れていた。


 そう天儀からしてもアキノックの補佐官エレナは美しい。

 

 ――美しすぎる補佐官。

 これがエレナの軍内での見られ方。

 

 なお、以前は美しすぎる二足機パイロットで


「ビューティー・ハニー」

 と呼ばれていた。

 

 ハニーは本義では蜂蜜を指すが、この場合ははちを連想させる言葉で、

「美しく刺す蜂」。


 ハニーには、エレナの美貌への甘美な羨望が込められている。

 ハニーは恋人など、愛おしい相手への呼びかけでもある。つまり若い男なら誰でもエレナをものにしたい。そんな男たちの下心が、ハニーという言葉となった。

 

 ビューティー・ハニーは、エレナの美貌と二足機の腕とを評価し、そこへ呼ぶ側の願望も多少混ぜた二つ名だった。


 騒がしい室内に天儀が


「そろそろ始めようと思う」

 と一声。

 

 室内は一気に静まり返り、視線は天儀へと集まった。


「模擬戦は、3対3に疑似データの8隻をお互いに加える。仮想空間上は、11隻同士の戦いだな。だがやはり実体艦の3隻を撃沈判定することが勝敗を大きく左右する」


「で、相手は全部高速なんでしょどうするの」


 天儀の言葉に、足柄が先走っていった。


 速力の揃わないこちらが、不利なのは分かりきったこと。

 砲戦優位空間へ先へ入られ、待ち受けられる。こちらが砲戦優位空間ほうせんゆういくうかんへ入る頃には、トロウス側は横並びになり射撃準備完了。砲戦優位空間に侵入してくる天儀の艦隊を集中砲火。

 

 足柄の言葉とともに、セシリアが情報を室内中央のコンソールへ提示。

 

 ・天儀側:陸奥・榛名・高雄で、陸奥が低速艦。

 ・トロウス側:金剛・比叡・愛宕の高速艦統一。


 天儀は、早々に足柄からでたこの模擬戦での一番の問題へ、わかっている、というようにうなづき言葉をつづける。

 

「模擬戦では艦載機の直掩ちょくえんなどは排除して、純粋に艦艇の砲雷ほうらい能力だけで戦うことになるが、艦の疑似データを構築して相手へぶつけることは禁止されていない」


「つまり電子戦か。ハッキングしてこちらの疑似情報を実体と思わせるわけだな」

 

 察しのいいアキノックがそういうと、足柄も続いた。


「なるほどね。データー上だけのデコイってわけね」


「そうだ。電子戦で相手にこちらの艦艇の虚像を掴ませ、虚像きょぞうへ発砲させる。狙いはこれだ」


 天儀がうなづいていい作戦内容の大筋の披露を開始した。


「具体的にはこうだ。3隻が縦列で目標向けて進み、電子戦で3隻が1隻の超級戦艦ちょうどきゅうせんかんに見えるようする。これが今回の作戦の根幹だな」


「なるほど、3隻で1隻の超級戦艦に化けるわけですね」

 

 エレナがそういうと、天儀がうなづいた。


会敵かいてきの瞬間、3隻で強力な電子兵装の連携を行い、電子戦を展開。合わせて3隻はトロウス艦隊へ縦列のまま船側をさらす。3隻を重なって横に並べることで、実態質量を得ることで擬似情報にソースを加える。これでトロウス側を騙せるはずだ。

 そして敵が発砲後は、3隻がバラバラになり、被弾して三分割されたように離れていき、陸奥を中央に残しアキノックと足柄の艦でのトロウス艦隊を包囲する」

 

 説明を終えた天儀が、どうだ、というように面々を見た。

 アキノックも足柄も面白そうだといった様子。

 異論はないようだ。


 セシリアが天儀の説明に合わせ、手早く作戦を表示していたたことで、アキノックも足柄もすでに、作戦情報が表示されたコンソールの画面に見入っている。


 天儀が真剣にコンソールへ見入る二人へ


「相手は自分たちの方が速いと思っている。つまりトロウス側は、自分たちが有利だと思い込んでいるというのが肝だ。速力は重要だが、それ一つで有利とは、これは幻想に等しい。奴らは速度の活かし方を知らんからな。そんな彼らの幻想を電子戦で増幅し、幻想が妄想となり最高潮になったところで叩き潰す」

 そう付け加えた。


「なるほど。奴らは自分たちが砲戦優位空間に先に陣取ったと油断がある。俺の榛名と足柄の高雄は低速の陸奥に合わせるからな。どう考えても砲戦優位空間へ先につくのは奴らだ」


「そうだ。で、先に砲戦優位空間入られた場合の基本対処は、電子戦による射撃管制の妨害だ。トロウス側の電子戦兵は射撃管制保持へ傾注するだろう。故にこちらが超級戦艦の疑似データをぶつけてくるなど想像の外だ。

 そして砲戦優位空間とは、状況によっては逆に照準されやすい位置もである。仮に彼らが虚像へ向けて発砲すれば、こちらは射撃し放題。重力砲の発射は電子的にも光学的にも隠蔽率をほぼゼロにするからな」

 

「はー、やるじゃない。相手の速さを逆手に取るのね。さっすがね。遅いなら遅いなりの戦いかってわけね」


 足柄も感心するなか、氷華の讃仰さんぎょうするような視線が天儀へとそそがれていた。

 

 いまの氷華の目に映る天儀には迷いがなく、その姿は決然としている。

 ――天儀さんはすごいです。

 そう氷華が思った。


 氷華は、私なら早々に幻想を断ち切る方向で作戦を立てます。それが天儀さんは、夢を見ているなら、その夢をみせたまま倒すとうわけです。


 ――幻想をだいたまま死ね。

 とは、これはすごいです。


 氷華の驚きも単なる着目点と発想の違いだが、氷華からすれば、自分も思いもよらない手法を早々に、かつ迷いなく思いついてしまった天儀へ神智を垣間見た感覚にとらわれていた。

 

 氷華は天儀から事前に、電子線で3隻の連携による超級戦艦の疑似情報を作り出すことが可能かどうか問われており、この天儀の問いに対する氷華の答は

 ――可能。


 だったが、その超級戦艦の疑似データがどうして必要なのかは、氷華からすれば全く不明だった。

 

 氷華は、いまその意味を聞かされ、天儀司令はトロウス司令が執務室に現れた瞬間に、この作戦を思いついていたのでは、とすら感じた。

 

 天儀以外の室内の面々の視線がコンソールへと落ちるなか


「足柄ちゃんとやれよ。これ割と難しいぞ」


 アキノックが、真剣な口調で足柄へ向けていった。


「いいわよ。この演習に必要だから謹慎解除、艦上乗任務復帰。しかも艦長に戻れるわけだしね。そこんとこは、わきまえてるわよ」

 そう殊勝にいったかと思ったら


「しかも最新鋭の高雄よ~」

 と嬉しそうに付け加えた。

 

 天儀がそれを聞いて、本当は戦艦に乗せたかったんだがな彼らは一隻巡洋艦だったからなと笑う。

 

 室内は模擬戦へ向けて、さらに細かい調整に入ったのだった。

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