6-(5) 模擬戦の申込み
第一管区天京地上基地。
は、首都テンロン特区の郊外にある星系軍の地上基地で宇宙にない星系軍の活動拠点。この敷地内にあるビルの一つに、天儀たちの第二戦隊の天京での司令部も入っていた。
ビルに入ってまず目にとまるのは、大理石の壁に、床の真っ赤な絨毯。そしてビルの一階はホテルのラウンジのような作りなっており、ビリヤード台など娯楽用の遊具。もちろんドリンク類提供や軽食のサービスもある。
このラウンジは仕事を終えた、もしくはデスクワークに一段落つけた将校たちが集まり歓談して過ごす場所だ。
ラウンジの真っ赤な絨毯の上を榛名艦長で、姿顔雄偉なエルストン・アキノックが堂々と進んでいた。
アキノックの目的は、天儀の訪問。
唐公誅殺は、首謀者天儀の大将軍就任を予感させ、大将軍の就任の予感は
――戦争を予感させた。
勘が働くものなら誰もでもこの想到を持つ。
そんなふうにして軍全体が戦争予感し動き出すなか、嗅覚鋭いアキノックも天儀が星間戦争再開に向けて作戦案を提出し正式に受理されていたことを知っていた。
補佐官のエレナ・カーゲンの情報網が出処だが、アキノックからいわせれば
「最近の軍内空気と唐公誅殺、そして出迎え任務の折のあの天儀の迷いのない態度を見ればどう考えても大将軍は天儀。天儀が大将軍になれば必ず戦争だ」
こんなことは、わかりきったこと。
「天儀が大将軍なら、どう考えても戦争をやらすための大将軍だ。次の戦争に最も近い男だな」
ともアキノックはいい、エレナの報告に目を通し終えていた。
今日のアキノックの目的は、最も次の戦争に近い男、つまり天儀への合同訓練を申し込み。
だが、そんなアキノックは天儀を訪問するため自身の執務室を出る折に、補佐官エレナから
「またおさぼりですか」
と、苦言を呈されていた。
アキノックが端正な顔に微笑を浮かべ厳しい言葉を向けてくる補佐官に嘆息。
――俺は信用がないね
と、嘆きながら応じる。
「違う。総軍司令官殿と呼吸を合わせの練習だ。今のうちにやっておかないと後々困る。やつも今ならまだ暇だろう」
「はあ」
エレナがアキノックの応じに困惑した。
グランダ軍に総軍司令官などいうポストはいまのところない。有事の場合は大将軍が全軍の統括をおこなう。
エレナは、アキノックの言葉に幼稚さを感じ
――嘘までついて、今日は何をするんですか
と、すら思い。
またラウンジ辺りでおサボりになるのですか、それとも女性との約束なのですか。などと思い疑惑の目をアキノックへと向けた。
ただエレナからしても、アキノックの今回の言い訳には引っかかるものがあった。
エレナの困った上官アキノックは、ラウンジでサボるなら息抜きや休憩というし、女性との約束ならさも重要な仕事だというように、会合だなんだのといって出ていく。
今回のサボタージュの口実は初めてのパターンで、かつ稚拙。
ついに言い訳がなくなったのかしら、とすら思ってエレナは上官のアキノックを見ていた。
「わかった。言い方が悪かった。総軍司令官じゃなく未来の大将軍だ。未来の大将軍へ合同訓練の申し込みに行くんだよ」
「なるほど、天儀司令ですか。総軍司令官などといわれ全くわかりませんでした」
天儀の大将軍就任はまだ正式に発表されていない。アキノックは大将軍というのを、はばかってあえて総軍司令官などといったのだ。
「わかりにくかったか。だが、やつの大将軍と任命はほぼ間違いない。ここまで現実味を帯びると冗談で、大将軍などといえばいらぬ災も招きかねない」
「なるほど。意外なほどに繊細な気遣いですが、一応気を使ったと。ですがこの場合、単に天儀司令とか、第二戦隊といえばこうしてお引き止めしていることもなかったのに」
エレナの正論に、アキノックは顔を渋くし頭を掻いた。
「本当に天儀司令は大将軍確定なんでしょうか」
「俺は、天儀に二個艦隊任せるとまでいわれたんだ。そうだろう」
アキノックは、そういうと、じゃあ行く、といって部屋を出ていたのであった。
そして、いまアキノックは第二戦隊司令執務室で、天儀と雑談となり
「合同訓練の申し込み」
という要件を切り出しそびれていると、第二戦隊司令執務室へ新たな来客となっていた。
ノックから扉が開けられ、長身で恰幅のいい眼鏡の男があらわれ室内へと足を踏み入れる。
現れた男は体も態度も居丈高、そんな男の素性は
「第三戦隊司令トロウス・リスト」。
室内を値踏みするように入ってくるトロウスを、
「トロウス将軍。こんなところへ、よくぞお越し下さいました」
そう天儀が慇懃に迎えた。
天儀もトロウスも第一艦隊所属の戦隊司令。トロウスも同じ基地内に執務室を持つ。二人は当然お互いの顔を知っている。
2人の様子を眺めるアキノック。
トロウスは長身というだけでなく横幅のもあるので、
――天儀がまるで小人じゃねえか
と、苦々しく思うアキノック。
そんなアキノックの感想が胸懐で続く。
それにしても天儀、お前その豚野郎に丁寧すぎるだろ。舐められるぞ。
小さい天儀が、ペコペコと頭を下げて、とまではいわないが、天儀がトロウスに対し随分尊重する態度をとるせいで明らかにトロウスが増長している。
――お前は未来の大将軍だぞ。
それじゃだめだ。とすらアキノックは思い。2人のやり取りを苦々しく眺めていた。
そう先客のアキノックは、壁によりかかり素知らぬ顔でトロウスの無視を決め込んでいた。
天儀は第二戦隊司令とトロウスが第三戦隊司令。対して、アキノックは第四戦隊所属の戦艦榛名の一艦長に過ぎない。
立場はトロウスのほうが上、アキノックはあとから来たトロウスへこの場を譲るしかない。
が、さも譲られて当然というトロウスの態度がアキノックをよけいに苛立たせる。
――気に食わねえ
アキノックの苛立ちは、単に待たされるのが不満というだけではない。
アキノックの知るトロウスは、
「皇族との縁故を誇り、身分を鼻にかける嫌な野郎で、星系軍にあって素性と学歴を重視するみみっちい男」
だからだ。
トロウスは軍内では純血派などよばれる気位の高い集団の一人で、この集まりは純血サロンなど呼ばれていた。純血サロンのメンバーになるには、学歴と成績に生まれが重視される。
そんな純血派のトロウスからすれば、幼年期学校から士官学校をへて、然るべき手順を踏み軍高官の階を登るのが真の軍エリートの姿。
つまり天儀やアキノックのような帝からの抜擢組は、トロウスにとっては目の敵。嫉視の対象。
アキノックは、
――こいつは天儀と親しくするようなタイプじゃない
そう直感し、トロウスを一目見た時点で
――この訪問には裏が有る。
と、確信していた。
アキノックが胡散臭げにトロウスへ視線を向けるなか、腰の低い天儀にトロウスが応じていう。
「茶などいりませんよ。お忙しい身でしょう。要件だけ済ませて帰りますので」
「いえ、そういったわけには。すぐ用意させます」
この天儀の申し出をトロウスが手で制し、必要ないという意思を強くしめした。
これに天儀が、あっさり引き下がる。
トロウスが天儀を見下ろし
――皇族殺しが。
と、侮蔑の目を向け
「天儀司令は手を洗うのに忙しいでしょう」
そう冷たく刺した。
だが、天儀は自身の両手を見て
「え、ああ」
と、声をもらしつつ
――いや、汚れてませんよ。
というようにトロウスへ笑いかけた。
天儀の反応に
――そういう意味じゃない。
と、トロウスが表情が苦さを通り越し呆れとなった。
いまトロウスの目に映る天儀には、どう見ても皮肉が通じていない。
皮肉で刺されたはずの天儀の様子は、まるで手についた土の汚れを探すようだった。
これにトロウスは、砂遊びでもしたわけじゃあるまい。子供じゃないんだぞ。俺はお前の手が血で汚れていると揶揄したんだよ、と思い。皮肉も通じんのかと、内心嘆息。
――勘の悪い。毒のない男だな
と、天儀を見くびり同時に警戒を緩めた。
トロウスは言葉に、露骨に侮蔑の色を乗せ発したのに、天儀は気にも留めない。
天儀の様子は、下手に出るというわけではないが、トロウスへ向ける感情に険がなく、言葉を素直に受け取って流してしまうというもの。
トロウスも天儀と徹底的に敵対し、関係の決裂までは望んでいない。今回の訪問は様子見。いまのうちに増長しないように脅しておく。適当に二三厳しい態度を取って、天儀の反応が気に食わなければ潰すという程度の気持ちで部屋に足を踏み入れていた。
それが天儀に、こうまで敵対心がないと、しめされてはトロウスとしても、いまはそれを受け入れるしかない。
トロウスは咳払いし
「要件だけを単刀直入言わせてもらう。是非、天儀将軍と合同訓練をしたい。内容は模擬戦でどうだ」
そう天儀へ切り出していた。
「おい、いくらなんでも切り出し方がある。それが合同訓練を申し込む態度か」
トロウスの申し出に、天儀ではなく、壁に寄りかかり無視を決め込んでいたアキノックが思わず反応していた。
「おやおや、これは榛名の最速殿。いらしたのですか」
小馬鹿にして応じられ、アキノックの体貌が一回り膨み
「第三戦隊司令は、眼鏡の度があってないとみえるな」
そう凄んだ。
192センチの筋肉質の男が凄めば、それだけで恐ろしい。
思わず怯むトロウス。
だがトロウスは傲岸に鼻を鳴らし取り繕い、アキノックへ対し
――お前と話に来たのではない
と一睨みしてから天儀へ視線を戻して話を続けた。
「唐公誅殺で帝の覚えめでたい天儀将軍は、軍内でも特に武闘派で知られている。こんな突然の提案にも気分を害することはないと思っている」
トロウスは、
「唐公誅殺」
の部分に重いトーンを置いて、また天儀をちくりと攻撃した。暗に皇族殺しという皮肉を込めたのだ。
アキノックが、トロウスへ見下げるようにして威圧的な視線を向けたが、トロウス面倒さそうにしつつもどこ吹く風。
とうの天儀といえば、そんなトロウスの悪意にも気にしたふうもない。
「ええ、ぜひお願いします。願ってもないことです」
トロウスの申し出へ快く応じていた。
天儀の返答に、トロウスが口元に下卑た笑みを浮かべ、
「なるべく早く行いたいので、主力艦だけの3対3の模擬戦でいかがか」
と、合同訓練の具体的な内容を提案。
「なるほど、では演習ソフトつかって弾着判定などを行うんですね」
トロウスがうなづく。
演習ソフトとは、艦艇同士で模擬戦を行う場合に使われるシュミレーションソフト。
模擬戦に参加する者同士が、このソフトを同期させることで実弾を撃たなくてもより実戦的な訓練が可能となる。
「随伴の護衛艦などは、擬似データ上で反映してコストを落とす。率いる擬似データの護衛艦は双方8隻づつ。これどうだ」
「我々が艦長を務める艦以外に、互いに2隻づつ、合計4隻必要となりますが、参加する艦は決まっておられるのですか」
「戦艦と巡洋艦から1隻づつ。互いで勝手に誘おう。集められなかった場合はそれも擬似データで補えばいい。訓練日に所定の座標まで移動。移動が完了次第お互い相手へ向けて進撃し会敵と同時に模擬戦を開始。これでいいだろう」
トロウスが合同訓練の大筋の内容をつげていた。
「僚艦の2隻は好きに誘っていいのですね」
天儀が念を押すと、トロウスは、
――戦力を集めるのも司令官としての能力の内
といわんばかりにうなづいた。
「というよりあらゆる軍籍にある艦艇から3隻だ。我々だって座乗する艦を変えてもいい。可能ならだがな。ただ砲雷戦のみという限定戦。母艦をつれてきても意味はありませんぞ」
「はは、ではお互い大和クラスでもつかいますか」
そう天儀が口元に笑みを浮かべて冗談をいうと、トロウスが哄笑した。
大和型は51センチ超重力砲を搭載した超大型宇宙戦艦。動かすだけでも費用は莫大。空いていてもまず許可は下りない。
トロウスは哄笑しつつ、天儀へ小馬鹿にするようなさげすむ視線を向けた。
模擬戦で使用する3隻を自由に選んでいいといっても、少なくとも模擬戦当時の予定がない艦艇という制約を受ける。
好きな艦艇を選んでいいといっても、実際ほとんど自由はない。
お互い3隻の内一隻は自身が艦長を務める艦になるだろうし、誘う2隻も使い勝手のいい艦艇、つまりコスパのいい小型戦艦か巡洋艦クラスにならざるを得ない。
そしてトロウスは戦艦1隻と最新鋭の巡洋艦1隻をすでに抑えている。
「天儀は巡洋艦さえ誘えずに、砲雷能力を強化した駆逐艦あたりでも連れてくるのではないのか」
とすらトロウスは、想像し高笑いしたのだった。
トロウスの提案の内容を壁に寄りかかって聞いていたアキノックは、随分乱暴な提案だなと思ったが黙って静観。
アキノックは
――どうせ、あの豚野郎の勝ちありきでの提案だろう
そんなことを思いながら2人を眺めていた。
アキノックからすれば、トロウスは天儀に勝てるという確証があって模擬戦を申し込んだのは間違いない。
だが天儀とトロウスの話に、一々自分が割り込んではみっともないだけ。たとえトロウスの言葉に不公平な狡猾さを直感しようと、世話焼きの母親のようにアキノックが口を挟んでは、トロウスからだけでなく天儀からも軽く見られかねない。
アキノックの目に映る天儀とトロウスは、さらに二三言葉をかわし模擬戦の内容を確認。
最後に天儀が
「よろしくお願いします」
と、また快くいうと、トロウスは慇懃無礼に挨拶してから部屋を去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アキノックがトロウスが出ていった扉を眺めながら
「あいつの艦は高速戦艦金剛だぞ」
そう強く天儀へ確認した。
懸念を強くにじませてのアキノックの天儀への問いには理由があった。
宇宙空間広しといえども、何もないというわけではない。
航路に適した場所もあれば、デブリや岩石群で航行不能な場所もある。
つまり航行に適した場所も限られるということは、
――戦闘に適した場所も限られる
のである。
特にその中で、重力砲の照準をつけやすい場所が
「砲戦優位空間」
と呼ばれている。
そして単に艦隊戦をする場合、砲戦優位空間にいち早く到着し砲撃準備を完了できる側が有利。
もちろん実戦では、相手が戦闘を回避する可能性もあるので、敵がそこをどうしても通らなければならないとか、待ち伏せを悟らせないなどの工夫は必要だが。
そして天儀が艦長の陸奥は
「低速戦艦」。
模擬戦で所定の場所で必ず戦うとなると、高速艦で統一できるトロウスの方が有利。
最初に砲戦優位空間に到達できるからだ。
アキノックが知るトロウスは、わざわざ低速艦を混ぜてくるようなやつじゃない。あいつはそう言う野郎だ。むしろそれをわかっていて天儀へ模擬戦を申し込んだ。
懸念を抱くアキノックへ、天儀が問う。
「アキノック、君はこの日は開いているか」
「ああ、いいぜ」
助かると少し頭を下げ応じる天儀にアキノックが
「巡洋艦はどうする。戦艦でも構わんが、とにかくあと1隻だ」
とたずねた。
「目をつけているちょうどいいのがいる。最適なやつだ」
「なるほど」
アキノックはそう応じると、特に誰かは聞かずに天儀の執務室を後にした。
高速艦に対する低速艦の不利は天儀も承知だろう。アキノックは、天儀が何を考えるか見たい。あえてそれ以上は問わなかった。




