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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章五、模擬戦編
43/126

6-(4) 真っ黒なグレー

 唐公誅殺とうこうちゅうさつの事後処理が進むなか、天儀てんぎ復命ふくめいも終わり、朝廷は帝を中心に星間戦争せいかんせんそうへ向け動き出していた。


 ここは朝廷の集光殿しゅうこうでん朝集ちょうしゅう

 午前中の透明感ある空気が残るなかいま朝集の間の扉が開かれた。

 午前7時から開始されていた朝議が終わったのだ。


 扉が開かれると同時に慌ただしく退廷していく廷臣ていしんたち。

 いつもなら朝議が終わっても、まばらに人が残りしばらく巷談こうだんしてから人が引けるが、いま廷臣たちにそんな余裕はなかった。

 

 朝廷全体が戦争準備に入ったからだ。これで業務のしわ寄せが発生。貴顕から末端の職員まで業務が増えていた。

 

 朝集の間に人の流れができるなか、貴臣きしんである桑国洋そうこくようの目が1人の男を目でとらえ呼び止めていた。

 

 桑国洋の呼び止めた男は、若く長いまつげのすらりとした長身で、女性がうらむほどの長く美しい直毛は流麗りゅうれいそのもの。朝服が似合い、体貌たいぼうから雅味がみがただよっているような美男。

 

国子僑こくしきょう

 というのが呼び止められた男の氏名。国子僑は共和国九卿きょうわこくきゅうけいの一つで廷尉ていいである。

 

 廷尉は朝廷内で、法律周り業務をつかさどる。

 戦争を行うにあたっては法律周りの手続きが多く、廷尉の国子僑が中心となって朝廷が動いていた。

 つまり国子僑は朝廷あって、次の戦争に近い男ともいえる。


 その国子僑が、桑国洋に呼び止められると、侍中様といって頭を下げた。


 セシリアは桑国洋を大農卿だいのうきょうと呼んだが、桑国洋は侍中も兼ねる。


 ――侍中じちゅう

 は、皇帝の相談役。政務から細々とした方針活などを諮問しもんされる。つまり朝廷での桑国洋は、皇帝の側近という侍中としての役割のほうが大きい。


 桑国洋と国子僑、2人の話題は、天儀の大将軍任命への調整について、年配の桑国洋が国子僑を問い詰めるかたちだ。


「天儀将軍は開戦を半年後として、自身の大将軍への任命にんめいは三ヶ月後が適切といっていたが、つつがなく進むのか」


 桑国洋は帝の側近といっても財政が専門。軍事の話題では、その中心から外れる。戦争へ向けての準備については、廷尉卿ていいきょうなどと呼ばれる国子僑のほうが詳しい。

 

「予定通りなら、天儀将軍の大将軍へと任命するまであと一ヶ月ほどです」


「進んでいるのか」


「軍と朝廷で礼儀祭儀をつかさど大常卿だいじょうきょうが、セレモニーの調整に入っています。この法的な手続きなどは私が行っておりますが、私の知る範囲では変更がなけれ、天儀てんぎ将軍は定日に大将軍となり、同時に編成が発表されるそうですよ」


 変更がなければ、とはみかどの心変わりがなければという意味で、つまり準備に余念なく疎漏そろうはないという意味だ。天儀の大将軍就任はもう皇帝の周囲と、軍中枢では決定事項だと国子僑は答えたのだ。

 

「編成か。あの六個軍を上・中・下の三編成に分けるという」


「天儀将軍が率いる中軍が主力で、上・下の軍の将が誰かというところですね」


「知っているのか」

 と、桑国洋が問う。上下の将軍が誰に内定しているかだ。


 国子僑が首を横に振った。


「どう思う」

 

 さらに桑国洋が問うが、国子僑からすれば質問の意味が判然としない。


「どう思う、とは」


 国子僑が不快を感じさせないみやびやかな挙止で応じていた。

 

 国子僑にとって、桑国洋は廷臣としても政治家としても大先輩。桑国洋も国子僑の朝廷出身の政治家という枠組みで直接の後輩と見ており、つまり桑国洋の国子僑への態度は上から下へ押し付けるものがあり厳しい。

 

「天儀将軍が大将軍へなることだ。彼が任命されは後には引けない。戦争が始まる。あの男は戦争以外できんぞ」


唐公誅殺とうこうちゅうさつは申し分ない。説得力があるでしょう」


 国子僑は、天儀の大将軍としての資質には言及せず。天儀は大将軍就任へ申し分ない実績があると指摘することで応じた。


 国子僑からすれば、どう考えても、もういまさら変更はない。天儀の能力を疑義ぎぎしても無駄だ。


 同時に国子僑は、桑国洋がまだ戦争が始まることへの懸念を抱えているのかと若干の驚きを持った。国子僑からすれば、帝の戦争への決意は、侍中の桑国洋が一番知っていそうなものだ。

 

 国子僑から見て、帝の決心は固く。天儀が大将軍へ任命されずとも、もうグランダ共和国は開戦へ向けて動き出している。止めようがない。

 

 だが国子僑が思うに、これも侍中様からすれば

 ――坂を底まで転げ落ちている

 というような感覚なのだろうと思った。


「そうか。実績は申し分ないか。そうなると開戦は決定事項。予算が、そろそろ私に回ってくる。そう思うと気が重い。今回は朝廷からも軍費へ独自の予算を供出きょうしゅつする。財政を管理する大農の私からすれば、真っ赤になる帳簿がいつ黒くなるのかと思うと身が削られる思いだ」


「腕の見せ所ですね」


 軽くいう国子僑に、桑国洋が胸中苦くという感じで応じる。


「大赤字だ。惑星一個売り払ってもな」


「売りますか」

 

 国子僑が軽くそういった。

 

 7星系8惑星。1個失っても7個は残る。そんな軽さのある国子僑の言葉。

 

 これに信じられないという驚きの顔の桑国洋。

 桑国洋からすれ惑星は、惑星間国家構成(リンクプラネット)かなめであり、主権の根幹こんかんたる問題。切り売りするなどとんでもないという認識がある。

 

 国事を軽んずるなと、桑国洋の眉間にしわがよった。


 だが、国子僑は


「11個手に入るのです。欲張らないほうが良いのではないでしょか」

 と、爽やかに応じた。


 桑国洋は渋面で嘆息した。

 国子僑の言葉の真意は、


「戦争に勝ち星間連合の11個の惑星が手に入るのだから、その一つぐらい売ればいい」

 ということで、つまり冗談だったのだ。


 桑国洋は思い詰めていただけに、若い国子僑の冗談に見事に絡め取られた自分を客観視すると情けない。思考も気持ちも冷えざるを得ない。

 

「わかった。廷尉殿にかなわない。諾として戦争を受け入れよう」


 桑国洋が、そういうと国子僑が頭を下げた。話は終わった。2人は朝議の間を去ったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 星間戦争再開向けて着々と準備が進む中、軍内の諸隊の活動も慌ただしくなっていた。

 

 鋭敏えいびんに戦争の再開を感じ取った者たちの行動は早い。

 参謀本部さんぼうほんぶから指示される訓練だけでなく、内々に出回りだした作戦を元に、想定される戦闘を独自に設定し訓練を繰り返す部隊まででている。

 

 そんなか禁軍営きんぐんえいなどとも呼ばれる第一管区天京(てんけい)地上基地にある第二戦隊司令室は、さながら軍政本部ぐんせいほんぶと化していた。


 戦争再開へ向けて、すでに多くの書類がここへと回され、第二戦隊司令室は天儀に集められた30名を中心に大わらわ。


 この様子に電子戦指揮官であり秘書官の千宮氷華せんぐうひょうか


「何故ここがこんなことに」

 そう悲嘆ひたんした。


 天儀が大将軍へ任命され大将軍府が開かるまで、戦争計画は外庭内にある

 ――得算室とくさんしつ

 と呼ばれる一室で、特別に集められた軍エリートが進めていく。これが氷華の認識。


 この得算室で、帝を主催とし天儀や参謀本部の将校たちなどが中心となった、得算メンバーと呼ばれる人々で戦争計画の作業が行われ、大将軍府が開かれれば得算室の機能はそこへ移される。

 

 つまり戦争再開へ向けての書類は、いまはすべて得算室へ行くはず。


 天儀司令の大将軍就任間際ならわかります。機能を大将軍府へ移す前段階で、こういう事態もありうるでしょう。ですが今の段階で第二戦隊司令室が忙しくなるのはどういったことなんですか。と、氷華が心の中で悲鳴を上げた。

 

 そう昨日から、得算室から天儀へ大量の書類が送られてくるという事態になっており、これが地上基地にある第二戦隊司令室の忙しさの理由だった。

 

 騒がしい室内。

 いま氷華の目の前を操舵手の娘が、駆け抜けようとして

 ――盛大に転倒てんとう


 操舵手の娘は、別室に居る天儀へ印鑑いんかんの必要な書類を届けようしていたが、蝋で封印された書類が珍しく手元に気を取られ足をもつれさせたのだ。

 

 一瞬、室内が静まり、視線が転倒した操舵手の娘へ集まるが、なんだコケただけか。と、すぐに騒がしくなる。

 

 盛大に転倒した操舵手の娘は、盛大にショーツをさらすはめになり恥ずかしそうに立ち上がった。

 

 氷華は目の前で起きた単独事故に

 ――あ、ピンクですか。

 などと感想を持ちつつも、想定外に発生した大量の事務仕事で気分は憂鬱ゆうつ

 

「残念ながら。帝は星間戦争に勝ちたい。我々は戦争を再開したい。いい出したのは天儀司令。諦めることですわ」


 氷華の溜息に、そう応じたのは、情報室長のセシリア・フィッツジェラルド。いま彼女は氷華の横で淡々と事務仕事こなしている。


「でも戦争計画は、朝廷の一室に設けられた得算室で進んでいるのですよね」


「もうそこで納まりきらないのでしょう。帝も天儀司令もせっかちですから、計画が進めば、それだけ前倒しして準備に入ったと私は見ていますわ」


 それでも納得の行かない氷華。


「天儀司令は開戦をギリギリまで秘匿ひとくするつもりなのですよね」


「そうですわね」


 セシリアの肯定に、氷華が室内を見渡した。


 ここがこんなに業務多寡では、公然の秘密のようなものですが。こちらの戦争への動きは、もうバレバレではないのでしょうか。解せません。

 これが氷華の室内を見渡した理由。


 セシリアは、そんな氷華の疑問を察して


「さあ、どうなんでしょうか。我々には当たり前でも、世間ではまだ知られていませんからね。それに帝が戦争再開に意欲的というのは今に始まったことではありませんし。ここでの動きが、どう伝わるかは星間連合せいかんれんごうの諜報員の腕と、情報を受け取ったお偉いさん方どう判断するかですわ」


 氷華は、セシリアの世間はまだ知らないという言葉に


「開戦すれば国民の皆さんがたは、またかとは思うでしょうけどね」

 そう淡白に応じると、セシリアは苦笑し


「忙しいのも今日を含めて、あと数日ですわ。3日前後で、回ってくる書類も減るはずです」

 といって手元の書類に目を落とした。

 

 氷華も書類処理へ集中する。

 あと数日といっても、ここでサボっていてはその数日が伸びかねない。氷華としては、そんなことはごめんだった。

 

 2人並んでデスクへ座り、忙しい氷華とセシリアへ


「星間連合はグランダ議会を監視することで、戦争再開の予想と開戦の基準としている」

 という声がかかった。

 

 二人が声に驚いて顔をあげると、そこには天儀がいた。


「有事にないグランダ軍の編成の改変は、議会の認証が必要だからな。開戦するには戦時編成へ変更する必要があり、開戦前に必ず編成変更が議会へ提出される。つまり星間連合はグランダ議会さえ監視していれば戦争再開は察知できる」


 驚く二人へ天儀が言葉を継いでいた。

 

 氷華とセシリアの二人は、

 ――つまりどういうことか?

 という疑問の色を目に強くして、天儀へ言葉の続きを催促さいそくした。


「有事にない。というのが味噌みそだ。戦争になっちまえば、議会の認証なんて必要ないんだよ」


「まさか」


 氷華が思わずもらし、セシリアが驚きを隠すように口元へ手を当てた。


「宣戦布告前に、事前に軍を動かし配置。宣戦布告とともに大将軍令を発動し編成と配置の手続きを完成させる」


 天儀のこの答に、2人の顔がなんとも言えない表情となる。

 そう天儀が自信有りげに披露した抜け道は、とんでもないズルだった。

 

「有事の状態で議会の認証が必要ないなら、宣戦布告してから編成の変更を行えばいい」

 これは二人からして、わかる。

 

 だが、天儀のいったことは、その一歩先で

「それなら完了一歩手前まで編成の改変を進めておき、宣戦布告で編成変更の命令とともに編成を完了する」


 これなら議会へ編成改変の認証を要求する必要はなく、しかも開戦と同時に戦時編成が完成し、星間連合に開戦のきざしを察知されるリスクは大幅に減る。

 

 だが、天儀の言葉の意味するところは実はもっとひどい。


 天儀は、それを2人へ教えるために、氷華とセシリアが並ぶデスクへ上半身を乗り出し、2人へ物理的に距離を近づけた。


 氷華とセシリアも天儀の動きに合わせて、天儀へ身を寄せる。

 いま3人の頭が10センチ程度の距離。

 3人は、額を突き合わせて、というような密談の体となった。


「実は、私の提出した案なら六個艦隊の大幅な編成の改変は必要ないので議会の認証は必要ない。故衛世(えいせい)大将軍の完成させた星系軍の管理編成は、有事編成へ即転用可能なレベルで完璧だからな」


「つまりは、どういうことでして?」


 セシリアが言葉で問い。氷華はジト目を強くすることで天儀へ問いかけ続きをうながした。


「事前に、主力の中軍だけ国境線まで進めておく。で、開戦だ」


 途端に、二人の顔に驚きと渋さが出る。


「それは、ありなのですか」


 呆れていう氷華に、天儀が

 ――どうだか

 というように少し笑った


 これで氷華は

「限りなく黒いグレーだな」

 と、悟りそれ以上この話題を続けるのを止めた。

 

 2人の呆れた反応を楽しみ、さも面白げにする天儀。


 対して氷華とセシリアの2人は、軽蔑けいべつまではいかなくとも、胡散臭いといった視線を天儀へ向けてから、聞かなかったことにしようとばかりに書類の処理に戻った。

 

 それを見た天儀が、一笑し奥の部屋と下がっていったのだった。

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