6-(3) 期待通り
桑国洋からの査問が終わり治粟殿を後にした天儀と千宮氷華。
氷華が治粟殿のロビーを出ると、パッと明るい風景が広がった。
氷華の目の前には青々とした竹林。その竹林を割るように石畳の道が正門まで伸びている。
竹林の間から木漏れ日が差し込み、氷華は日陰の涼しさと太陽の明るさを同時に感じ胸懐に清々しさが満ちた。
突如として目の前に広がった風景、
――こんな綺麗な道でしたか
とさえ氷華は思い、驚き覚えた。
そういえば行きは天儀がどうなってしまうのか、という不安ばかりが胸懐を駆けめぐり天儀ばかり見ていた。風景など覚えてはいない。
――冷静ではなかったのだ。
と、氷華は自覚すると同時にホッと一息ついた思いだった。
2人は治粟殿の竹林を通り抜け正門をくぐって歩き続ける。
いま天儀の横にある氷華。
氷華は、まるでそこが特等席といわんばかりの様子だ。
そんな氷華へ天儀が
「氷華、君はこのあと時間はあるか」
と、問いかけた。
暇ですが、とジト目で応じる氷華。
今日の氷華は本来休日だったが、氷華はセシリアから天儀が朝廷の偉い人にいじめられる聞き、天儀が心配で飛び出し治粟殿くっついてきたのだ。
査問が何時に終わるかすら不明だったので、今日の予定は入れずにこの後は何もない。
天儀は、氷華から向けられたジト目を肯定と受け取り
「では寄り道だ。こちらだ」
と、いって見えてきた角を指差した。
曲がるという意味だろう。と氷華は思った。
天儀に、いざなわれた氷華が目にしたのは、木製の看板が目立つレンガ造りの喫茶店。
氷華は店の前に立っただけで、この喫茶店がケーキが売りというのはひと目でわかった。
店を前にした2人。
「ここは美味しいらしいぞ。今日の随行へのお礼だ。好きなものを注文してくれ」
天儀のそんな言葉に、いまの氷華は上の空。
――このチョコとイチゴのやつが美味しそうです
すでに氷華は店の入口のケーキの並んだショーケースに釘付けだった。
天儀が、店の入口のショーケースに釘付けの氷華の様子しばらく見守ってから
「決まったな。じゃあ入ろう」
といって店の扉を押していた。
店内に入り、席に案内された二人。
「お気遣いありがとうございます」
座ると同時に氷華は、そう天儀へ切り出していた。
「いや、助かった。よく考えたらあんなところに、一人で行くなんて逆に品がない話だった」
なるほど、と氷華は思う。
治粟殿は廷内にある豪奢な建物だ。本来なら出入りにお供を連れたりと格式張った形式があるのだろう。
そんなことを話す二人の前に、注文した品が運ばれてきた。
天儀はエスプレッソ。氷華は店お勧めのコーヒーとイチゴとチョコのケーキ。
氷華の前に、置かれたケーキは彼女の期待通りの品だった。
天儀がエスプレッソを混ぜるなか、氷華は携帯端末を取り出しパシャリと一枚し、
――黒いチョコの上にパラパラと紅色の粒がふりかけてあるのが可愛らしいです。この紅色のもチョコなんでしょか。
と、ケーキを目で楽しむ。
氷華のなかでは、もうコーヒーの苦味と、チョコの甘味がワルツを踊り、そこにイチゴの酸味と香りが乱入し味覚への欲求が止まらない。
天儀は、氷華がケーキを三口する程度待ってから
「ああいう場所には普通は、お供をぞろぞろ連れてく。それもどうかと思ったいので一人で行くことにしんだが、行ってみてわかった。まったくお供なしっても逆にバツが悪い」
そういって笑った。
これに氷華が、うっとジト目で押し黙った。
そう氷華からすれば、今日の自分は無理をいって勝手に押し掛けたに近い。
何もせず治粟殿のロビーの装飾を楽しむという美術鑑賞をして、いま天儀からちょっとお高いスイーツをご馳走になっている。
この流れだけ見ると、中々厚かましい。
いまの氷華の心中は、気まずさまでは覚えないが、役立ったと誇る思いとは程遠いい。
「いえ、お役に立てたのなら何よりです。それにご馳走して頂きましたし恐縮です。そのすみません」
「期待通りだったか」
と、天儀が氷華の前のケーキをさしていった。
氷華が、けげんな表情になる。
どうしたのか天儀さんは、一口欲しいのか。たしかに見た目からして美味しそうなケーキだし一口ぐらいなら上げてもいいが、そんなやり取りは恥ずかしくもある。
「ええ。まあ、いえ期待以上でした。甘くて酸っぱくて、最高です」
氷華が多少面食らいながら応じると、
「君の働きも、私の期待以上だ」
天儀が、そういっていた。
突然の言葉に、氷華の顔が上がり、天儀の目を直視する。
いま氷華の目に映る天儀は涼しげだが、存在は揺るぎない。
天儀は顔を上げた氷華の目をじっと見つめ返し
「助かった。ありがとう」
といいほのかに笑った。
氷華も少し笑い返した。これに氷華は自分でも驚いた。
氷華は自身で振り返っても、こんな場合ジト目もしくは言葉で応じることはあっても笑顔で応じることはほとんどなかった。
付き合う気がない相手へ勘違いさせては悪い。そんなような理由だったはずだ。
氷華は、天儀の笑顔に自身が笑みで応じ返したことは不思議だったが、深くは考えなかった。敬愛する上司がお礼と言って驕ってくれたのだ。笑顔で応じるぐらいはする。その程度に思いケーキへ再びフォークを立てたのだった。




