6-(2) 査問委員会
氷華が治粟殿のロビーで、暇を持て余し思索の世界へとひたるなか、天儀は大農卿の桑国洋の待つ部屋へと入っていた。
室内に入るとまず左手に応接用の卓とソファーが目に入り、その奥に執務机。
いま天儀の正面の机には桑国洋が座しており、その斜め前には先帝の太傅で、いまは太師の子黄の姿もあった。
盲目の子黄を目にし、
――桑国洋様だけではないのか。
という若干の緊張を持つ天儀。
天儀は査問委員会からの査問は形式的なもので、部屋には桑国洋一人のみと想像していた。それが太師子黄も同席するとなるとこの査問の意味合いも変わってくる。
太師子黄は生まれながらにして盲目。光を持たないこの老人の視力以外の感覚は極めて鋭敏。
――特に耳が良い
そう天儀は思う。
いまから行われる桑国洋からの問に、天儀が言辞に隙きを見せれば太師子黄は、それを鋭く察して天儀の言葉の裏にあるものを看破するであろう。
太師子黄に内なる庸劣さ看破されれば、天儀の大将軍の就任は難しく星間戦争の再開どころではない。
太師子黄が、
――天儀に、その資格なし。
と、みれば帝への直言をはばからない。
どんな人間も無欠ではない。特に天儀は戦うことしかできない。人間とは日によって調子も違う。
だが、この程度の査問で危殆を見せるようでは、大将軍として六個艦隊を率いて戦争するなどとても危ういのも事実。
部屋に入った天儀は、太師子黄に付け入る隙きを与えないという命題が課せられたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
室内の3人は形式的な挨拶をすませると、桑国洋から天儀へ事務的な質問が開始された。
――気にしていては余計やりにくい
そう天儀は思い。天儀は太師子黄の存在を頭のなかから消し去り、桑国洋からでる問に応じることだけに専念。
今回の査問は、太師子黄の顔色をうかがうことが目的ではないと、天儀は割り切り無心となって問いに答えていた。
40分ほどで大農卿桑国洋からの質問が終わった。天儀はその間直立不動。太師子黄は存在を消したように部屋に佇んでいた。
最後に、天儀は
「3日後、朝廷へ出仕するように」
と、桑国洋からつたえられ、太師子黄が、ここで初めて口を開き
「帝からの直々のご下問があります」
とだけいい、私はこれといって部屋を後にした。
これで査問は終わったのだ。随分とあっけないものだった。
天儀も桑国洋に頭を下げてから部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天儀が治粟殿のロビーへ戻ると、ソファーに座っている秘書官の氷華が目に入った。
天儀の心に、一人ではなく二人でここへきたのだという安心感が満ちた。
氷華へ向け、思わず胸の前で手を振る天儀。
気づいた氷華が静かに立ち上がり天儀へ近づいた。
「終わられたのですね」
「ああ、3日後に帝のお召だ」
さらに天儀が
「何とかなったようだ」
と、氷華の心配を察して付け加えた。
天儀に気づき近づいてくる氷華の目の色が、不安に満ちていたのだ。
無表情のジト目でも、目は口ほどに物を言う。天儀といえば、氷華の不安を見て逆に落ち着き心に余裕がでた。
天儀は、もう心配はない、というように少し笑ってみせると、氷華の表情も和らいだ。
「部屋に入ると桑国洋様だけでなく、太師の子黄様も居たよ。驚いた」
氷華が天儀へジト目を向けて観察する。
天儀の雰囲気には落ち着いたものが漂っており、査問が無事に終わり安堵しているようだ。
治粟殿へ入る時の天儀にはもっと険しさが伴っていた。
氷華は、いまの天儀の様子からするに、これ以上唐公誅殺の件で問われることはないと感じた。
「査問の前には随分とご緊張していましたが、大農卿からは鋭く問責されたといった感じだったんでしょか」
「甘さのない方だが、恐れるという意味では、私は同席されていた太師の子黄様の方が恐ろしかったよ。太師は生まれながらにしても盲目だ。しかし世の中のことは誰よりも見えている。私が保身から諛言を呈すればたちどころに看破されたろう」
氷華のジト目が問うように天儀を見た。
査問を行うのは桑国洋で、太師子黄ではない。いまの天儀のいいようでは、太師子黄が主。太師子黄を気にしていて、桑国洋のから出る質問を上手くかわせるのか。氷華から見て、天儀はその手の処世は得意には見えない。
――同席しただけのお爺さんが怖いとは、これはいかに。謎です。
氷華は、そんなことを思い天儀へジト目を向けた。
「五感の一つに難ある場合、例えば太師のように目が見えないと視覚以外の四感が非常に鋭敏になる。これは科学的な根拠もある。
私の吐く息は、常に太師の肌に触れていると思ったほうがいい。これは目で見るよりものがつたわる。あの場の私は正に鷹に睨まれた鼠だな。滅多なことは言えなかった」
氷華も太師子黄については知っている。
いや、知っているというより、存在を認知してるといったほうが近いが、先帝の太傅で、いまの太師である子黄は、それなりに有名人だ。
最近は、
――帝の側に居て苦言しか吐かない老人。
としてワイドショーの皇室特集で取り上げられていた。
「あのお爺さんは、変わり者だとワイドショーでみました」
「太師子黄をして変わり者か。世間はすごいな。恐れを知らない」
「そもそも太師というのがよくわかりません。まあ朝廷の制度自体が、私にはよくわからないのですが」
氷華はそういって、天儀へ
――天儀さんは、お詳しいのですか
というようにジト目を向けた。
氷華からしても、天儀が帝に気に入られているという空気は、なんとなくだがすでに肌で感じるものがある。
帝に気に入られるぐらいなのだから、制度にも多少は詳しいのだろう。氷華はそう思ったのだ。
氷華の視線での問に
「太師とは、古代の三公の一つだな。太師、太傅、太保で三公だ。太師の師は、手本という意味があり教導するものだな、つまり教師の師を思えばいい。太傅の傅は、かしずくで、広がる、つきそうという意味もある。太保の保は、たもつであり、保護者の保だな。
いずれも天子を教え導くという意味があるが、これらは早々に名誉職化して、傅という言葉だけが残り、これが太子のもり役を意味するようになった。太子の素行が悪いと、国の跡取りである太子を処罰するわけにもいかないので、指導が悪いと傅が斬られ処罰されたりするのだが」
つらつらと話す天儀。
これに氷華が、うんざりしていた。
太師とは何かと、自分から聞いたのは間違いないが、天儀の話は
――長い。
そして、
――つまらない。
いや、そもそも
――三公が何かすらわからない。
氷華は天儀の講義の出だしでつまづいていた。
そんな氷華は、つまり、といって天儀の言葉を遮り
「朝廷の偉い人ですね」
というと、天儀が、
「そうだな。時代によって随分と役割は違うが、とにかく偉い」
と笑った。
笑いをおさめた天儀が、氷華をいざなうように治粟殿の出口へ歩み始めた。
2人は並んで、陽光を受け萌黄色の瓦を輝かせる治粟殿を後にしたのだった。




