5-(7) 星間戦争の予感
意気投合した天儀とアキノックは、20分ほど話し続け、
「本来5日は、かかる艦隊の撤収を3日完了。あれぞ縮地。軍内では、空間でも縮めたのか随分と話題になっていました」
と、天儀が切り出したことで、話題はアキノックが第三次星間戦争で立てた戦功の話となっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宇宙には、スペースデブリというものが存在する。
――スペースデブリ
とは、元々はロケットの打ち上げなどで発生した地球の衛星軌道上を周回している人工物体を指す言葉。
わかりやすくいえば宇宙ゴミのことだったが、人類が宇宙を自由に航行する時代に入ると、デブリは航路上にある障害物も指すようになっていた。
そしてデブリは、数センチから数十メートルの大きさ、ぶつかれば無事ではすまない。
デブリの存在は、極めて高速化した宇宙船の進行を妨げる原因となっていた。
自動車がハイウエイでスピードが出せるのは、道に障害物がないというのも理由の一つだ。これは宇宙船でも同じで、どんなに速い宇宙船も目の前に障害物があるかもしれないのでは、怖くてスピードは出せない。
このデブリを除去するために、定期航路と呼ばれるようなルートは数時間おきに点検されており、隕石や残骸などの異物が航路に入らないように常にチェックされている。
だが、整備状況は当然、航路によって違う。
交通量の多い航路は、常に保守点検されているが、それ以外となると注意する必要がある。宇宙では航路に漂流物が入りやすい。
そしてグランダ共和国から星間連合への侵入ルートは、定期航路ばかりではない。
加えて、上下左右という巨大な空間に展開するのが星系軍の艦隊だ。宇宙船一隻や小さな船団では問題とならないようなデブリも大きな艦隊にとっては進路妨害しうる阻害物となる。
アキノックの言葉を借りれば
「定期航路を外れる場合、艦隊の移動は制限され、機関一杯など夢のまた夢。無限の宇宙も実はデブリだらけ。一個艦隊だけで100隻規模。少し進めば艦隊の何処かで、デブリの迂回や除去作業が発生する。こうなると艦隊の機動力はどうしても制限される」
というわけで、この艦隊の進路を妨害するデブリへのアキノックの対処は
「そこで俺は、索敵を飛ばしたわけよ。デブリ除去専門のな」
と、いうものだった。
当然、宇宙でも索敵網を展開するというのはめずらしいことではないし、事前に航路の安全を確認するのは光学兵装や電子兵装でも可能だ。
だが、アキノックは索敵ではなく航路の確保のだめだけに艦載機を放ち、高速艇を先行させたのだ。これは一つの盲点だったといっていい。
これで予め進路上の障害物を排除。
艦隊は、二列縦隊を重ねた
『立体縦隊』
と呼ばれる隊形で未整地宙域を常識では考えられない速さ、猛スピードで駆け抜け、5日の工程を3日で消化、グランダ国内へ戻っていた。
つまりアキノックは、事前に進路上のデブリ除去するのとあわせて、艦隊の正面の面積を小さくまとめる工夫をした。
そして索敵を段階的に展開し、点と点を繋ぐように素早く移動。
早いではなく
――素早い
これがクイック・アキノックの所以。
敵宙域から逃げるグランダ軍は、星間連合軍へ尻尾すら掴ませないどころか、艦影すら見せずに消えた。
これらのことを踏まえ天儀が、さらに
「常識では考えられない速度での移動。光速突撃なんていわれてましたね」
と、アキノックへ評価の言葉を口にしていた。
この素早い撤収は、クイック・アキノックの
『光速突撃』
などと驚きをもって両軍から讃えられ、アキノックの戦術機隊から艦長という異例の移動へとつながっていた
それほどに、この撤退での艦隊の移動の速さは前代未聞。
とにかく障害物など無視して真っ直ぐ直進したとしか思えず、その一心不乱に進む艦隊は、突撃という様子を軍人たちに連想させていたのだ。
「別に敵艦隊へ突入したわけでもない。とっととずらかっただけなのにな」
アキノックは評価する天儀へ、逃げただけなのに突撃とはいかに、という苦笑で応じてから言葉を継ぐ。
「そもそもあれは、敵陣へ突入するようなときには使えるような代物じゃない。完全に移動用の手法だな」
「まあ、両軍相対しての会戦ともなれば、よほどの不整地宙域でもない限り艦艇の進行を阻害するものはありませからね」
星系軍の教本において、艦隊決戦は広く開けた障害物の少ない宙域が好ましいとされている。
教本では『だだっ広い、開けた草原のような』という表現がなされているこのような宙域は、艦の素早い前進を可能にし、射撃管制をやりやすくする。つまり軍艦が最大限の火力を発揮しやすいということだ。
後退する場合も障害物が少ないことには越したことがない。
当然これは攻撃する側の視点に立っての論だが、これが広く共有された星系軍の艦隊決戦の思想。
両国の軍人の間で、艦隊決戦をするなら、
――できればデブリの少ない開けた綺麗な宙域。
という意識が共有されているのは確かだ。
アキノックは、会戦では敵までの距離が短い上に、デブリも少ないだろうという天儀へ応じていう。
「それもそうだが、待ち伏せの可能性があるなんて時に、光速突撃で移動なんてしてみろ。敵と遭遇した瞬間に艦隊が崩壊する。あの陣形と手法は、移動に特化してるからな」
撤退時の艦隊は速度を優先し未知の手法を採用し進んだため、艦隊陣形は所々でほころび、立体縦隊の隊形も後方の艦は前が進むのを待つという渋滞が数度か発生していた。
そう移動中の艦隊には、おおいきれない隙きが生じていたのも事実。
アキノックは、それを口にしたのだ。
「移動することに徹すればいいという自由があった。と、私は見ているが、どうでしょう」
天儀の言葉に、アキノックが、そうだ、というようにうなづいた。
「あの折の俺たちの艦隊は、別働隊として迂回して星間連合へ進行したため、撤退が決まると敵宙域内で孤立という危機に見舞われた。司令部のお歴々は艦隊司令はじめ青くなっていたので、戦術機隊の隊長である俺が艦隊移動の方策を進言」
アキノックは、そういうとエレナをチラリと見て
「細かいことはこいつにやらせて、俺は戦術機隊を率いてデブリ除去作業。上手くやったぜ」
と、補佐官のエレナを親指で指しながら当時の状況を語っていた。
「アキノック艦長は、進言を評価されデブリ除去作業の指揮の功績も合わせ中佐へ昇進。加えてこのことが帝の目に止まり艦長へ。これで前代未聞のだらしない艦長が出来上がったというわけです。私も昇進して補佐官」
エレナが、アキノックの横着な態度へ釘を刺すように応じ、アキノックがまいったなといった様子で頭をかくが、エレナは続けた。
「私は昇進の際に当時の直接の上官から、アキノックのおもりをお前がしろ、とまで言われました。道連れですねこれでは」
エレナの物言いに、思わず苦笑する天儀。
エレナは、言葉を口にする折にため息をつき、首を左右にふるような仕草まで見せたのだ。
「さしたる追撃もないというのが、艦隊高官たちの見通しだったが、敵宙域内での孤立は事実。ちんたらもしてらんねえ。で、星間連合軍の追撃は気にはしつつも、全力で前だけ見て猛進した。これが、速さ、のからくりだな」
アキノックが、俎上にのせられ笑われた表情に苦さを残しいうと、
「我々の艦隊は本隊でもないし、星間連合軍はツクヨミシステム内に篭ったまま。大規模な敵戦力に補足される可能性は低い。アキノック艦長の得意な面だけが最も生きるレアなケースでした」
と、エレナが、アキノックの言葉を補足する形で厳しい意見を付け加えた。
室内が、天儀、アキノックに加えエレナの笑いで満ちた。
この3人の様子を、氷華は不思議そうに観察していた。
いや、氷華の興味の対象は、正確には3人ではなく2人。天儀とアキノックだ。
氷華からみて、アキノックは天儀から随分と高く評価されている。
いまの氷華は、
――天儀司令は、この男のどこが気に入ったのか
という自分が低印象をいだいた相手への天儀の親しい態度が解せない。
それに天儀は、俺お前の仲でいい、といったのに、アキノックへの言葉遣いは丁寧。
対してアキノックの言葉遣いは、もう子供の頃からの友人、竹馬の友といったふうだ。
そう氷華から見て、天儀とアキノックの言葉遣いには若干の差がある。言葉遣いの差は、心の距離の差となりうる。片方が乱暴で片方が丁寧なら、必ず間隙が生じる。
だが、アキノックはそんなことは一向に気にもとめず、天儀はこういう男なのだろう、と受け入れてしまっている。
2人は出会って1時間程度、よほど馬が合うのだろうというのは傍から見ていてもよくわかる。
――何で突然ふっと湧いたこの男が、私より司令と親密なのですか。これは由々しき事態ですよ。司令は男が好きなんですか。
氷華の胸懐にもやもやしたものが渦巻いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
氷華が、そんなふうに苛立ちのジト目をアキノックへ向けるなか、話題はきたる星間戦争についての話題に移っていた。
アキノックの第三次星間戦争の話題が終わると、天儀が
「そうだ。仮にの話ですが星間戦争が再開される場合、アキノックの懸念は何か。私はこれが知りたい」
と、強引に切り出したのだ。
室内には、一瞬こわばった空気が満ちた。
一ヶ月か二ヶ月ほど前だったか、
――星間戦争が再開される。大将軍に指名されるのは天儀という男らしい。
という噂が軍内ではささやかれていた。
その噂の本人から、戦争再開の話題がでたのでアキノックとエレナは面食らった。
噂の話題は、軍人として第一線にあるアキノックと、エレナにとって核心の話題、最も興味がるところだ。
――戦争再開のことは、こちらから聞きたいぐらいだったが。
と、アキノックは思い。
たしかに星間戦争話題となれば最終的には、戦争再開という話題になりうるが、こうもあっさり口にするかね。と、アキノックは内心苦笑した。
話題を切り出した天儀の表情は、さしたる話題でもない、という色があり、これまでの話の延長線上にあるという態度だが、アキノックから見れば天儀の切り出しかたは唐突だ。
アキノックは、そんなおかしさを覚えつつ
「仮にか」
と、天儀へ切り替えすと、
「そう。仮にだ」
天儀が、あくまで仮という言葉にこだわって応じたのでアキノックは一笑した。
もう軍内では、天儀が大将軍に任命されるのではという噂が出回っている。
この噂と、唐公誅殺という殊勲を合わせれば、天儀が大将軍へ任命されるという想像は現実味を帯びる。
そして衛世の死後、空位だった大将軍の任命とは、つまり
――星間戦争の再開
これを意味する。
いまアキノックが、天儀から向けられた問は、未来の大将軍からの問という意味を伴っており、アキノックはそう思うと面白みを覚えたのだった。
「そうだな。俺の懸念は」
といってアキノックは少し黙考してから
「天童兄妹はどうする。兄も妹も優秀だ。俺は二足機科出身だが、あいつらがやばいのはわかる」
と、一番の懸念を口にしていた。
――正直、こいつらには勝ててない。
というのが、アキノックの気まずい感想だった。電子戦の申し子には、アキノックの速度は生きない。
兄の天童正宗、妹の天童愛。この二人は星間連合軍の中でも特筆して優秀。
だが天儀は、天童兄妹と聞いて
「宇宙最強のデュオか」
少し小馬鹿にしたようにいった。
「そうだ。知っているなら分かるだろ。戦術次元で最強のデュオ。戦争は多局面で展開されるが、あの兄妹は一極面の突破で、多段階で構成された作戦全部を破壊しかねない」
真剣なアキノック。
天儀は、そんなアキノックへは応じず、氷華を見て
「氷華から見て天童兄妹はどうだ」
と、一言した。
突然、言葉を振られ驚く氷華。
驚きつつも氷華は、自分は、電子戦科出身だ。対する天童兄妹の二人も電子戦科出身で、その卓越した電子戦能力が評価を受けている。電子戦科のことは、電子戦科に聞くのが最も早いということだろうというのは理解できた。
「わかりません。単に電子戦のこといっているのなら兄妹云々ではなく、グランダ軍と星間連合軍の問題で、残念ながらグランダは連合に劣ります」
天儀とアキノックの視線を同時に受ける氷華が言葉を継ぐ。
「また別に、電子戦兵員の個別の能力を比較するなら、技能を発揮するには全体の、つまりシステムの問題もありあますので、個人的な優劣は、グランダが優秀だとか星間連合が優秀だかは断じえません」
「わかった。じゃあお嬢さんと天童兄妹はどうだ。お嬢さんと天童兄妹ではどちらが電子戦が強い」
「私ですか」
と、氷華がジト目に怪訝な色を浮かべ言葉を止めた。
「分かりません。究極的には、戦いはやってみなければ、ということろですね。ただ、天童兄妹の電子戦の情報を見るに、大したテクニックは使っていません。有名な海賊討伐で実施された電子戦も技術的には特筆すべき点は見当たりません。あの程度ならどうということはないでしょう」
天儀の口元が少し笑った。
それを目ざとく認めた氷華。
氷華は、優秀と恐れられる天童兄妹を自分が下げて評価したことに、天儀が喜んだのではないか、という危惧を持ち、釘を刺すように言葉を継ぐ。
「ですが、当時の正宗は、民間人として警備会社を設立して、海賊の掃討にあたっています。装備の面でも制限が大きくあったと想像できます。故に、私と正宗やその妹が、どちらが優秀かなど、やはり戦ってみなければわかりません」
が、氷華は言葉を終えてからハッとした。
もしかして天儀さんは、普段寡黙な私が長舌しているのが単に面白かったのでは?
という腑に落ちない疑念が渦巻いた。
――つまり天儀おちょくられた。
と、思った氷華は、天儀の顔を確認するが、その表情からは真意はうかがえない。
氷華は腑に落ちないものを抱えたまま黙り込んだのだった。
そして長々と語った氷華だが、つまり比較し結論を出すには情報が少なすぎるということをいったのだ。
たったそれだけのことを長々と言葉を尽くしたのは、
――木偶の坊さんは、アタマが悪いので言葉を尽くさないと理解できないでしょう
というアキノックへの当てつけだった。
そもそもとして氷華は、まず貴賓室へ向かう折にアキノックから向けられた視線が不快だった。
顔をジロジロ見た後に、胸を見てきた。
氷華は、
――体が大きいと頭に血が回らなくなるんですかね
と、内心苛立っていた。
そしていま、アキノックの氷華に対する態度は居丈高、随分失礼だ。
――お嬢さん
などと呼び、自分を小さい女と侮っているのがよくわかる。
偉そうにするアキノックは、氷華より年上だろうがまだ若い。そんなに偉そうに押し付けられるような態度をされるいわれはない。
だがアキノックは、氷華からのそんな不快な感情を向けられているなどと全く気づかずに更に問を続けた。
「軍の長としてはどうだ。軍の長と長の比較だ」
つまりアキノックは、天儀と正宗を比較してどうかということを、電子戦科のプロの観点から意見を求めたのだ。
「知りません。私は電子戦の専門家です」
氷華がジト目で、語気を強めてそう応じた。
ただ氷華は暗に天儀のほうが優秀、という気迫を込めて応じていた。
だが現実どうか、能力を得点化して比較すればどうか、氷華はそれを考えるのをやめた。想像の先は、面白くなさそうだ。
――マグヌス天童
の名は巨大。偉大なという形容を付けられて呼ばれる男の前では何もかもが霞む。
氷華は星間戦争を終わらすという天儀へ、心酔すらしてここにいる。無用なことは考えたくない。
――これは逃げなのでしょうか
と、天儀と天童正宗の能力の点数化を避けた氷華が思った。
そうあえて、天儀と天童正宗との評価を避けたのなら、暗に天儀が下だと認めたことになる。
認めれば戦争に勝つには難しい。いや、難しいのか。天儀と天童正宗の単純比で勝敗を占うことは難しい。そもそもとしてツクヨミシステムが問題なのだ。
そこまで思った氷華が、天儀をジト目でチラリと見た。
――天儀さんは、帝へツクヨミへの対処をどう説明したのでしょうか
と、氷華は思ったからだ。
唐公誅殺が、天儀が大将軍の内定を受けた上での延長線にあるなら、天儀はすでに帝へ星間戦争再開のキャンペーンをプレゼンスしたに違いない。
そこで確実にツクヨミの話題が出たはずで、天儀が帝とその取り巻きをどう説得したのか謎だった。
一方のアキノックは、氷華の突き放したような答に苦さを感じていた。
氷華のアキノックへ対する棘のある態度へではない。
――我軍に天童正宗より優れる指揮官はいないのでは。
という苦さだ。
星間戦争を再開するということは、マグヌス天童と戦うということでもある。
アキノックとしては、自分は少なくともマグヌス天童などとは戦いたくもない。だが、目の前の天儀という男は、マグヌス天童と戦う難しさを感じていないようだ。
「アキノック、そう心配することはない。彼は司令長官だ。前衛部隊を率いて突貫してくるなどということはないさ」
天儀が、アキノックへ向けこともなげにいった。
「ま、前線に出ることはない、というのはわかるが、それでも天童兄妹に戦場でワルツを踊られれば台風の目となって呑み込まれるぞ」
「そうだろうか。強いというのがわかっているなら。踊らさなければいい。妹はともかく、いまの正宗の方は煩わしい事が多いぞ。星間連合九個艦隊。彼は持て余している。九個艦隊の内、完全に掌握できているのは半数にも満たない」
アキノックの懸念を、天儀があっさり切り捨てるように応じていた。
アキノックはおのれの内の重大事に対し、天儀があまりにあっさり応じてきたことで、天儀に気圧され驚きを隠せない。
アキノックが驚きの目で、天儀をまじまじと見つめる。
いまアキノック目の前の天儀の容ちに、少し変化が生じていた。
――この天儀の存在感の増し方はなんだ。
と、アキノックが思う。
目の前の天儀には揺るぎないものがあり、アキノックを圧倒している。
この天儀の様子は、増長や傲慢とはちがう。もっと遠いい何か。これは自信でもないとアキノックは思う。思った瞬間、そうだ。と、閃いた。
――迷いがない
これだ。と、アキノックは思い。天儀の変容に自分が圧倒されている理由を思い知った。
戦争を語る天儀には、迷いがない。
アキノックは、この男には星間戦争の結論、つまり勝利が見ているのか、とすら思い
「司令長官の兄と、九個艦隊のうちの一個艦隊を率いる妹。全軍の長の兄と、最大編成単位の長の妹でデュオは可能だろ」
そう語気を強くして問いただした。
「どうだろうか」
熱くなるアキノックへ、天儀が涼しく応じてから言葉を継ぐ。
「宇宙最強のデュオも、その強さはあくまで小さな局面で発揮される。2人で戦場は支配できない。戦場では2人の存在は、百万分の2人にすぎない。勝負は人数が増えれば増えるほど、一人が勝敗へ与える影響は少なくなる。いかに偉大な天童さんでも、そのウイザードクラスと呼ばれる能力が与える影響は少ない」
アキノックが、天儀の
「偉大な天童さん」
という部分で思わず笑った。
天儀は、マグヌス天童と呼ばれる天童正宗を、若干滑稽な言い回しで下げた。小馬鹿にしたに近い。
マグヌスは、単に大王といわれることが多いが、語意は『偉大な』という意味が最も相応しい。
加えて天儀から出た百万という数字は、単にとてつもない大軍という意味だ。数字的な正確さは含まない。星間連合軍が、全軍近く集まればそこに参集する人間の数は途方もない数。天儀は、それを百万と形容しただけだ。
アキノックは、天儀の言葉に笑いつつも冷静に思考を巡らす。
天儀の言うことは捉え方の問題で、概念に近い。現実どうなるかというのは不明。天童正宗の人知を超える指揮能力が、戦場を圧倒しうる可能性は否定できない。
難しい顔で黙考するアキノックへ、天儀が口を開いた。
「敵を知りおのれを知れば、というとことだ。我々はツクヨミという懸念を抱えるが、星間連合軍はそこから出て戦いたいというジレンマを抱えている」
更に継いで
「最速のアキノックの早さ一つでは、戦争に勝利できないのと同じだ」
と、いいきった。
途端に、アキノックの表情に苦さが走る。
――それをいうか、おまえ
という苦さだ。
天儀の指摘は事実だった。
アキノックが思うに、仮に自分がグランダ軍の長、つまり大将軍になったらどうか。
その持ち味であるその速さが失われる。アキノックの強さの秘訣は、速度。六個艦隊では魯鈍となり、アキノックは庸器、凡庸と化す。
――つまり天儀のいいたいところは、
と、アキノックが思考を結ぼうとしたとき
「天童正宗のその偉大な知も九個軍の隅々には行き渡るまい。一度に指示できる数には限度がある」
天儀が、アキノックの頭の中ででかけていた結論を口にしていた。
「お前、俺が言おうと思ったことを」
不満を口にするアキノックだが、天儀がそれを遮り
「故に私は、君に二個艦隊を率いてもらいたい」
と、唐突に断言した。
部屋に天儀中心に強風が吹いた。アキノックが思わず目を見開き天儀を見た。アキノックの捉えた天儀の目は透き通って、アキノックへの信頼に満ちていた。
「二個艦隊」
この天儀の言葉に、アキノックが激風を受けたような衝撃を感じつつ
――諾。
という意味を込めて力強くうなづいていた。
アキノックは、この二個艦隊という言葉が、何故か自分が率いて速度が失われない最大数を問われたとすんなり理解していた。
アキノックからして、自分の良さが失われない数は二個艦隊で、逆説的にいえば二個艦隊はアキノックの力を最大値に引き上げる数。
天儀は、心をふるわすアキノックへさらに継ぐ。
「開戦にあたっては、軍を上・中・下の三個にわける。仮に双方全軍で会戦となれば、両軍合わせて主要艦艇だけで2400隻規模の艦艇が一度に相対する。戦線は長大に過ぎる。会戦中は、全軍の長が一人ですべてを指揮をするのは不可能。戦場を数か所に分け、各自の持ち場に徹するしかない」
「それが三つか」
「そうだ。そして一軍を率いる将軍には、府を開く権限を与える。あくまで大将軍府の下だが、権限は大きぞ。好きにしていい」
アキノックの顔にぱっと明るさがさし、喜色が満ちた。
――俺が一軍を任されるのか。
という感動がアキノックを襲ったが、同時におかしさも感じた。
アキノックを二個艦隊の長にしてやると偉そうにいう目の前の男の現状は、アキノックの捕囚だ。
アキノックの任務は、出迎えと称して天儀の身柄を確保すること、これは天儀を天京まで軟禁するに近い。
つまり捕囚にしている人間から、出世せさてやるといわれている、という状態だ。
このおかしさに気づいたアキノックが
「お前、もう大将軍のつもりなのか」
そう思わず叫んでいた。
「おお、違う。そうだった。そんなことになったら、そのときは頼むということだ」
天儀が、アキノックの指摘へハッとしたように応じてから笑った。
アキノックが哄笑しながら立ち上がり、棚からウィスキーを取り出す。
「たく、まあいい。仮に二個艦隊をもらったら戦ってやる。逃げるんじゃなくてな。宇宙最速が戦う。精々こき使ってくれ」
第三次星間戦争で、撤退の手腕を評価されて戦艦の艦長にまでなったアキノックだが、軍内には
「逃げただけで昇進した軽薄な男」
というやっかみがあった。
これは能力を示し評価されたものへの嫉視にすぎないが、当然噂はアキノックの耳にも入っていた。
アキノックはウィスキーを片手に、グラスを二つ。
天儀と自分前にグラスを置き
「俺だって戦うことに速さを活かしたいよ。俺が活きるように、お前がお膳立てしてくれ」
と、いいながらウィスキーを開け、グラスへそそいだ。
アキノックが、グラスを手に取りかかげると、天儀が同様に応じる。
「前祝いだ」
アキノックのここの言葉で、二人はグラスを合わせた。
室内に透き通った音が響く。
音の余韻が残るなか、天儀とアキノックはグラスを仰いだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
乾杯の後、エレナと氷華の二人の前にもグラスが置かれ4人での歓談となっていた。
4人でといっても実質喋っているのは天儀とアキノックだけだが。
それほどに2人の距離は縮まっていて、補佐官や秘書官という立場のエレナや氷華は大人しく見守るしかないような状況だ。
天儀がアキノックの空いたグラスに、ウィスキーをそそぐ。
アキノックが、それを眺めながら
「ところでお前、足柄をとっ捕まえたんだったな」
そう話題を口にした。
「ええ」
と、天儀が応じ、表情に明るさがでた。あの面白い女の話題だ。アキノックは、足柄をどう見ているのか。天儀からしても興味がある。
天儀の表情を見みたアキノックが、苦笑しながらいう。
「あんなぶっ飛んだやつが、星系軍にいるのかと驚いたろ」
「そう。まさにそれだ。驚いた。だが、あの人には華がある。戦場では綺麗に咲いてもらいたい」
「あいつがか」
アキノックから足柄には負けたくないという色がでていた。
「まあいい。優秀なのには違いない。あと戦争するなら戦術機隊が重要だろ。目星はあるのか」
「防人隊で、どうだろうか」
「数が少ないな。30機の中隊が二個だろ」
「いや実質一個だな。整備が難しいのか、実働数が少ない。だが実力は本物だ」
「わかる。だがやはり数が多く、実力は折り紙つきが必要だな」
というアキノックの言葉に、天儀がうなづく。
「近衛のレティが優秀だ。彼女を使え。あの女の部隊は数も多く、練度も極めて高い。あいつには合同訓練で、散々追い回されてムカつくところもあるが優秀だ。麾下において上手く使うのをお勧めする」
「君が使わないのか。二足機乗り出身の君から見て、優秀なパイロットなんだろ」
「ばかいうな。言うこと聞きゃあしねえよ。あの女は恐ろしいほど鼻っ柱が強い。人の話なんて聞きやしないぜ。自分に酔っ払ってるような女だ。会話すら怪しい」
アキノックのあまりの物言いに、天儀が苦笑した。
だが天儀にはわかる。おそらくアキノックのこの憎まれ口は、レティへの高い評価の裏返しで、御すれば使える戦術機隊と隊長だろう。
「アキノックの言うこと聞かない人間が、私の言うことを聞くだろうか」
「聞かせなきゃ戦争には勝てん。精々頑張ってくれ」
天儀が哄笑した。
――それほどに優秀か
と、天儀は思い。胸に近衛隊のレティの名を刻んだのだった。
その後、2人は話を続けていたら再度足柄京子の話になり何故か盛り上がった。
盛り上がる2人に、静かにグラスを傾けるエレナと氷華。
アキノックは、そんな2人を目の端にとらえると、小さい方、つまり氷華がやけに不機嫌なのに気づいた。
氷華は無表情のジト目。
その表情からは、感情の所在をつかみにくいが、アキノックが見るに明らかに氷華は不機嫌そのもの。
――なんだこいつ。酒癖悪いのか、めんどくせえ女だなぁ
アキノックは、そんなことを思いながら、天儀の空いたグラスへウィスキーをそそいだのだった。




