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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
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5-(6) 天儀とアキノック

 榛名はるなの貴賓室内へと入った一行。

 

 室内には重厚感じゅうこうかんあふれる木製のインテリアが数点設置され、壁には女神のイラスト、部屋の隅には美女の彫刻ちょうこく

 背の高いキャビネットの中にはブランド物の酒が並んでいる。

 貴賓室は、実にエルンスト・アキノックという男の趣味を反映した部屋となっていた。

 

 部屋は地上でのそれと変わらないように見えるが、よく見ると少し違う。

 家具はしっかりと壁や床に固定され、家具の開き戸や引き出しは衝撃で中身が散乱さんらんしないよう一つ一つ留め金が付けられている。

 ブランド物の酒瓶さかびんが並んでいるキャビネットもよく見れば、酒は棚に置かれているのではなく、衝撃吸収のマットのようなものにめ込まれているというのがわかる。


 そんな部屋で、いまアキノックと天儀てんぎは、マホガニー材で作られた高級卓こうきゅたくを間に挟んで座っていた。


 より正確にいうと、天儀と氷華ひょうかが並んで座り、アキノックの横にエレナが収まる形で座っている。

 部屋には、この4人しかいないが、アキノックがながめる天儀の挙止きょしは、落ち着いて慎み深い態度を崩さない。


 いまのアキノックは、

 ――これはこれで、面白くもなんともねえ

 と、陸奥を迎えに出たころとは全く違う思いに支配されていた。

 

 天儀と出迎える数時間前までのアキノックは、血気盛けっきさかんな面倒くさいやつだったらうんざりだ。と、思ってすらいたのだ。

 

 それが一転、先程までは天儀の慎ましい態度に好印象をいだいたが、今度はおとなしい天儀に飽き、アキノックは

 ――型にはまったような男でも面白くない。

 とすら思い始めていた。


 アキノックが、さらに思う。

 これはれだな。集光殿しゅうこうでん辺りにいるすまし顔した廷臣たちの雰囲気そっくりだ。お行儀がいいってのも難儀なもんだな。こっちも堅苦かたくるしくて仕方ない。

 

 アキノックは再び天儀の美形でないが悪くはない顔を見るが、天儀は大人しそうないい子ちゃん。

 

 ――やっぱり、面白くねえ。

 と、再びアキノックは思うが、アキノックの立場としては招いておいて、つまらんと黙っているわけにもいかない。一応、榛名に天儀を招いたという形なのだ。

 

 アキノックは、沈黙ちんもくを破り

 

「どうしますかね。ぼうにぶち込めとまでは言われてはいないんですが」

 そう天儀へ乱暴らんぼうに切り出すと、天儀が苦笑して

 

「それぐらいは覚悟していましたが」

 といった。


 そして言葉とともに

 ――どうします

 と、目でアキノックへ問いかけてきた。


 アキノックにとって、不思議な笑いと視線だった。きつけられるものがある。

 なるほど、帝のお気に入りとも聞いてはいたが、わかる気がする。と、アキノックは思った。

 

 フィーリングの問題だ。何かこの男とは合いそうな気がする。アキノックはそう感じ天儀を見ると、とたんに天儀の姿が、それまでの思ったよりつまらない男から魅力的みりょくてきな人物へと変貌へんぼうしていた。

 

 ――唐公誅殺とうこうちゅうさつ武勇伝ぶゆうでんでも話してもらうか。

 アキノックが、そう思い。ソファーに深く掛けていた身を起こすようにしてからしゃべりだそうとすると

 

「知ってますよアキノックさん。中佐ちゅうさの階級は戦術機せんじゅつきで得たんでしょ」

 機先きせんを制されアキノックのほうが質問されていた。


「あなたは速い。戦術機の模擬戦もぎせんでも最速ですが、先の星間戦争で艦の指揮権をいじょう譲された後の行動もです」


 突然のめ言葉に驚いたアキノックだったが、


「そりゃあまね」

 とまんざらでもなさそうに答え続けて


「戦いってのはスピードですよ」

 と自信ありげにいった。

 

 天儀がこれに微笑を向けながら

 

 「はやさ、言い換えれば時間ですね」

 これに対し、アキノックは、わかってるね、という顔をして応じた。


 戦場でのスピードは、余剰よじょうの時間を生む。余った時間を何に使うかは自由だ。

 戦場なら当然、敵を撃破することに活用するが、平時なら余暇よかにあてて人生を満喫する。これがアキノックのやり方。

 

 定時前ていじまえに、仕事を終え暇そうにするアキノック。個人的な端末さえいじりだし、今日は誰を誘おうか、艦内事務の受付嬢は愛想あいそが良くて話していて楽しい彼女にするか、などと考えつつ片手で連絡先をソート。

 

 相手を決めると個人チャットでの食事の誘いから始まり、まだ仕事中なのに勤務明きんむあけのスケジュールに余念よねんがない。


 アキノックのそんな姿に、苦言くげんを呈する補佐官のエレナ。


 そんなときは、


「サボってるんじゃねえ。時間の有効活用ゆうこうかつようだ」

 これがアキノックのエレナへの決まり文句だった。


 そうアキノックにとって、戦いとは速さ、そして

 ――速さとは、すなわち時間。

 

 その時間をどう活用するかが指揮官としての能力。

 

 アキノックは、そこまで思い。天儀へ対し、話の通じる男だぜ。速さが大事だといっても、ただ急げばいいってもんじゃない。それがわかってないやつが多い。とすら思った。

 

 いまのアキノックは、天儀がアキノックにとって速さとは、すなわち時間だと言い当ててくれたことに心地よさすら感じていた。

 

 気分良さげなアキノックへ、天儀が、

 

「でも戦いにおいて、スピードから生まれる時間とは何ですか」

 と、問いを投げかけた。


 ――何って。

 天儀の問に、アキノックは戸惑った。


 アキノックが思うに、戦場ではスピードが全てだ。戦術機でも戦艦でも相手より速ければ、相手より必ず一歩先いっぽさきんじれる。全てにおいてだ。

 

 例えば、砲戦位置に早く付けば、敵より早く砲撃を開始できる。先制はアキノックの信条といってもいい。

 

 ――速い。それ以外に何か必要なのか。


 速いことは、それだけ十全足り得る。アキノックは、速さが時間を生む、それ以上のことは考えたこともない。

 

 アキノックが黙しているので


 「距離ですよ」

 と、天儀が切り出していた。


「時間で得られるものは距離だ。自分にベストの間合いを得ることができる。一撃入れようと思ったら、遠くても近くてもいけない。ちょうどいい距離ってやつです」


「なるほど、ちょうどいい距離か。たしかにそれだ。二足機戦で、距離を詰めるのも、取るのも。有利に攻撃できる位置につけるためだ」


 やはりアキノックの二足科にそくきか出身の操縦士(パイロット)だった。考えの基準と、物事を理解する折に二足機を間に解することが多い。

 

「我々は、速さで時間を生み、時間で距離を得ているのですよ。戦いのおいての速さとは、場所の取り合いではなく距離の取り合いです。空間を取ろうとすると、死地しちいたる。これです」


「なるほど。空間にこだわる。つまり戦略的にしろ戦術的にしろ重心地じゅうしんちに、こだわれば時として窮地きゅうちおちる。例えば重要拠点の奪取にこだわり突出して孤立とか。こんなところか」


「私は、そう思いますね」


「なるほど、そいつは盲点もうてんだった。というかそこまで考えたことがない」


「スピードに、駆け引きも交えて距離きょりを稼ぎだすんですよ。相手より遅い場合この考え方は使えますよ。敵のスピードを自分のものとするのです。これで敵との距離の取り方を間違えない。戦いの駆け引きに勝つとは、私はこういうことをいうのだと思います」


 言葉を終えた天儀が、アキノックへほのかに笑うと、アキノックも思わず笑顔を作って応じていた。

 

 ――どうもこの男とは気が合う

 そう感じたアキノックは、同時に気まずさも感じた。


 アキノックは言葉遣いは、立場が上のものに対する言葉遣いではない、というのが理由だ。


 アキノックから見て天儀は同年代。年齢はさほど変わらないだろう。アキノックはつい同僚と話すような気軽さが言葉遣いにもでてしまっていた。

 

 不味いな、と思ったアキノックが、すっと顔を上げ、あごを引き


「司令失礼しました。本官の言葉遣いは」

 というと、天儀がアキノックへ向けてまっすぐ手のひらを突き出した。


 いま天儀の手のひらが、アキノックへ停止を意味するように向いている。

 

 アキノックは、思わず言葉が止まり、

 ――少々礼を欠いていました。失礼をおおわびしたい。

 と、いう続きの言葉が出せずに天儀の顔を見てしまった。

 

 天儀が、そんなアキノックへ一言。

 

「将軍とは、俺とお前の関係でいい。気にしないでおきましょう」


 アキノックが、天儀の度量どりょうの大きさにまれた瞬間だった。

 

 喜びとも、恥ずかしさとも取れない感情がアキノックを包んだ。言葉を素直に受けていいのかという当惑がアキノックの表情に出る。


 天儀が、そんなアキノックを見て


「アキノック」

 と、呼び捨てて笑った。


 アキノックも、悪くない、といって笑って応じたのだった。

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