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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
35/126

(閑話) ナンバーツー

 誰が艦長の側近、つまり艦内の

「ナンバーツー」

 かは、人によって多少の違いがでる。

 

 天儀てんぎ秘書官ひしょかんへ大きな権限けんげんを与え、情報の整理と報告を命じたが、アキノックは補佐官ほさかんをそれにあてている。

 足柄あしがらなどは、副艦長ふくかんちょう子義しぎを、副官という立場に任命し、艦の管理も含め丸投げ。

 

 通常は、副官か補佐官を任命する手法がベターだ。主計しゅけい担当の秘書官は、数字の管理にてっし裏方で使われるだけだ。

 

 さらに天儀の第二戦隊は、秘書官が情報統括(とうかつ)も司令へ報告を行うので、第二戦隊司令部はこの点においても特殊だった。

 

 セシリアは陸奥むつブリッジの内装作業ないそうさぎょうのおりに、天儀が30名の陸奥での役割を確認した日の解散後

 

「ところで司令。副官や補佐官は任命なさらないのですか」

 と、天儀へ側近の選定せんていをどうするのか質問していた。


「私の副官がやれるぐらいの人材は、艦長に任命するな。補佐官は、必要であれば考えよう」


 はぐらかすようにそういう天儀。

 セシリアは、この天儀の様子を、自信がないゆえのごまかし、と受け取った。


 惑星秋津わくせいあきつ圏内軍けんないぐんから星系軍せいけいぐんの戦隊司令に任命された天儀は、星系軍の仕組みにうといところがある。

 これはセシリアが、天儀と出会ってから時折感じることだった。

 

 天儀司令は、上手くごまかしていますし、星系軍へいらしてからよく勉強をなさっていますが、追いついていない面もありますわね。

 

 そう思ったセシリアは

 ――補佐官とは、

 といって、補佐官の役割を説明しだした。


「艦長へと報告されるあらゆる情報を一旦集め整理し、艦長へ報告する仕事ですわ。艦長のスケジュール管理も補佐官の仕事のうちです」


 一方の天儀は、この部下が突然始めた組織講習に気分を害したふうもない。むしろ背筋を伸ばし、セシリアの説明を真剣に聞くかまえ。

 

 そんな天儀の殊勝な態度は、

 ――司令のこのような素直なところは美徳びとくですわね

 と、セシリアから好感を買っていた。

 

「つまり艦長への情報は、一旦補佐官に集められ、補佐官から艦長へつたえられる。ということですわ」


 セシリアが、補佐官の説明を終えると、

 

「副官は?」

 と、天儀が恥ずかしげもなく聞いていた。

 

 自身の無知がセシリアに看破かんぱされたのは、すでに天儀からしてもわかりきったこと。だったら開き直ってというより、こうべれて教えをうしかない。というのが天儀。

 

 なお天儀は、補佐官と副官のおおよその役割なら把握している。この際だから違いを正確に知るために聞いてしまおうという考えでの質問だった。

 

 ――セシリーは、善意ぜんいから説明してくれている。

 と、天儀は感じ、天儀はその善意を徹底的に受けるとこにしたのだ。

 

「副官も役割は全く同じですわ。ただ副官は佐官さかん以上が任命され、補佐官は尉官いかん以上から任命されますわ」


 これは、といってセシリアが説明が続く。

 副官には、艦長不在時(ふざい)に艦の指揮権しきけんを有する者という役割があるが、補佐官にその役割はない。

 

 そして、厳密げんみつには補佐官には要求される階級の指定はない。最も下の階級からも任命可能だった。

 

 副官は、艦長が何らかの理由で指揮不能の場合、艦の責任者となって艦を取り仕切るが、補佐官は違い艦長が不明の事態となった場合、副艦長なりの艦内で艦長の次にくる席次で指揮権を有するものへ従うこととなる。

 

 もちろん補佐官自身が艦内で生き残った最高階級という状態になれば補佐官が艦の代表ということはおきうる。

 

「思うのだが、この二つは秘書官とは違うのか」


「あれは数字の管理ですわ。ガリ勉さんのお仕事と、いわれるような立場とお仕事ですわね。主計を秘書官といっているのに近いですから」


「だが主計を握るのは秘書官だろ」


「そうですわね」


 天儀は、セシリアのその応じをきいて、自身で軍規ぐんきを検索、一分後に


「秘書官に、補佐官のような役割をさせることは、可能だなこれは」

 と、いう結論を口にしていた。


 天儀の思わぬ結論に、あらまあ、という顔のセシリア。

 

 そんなセシリアに


「適任は」

 と、いう天儀のするどい視線と問いが飛んでいた。


 その鋭い視線には、君がやれないか、という目語が含まれている。

 

「私は、数字はさほど得てではないので、秘書官はご遠慮願いたいところですわ」


 セシリアが気まずそうに正直にいった。

 天儀が、うなずく。


 無理強いしても仕方がない。セシリアほどの人間が、難しいというのだ。無理なのだろう。と、天儀は判断し黙考もっこう


「集めた30名の中で、数字が得といったら電子戦科か」


 考え込んでいた天儀が、思いついたように口にした。


「そうだな。千宮氷華せんぐうひょうかだ。彼女にやらせよう」


「電子戦指揮官にですか」


 電子戦指揮官でんしせんしきかんといえばただでさえ重要なポストで激務だ。そこに秘書官を兼任できるのかは、本人次第といえども難しい問題だった。

 

「秘書官は、一人ではないな」


「そうですわね。通常、各艦に一名、司令部を兼任する艦ともなれば数名です」


「氷華に秘書官の部下を付け、彼らが氷華へ報告。その報告された情報を氷華が整理し、私に報告する。これでいい」


 天儀が、そういってセシリアを真っ直ぐ見る。

 セシリアには、この天儀の視線の意味が良くわかった。

 

「わかりましたわ。氷華さんと合いそうな秘書課の方々を、人事部のリストから探しておきます」


「頼む」

 と、天儀が頭を下げていった。

 

 セシリアは、天儀のこの態度を内心小気味(こぎみ)よく感じてしまい。やる気も出た。

 

 部下に、このように頭を下げる上官はめずらしい。

 

 へりくだる上官は、部下から見れば単に不気味、この不気味とは不快だ。不快の理由は、上官の自信のなさを察知し肌で感じるから。結果として当然、部下から舐められ、舐められれば上下の規律きりつが乱れる。


 だが天儀の一礼には、重要な仕事だから頼むという真摯しんしな思い。つまり誠実せいじつさがあった。

 

 セシリアは、頭を下げる天儀を見て

 ――いったとおり誠実な方ですわね

 そう思い微笑した。


 セシリアが以前、出会った頃の天儀に軍隊に一番重要な要素とは何かを問うと、天儀は


「誠実さ」

 と即答した。


 誠実さ、とはセシリアが考えていたものとは随分と違った答えだった。


練度れんどとか、規律とか、士気とか、兵器の充実とか、作戦とか」


 セシリアは、この手の答えを想像していたのだ。

 それが、誠実の一つ。セシリアには驚きだった。


「信用がなければ、誰も戦わない。士卒しそつを死地へと向かわせる無限のやる気を引き出すには、『しん』の一字のみだ。もちろんそれ以外を疎かにしていいという話ではないし、練度・規律・士気・装備が充実しているということが大事だ。だが、やりこれらの要素を下支えするのは上官の部下に対する誠実さだ」


 セシリアは、少し乱暴な言葉づかいになって、大きくいう天儀を、

 ――やはり軍人さん、荒々しい一面もあるのね。

 と、好奇こうきの目で見ていた。

 

 二人の出会い方は多少の荒々しさが含まれていた出会いだったが、星間戦争(せいかんせんそう)再開目論む天儀を、セシリアが情報部という立場から個人的に支援するようになってからは、二人はときおり顔を合わせいた。

 

 そんな折の天儀は、変わっているが気遣いがあり、丁寧ていねいつつしみある男性だった。

 

 だが、セシリアが天儀の慎みに触れて感じるものは

 ――静の中にある獰猛どうもうさ。

 

 これはいつわっているわけではない。静も猛も天儀の人としての一部なのだろう。情報部のセシリアはそう分析していたのだった。

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