5-(4) 最速のアキノック
天儀と氷華の陸奥が、足柄の古鷹と遭遇するさなか、天京から第二戦隊旗艦陸奥を出迎えるための一隻の戦艦が発っていた。
戦艦陸奥とは違いシャープなボディに、35.6センチ三連装重力砲。
黒鉄色に輝くその艦は、見るものが見れば、すぐに4隻ある高速戦艦の内の一隻だということはわかる。
噴射口の軌跡をのこし真っ黒な宇宙を進んでいく、その艦の艦尾には『ハルナ』と白い文字で書かれていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第一艦隊・第四戦隊所属の
「高速戦艦榛名」
へ、陸奥の嚮導任務が与えられていた。
榛名は指定の座標で陸奥と合流し、合流後の陸奥は榛名の指揮下に入る。この命令はすでに陸奥側にも通達されている。
唐公路口事件は、誅殺という形で落ちつているが、実態は針路の問題から戦闘に発展しただけ、つまり喧嘩である。
このようなケースでの争いへの適切な対処は
――喧嘩両成敗。
これが大原則。統制上の問題は大きく、片方を放置すれば増長するというのは想像に難くない。
政府要人の一部が、天儀が唐公誅殺をきっかけに勇躍し、手がつけられなくなるのを恐れた。勲功をなした軍人の政治的な野心を警戒したといってもいい。
このような理由から、天儀の戦隊から切り離すべきだという意見が出て
――出迎え
と称して、天儀の身柄を確保するという決定がなされたのだった。
天儀の身柄は朝廷が預かり、軍が警備する。
この決定を認証する折の帝は、
「なるほど、朕が天儀を大将軍したがっているというのは、気づいているものが、少なくないということか」
そういって、決定に許可を与えた。
グランダ共和国が、帝を中心に戦争へ向けて動き出しているとはいえ、天儀が大将軍にふさわしいという最低限の説得性は不可欠。
そして説得性において、唐公誅殺は、申し分ないといえる。
だが、その唐公を殺した男が実は驕慢であったらどうか、唐公が天儀に取って代わっただけになりかねない。
天儀が、唐公とは違うというポーズとアピールは必要だった。
――天儀が従順としていれば問題なかろう。大将軍になりたければ上手くやる。
そう帝は思い、書類へサインし、天儀の復命を心待ちにした。
つまり復命へ向かう天儀を待つ褒賞の場は、一連の唐公に関する事件の最終調査という意味も内包していた。
この天儀出迎えに向かう高速戦艦榛名の艦長は
「エルストン・アキノック」。
宇宙最速の異名を持つアキノックは、二足戦術機隊の出身、階級は中佐。
第三次星間戦争の艦隊撤収で臨時に艦隊の指揮を取り撤退を成功に導き、その功績が帝の目に止まって艦長に抜擢されるという異例の人事での艦長就任。
そんなアキノックは戦術機隊の出身の割に長身で肩幅は広め、髪は乱暴に後ろへ撫で付けているように見えて、前髪は丁寧にポンパドールを作り、側面は綺麗に撫で付けているが、襟足は下へ流してしまっている。
一見、俗に言うリーゼント風に見えなくもないが、よく見るとまったく違う複雑な髪型。
アキノックのこだわりは、髪型にとどまらない。服装やアクセサリー、美容品につていてもこだわりがあり造詣が深い。
これをアキノックの言に従えば
「艦長には貴婦人を胸に抱き剣を振るうような華やかさが必要。これこそが兵士たちから尊敬と畏怖を引き出し、そして彼らのやる気へとつながる。華やかな俺を見れば、誰もが俺のようになりたいと思うだろ」
と、いうことだった。
つまり
――勇壮絢爛。
これが姿顔雄偉なアキノックの信条。指揮官に雄々しさだけでなく、華々しさも求めたのがアキノックだった。
ようは彼は、
――お洒落に気を使う
見た目という、外見へのこだわりのある男。
そんなこだわりのある男、榛名艦長アキノックの宇宙での二つ名は
「クイック・アキノック」。
戦術機乗り時代から速さを尊んだアキノックは、艦隊指揮でも同様に何かにつけてスピードを重視し周囲からこう呼ばれることとなる。
異例の抜擢も手伝い、最速のアキノックといえば軍内で知らぬものがいないほど有名であり、敵である星間連合側でもアキノックは最も早い男として有名だった。
――兵は拙速を尊ぶ。
とはいうが、多惑星間時代においてもスピードは、有無を言わせず敵を押さえつける大きなパワーとなりえた。
その宇宙最速の男であるアキノックは、いま榛名のブリッジで、眼鏡の似合う補佐官のエレナ・カーゲンから報告を受けていた。
補佐官は、艦長へ向けられる情報を整理報告するのが仕事で、補佐官エレナは長身のアキノックに見劣りしないほどの女性。
つまり小顔に高身長で、バストサイズがあり容姿端麗。高身長の割に、女性特有の嫋やかな挙止に、微笑みは慎ましく婉麗。
そんな美しすぎる補佐官からの
「千早宗介が拘束され、恒星衛社は渋っていたプリンス・オブ・エシュロンの武装解除を受け入れたそうです」
という報告を受けて、アキノックは
「恐ろしいやつだよ」
そう素直な感想をもらした。
「唐公誅殺後、なぜ復命せずにドック海明へ向かったか理由がこれでわかりました」
エレナは、唐公を誅殺した陸奥がドック海明へ向かったという報を
――迷走したわね
と、無念の思いをいだきつつ眺めていた。
客観的に見て、唐公を殺害し、そのまま唐公派の本拠地である第二星系へ入るのは正気ではない。自殺行為。袋叩きに合う。
エレナは、唐公の侈暴からグランダを救った陸奥も海明宙域に消えることとなるわね。とすら思って、大功をなした陸奥の運命を思い内心嘆息していた。
「私は、陸奥は唐公殺害の混乱から、本来の任務を頑迷に遂行していると思っていました。唐公を殺して、唐公派の本拠地へ真っ直ぐ向かうとは血迷ったとしか思えません」
「それが恒星衛社の暴挙を、未然に阻止するためだったとはな」
「今思えば最も話ですが」
「それな。こうやって、あとから考えれば至極最も様ってところだ」
ドック海明は、プリンス・オブ・エシュロンの最大の拠点。その最大の拠点を失えばもう反抗の芽はない。
唐公を誅殺したなら、プリンス・オブ・エシュロンの拠点であるドック海明を素早く抑えてしまうのが最良。
アキノックもエレナも、いま思えばそう思う。
「皇族の誅殺という異例の事態に、我々も冷静さを失っていたのでしょうか」
それに対しアキノックは
「どうだろうな」
と答えつつエレナの胸元をちらりと見た。
その仕草に気づいたエレナが、咳払いをする。
エレナの服装に、特に露出が有るというわけではない。単にサイズが大きいのが理由だ。
エレナからして、男性が見てしまうのはわからないことではない。
だが、アキノックのような外見にも気を使い、かっこよさを売りにしている艦長が、
――女性の胸に視線を取られ、鼻の下を伸ばしている
というのでは情けない。
「艦長、もう二足機隊にいたころとは違うのですからご自覚を持って、お願いしますね」
エレナは、咳払いの後にそうたしなめた。
うちのアキノックは、艦長としても優秀なのですけれど、二足機時代のパイロットの感覚がまだ抜けきらないという困った面もあるのです。子供じみているというか、サボりたがるというか。もう困っています。
これが、エレナが同僚にもらしたアキノックの一面。
二足機パイロットというのは、使う側でなく使われる側で、指揮官という名の教員に管理される生徒のような側面があった。
無茶をしても優秀なパイロットなら、お目こぼしされるし上官が処理してくれる。アキノックには、そんな二足機出身者の特有の甘い感覚が抜けきっていない。
アキノックは、補佐官のエレナの言葉に気まずそうにし、視線を手元の資料に戻しながら
「だが戦い方はいい。素早く動いてドック海明を制したのは無謀にも見えるが、俺は好感をいだいたね」
そう天儀へ評価を口にした。
「確かに誅殺だけしてあのまま帰投に入れば、今状況はどうなっていたかわかりませんけれど」
補佐官エレナの評価は、アキノックとは微妙に違う。
エレナからすれば、唐公派の本拠地に単艦で残り続け、ドック海明入までしてしまうは無謀にすぎる。
「危険は大きいが、結果的には大胆が虚を突き、最良の行動だった」
天儀の行動を肯定的に評価したアキノックだったが、当初唐公誅殺のを聞いた時には、第二星系からはすぐに離脱するのが得策に思えた。
そんな思いが頭をよぎり
「普通はとっとと帰っちまいてえわな」
そうエレナへ向けて感想をもらすと、エレナは
「まったくです」
と、応じてから、30分後に陸奥との接触する旨をアキノックにつたえた。
このエレナの報告で、アキノックは天儀との対面間近という実感を強くし、若干の緊張を心身に覚えた。
軍人のアキノックから見れば唐公は侈暴そのもの。恒星衛社にも敵対心に近い不快感しかない。
だが、嫌いだからといって、殺してしまえば良いとはいかにも短絡的にすぎる。
あの傲慢な唐公を一撃してしまうような男はどのような人格を持つのか。
――無鉄砲で直情的な男だと想像しちまうわな。
そんなふうに思い。アキノックは、あまり面白い予感はしない。
「しかし嚮導任務、つまり出迎え任務か。いろんな任務があるもんだぜ」
「状況に応じて柔軟に、これが軍隊です。あくまで今回は第二戦隊司令の出迎えですので、くれぐれも陸奥側へ横柄な態度は控えてくださいね」
アキノックは、エレナの苦言に、わかったよ。というように手を振り
「出迎えとは、上手いことをいったもんだよな。実質は天儀の拘束だぞ。笑えるぜ」
そう任務の実態を投げやりに口にした。
いまの二人には、朝廷や軍、政府が天儀をどのように扱う気なのか今一掴みきれないところがある。
「朝廷は、唐公派の妙高と羽黒の両艦長を処分してしまいましたね」
というエレナの言葉に、アキノックが
「あいつらは唐公派だからな、まったく俺たちからすれば処分されて清々ってところよ。唐公の首を持ち帰って、上手く寝返ったと思ったところをばっさりいかれて、あれぞ帝の名裁きよ」
そう小気味よさそうに応じた。
妙高、羽黒の両艦長が唐公派というのは軍内では知らぬものがいないほど有名。
それが都合よく転身し、帝へ取り入ったというのは、軍内で物議を醸した。
軍内では、2人が曳航してきた11隻を唐公の首と言い換え。主人の首を持ち帰って、しっぽを振る犬とさえ罵られていた。
ようは、誰から見ても二人の寝返りは、あからさますぎ
――こんな変心を許していいのか
という空気が軍内にはあったのだ。
それが復命と同時に、大逆罪での議会へ下問。
意気揚々と返った二人の心中はいかにといったところだ。
「天儀司令の扱いはどうなるんでしょうか」
「わからん。だが、唐公はあくまで誅殺されたということだ。死んだ唐公に罪があるのは間違いない。それに天儀まで殺したら、今後、誰が帝や国のために働こうと思うんだ、という問題もある。天儀までは処分しないのではないか」
この時点で、まだ妙高、羽黒の両艦長の大逆罪は裁判所で審議中だ。
議会が大逆罪を可決し、裁判所へ回され、有罪が確定すれば即日執行で死刑。
審議は、3日で3回行われ、3日目に判決が出る。そして今日は、まだその2日目。
二人にはまだ両艦長の運命はわからない。だが議会を通ってしまった以上ほぼ間違いなく有罪が確定だった。
こうなるとアキノックとエレナからすれば、妙高、羽黒の両艦長を処分し、天儀をだけを助けるのはどうも矛盾しているようにも見える。
ただやはり世の中には
『唐公誅殺』
という大前提があり、あからさまな唐公派の妙高、羽黒艦長が処分されたのは当然、天儀が勲功なのも当然。と、思われているのが世間の認識だったが、出迎えと称して天儀拘束を命じられたアキノックと、その補佐官エレナの二人は違った。
アキノックとエレナは、天儀の実質的な拘束を命じられたことで、天儀の運命を深く考えてまったのだ。普段なら一々細かいことは考えない。特にアキノックはそうだ。
ただ、たしかに朝廷でも、妙高、羽黒の両艦長だけを切り捨て、天儀を大功とすることへの論理性の欠如が問題となった。
客観的に見れば、唐公を誅殺したのは、
――天儀、羽黒艦長、妙高艦長
の3者といえる。
陸奥が唐公座乗の艦へ、砲を放ってはいないという事実はあるが、妙高と羽黒へ攻撃命令を下したのは天儀だ。
やはり同等の功があり、同等の罪があると理解できる。いや、天儀は二人の上官で命令を下しており、戦隊司令という責任者という立場からすれば二人より責任は重い。
ここで、朝廷で司法を担う廷尉の職にある国子僑という若い廷臣が気を吐いた。
「唐公へ使えていた二人は、単に主人の首を持っておのれの保全をはかっただけで小狡い偸盗にすぎません。対して天儀は帝に使えるもので、犬馬の労をなし主人へ仇なすものを討ちました。
天儀は言と心が一致しており、これぞ忠による功。対して両名は上辺では陛下へ低頭し、言動は唐公への諛いに満ち、心も唐公へ寄せ、誰が見ても唐公派。
こう考えれば、二人は主人の首を盗んだようなものです。両名の行いと天儀の行いとでは、偸盗の業と忠臣の功ほど違いがあり、とても同じとはいえません。天儀と両名とでは大きく違います」
帝は、国子僑の言葉を喜び、よし、といい
「廷尉は、まさに朕の叡旨を代弁した」
と、朝集の間の群臣へ向けて宣言し、この件は落着していた。
これを知らないアキノックとエレナ。二人は思考に行き詰まり、答えが出ない。
――答えが出なさそうな問題は、考えても仕方ない。
そう思ったアキノックが、大きく息を吐きながら頭を掻き考えるのを止めていた。
そもそも自分たちは、天儀を連れてこいと命令されたのだ。命令の内容を深慮すれば、それは命令への疑義であり、軍人としての美徳とはいえない。
アキノックの大きな嘆息に、エレナも思考を止め
「唐公誅殺は、密勅があったとの噂ですが、どうなのでしょうか」
そう新たな話題を切り出した。
「そんなもんあるわけないだろ。11隻相手に3隻だぞ。公子軍は旧式の寄せ集めだったが、11対3では取り逃がす公算が大きすぎる」
「では、やはり天儀司令の独断でしょうか」
アキノックが、そうだろうなというようにうなづいた。
「鬼か悪魔か、忠臣の仮面をかぶった化物だったらおしまいよ」
エレナから不安の色が出る。アキノックは鬼か悪魔かと形容したが、エレナからしても、唐公誅殺とドック制圧ということの性急さから鬼のような男という想像を持つ。
アキノックは、黙り込むエレナを横目に、
「ま、どんなやつか楽しみだ。大人しくしてくれりゃあいいけどな」
そういいながら伸びをしたのだった。




