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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
34/126

5-(4) 最速のアキノック

 天儀てんぎ氷華ひょうか陸奥むつが、足柄あしがら古鷹ふるたかと遭遇するさなか、天京てんけいから第二戦隊旗艦陸奥を出迎えるための一隻の戦艦が発っていた。


 戦艦陸奥とは違いシャープなボディに、35.6センチ三連装重力砲(じゅうりょくほう)

 黒鉄色こくしょくに輝くその艦は、見るものが見れば、すぐに4隻ある高速戦艦こうそくせんかんの内の一隻だということはわかる。


 噴射口ふんしゃこう軌跡きせきをのこし真っ黒な宇宙を進んでいく、その艦の艦尾かんびには『ハルナ』と白い文字で書かれていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 第一艦隊・第四戦隊所属の

高速戦艦榛名こうそくせんかんはるな

 へ、陸奥むつ嚮導任務きょうどうにんむが与えられていた。

 

 榛名はるなは指定の座標で陸奥と合流し、合流後の陸奥は榛名の指揮下に入る。この命令はすでに陸奥側にも通達されている。


 唐公路口事件とこうろこうじけんは、誅殺ちゅうさつという形で落ちつているが、実態は針路の問題から戦闘に発展しただけ、つまり喧嘩である。

 

 このようなケースでの争いへの適切な対処は

 ――喧嘩両成敗。

 

 これが大原則。統制上とうせいじょうの問題は大きく、片方を放置すれば増長するというのは想像に難くない。

 

 政府要人の一部が、天儀が唐公誅殺をきっかけに勇躍ゆうやくし、手がつけられなくなるのを恐れた。勲功くんこうをなした軍人の政治的な野心やしんを警戒したといってもいい。


 このような理由から、天儀の戦隊から切り離すべきだという意見が出て

 ――出迎え

 と称して、天儀の身柄を確保するという決定がなされたのだった。


 天儀の身柄は朝廷が預かり、軍が警備する。


 この決定を認証する折のみかどは、


「なるほど、ちんが天儀を大将軍したがっているというのは、気づいているものが、少なくないということか」

 そういって、決定に許可を与えた。


 グランダ共和国が、帝を中心に戦争へ向けて動き出しているとはいえ、天儀が大将軍にふさわしいという最低限の説得性せっとくせい不可欠ふかけつ

 

 そして説得性において、唐公誅殺とうこうちゅうさつは、申し分ないといえる。

 だが、その唐公を殺した男が実は驕慢ごうまんであったらどうか、唐公が天儀に取って代わっただけになりかねない。

 天儀が、唐公とは違うというポーズとアピールは必要だった。


 ――天儀が従順としていれば問題なかろう。大将軍になりたければ上手くやる。

 

 そう帝は思い、書類へサインし、天儀の復命を心待ちにした。

 

 つまり復命へ向かう天儀を待つ褒賞の場は、一連の唐公に関する事件の最終調査という意味も内包していた。


 この天儀出迎えに向かう高速戦艦榛名の艦長は

「エルストン・アキノック」。


 宇宙最速の異名いみょうを持つアキノックは、二足戦術機隊にそくせんじゅつきたいの出身、階級は中佐ちゅうさ

 

 第三次星間戦争の艦隊撤収かんたいてっしゅうで臨時に艦隊の指揮を取り撤退を成功に導き、その功績が帝の目に止まって艦長に抜擢ばってきされるという異例いれいの人事での艦長就任。


 そんなアキノックは戦術機隊の出身の割に長身で肩幅は広め、髪は乱暴に後ろへ撫で付けているように見えて、前髪は丁寧にポンパドールを作り、側面は綺麗にで付けているが、襟足えりあしは下へ流してしまっている。

 

 一見、ぞくに言うリーゼント風に見えなくもないが、よく見るとまったく違う複雑な髪型。

 アキノックのこだわりは、髪型にとどまらない。服装やアクセサリー、美容品につていてもこだわりがあり造詣ぞうしが深い。


 これをアキノックのげんに従えば


「艦長には貴婦人きふじんを胸にき剣をるうようなはなやかさが必要。これこそが兵士たちから尊敬そんけい畏怖いふを引き出し、そして彼らのやる気へとつながる。はなやかな俺を見れば、誰もが俺のようになりたいと思うだろ」

 と、いうことだった。


 つまり

 ――勇壮絢爛ゆうそうけんらん

 

 これが姿顔雄偉なアキノックの信条しんじょう。指揮官に雄々しさだけでなく、華々しさも求めたのがアキノックだった。

 

 ようは彼は、

 ――お洒落おしゃれに気を使う

 見た目という、外見へのこだわりのある男。

 

 そんなこだわりのある男、榛名艦長アキノックの宇宙での二つ名は

「クイック・アキノック」。


 戦術機乗り時代から速さを尊んだアキノックは、艦隊指揮でも同様に何かにつけてスピードを重視し周囲からこう呼ばれることとなる。


 異例の抜擢も手伝い、最速のアキノックといえば軍内で知らぬものがいないほど有名であり、敵である星間連合せいかんれんごう側でもアキノックは最も早い男として有名だった。


 ――兵は拙速せっそくたっとぶ。

 とはいうが、多惑星間時代ラージリンクプラネットにおいてもスピードは、有無うむを言わせず敵を押さえつける大きなパワーとなりえた。


 その宇宙最速の男であるアキノックは、いま榛名のブリッジで、眼鏡めがねの似合う補佐官ほさかんのエレナ・カーゲンから報告を受けていた。

 

 補佐官は、艦長へ向けられる情報を整理報告せいりほうこくするのが仕事で、補佐官エレナは長身のアキノックに見劣りしないほどの女性。

 つまり小顔に高身長こうしんちょうで、バストサイズがあり容姿端麗ようしたんれい。高身長の割に、女性特有のたおやかな挙止きょしに、微笑ほほえみはつつましく婉麗えんれい

 

 そんな美しすぎる補佐官からの


千早宗介ちはやそうすけが拘束され、恒星衛社こうせいえいしゃは渋っていたプリンス・オブ・エシュロンの武装解除ぶそうかいじょを受け入れたそうです」

 という報告を受けて、アキノックは

 

「恐ろしいやつだよ」

 そう素直な感想をもらした。


「唐公誅殺後、なぜ復命ふくめいせずにドック海明へ向かったか理由がこれでわかりました」


 エレナは、唐公を誅殺した陸奥がドック海明へ向かったという報を

 ――迷走めいそうしたわね

 と、無念の思いをいだきつつ眺めていた。


 客観的に見て、唐公を殺害し、そのまま唐公派の本拠地である第二星系へ入るのは正気ではない。自殺行為。袋叩きに合う。


 エレナは、唐公とうこう侈暴しぼうからグランダを救った陸奥も海明宙域かいめいちゅういきに消えることとなるわね。とすら思って、大功をなした陸奥の運命を思い内心嘆息ないしんたんそくしていた。


「私は、陸奥は唐公殺害の混乱から、本来の任務を頑迷がんめい遂行すいこうしていると思っていました。唐公を殺して、唐公派の本拠地へ真っ直ぐ向かうとは血迷ったとしか思えません」


「それが恒星衛社の暴挙を、未然に阻止するためだったとはな」


「今思えば最も話ですが」


「それな。こうやって、あとから考えれば至極最しごくもっとも様ってところだ」


 ドック海明は、プリンス・オブ・エシュロンの最大の拠点。その最大の拠点を失えばもう反抗はんこうはない。

 

 唐公を誅殺したなら、プリンス・オブ・エシュロンの拠点であるドック海明を素早すばやく抑えてしまうのが最良。

 アキノックもエレナも、いま思えばそう思う。

 

「皇族の誅殺という異例の事態に、我々も冷静さを失っていたのでしょうか」

 それに対しアキノックは


「どうだろうな」

 と答えつつエレナの胸元をちらりと見た。


 その仕草に気づいたエレナが、咳払せきばらいをする。


 エレナの服装に、特に露出ろしゅつが有るというわけではない。単にサイズが大きいのが理由だ。

 

 エレナからして、男性が見てしまうのはわからないことではない。

 

 だが、アキノックのような外見にも気を使い、かっこよさを売りにしている艦長が、

 ――女性の胸に視線しせんを取られ、鼻の下を伸ばしている

 というのでは情けない。


「艦長、もう二足機隊にそくきたいにいたころとは違うのですからご自覚を持って、お願いしますね」


 エレナは、咳払いの後にそうたしなめた。


 うちのアキノックは、艦長としても優秀なのですけれど、二足機時代のパイロットの感覚がまだ抜けきらないという困った面もあるのです。子供じみているというか、サボりたがるというか。もう困っています。


 これが、エレナが同僚にもらしたアキノックの一面。


 二足機パイロットというのは、使う側でなく使われる側で、指揮官という名の教員きょういんに管理される生徒のような側面があった。

 

 無茶をしても優秀なパイロットなら、お目こぼしされるし上官が処理してくれる。アキノックには、そんな二足機出身者の特有の甘い感覚が抜けきっていない。


 アキノックは、補佐官のエレナの言葉に気まずそうにし、視線を手元の資料に戻しながら

 

「だが戦い方はいい。素早く動いてドック海明を制したのは無謀にも見えるが、俺は好感をいだいたね」

 そう天儀へ評価を口にした。


「確かに誅殺だけしてあのまま帰投きとうに入れば、今状況はどうなっていたかわかりませんけれど」


 補佐官エレナの評価は、アキノックとは微妙に違う。

 エレナからすれば、唐公派の本拠地に単艦で残り続け、ドック海明入までしてしまうは無謀むぼうにすぎる。

 

「危険は大きいが、結果的には大胆だいたんきょを突き、最良の行動だった」


 天儀の行動を肯定的こうていてきに評価したアキノックだったが、当初唐公誅殺のを聞いた時には、第二星系からはすぐに離脱りだつするのが得策に思えた。

 

 そんな思いが頭をよぎり


「普通はとっとと帰っちまいてえわな」

 そうエレナへ向けて感想をもらすと、エレナは


「まったくです」

 と、応じてから、30分後に陸奥との接触する旨をアキノックにつたえた。


 このエレナの報告で、アキノックは天儀との対面間近たいめんまじかという実感を強くし、若干の緊張きんちょう心身しんしんに覚えた。

 

 軍人のアキノックから見れば唐公は侈暴そのもの。恒星衛社にも敵対心に近い不快感しかない。

 だが、嫌いだからといって、殺してしまえば良いとはいかにも短絡的にすぎる。


 あの傲慢ごうまんな唐公を一撃してしまうような男はどのような人格を持つのか。


 ――無鉄砲むてっぽうで直情的な男だと想像しちまうわな。

 そんなふうに思い。アキノックは、あまり面白い予感はしない。


「しかし嚮導任務きょうどうにんむ、つまり出迎え任務か。いろんな任務があるもんだぜ」


「状況に応じて柔軟じゅうなんに、これが軍隊です。あくまで今回は第二戦隊司令の出迎えですので、くれぐれも陸奥側へ横柄おうへいな態度は控えてくださいね」


 アキノックは、エレナの苦言に、わかったよ。というように手を振り


「出迎えとは、上手いことをいったもんだよな。実質は天儀の拘束だぞ。笑えるぜ」

 そう任務の実態を投げやりに口にした。


 いまの二人には、朝廷や軍、政府が天儀をどのように扱う気なのか今一掴みきれないところがある。

 

「朝廷は、唐公派とうこうは妙高みょうこう羽黒はぐろの両艦長を処分してしまいましたね」

 というエレナの言葉に、アキノックが


「あいつらは唐公派だからな、まったく俺たちからすれば処分されて清々ってところよ。唐公の首を持ち帰って、上手く寝返ねがえったと思ったところをばっさりいかれて、あれぞみかど名裁めいさばきよ」

 そう小気味こぎみよさそうに応じた。


 妙高、羽黒の両艦長が唐公派というのは軍内では知らぬものがいないほど有名。

 

 それが都合よく転身てんしんし、帝へ取り入ったというのは、軍内で物議ぶつぎかもした。

 軍内では、2人が曳航えいこうしてきた11隻を唐公の首と言い換え。主人の首を持ち帰って、しっぽを振る犬とさえののしられていた。

 

 ようは、誰から見ても二人の寝返りは、あからさますぎ

 ――こんな変心へんしんを許していいのか

 という空気が軍内にはあったのだ。

 

 それが復命と同時に、大逆罪たいぎゃくざいでの議会へ下問。

 意気揚々(いきようよう)と返った二人の心中はいかにといったところだ。


「天儀司令の扱いはどうなるんでしょうか」


「わからん。だが、唐公はあくまで誅殺されたということだ。死んだ唐公に罪があるのは間違いない。それに天儀まで殺したら、今後、誰がみかどや国のために働こうと思うんだ、という問題もある。天儀までは処分しないのではないか」


 この時点で、まだ妙高、羽黒の両艦長の大逆罪は裁判所で審議中だ。


 議会が大逆罪を可決し、裁判所へ回され、有罪ゆうざいが確定すれば即日執行そくじつしっこうで死刑。

 審議は、3日で3回行われ、3日目に判決が出る。そして今日は、まだその2日目。

 

 二人にはまだ両艦長の運命はわからない。だが議会を通ってしまった以上ほぼ間違いなく有罪が確定だった。


 こうなるとアキノックとエレナからすれば、妙高、羽黒の両艦長を処分し、天儀をだけを助けるのはどうも矛盾むじゅんしているようにも見える。

 

 ただやはり世の中には

『唐公誅殺』

 という大前提があり、あからさまな唐公派の妙高、羽黒艦長が処分されたのは当然、天儀が勲功くんこうなのも当然。と、思われているのが世間の認識だったが、出迎えと称して天儀拘束を命じられたアキノックと、その補佐官エレナの二人は違った。

 

 アキノックとエレナは、天儀の実質的な拘束を命じられたことで、天儀の運命を深く考えてまったのだ。普段なら一々細かいことは考えない。特にアキノックはそうだ。


 ただ、たしかに朝廷でも、妙高、羽黒の両艦長だけを切り捨て、天儀を大功とすることへの論理性ろんりせい欠如けつじょが問題となった。


 客観的きゃっかんてきに見れば、唐公を誅殺したのは、

 ――天儀、羽黒艦長、妙高艦長

 の3者といえる。

 

 陸奥が唐公座乗の艦へ、砲を放ってはいないという事実はあるが、妙高と羽黒へ攻撃命令を下したのは天儀だ。

 

 やはり同等の功があり、同等のつみがあると理解できる。いや、天儀は二人の上官で命令を下しており、戦隊司令という責任者せきにんしゃという立場からすれば二人より責任は重い。

 

 ここで、朝廷で司法しほうを担う廷尉ていいの職にある国子僑こくしきょうという若い廷臣が気を吐いた。


唐公とうこうへ使えていた二人は、単に主人の首を持っておのれの保全ほぜんをはかっただけで小狡こずる偸盗ちゅうとうにすぎません。対して天儀はみかどに使えるもので、犬馬けんばろうをなし主人へあだなすものを討ちました。

 天儀は言と心が一致いっちしており、これぞ忠による功。対して両名は上辺では陛下へいか低頭ていとうし、言動は唐公へのへつらいにち、心も唐公へ寄せ、誰が見ても唐公派。

 こう考えれば、二人は主人の首をぬすんだようなものです。両名の行いと天儀の行いとでは、偸盗ちゅうとうごう忠臣ちゅうしんこうほど違いがあり、とても同じとはいえません。天儀と両名とでは大きく違います」

 

 帝は、国子僑の言葉を喜び、よし、といい


廷尉ていいは、まさにちん叡旨えいしを代弁した」

 と、朝集の間の群臣へ向けて宣言し、この件は落着らくちゃくしていた。


 これを知らないアキノックとエレナ。二人は思考に行き詰まり、答えが出ない。


 ――答えが出なさそうな問題は、考えても仕方ない。

 そう思ったアキノックが、大きく息を吐きながら頭をき考えるのを止めていた。


 そもそも自分たちは、天儀を連れてこいと命令されたのだ。命令の内容を深慮しんりょすれば、それは命令への疑義ぎぎであり、軍人としての美徳びとくとはいえない。


 アキノックの大きな嘆息に、エレナも思考を止め


「唐公誅殺は、密勅みっちょくがあったとのうわさですが、どうなのでしょうか」

 そう新たな話題を切り出した。


「そんなもんあるわけないだろ。11隻相手に3隻だぞ。公子軍は旧式の寄せ集めだったが、11対3では取り逃がす公算こうさんが大きすぎる」


「では、やはり天儀司令の独断でしょうか」


 アキノックが、そうだろうなというようにうなづいた。


「鬼か悪魔か、忠臣の仮面をかぶった化物だったらおしまいよ」


 エレナから不安の色が出る。アキノックは鬼か悪魔かと形容したが、エレナからしても、唐公誅殺とドック制圧ということの性急さから鬼のような男という想像を持つ。

 

 アキノックは、黙り込むエレナを横目に、


「ま、どんなやつか楽しみだ。大人しくしてくれりゃあいいけどな」

 そういいながら伸びをしたのだった。

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