表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
33/126

(閑話) 唐公路口事件の決着

 大規模軍用ドック海明かいめい長官の千早宗介ちはやそうすけ拘束こうそく送還そうかんで、恒星衛社こうせいえいしゃはそれまで政府や朝廷から突きつけられ保留していた要求をすべて呑んでいた。

 プリンス・オブ・エシュロンも社の決定に従い武装解除を受け入れた。


 やはりドック海明は、恒星衛社こうせいえいしゃとその部隊にとって重要な拠点であったのだ。

 長官千早宗介の送還は、ドック海明が完全に軍の手に落ちたこと意味する。

 恒星衛社に、プリンス・オブ・エシュロンという軍事力を背景にした反抗の芽は完全にまれてしまった。

 

 唐公家とうこうけの皇族指定の停止を皮切かわきりに、国税庁が動き脱税だつぜいを指摘し捜査を開始、運輸安全委員会うんゆあんぜんいいんかいが恒星衛社の流通網りゅうつうもうの不正を告発。

 恒星衛社は、防戦一方。


 極めつけは、

特務機関とくむきかん

 と、呼ばれるグランダ共和国の軍警察ぐんけいさつが、プリンス・オブ・エシュロンの内部調査へ乗り出したことだった。

 

 検察けんさつ警察けいさつではなく、軍警察の民間軍事会社みんかんぐんじがいしゃは、解釈によっては軍警察の管轄かんかつにある。

 

 そして特務機関が動いたという事実は重い。

 検察は有罪という確証を極めて強く持った場合のみ被疑者ひぎしゃ起訴きそするが、特務機関は捜査に動き出す段階でそれだった。


 特務機関が動いたという時点で、有罪が確定したようなものだ。

 

 ここにドック海明の喪失が決定打となり、恒星衛社こうせいえいしゃの運命は、

 ――社の解体

 という方向で決定づけられた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 唐大公とうたいこうの死と同時に、みかどを中心としてグランダ全体が動き始めていたといえる。

 恒星衛社こうせいえいしゃは、グランダ全体からの袋叩き。

 急速に膨張ぼうちょうし、威勢いせいほこっていた恒星衛社は、国内に敵を作りすぎていた。


 唐公家と恒星衛社を代表し弁護をおこなったのは、唐公の長子で

公子伯景こうしはくけい」。


 公子伯景は、

 ――太子たいし

 などと呼ばれていたのだから唐公家の増長の一端いったんは、ここでもうかがえる


 太子とは、君国の長子をいう。つまり、唐公家は、采地さいちを与えられ封土ほうちされた王のように振る舞っていたのだ。

 

 グランダ共和国に、王をふうじる制度はない。跡取あととりを太子と公称こうしょうするのは、すさまじい増長といえた。

 

 その公子伯景は、恒星衛社の法務担当部門ほうむたんとうぶもんの長だったが、多方面からの攻勢に、打つ手なく、唐公誅殺とうこうちゅうさつ3日後から連日行われた記者会見の最後に

 

「これでは死体蹴したいげりだ。人の死につけ込むとは、君子の行うところではない。我が兄弟は、伯夷はくい叔斉しゅくせいとなって山野さんやかくれる」

 と、悲痛ひつうに叫び。みかどと朝廷を公然こうぜんと批判し、記者会見を終えた。


 これを聞いた帝は、

 ――痛いところを突かれた

 と心痛しんつうし、大いにおそうれいた。


 皇帝は国家の象徴、生き神様といわずとも至尊しそんの存在。

 親政しんせいを行う国家象徴も、ひたむきに理想を目指す生真面目きまじめな内面を持ちあせていた。


 そもそも帝の権力の源泉は、国民の支持。支持とは信頼である。

 公子伯景の批判は、事実であり、帝は国民の信頼を失いかねいと鬱怏うつおうとした。

 

 太師子黄たいししこうが、これをいさめた。


伯景はくけいなどという豎子じゅしは、知識を鼻にかけるだけで、ものを知りません。真の君子くんしとは、伯夷はくい叔斉しゅくせいらの二人を優先して、百億の民を見捨てないものをいうのです」


 伯夷はくい叔斉しゅくせいの兄弟は、孤竹国こちくこくの王子で、古代の聖人である。

 二人は、紂王ちゅうおうを悪逆だと批判したしゅう武王ぶおうが、紂王を武力で滅ぼしたのが納得いかなかった。暴力とは、悪の最たる形の一つだ。

 伯夷、叔斉は、周の武王の世をよしとせず、首陽山しゅようざんに入り野草やそう雨露うろ糊口ここうしのいでいたが、ついには餓死がしする。

 

 二人は節義せつぎまっとうしたという点で、称美しょうびされ、今でも二人の選択は、人のあり方の一つとされる。


 太師子黄は、それでも鬱々(うつうつ)とする帝へ、さらに言葉を継いだ。

 

「武王は、首陽山しゅようざんで野草を食む者をあわれんでも、それらのために民心を損ないませんでした。伯夷と叔斉が批難した武王は、紛れもない聖王です。帝堯ていぎょうえる犬もいるのです」


 子黄が最後にいった

帝堯ていぎょうに吠える犬もいるのです」

 とは、『跖狗吠堯せきくはいぎょう』という故事こじによる。


 書き下せば、

 ――せきいぬぎょうゆ。


 これにもう少し言葉を付け加えれば、


 ――盗跖とうせきという盗賊の犬が、聖人である帝堯ていぎょうえた。

 こうなる。


 帝堯ていぎょうも古代の聖人である。そんな聖人へ犬が吠えかけるのは、犬は主人以外のものに吠えるとうだけのことで意味はない。ということだ。

 

 なるほど子黄は、

 

「唐公家と恒星衛社こうせいえいしゃという小さな世界の利益を代弁した公子伯景が、わめくのは当然で、一々に気にするものではない」

 と、いったわけだ。


 そして、

 ――批判を恐れては何もできない

 これが太師子黄の言葉の深奥にある意味。

 

 犬に吠えられるのが失徳しっとくなのか。一々、吠える犬を気にしていては道も歩けない。

 

 太師子黄からすれば、こういうことで、帝が伯景の言を気にするのは馬鹿馬鹿しいことだと諫言かんげんしたのだ。

 

 さらに太師子黄は、

 

「百億をお捨てになり、聖人二人とお戯れになるというなら、わたくしかんをおき、朝服ちょうふくを払って辞去じきょさせて頂きます」

 といって、きびすを返した。


 それを見た帝は立って子黄の手を取り、謝罪し礼容れいようをしめして、その席へと戻し、二度と唐公誅殺のことで鬱怏うつおうとはしなかった。


 だが、後に帝は唐公家の皇族の身分停止を解除する。

 やはり帝には、唐公を暗殺したという負い目があったのだろう。

 

 帝は、天儀が唐公に何かすると知って野放しにし、かつ唐公の死を巧みに利用したのだ。

 恒星衛社こうせいえいしゃの解体はであり叡旨えいしにそうことだったが、人の死の利用という、この事実は如何ともしがたい異臭いしゅうがあった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 世間で恒星衛社こうせいえいしゃ解体かいたいが進むと同時に、唐公路口事件とうこうろこうじけんの調査委員会ももうけられ、関係者全員へ聞き取り調査を行われた。


 天儀てんぎも当然聞き取り調査の対象となった。


 正規軍3隻、対して公子軍は11隻。宇宙航行法うちゅうこうこうほうの規定上では通常、規模の小さい方が進路をゆずる。

 それに公子軍がかたくななら、正規軍が大人になって針路を回避すれば、死傷者がでるような事態にはならなかったはずだ。

 

 つまり

「針路を譲るという選択肢もあったはずで、何故それを行わなかったのか」

 そう調査員の一人から指摘してきされると、天儀は一言


「時を同じくすれば、また事を行わん。針路を譲るいわれはない」

 と、毅然きぜんとして放った。


 また同じ状況になれば、自分は再び唐公を討つ。と、天儀はいい切ったのだ。


 天儀の言葉の冒頭の

「時」

 とは、当然時間のことで、この場合、


 ――タイムリープ

 へ置き換えるとわかりやすい。


 つまり天儀は、

「タイムリープを繰り返そうと、その回数だけ同じことする」

 と、いったのだ。

 

 かなり強烈な意思が込められた言葉で、

 

 ――後悔こうかいなどない。何度でも殺してやる。

 と、宣言したに近い。

 

 一連の唐公誅殺とうこうちゅうさつの調査で、唐公殺害の責任を認めたのは天儀だけだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 足柄京子あしがらきょうこの『古鷹発砲事故ふるたかはっぽうじこ』をあわせ、唐公を誅殺及び、二度戦闘で合計12隻を降伏させ、ドッグ海明を占領。

 これを陸奥単独で行ったのが天儀てんぎで、これが一連の『唐公路口事件とうろこうじけん』の全容である。


 事件の結果、恒星衛社こうせいえいしゃは四つに解体され、プリンス・オブ・エシュロンは解散。武器は軍へ接収せっしゅうされた。

 

 唐公家と会社も完全に分離され、唐公家の金融財産は帝室に吸収、これをもって軍事ビジネスから肥大した私兵集団しへいしゅうだんというグランダ国内の憂慮ゆうりょは解決されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ