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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
32/126

5-(3) 特大級の突き抜けた

 発砲直後はっぽうちょくご古鷹ふるたかのコントールは陸奥むつに完全にうばわれ、古鷹は降伏。


 程なくして乗り込んだ陸奥の制圧部隊せいあつぶたいに、ブリッジでふんぞり返っていた古鷹艦長足柄京子(あしがらきょうこ)拘束こうそくされた。

 その間、古鷹の乗員たちは従順じゅうじゅん

 

 特に問題もなく、天儀てんぎは足柄をはじめ一部乗員への形式的けいしきてき尋問後じんもんご、足柄の副官ふくかんで古鷹副艦長子義(しぎ)を責任者に任命。

 足柄京子の身柄は、ドック海明にある第三艦隊司令部が出した迎えの高速艇こうそくていへと引き渡された。

 

 足柄は、尋問じんもんで顔を合わせた天儀へ


「何よ。ソースケ(千早宗介)いないのぉ」

 とほほをふくらませていただけ、多少の意気消沈いきしょうちんを見せていたものの大して反省の色はなかった。

 

 氷華ひょうかは、この足柄の様子をみて、

 ――バカに戻ってしまった

 と、呆れて眺めつつ、一連の事件の記録に務めた。戦闘記録せんとうきろくは、秘書官ひしょかんの業務の内だ。


 対して、古鷹の責任者せきにんしゃに指名された子義という中年は、いくぶんかましね。と氷華は思う。

 

 子義は、陸奥を去る間際まぎわに天儀に

 

あねさんは、ヤバイですかね」

 と色々訪ねていたが、天儀の返した言葉で安心した様子だった。

 

 氷華は、他にも古鷹乗員と陸奥乗員のやり取りを聞いたが、どうやら足柄京子は艦上勤務者かんじょうきんむしゃの間では有名なようだ。軍中央勤務の氷華は知らなかったが、足柄京子は現場では随分ずいぶんと好意を持たれているようだった。


 陸奥は、古鷹の処理を終え天京宙域てんけいちゅういきにあるドック採光さいこうを目指し発進はっしん

 

 その陸奥ブリッジでは、天儀が一人興奮(こうふん)していた。


「あいつはすごいぞ」

 

 これが氷華に向けられた天儀の足柄京子に対する感想の第一声。

 どうやら足柄京子は、天儀の好感と評価を鷲掴わしずかみにしたようだ。

 

 いま陸奥は巡航状態じゅんこうじょうたい。特に注意を払う宙域にあるわけでもない。


 時間を持てあます天儀の傍らで、秘書官モードで控える氷華は、

 ――他の女の話

 という、聞きたくもない天儀の興奮に付き合わされるはめとなっていた。


「ドック海明と第四機動部隊(きどうぶたい)の距離から考えるに、どうやって知ったかわからないが宗介拘束(こうそく)直後に真っ直ぐこっちへ向かってきたということだ。しかもだ。第四機動部隊司令官が、そんなこと許すはずがない。つまり第四機動部隊の追撃を振りきって、ここまで来て陸奥の通信に介入して、弾道だんどうげやがった」


 言葉遣いの乱暴さからも天儀の興奮がうかがい知れるが、面白くない氷華は、無表情のジト目で嘆息してから一言

 

「違います」


 はっきと、冷水ひやみずを浴びせるようにいった。

 氷華に天儀の興奮への共感がない上に、いまの天儀は取り乱しすぎだ。みっともない。

 

 氷華の強い語調ごちょうに、天儀の勢いが止まり、どうしてだ、というように驚いて黙る天儀。

 

「足柄京子は機関の不調ふちょうを申請し、第四機動部隊の護衛任務ごえいにんむから離れています。虚偽きょぎによる任務放棄にんむほうきです」

 

 氷華は、冷静になるようにと、たしなめるようにいった。

 だが天儀は、


「そうなのか。まあそれはいい」

 と、氷華の差し込んだ情報をあっさり流し


 「それにしてもだ。クルーの協力なしに、こんな芸当はできない。人望もある。やはり普通じゃない」

 

 こりずに足柄の評価を続けた。

 氷華が、ムッとして黙り込んだ。


 ――なぜ足柄の話ばかりなのか。解せぬ、というやつですよこれは。


 氷華が、そう思い心を激しくした。


 陸奥と古鷹という同軍間での戦闘、確証もっての同士討ち。


 天儀は古鷹へ重力砲を当てるなと指示したが、古鷹はこちらに当てる気だったのだ。電子戦で古鷹の射撃管制しゃげきかんせい干渉かんしょうしていた氷華はこのことをよく知っている。

 

 そして、たった一分でのコントロール奪取だっしゅ無理難題むりなんだいといってい。この無理を天儀のために頑張ったのだ。

 少しは自分の電子戦を評価してくれてもいい。

 

 氷華は憤然ふんぜんとし、

 ――いや、めろというものなんですが。

 そう心の中で叫んだ。

 

 自分でなければ陸奥は、古鷹からの直撃弾ちょくげきだんを受けていたはずだ。いくら装甲そうこうが分厚い戦艦陸奥とはいえ、直撃で無事という保証はないし、当たらない方がいいのは決まっている。

 

 陸奥の主砲が古鷹を掠めるだけになるのは予定事項。古鷹の主砲が、あらぬ方向へ発射していたのは電子戦でんしせんの結果。

 

 ――弾道だんどうげたのは、足柄京子ではなく私なんですがぁ?

 と、すら氷華は思うが、その思いも虚しく天儀にはつたわらない。あの足柄とかいう女のせいで、自分の活躍が天儀の頭から吹き飛ぶように押し出されてしまっている。

 

 苛立いらだつ氷華は、天儀から自分へろくな慰労いろうの言葉がないのは、

 ――足柄のせい

 と、すら感じてしまい、感じた瞬間


「でも、バカですが」

 そう思わず口にしてしまっていた。


 いったはしからおろかしさからくる恥ずかしさにさいなまれる氷華。

 乱暴らんぼうな言葉と他人の悪口は、自身の評価を下げるだけだ。自爆だった。


 だが、天儀は哄笑こうしょう

 

「そう。それだ。普通じゃないとは思ったが、とびきりのバカだ。特大級で、突き抜けてる」

 と嬉しそうに付け加え、やっと満足し黙ったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ドック海長官千早明宗介の起こした問題は、

さや内事件うちじけん

 として記録はされはしたが発表はなされなかった。


 ――鞘の内

 とは、居合いあい別称べっしょう一つだが、千早宗介がびた軍刀ぐんとうを抜くまでに至らなかったことを強調しこの名称となった。

 

 軍としては唐公誅殺事件とうこうちゅうさつじけんをきっかけに、軍内で唐公支持の混乱が生じたなど公表したくもない。

 政府もさらなる混乱を呼ぶことを危惧きぐし、未公開の方向で軍と政府の意見が一致。戦争再開を目指す朝廷ちょうていもこれを迎合げいごうした。


 千早宗介は恒星衛社こうせいえいしゃ軽挙妄動けいきょもうどう掣肘せいちゅうするために更迭こうてつ召還しょうかんされたと公表された。

 

 千早家は唐公家の縁戚である。不思議に思う者は少なかった。

 現に、千早宗介がドック海明を去ると同じくして、恒星衛社は政府の要求を全面的に受け入れたのだ。


 足柄の件は、

古鷹発砲事故ふるたかはっぽうじこ

 と題され記録されたが、鞘の内事件をうやむやにしたため処理が難しくなり、不問となり放免された。


 古鷹は艦の不調で、護衛任務から外れドック海明へ入ったこととされた。


 ただ、処理が難しくなりとは飾ったいい方で、単に

「面倒くさいので、厳重注意で開放」

 というのが実態に近い。軍は足柄京子の現場での人気と軍人としての優秀さを天秤てんびんにかけ放免ほうめんしたのだ。


 参謀本部さんぼうほんぶの働きかけだった。戦争再開は、みかどの周囲では決定事項。


 天儀が、足柄を

星間戦争せいかんせんそうに必要」

 と断定し、足柄京子は首都惑星宙域での待機勤務たいききんむ(謹慎)となった。


 足柄京子は、そのわがままな性格に目をつぶれば、卓越たくえつした指揮能力を持つ有能な軍人だった。

 加えて乗員たちの扱いが上手く、乗員たちの一人一人の練度だけでなく性格まで把握するという傑出けっしゅつした異能いのうを有している。

 

 艦隊行動での連携も得意。そして何より決して引かない強靭きょうじんな精神。計画をやり遂げる強い意思は、将軍として不可欠な資質である。

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