5-(3) 特大級の突き抜けた
発砲直後、古鷹のコントールは陸奥に完全に奪われ、古鷹は降伏。
程なくして乗り込んだ陸奥の制圧部隊に、ブリッジでふんぞり返っていた古鷹艦長足柄京子は拘束された。
その間、古鷹の乗員たちは従順。
特に問題もなく、天儀は足柄をはじめ一部乗員への形式的な尋問後、足柄の副官で古鷹副艦長子義を責任者に任命。
足柄京子の身柄は、ドック海明にある第三艦隊司令部が出した迎えの高速艇へと引き渡された。
足柄は、尋問で顔を合わせた天儀へ
「何よ。ソースケいないのぉ」
と頬をふくらませていただけ、多少の意気消沈を見せていたものの大して反省の色はなかった。
氷華は、この足柄の様子をみて、
――バカに戻ってしまった
と、呆れて眺めつつ、一連の事件の記録に務めた。戦闘記録は、秘書官の業務の内だ。
対して、古鷹の責任者に指名された子義という中年は、いくぶんかましね。と氷華は思う。
子義は、陸奥を去る間際に天儀に
「姐さんは、ヤバイですかね」
と色々訪ねていたが、天儀の返した言葉で安心した様子だった。
氷華は、他にも古鷹乗員と陸奥乗員のやり取りを聞いたが、どうやら足柄京子は艦上勤務者の間では有名なようだ。軍中央勤務の氷華は知らなかったが、足柄京子は現場では随分と好意を持たれているようだった。
陸奥は、古鷹の処理を終え天京宙域にあるドック採光を目指し発進。
その陸奥ブリッジでは、天儀が一人興奮していた。
「あいつはすごいぞ」
これが氷華に向けられた天儀の足柄京子に対する感想の第一声。
どうやら足柄京子は、天儀の好感と評価を鷲掴みにしたようだ。
いま陸奥は巡航状態。特に注意を払う宙域にあるわけでもない。
時間を持て余す天儀の傍らで、秘書官モードで控える氷華は、
――他の女の話
という、聞きたくもない天儀の興奮に付き合わされるはめとなっていた。
「ドック海明と第四機動部隊の距離から考えるに、どうやって知ったかわからないが宗介拘束直後に真っ直ぐこっちへ向かってきたということだ。しかもだ。第四機動部隊司令官が、そんなこと許すはずがない。つまり第四機動部隊の追撃を振りきって、ここまで来て陸奥の通信に介入して、弾道を曲げやがった」
言葉遣いの乱暴さからも天儀の興奮がうかがい知れるが、面白くない氷華は、無表情のジト目で嘆息してから一言
「違います」
はっきと、冷水を浴びせるようにいった。
氷華に天儀の興奮への共感がない上に、いまの天儀は取り乱しすぎだ。みっともない。
氷華の強い語調に、天儀の勢いが止まり、どうしてだ、というように驚いて黙る天儀。
「足柄京子は機関の不調を申請し、第四機動部隊の護衛任務から離れています。虚偽による任務放棄です」
氷華は、冷静になるようにと、たしなめるようにいった。
だが天儀は、
「そうなのか。まあそれはいい」
と、氷華の差し込んだ情報をあっさり流し
「それにしてもだ。クルーの協力なしに、こんな芸当はできない。人望もある。やはり普通じゃない」
こりずに足柄の評価を続けた。
氷華が、ムッとして黙り込んだ。
――なぜ足柄の話ばかりなのか。解せぬ、というやつですよこれは。
氷華が、そう思い心を激しくした。
陸奥と古鷹という同軍間での戦闘、確証もっての同士討ち。
天儀は古鷹へ重力砲を当てるなと指示したが、古鷹はこちらに当てる気だったのだ。電子戦で古鷹の射撃管制へ干渉していた氷華はこのことをよく知っている。
そして、たった一分でのコントロール奪取は無理難題といってい。この無理を天儀のために頑張ったのだ。
少しは自分の電子戦を評価してくれてもいい。
氷華は憤然とし、
――いや、褒めろというものなんですが。
そう心の中で叫んだ。
自分でなければ陸奥は、古鷹からの直撃弾を受けていたはずだ。いくら装甲が分厚い戦艦陸奥とはいえ、直撃で無事という保証はないし、当たらない方がいいのは決まっている。
陸奥の主砲が古鷹を掠めるだけになるのは予定事項。古鷹の主砲が、あらぬ方向へ発射していたのは電子戦の結果。
――弾道を曲げたのは、足柄京子ではなく私なんですがぁ?
と、すら氷華は思うが、その思いも虚しく天儀にはつたわらない。あの足柄とかいう女のせいで、自分の活躍が天儀の頭から吹き飛ぶように押し出されてしまっている。
苛立つ氷華は、天儀から自分へろくな慰労の言葉がないのは、
――足柄のせい
と、すら感じてしまい、感じた瞬間
「でも、バカですが」
そう思わず口にしてしまっていた。
いったはしから愚かしさからくる恥ずかしさにさいなまれる氷華。
乱暴な言葉と他人の悪口は、自身の評価を下げるだけだ。自爆だった。
だが、天儀は哄笑し
「そう。それだ。普通じゃないとは思ったが、とびきりのバカだ。特大級で、突き抜けてる」
と嬉しそうに付け加え、やっと満足し黙ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドック海長官千早明宗介の起こした問題は、
「鞘の内事件」
として記録はされはしたが発表はなされなかった。
――鞘の内
とは、居合の別称一つだが、千早宗介が帯びた軍刀を抜くまでに至らなかったことを強調しこの名称となった。
軍としては唐公誅殺事件をきっかけに、軍内で唐公支持の混乱が生じたなど公表したくもない。
政府もさらなる混乱を呼ぶことを危惧し、未公開の方向で軍と政府の意見が一致。戦争再開を目指す朝廷もこれを迎合した。
千早宗介は恒星衛社の軽挙妄動を掣肘するために更迭、召還されたと公表された。
千早家は唐公家の縁戚である。不思議に思う者は少なかった。
現に、千早宗介がドック海明を去ると同じくして、恒星衛社は政府の要求を全面的に受け入れたのだ。
足柄の件は、
「古鷹発砲事故」
と題され記録されたが、鞘の内事件をうやむやにしたため処理が難しくなり、不問となり放免された。
古鷹は艦の不調で、護衛任務から外れドック海明へ入ったこととされた。
ただ、処理が難しくなりとは飾ったいい方で、単に
「面倒くさいので、厳重注意で開放」
というのが実態に近い。軍は足柄京子の現場での人気と軍人としての優秀さを天秤にかけ放免したのだ。
参謀本部の働きかけだった。戦争再開は、帝の周囲では決定事項。
天儀が、足柄を
「星間戦争に必要」
と断定し、足柄京子は首都惑星宙域での待機勤務(謹慎)となった。
足柄京子は、そのわがままな性格に目をつぶれば、卓越した指揮能力を持つ有能な軍人だった。
加えて乗員たちの扱いが上手く、乗員たちの一人一人の練度だけでなく性格まで把握するという傑出した異能を有している。
艦隊行動での連携も得意。そして何より決して引かない強靭な精神。計画をやり遂げる強い意思は、将軍として不可欠な資質である。




