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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
31/126

5-(2) 見参、足柄京子!

 事後処理じごしょりを終え、ドック海明かいめいを発った第二戦隊旗艦陸奥(むつ)

 いま陸奥は、第一星系の天京てんけい宙域の軍用ドック採光さいこうへの帰路へとついていた。

 

 唐公誅殺とうこうちゅうさつし、ドック海明を押さえ、いま乗員たちは一段落。

 回航中かいこうちゅうの陸奥には、ひと仕事終えた後の安堵感あんどかんのようなものが漂っている。


 そんな陸奥ブリッジに、電測でんそくオペレーターの


「陸奥へ艦艇が接近中、これは第四機動部隊(きどうぶたい)の護衛の巡洋艦古鷹じゅんようかんふるたかです。急接近きゅうせっきんしきています」

 という報告が入った。


 急接近してきた古鷹は、陸奥との砲戦距離に入ったかと思うと、強引ごういんに陸奥へ通信を開き、通信映像つうしんえいぞうをねじ込んできた。

 

 陸奥のブリッジの中央に、黒髪が腰まで伸びたスタイルのいい美人が浮き上る。


 友軍の回線を勝手に開く、この古鷹の暴挙に驚くしかない陸奥の乗員たち。


 そんななか、陸奥電子戦(でんしせん)の責任者でもある千宮氷華せんぐうひょうかは落ち着いていた。

 

「古鷹にまれた演算装置えんざんそうち電子戦乗員でんしせんじょういんなら陸奥との通信を強引に開くことは可能でしょうね」


 氷華は、そう冷静にいうと、驚きの表情で映像へと目を向ける天儀を、横目でちらりと確認しつつ


「ただ、それ以外のことは何もできなくなりますが、案の定こちらの介入かいにゅうに完全に無防備むぼうびです」


 そういい。電子戦状況を確認し、電子戦指揮所でんしせんしきじょに詰めている隊員へ古鷹の攻勢へ対処するだけでなく、古鷹へ侵入しコントロールを奪うように指示を出した。


 氷華が適切に対処するなか、ブリッジ内の視線はブリッジ中央に立体映像りったいえいぞうで映し出されている黒髪の美人に釘付け。

 天儀までも、驚き目で映像を見つめている。

 

「古鷹艦長の足柄京子様よ。天儀てんぎってのはどいつなの」


 映像の女が、大声で啖呵たんかった。


 いま足柄の目の前には、アクティブの陸奥ブリッジ乗員のアバターが乱立して表示されどれが天儀かわからない。

 一応、操艦指揮座そうかんしきざつまり艦長席のコンソールのカメラ映像もあるが、これが天儀という確証もない。強引に回線を開いたためおきた問題だった。

 

 一方、足柄の啖呵の対象の天儀は驚くだけ。


 ――なんだこの面白い女は。

 これが足柄の映像を見つめる天儀の感想。


 天儀は、足柄の暴挙に、驚きと困惑こんわくと呆れで声が出なかった。

 

 天儀までも驚き、陸奥ブリッジ全体が呆気あっけに包まれているなか、氷華が

 ――何をいっているのだ。

 と、居丈高いたけだかな足柄に、ジト目を向けていた。


 こうして回線を強引に開いた時点で、おそらく古鷹側にも天儀の映像が送られているはずだ。天儀は艦長席にあり、既存の設定では、カメラは天儀のいまいるコンソールに繋げられるはず。

 つまり古鷹側には天儀が映し出されているはずで、映し出された瞬間にAIによる人物の照会作業じんぶつしょうかいさぎょうも終わっているはず、足柄の問は愚問ぐもんでしかない。

 

 そう氷華からすれば、いま足柄は目の前に大量に乱立した陸奥乗員の情報でしくはっくなど知る由もない。


 問われた天儀が、ただ驚きで映像を見つめるなか

 ――早くなにかいえばいいのに

 と、思う氷華。


 呆気に取れて、黙っているだけの天儀に、足柄が語勢ごせいを強める。

 

「天儀ってあんたなの。それとも副艦長ふくかんちょうとか当番とうばん佐官さかんなの。どっちなの、はっきりしなさいよ。男でしょ」


 それでも困惑こんわくの表情で黙ったまま天儀。


「まあいいわ。こっちの要件は、千早宗介の身柄みがらの引き渡しよ。宗介は、この足柄京子様の古鷹で移送するわよ。いいわね」


 足柄は、映像出ている天儀と思しき男が黙ったままなので、ごうやし一方的に通告つうこうした。

 

 この通告で、やっと映像の男が、ああ、というように口を少し動かしたが、言葉につながらない。

 この天儀の仕草が、足柄のかんさわった。

 足柄は、偉そうに組んだ腕を、右手の人差し指と中指でせわしく叩く。


 何よ、はっきりしない男ね。あんたはそもそも誰なのよ。天儀なの。違うんなら天儀とかわれ。てか早くなんかいいなさいよ。と、苛立ちが募る足柄。

 

 映像に出た男は、足柄の言葉に、驚くだけで名乗りもしなければ、応答もしない。


 ――呆れられている

 と、敏感びんかんに察した足柄は


「ソースケを返しなさいって言ってるの。わかったの、わからないの」

 と、怒鳴りつけた。

 

 この様子を眺めていた氷華。

 

 ――バカだ

 これが足柄の一連の言動げんどうを見ての氷華の思ったこと。


 わかったこの女はバカね、バカよ。頭が悪いんだわ。かわいそう。

 天儀が、足柄の言葉へ応じないもので、横にいた氷華が苛立いらだっていた。


 だが、氷華が暴言ぼうげんをもって呆れるのは理由がある。

 千早宗介は宙域警備隊うちゅうけいびたいの移送船で、第一星系へ送還そうかん中だ。


 つまり

 ――千早宗介は陸奥にはいない。


 この事実をこの女は、知らないのか。友軍へハッキングを仕掛け、喧嘩けんかを売りまでしておいて、根本的な事実誤認じじつごにんがるとは、驚きだった。

 

 引き渡せといわれても、いない人間をどうやって引き渡すのか。人形に『そーすけ』とでも書いて送るか、もしくは電子上で精密せいみつ疑似ぎじデータでも作って送ってやるか。そんなことすら氷華は思う。

 

 氷華からすれば、そもそもなぜ陸奥が千早宗介を、収監しゅうかんしていると勘違いしたのか。そこからして謎だった。

 

 黙って不思議そうに足柄を見つめるだけの天儀に、氷華がついに動いた。


 氷華は、天儀の前にひょいっという感じで身を晒し、自主的に足柄の問に応じることにした。

 

 これ以上天儀に応答を任せていると、氷華のストレスが限界げんかいに達し、日々のメンタルヘルスの診断で要休養ようきゅうようをくらいかねない。

 

「ソースケとは、千早宗介のことでしたら、彼は任を解かれ移送中です。貴官きかんのなさっていることは宇宙航行法うちゅこうこうほうに違反しているどころか軍規ぐんき違反で」


 だが足柄が、それを遮り

 

「うるさいわね。あんた誰よ。私は第二戦隊司令さまであり、陸奥艦長さまに聞いてるの。ソースケは何処なの。接舷強襲部隊せつげんきょうしゅうぶたいを乗り込ませて奪ったっていいのよ」

 そうまくし立てた。足柄も苛立いらだち、さま付けして小馬鹿こばかにした態度を加えていた。

 

 これに天儀が、やっと応じ


「わかった。お前、宗介の壁紙かべがみの女だな」

 そう大きな声でいった。

 

 天儀は突然の出来事に驚きで沈黙ちんもくしつつも、古鷹艦長足柄京子を目にし

 ――この面白い女、どこかで見た。

 と、黙考もっこうしていたのだ。

 

 記憶をたぐるようにして思考した天儀は、思考の末に演習で同じ班だった千早宗介の携帯端末の美女に思い当たっていた。

 

 宗介の個人的な端末まったんの画面に写っていた長い焦げ茶髪の毛の快活かいかつそうな女。


 天儀は、それを見て

 ――彼女なんだろうな

 などと思っていると、宗介が見られたことに気づき、少し恥ずかしそうにし笑ったのをよく覚えている。

 

 恥ずかしいなら何故壁紙にしたのか。と、思わないでもないが、幸せそうな笑顔だった。

 

「壁紙って、あんた私の写真をポスターにでもして部屋にかざってるわけ」


 足柄が壁紙の部分だけに反応し、見下げ果てたやつねと、侮蔑の目を向けた。

 

「私って有名だし、美人は罪よねぇ。でも駄目よ。ソースケがいるから、あんたは大して男前でもないし、却下よ却下。早くソースケを渡しなさい」

 

 本題から遠のく足柄。

 

 氷華は、このまま天儀と足柄に話を任せていると収集しゅうしゅうがつきそうにないと思い、自ら応じようとすると、氷華の背後に立つ天儀が、両腕で氷華の体を両側からはさみ込んで、氷華の発言を止めた。

 

 天儀の行動に、氷華の心臓しんぞうがる。

 

 氷華の想像をこえて、天儀の力が男性的。掴まれた瞬間に、顔がカッと熱くなり、無表情のジト目のまま思考も出そうとした言葉も停止していた。

 

 天儀が、そんな氷華の肩越しに

 

「宗介の野郎は態度たいど生意気なまいきなんで、一発ぶん殴って泣かして反省房はんせいぼうにぶち込んである。京子ちゃーんなんて泣いてたが。京子とは、誰かと思ったらお前か。だらしねえ野郎だ」

 そう挑発した。


 これに足柄が叫び声を上げ、つづけて


「な、な、な」

 と、怒りで真っ赤になり不可思議ふかしぎなうめき声を上げた。


「面白い。やってみろ。いいぜ、うばってみろよ」


 天儀が、さらにあごでしゃくりながら面白そうに足柄へつげる。


接舷強襲せつげんきょうしゅうで奪うんだろ。いいぜ、やってみろ」


 天儀の再三な挑発に、足柄の顔に喜色きしょくとともに、体貌たいぼうから戦意が沸き立っていた。

 

「言ったわね。後悔こうかいするわよ」


 足柄が、にやりと笑う。その顔は、戦闘に飢えたおおかみ

 

 天儀が、それを


「ああ、いいぜ」

 と受けた。

 

 この両艦長のやり取りで、陸奥と古鷹の両艦は戦闘態勢に突入。

 

 古鷹はブリッジ要員たちは、こんな事態は慣れたもの。突発的な足柄の無茶に、慌てて楽しみながら対応するのが常。

 

 一方の陸奥のブリッジ要員も似たようなものだ。天儀が即興で、唐公を挑発するのに合わせて、唐公を誅殺している。

 

 傲然ごうぜんとする天儀に、けものようにえあがる足柄。

 

 氷華からは、天儀の表情は見えないが、背中から天儀の嬉々(きき)としたものを感じ、同時に目の前の足柄の映像を

 

 ――こんな顔も美人ね

 と、うつろな思いで眺めていた。いま氷華の前で燃え上がる足柄は、先程までのバカな女にはとても見えない。


 そんな氷華に、


「氷華、行け!」

 と、天儀が氷華を掴んだままぐるりと電子戦指揮所でんしせんしきじょの方向へ回転し、氷華を開放。電子戦指揮所を指さし放っていた。

 

 氷華が跳ねるように駆け出した。


 この距離きょりだと、お互いの主砲である重力砲はほぼ必中。被弾ひだんを避けるには、古鷹のコントロールを乗っ取り、各砲塔かくほうとう照準しょうじゅんを妨害するしかない。

 

 古鷹側が、陸奥へ接舷強襲を仕掛けようにも、陸奥は当然古鷹を近づけない行動に出る。

 古鷹が、陸奥へ接舷強襲を仕掛けるには、電子戦でんしせんで完全に陸奥を乗っ取るか、主砲の撃ち合いで勝つしかない。

 

 だが戦艦の陸奥に、巡洋艦の古鷹の電子戦は分が悪い。出力が違いすぎる。となると、重力砲の射撃で、陸奥を制圧するのが古鷹にとっては最短の選択肢せんたくし

 つまり、両艦の間で砲戦ほうせん必至ひっしだった。


 陸奥ブリッジも古鷹ブリッジも騒然そうぜんとし、動き出していた。

 売り言葉に買い言葉で、開始された戦闘。


 通信を開きながら、同軍と、砲戦、間違いなく空前の事態だろう。

 

 そう足柄と天儀のやり取りは、ブリッジだけに収まらず、両艦の艦内に響いていた。古鷹側が、なりふり構わず陸奥との通信を開いたのが理由だ。


 古鷹の主砲4基8門の20.3センチ連装重力砲が動き出し、陸奥の主砲4基8門の41センチ連装重力砲も古鷹を目標に照準を開始する。

 

 氷華がブリッジの電子戦区画でんしせんくかくへ走りこみ、とうに開始されている電子戦の状況を確認。


 ――電子戦の戦況は良好ね。


 戦艦の陸奥のほうが、巡洋艦古鷹より出力が大きい。護衛艦ごえいかんもなく、一隻同士なら陸奥が有利だ。

 

 ――あの女の船の主砲の装填準備完了までは何秒。

 続いて氷華が思ったことがこれ。


 戦闘を予定していない両艦は、重力砲にエネルギー充填する必要がある。

 口径こうけいが小さいほど、充填速度じゅうてんそくどは当然早い。

 

 ――古鷹は20.3ね。2分ってところですねこれは。


 対して陸奥の41センチは、3分半はかかる。装填は古鷹のほうが早い。


 そして天儀と足柄が、戦闘を宣言し、氷華が電子戦指揮所に駆け込むまでの時間を入れると

 ――装填中完了そうてんかんりょうまで、あと1分。

 

 これがタイムリミットだった。たった一分という数字に氷華のきもが冷え、同時に闘志とうしで燃え上がった。

 

 ――やってやろうじゃない。発射までにコントロールを奪いますから。

 

 氷華の無表情のジト目に、鬼気迫ききせまるもが出た。

 

 が、強制通信で、リソースがないと思われた古鷹のコントールが中々奪えない。

 これは手強いと氷華は感じた。


 天儀が、ブリッジの砲術長へ、古鷹の艦橋かんきょうをかすめるようにぶち込めと命令を出している。

 

 最後に

「マジで当てんなよ」

 と、付け加えてるのが氷華の耳をかすめた。


 天儀と砲術長ほうじゅつちょうのやり取りから氷華が推測するに、各砲塔要員かくほうとうよういんまでもが面白がっているようで、やる気だ。

 

 やはり足柄と天儀の一連のやり取りは、艦内に筒抜けだったようだ。

 

 砲術長下の射撃管制しゃげきかんせいのオペレーターが、各砲塔の発射準備完了までの秒読みを開始する。

 

「第一砲塔、一番砲台、二番砲台装填完了。第三砲塔、第四砲塔、四砲台装填完了。第二砲塔も二門装填完了。主砲四基八門発射準備完了」


 砲塔が、二連装の砲塔を指すのに対し、砲台はその二連装の一門づつを意味する。そして発射準備完了は、照準の完了も含む。装填が完了しただけなら、単に装填完了となる。

 

 陸奥の全砲塔の装填が、ほぼ同時に終わっていた。装填作業は、ボタンを一つ押せば終わりというものではない。この早い作業で陸奥の砲搭乗員はかなり優秀ということがわかる。

 

 天儀が

「主砲、四基八門一斉射(いっせいしゃ)!」

 とすごんで主砲発射を命令。

 

 同時に氷華は、古鷹の4基の砲塔の制御を奪った。寸前すんぜんのところで、陸奥側からの古鷹主砲4基への砲塔操作の入力が間に合う。

 

 古鷹の主砲8門は、垂直すいちょく方向に動きながら砲塔から重力弾を放ってた。

 

 ――間に合った。


 氷華は、古鷹から発射される重力砲の軌跡きせきながめそう思った。

 

 電子戦指揮所に入った氷華は、これでは間に合わないと思い。砲塔コントロールを奪取のみに専念。さらに機転きてんかせ、一度古鷹の主砲のエネルギーのチャージをリセットしたのだ。

 

 これで古鷹の重力砲8基は、再度充填作業さいじゅうてんさぎょうに入り、古鷹の装填そうてん完了が遅れた。

 

 そして、両艦のほぼ同時の発砲。

 

 その瞬間、古鷹艦長足柄京子は、ブリッジに腕を組んで仁王立におうだ


「――愛は、不滅よ!!!」

 と敢然かんぜんはなった。

 

 軍艦は、艦体に対して最大限の主砲を積んでいる。全門斉射(せいしゃ)すれば衝撃しょうげきは吸収しきれず船体は揺れる。

 古鷹も陸奥も現行の軍艦の中では旧式よりの艦。自身の主砲発射の衝撃でブリッジ内が薄暗くなり赤と青の注意灯が点滅。警告音が鳴り響いた。

 

 そんな中、ブリッジに仁王立ちする足柄京子の姿を、古鷹艦橋をかすめた41センチ砲の閃光せんこうらし出していた。

 

 41センチ砲の弾着は予定より大幅に逸れている。まるで足柄京子が気迫きはくで弾道をげたように見えた。


 天儀を筆頭ひっとうに、陸奥のブリッジの乗員たちの目は、照らし出され敢然かんぜんとする足柄の姿に釘付けになっていた。

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