5-(1) 足柄京子
世間が唐公誅殺と、恒星衛社の解体の始まりに騒がしいなか、一隻の巡洋艦が、ドック海明から第一惑星天京へと帰還中の陸奥へと猛追を開始していた。
陸奥を猛追する巡洋艦の名は、第四機動部隊所属の
――古鷹。
流線形のボディに、一面に主砲塔が配置された一般型。
20.3センチ連装重力砲4基8門。
少々旧式だが、足回りには定評があるこの船も、やはり地球時代の軍艦のようなデザインだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遡ると数時間前、海明ドック長官千早宗介が拘束を受けたとき、古鷹は第二星系外縁で母艦部隊の護衛任務についていた。
古鷹艦長は、女性でまだ二十代の
「足柄京子」。
足柄京子は、スタイルのいい長身で、腰まで伸びたストレートの焦げ茶の髪の毛。しなやかな足に、ハイヒールの似合う女。
そんな足柄京子は、自分をフルネームの様付けで呼ぶような我の強さがあるが、気っ風の良さがあり、乗員たちから
――姐さん
と、呼ばれ慕われていた。
いま、その足柄京子の
「なんですって、ソースケが逮捕ですって!」
という叫び声が、古鷹のブリッジに響いた。
足柄京子の叫びの理由は、副官の子義から報告。
たったいま足柄京子は、副官子義からドック海明長官千早宗介の拘束を知らされていた。
千早宗介は、足柄京子の
――彼氏。
いまの足柄京子は、驚きと何かの間違いだろうという思いで一杯。子義の襟首を掴まんばかり。
彼氏の危急を聞かされた足柄の叫び声と剣幕に、副官の子義は後退るしかない。
副官の子義は四十代だが、この足柄京子という上司にまったく頭が上がらない。我の強い上司に迫られ、すでにたじたじだ。
「姐さん落ちつてください。逮捕でなく拘束です」
「だから何でよ!」
「第二戦隊司令に斬りかかったという噂です。唐公誅殺のあの天儀にです」
子義の言葉を聞いて足柄は、あちゃーっというように右手で顔をおおった。
「あー馬鹿なんだから。ソースケは、唐公が殺されたからカッとなったのね。温厚に見えて、熱いから」
足柄は、宗介の暴挙を聞いて呆れしかない。
「で、宗介も殺されちゃったの?」
子義の顔に渋さがでる。
自分は、宗介が拘束されたといったのだ。それを姐さんは全く聞いていない。
だが、姐さんに問われてみると、子義に不安がよぎった。
確かによくよく考えると、拘束後の宗介長官の安否はわからない。唐公誅殺という大殊勲を立てた男に斬りつけたのだ、そのご無事であるかは不明だ。
「拘束ですから、生きてるんじゃないですかね。処刑っていう情報はまだありませんね」
足柄京子は、この言葉を聞いて顔は真剣、あごに手を当てて数秒黙考した後
「ソースケを、取り戻すわよ」
と、宣言した。
足柄京子の宣言に驚く子義に、足柄はさらに続ける
「千早宗介の身柄を、我々で確保し天京へ送り届ける。これね。唐公ぶっ殺そうなんて、やつの手にソースケを任せておいたらどうなるか、わからないでしょ」
「ですが、相手は第一艦隊ですよ」
子義が、そういって難色を示した。
第一艦隊は、六個ある星系軍の中でも花形だ。対して自分たちが所属するのは第三艦隊。少し格が違うという気後れが子義にはある。
だが、足柄は
「だから何よ」
と、一言し、子義を睨んだ。
――びびってんじゃないわよ。
という足柄の視線に、子義がたじろぐが、それ以外の懸念も口にする。
「我々は第四機動部隊の護衛任務中ですが、宗介長官のもとへ向かえば任務放棄に」
「ばっか、じゃないの。優先順位よ。千早宗介は軍の至宝。その生命の危機よ」
「ですが母艦の護衛任務は、どうするのですか」
「天下の第四機動部隊よ。ガキじゃないんだから、巡洋艦一隻ぐらい抜けたって平気よ。それともおもりしてもらわなきゃ、艦載機が夜泣きでもして困るってわけ」
「まあそうですが、護衛任務を放棄すると命令違反ということで、色々不味いんじゃないですかね」
子義が、まっとうな懸念を口にする。無断で任務から離れれば大問題だ。
この子義の指摘は、正論だった。勢いよいよく動いていた足柄の口の動きが止まっていた。
部隊を離れるには、正当な理由が必要。
足柄が、数秒黙考し
「あれよ。機関不調で、寄港するって、それで大丈夫よ」
と、思いついたように宣言した。
「修理点検のための寄港となると、最寄りの最も適切な宇宙施設は」
「ばかね。ドック海明へ行くのよ」
「ドック海明へですか!?」
驚く子義に、足柄がひときわ大きな声で、
「機関の不調よ。機関が停止したら窒息死か凍え死によ。重大だわ。これは大変。急いで然るべき大規模施設で精密検査。いえ、これは機関のオーバーホールの手続きもしなきゃ」
そうブリッジ内にあえて響かせるように宣言していた。
「これはドック海明に行くしかないわね。そんじょそこらの小規模ドックより、ちゃーんと直したほうがいいでしょ。仕方ないわこれ」
更に続く足柄の言葉。
これに副官の子義は、苦味を残した表情で、もうどうにでもなれっと黙り込んだ。
対して、いまの古鷹ブリッジには、期待と笑いを噛み殺すような空気に、ニヤついた雰囲気がある。
そう古鷹の乗員たちは、艦長足柄京子の無茶には慣れっこだった。
――姐さん
と、足柄京子が乗員たちから慕われるのには当然理由がある。
星系軍は、子供の憧れの職業の一つで、その中でも艦艇要員に憧れる。だが、現実は非常だ。警戒任務ばかりで、軍務には幼いころに思ったような華々しさはない。
平時の警戒任務は単調で、気が触れそうなほどに退屈そのもの。
それが足柄京子の下にいると違った。
恒星衛社の船舶を不審船扱いして追跡拿捕。気に入らない艦長の船に一泡吹かせる。むしゃくしゃいていたので航路に障害物を置いて逃走。慰労と称して大量にアルコールを持ち込み大宴会。試射と称して、重力砲で小惑星を破壊。
なお、破壊した小惑星の破片が3日後に、軍の衛星に衝突という事件に発展し、これも乗員たちを楽しませた。
こういったぐあいで、挙げればきりがないほどに、足柄京子の下にいれば、定期的にイベントに遭遇でき退屈しない。
そして、いま繰り広げられた艦長足柄と副官子義の押し問答のようなやり取り。
ブリッジ乗員たちは、二人のやり取りを見て動き出していた。
ブリッジ内に目配せが飛び交った末に、艦長の命令を艦内の各部署へつたえる若いオペレータが行動に移った。
オペレータの若者は機関室へコール。通話に出た機関長へ、機関の調子が悪いですよね。と、切り出した。
オペレータの若造の突然の言葉に、けげんに応じる機関長。
オペレータの若者は、そんなことをは気にせずに
「機関不調で、ドック海明へ寄港することになりました。イベントです」
と、意味ありげに続けていた。
――イベント
これが、艦長足柄がなにか面白いことをするという隠語だった。
「ああ、悪かった悪かった。どこだったか、いや適当に悪くしとく。なんだこれは、すげー悪い。調子悪い。海明で精密検査が必要かも知れんなこれは」
「ドック海明宙域から、陸奥の追跡ですんで、お願いします」
オペレータ若者は、そういって通話を切った。
本当に不調にされると、その後陸奥追跡が難しいという本末転倒になりかねない。
20分後、機関室の機関長からブリッジへ
――機関不調
の報告が入ったのだった。
さらに一時間後、古鷹ブリッジには
「機関一杯、全速前進。急ぐわよ」
という足柄の意気揚々とした命令が響き古鷹は第四機動部隊から離れ、ドック海明へ針路を取った。
長身でヒールの足柄が、ブリッジ中央に立ち敢然とするさまはそれだけで絵になるが、その勇ましさがいまは不安げでもある。
副官の子義は、足柄へ
「宗介長官は、無事なんでしょうか」
そっといたわりの色を見せた。
天儀は唐公を撃殺したような男だ。自分へ凶刃を向けた千早宗介へどんなことをするか。子義からして面白い想像はできない。
だが足柄京子は違った。
足柄は、子義の自分への気遣いをさっしたが、子義とは考えが違う。
「そうじゃないわね。早くソースケを天儀から引き離さないと、その天儀ってやつが、またソースケに刺されかねないわよ。一度はお目こぼしできても、二度目はないわよきっと」
足柄としては、宗介が危害を加えられることも心配だが、宗介が再び天儀を襲う、ということが一番の懸念だった。
子義の思ってみなかった足柄の予見に、子義は、より事態の深刻さを思い黙り込んだ。
つまり子義からすれば
――姐さんがいうと、より説得力がある
ということだった。
再三いままで逸脱行為を行ってきた上官の足柄。足柄の傍若は、確実に彼女の昇進へ響いているはいるが、それでも星系軍で艦長を続け査定では必ず昇給している。
つまり足柄の傍若な行いもギリギリの線を見極めているということだが、そんな姐さんから見て、
――宗介長官のやったことはヤバイわけか。
と、子義は状況に深刻さを感じ緊張を覚えたのだった。
足柄の知る宗介は近親者へ篤く、一度決意したことをそう簡単には曲げない。すでに天儀を襲うという行動に移ったのならなおさらだろう。
――宗介の中では、もう天儀は絶対悪でしょうね。
失敗したなら二度目を狙う。陸奥内で拘束されているなら、再び天儀を襲いかねない。
この足柄京子様が止めなきゃ誰が止めるのよ。とすら足柄は思い、巡洋艦古鷹をドック海明へ急がせたのだった。




