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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章四、足柄京子・アキノック編
30/126

5-(1) 足柄京子

 世間が唐公誅殺とうこうちゅうさつと、恒星衛社こうせいえいしゃの解体の始まりに騒がしいなか、一隻の巡洋艦じゅんようかんが、ドック海明から第一惑星天京(てんけい)へと帰還中の陸奥むつへと猛追もうついを開始していた。


 陸奥を猛追する巡洋艦の名は、第四機動部隊だいよんきどうぶたい所属の

 ――古鷹ふるたか


 流線形りゅうせんけいのボディに、一面に主砲塔しゅほうとうが配置された一般型。

 20.3センチ連装重力砲(じゅうりょくほう)4基8門。

 少々旧式だが、足回りには定評ていひょうがあるこの船も、やはり地球時代の軍艦のようなデザインだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さかのぼると数時間前、海明かいめいドック長官千早宗介(ちはやそうすけ)拘束こうそくを受けたとき、古鷹は第二星系外縁(がいえん)母艦部隊ぼかんぶたい護衛任務ごえいにんむについていた。


 古鷹艦長は、女性でまだ二十代の

足柄京子あしがらきょうこ」。

 

 足柄京子は、スタイルのいい長身で、腰まで伸びたストレートの焦げ茶の髪の毛。しなやかな足に、ハイヒールの似合う女。


 そんな足柄京子は、自分をフルネームの様付さまづけで呼ぶような我の強さがあるが、ぷうの良さがあり、乗員たちから


 ――あねさん

 と、呼ばれしたわれていた。


 いま、その足柄京子の

「なんですって、ソースケ(千早宗介)逮捕たいほですって!」

 というさけび声が、古鷹のブリッジにひびいた。

 

 足柄京子の叫びの理由は、副官ふくかん子義しぎから報告。

 たったいま足柄京子は、副官子義からドック海明長官千早宗介の拘束こうそくを知らされていた。


 千早宗介は、足柄京子の

 ――彼氏かれし


 いまの足柄京子は、驚きと何かの間違いだろうという思いで一杯。子義の襟首えりくびを掴まんばかり。

 彼氏の危急ききゅうを聞かされた足柄の叫び声と剣幕けんまくに、副官の子義は後退あとじさるしかない。

 

 副官の子義は四十代だが、この足柄京子という上司にまったく頭が上がらない。我の強い上司に迫られ、すでにたじたじだ。

 

あねさん落ちつてください。逮捕でなく拘束です」


「だから何でよ!」


「第二戦隊司令にりかかったといううわさです。唐公誅殺のあの天儀てんぎにです」


 子義の言葉を聞いて足柄は、あちゃーっというように右手で顔をおおった。


「あー馬鹿なんだから。ソースケは、唐公が殺されたからカッとなったのね。温厚おんこうに見えて、熱いから」


 足柄は、宗介の暴挙ぼうきょを聞いて呆れしかない。

 

「で、宗介も殺されちゃったの?」


 子義の顔にしぶさがでる。

 自分は、宗介が拘束されたといったのだ。それを姐さんは全く聞いていない。

 

 だが、姐さんに問われてみると、子義に不安がよぎった。

 確かによくよく考えると、拘束後の宗介長官の安否はわからない。唐公誅殺という大殊勲を立てた男に斬りつけたのだ、そのご無事であるかは不明だ。


「拘束ですから、生きてるんじゃないですかね。処刑しょけいっていう情報はまだありませんね」

 

 足柄京子は、この言葉を聞いて顔は真剣しんけん、あごに手を当てて数秒黙考(もっこう)した後


「ソースケを、取り戻すわよ」

 と、宣言せんげんした。

 

 足柄京子の宣言に驚く子義に、足柄はさらに続ける


「千早宗介の身柄みがらを、我々で確保し天京てんけいへ送り届ける。これね。唐公ぶっ殺そうなんて、やつの手にソースケを任せておいたらどうなるか、わからないでしょ」


「ですが、相手は第一艦隊ですよ」


 子義が、そういって難色なんしょくを示した。

 第一艦隊は、六個ある星系軍の中でも花形はながただ。対して自分たちが所属するのは第三艦隊。少しかくが違うという気後れが子義にはある。

 

 だが、足柄は


「だから何よ」

 と、一言し、子義をにらんだ。


 ――びびってんじゃないわよ。

 という足柄の視線に、子義がたじろぐが、それ以外の懸念けねんも口にする。


「我々は第四機動部隊の護衛任務中ですが、宗介長官のもとへ向かえば任務放棄(ほうき)に」


「ばっか、じゃないの。優先順位よ。千早宗介は軍の至宝しほう。その生命の危機よ」


「ですが母艦の護衛任務は、どうするのですか」


「天下の第四機動部隊よ。ガキじゃないんだから、巡洋艦一隻ぐらい抜けたって平気よ。それともおもりしてもらわなきゃ、艦載機が夜泣よなきでもして困るってわけ」


「まあそうですが、護衛任務を放棄すると命令違反めいれいいはんということで、色々不味いんじゃないですかね」


 子義が、まっとうな懸念を口にする。無断で任務から離れれば大問題だ。

 

 この子義の指摘は、正論だった。勢いよいよく動いていた足柄の口の動きが止まっていた。

 部隊を離れるには、正当な理由が必要。

 足柄が、数秒黙考し

 

「あれよ。機関不調きかんふちょうで、寄港きこうするって、それで大丈夫よ」

 と、思いついたように宣言した。


修理点検しゅうりてんけんのための寄港となると、最寄りの最も適切な宇宙施設うちゅうしせつは」


「ばかね。ドック海明へ行くのよ」


「ドック海明へですか!?」


 驚く子義に、足柄がひときわ大きな声で、


「機関の不調よ。機関が停止したら窒息死ちっそくしこごえ死によ。重大だわ。これは大変。急いで然るべき大規模施設で精密検査せいみつけんさ。いえ、これは機関のオーバーホールの手続きもしなきゃ」

 そうブリッジ内にあえて響かせるように宣言せんげんしていた。


「これはドック海明に行くしかないわね。そんじょそこらの小規模ドックより、ちゃーんと直したほうがいいでしょ。仕方ないわこれ」


 更に続く足柄の言葉。

 これに副官の子義は、苦味にがみを残した表情で、もうどうにでもなれっと黙り込んだ。

 

 対して、いまの古鷹ブリッジには、期待きたいと笑いをみ殺すような空気に、ニヤついた雰囲気がある。

 そう古鷹の乗員たちは、艦長足柄京子の無茶むちゃにはれっこだった。


 ――あねさん

 と、足柄京子が乗員たちから慕われるのには当然理由がある。

 

 星系軍は、子供のあこがれの職業の一つで、その中でも艦艇要員かんていよういんに憧れる。だが、現実は非常だ。警戒任務けいびにんむばかりで、軍務には幼いころに思ったような華々(はなばな)しさはない。

 平時の警戒任務は単調たんちょうで、気がれそうなほどに退屈たいくつそのもの。

 

 それが足柄京子の下にいると違った。

 恒星衛社こうせいえいしゃ船舶せんぱく不審船ふしんせん扱いして追跡拿捕ついせきだほ。気に入らない艦長の船に一泡吹ひとあわふかせる。むしゃくしゃいていたので航路に障害物を置いて逃走。慰労いろうと称して大量にアルコールを持ち込み大宴会。試射ししゃと称して、重力砲で小惑星を破壊。

 なお、破壊した小惑星の破片が3日後に、軍の衛星に衝突という事件に発展し、これも乗員たちを楽しませた。

 

 こういったぐあいで、げればきりがないほどに、足柄京子の下にいれば、定期的にイベントに遭遇そうぐうでき退屈たいくつしない。


 そして、いま繰り広げられた艦長足柄と副官子義の押し問答のようなやり取り。

 ブリッジ乗員たちは、二人のやり取りを見て動き出していた。

 

 ブリッジ内に目配せが飛び交った末に、艦長の命令を艦内の各部署へつたえる若いオペレータが行動に移った。

 

 オペレータの若者は機関室きかんしつへコール。通話に出た機関長きかんちょうへ、機関の調子が悪いですよね。と、切り出した。

 

 オペレータの若造わかぞうの突然の言葉に、けげんに応じる機関長。

 オペレータの若者は、そんなことをは気にせずに


「機関不調で、ドック海明へ寄港することになりました。イベントです」

 と、意味ありげに続けていた。


 ――イベント

 これが、艦長足柄がなにか面白いことをするという隠語いんごだった。

 

「ああ、悪かった悪かった。どこだったか、いや適当に悪くしとく。なんだこれは、すげー悪い。調子悪い。海明で精密検査が必要かも知れんなこれは」


「ドック海明宙域から、陸奥の追跡ですんで、お願いします」


 オペレータ若者は、そういって通話を切った。

 本当に不調にされると、その後陸奥追跡が難しいという本末転倒ほんまつてんとうになりかねない。


 20分後、機関室の機関長からブリッジへ

 ――機関不調

 の報告が入ったのだった。


 さらに一時間後、古鷹ブリッジには

 

機関一杯きかんいっぱい全速前進ぜんそくぜんしん。急ぐわよ」

 という足柄の意気揚々(いきようよう)とした命令が響き古鷹は第四機動部隊から離れ、ドック海明へ針路を取った。

 

 長身でヒールの足柄が、ブリッジ中央に立ち敢然かんぜんとするさまはそれだけで絵になるが、その勇ましさがいまは不安げでもある。

 

 副官の子義は、足柄へ


「宗介長官は、無事なんでしょうか」

 そっといたわりの色を見せた。

 

 天儀てんぎは唐公を撃殺したような男だ。自分へ凶刃きょうじんを向けた千早宗介へどんなことをするか。子義からして面白い想像はできない。

 だが足柄京子は違った。

 

 足柄は、子義の自分への気遣いをさっしたが、子義とは考えが違う。

 

「そうじゃないわね。早くソースケを天儀から引き離さないと、その天儀ってやつが、またソースケに刺されかねないわよ。一度はお目こぼしできても、二度目はないわよきっと」


 足柄としては、宗介が危害を加えられることも心配だが、宗介が再び天儀を襲う、ということが一番の懸念けねんだった。

 子義の思ってみなかった足柄の予見に、子義は、より事態の深刻さを思い黙り込んだ。


 つまり子義からすれば

 ――姐さんがいうと、より説得力がある

 ということだった。

 

 再三いままで逸脱行為を行ってきた上官の足柄。足柄の傍若ぼうじゃくは、確実に彼女の昇進へ響いているはいるが、それでも星系軍で艦長を続け査定さていでは必ず昇給している。

 

 つまり足柄の傍若な行いもギリギリの線を見極めているということだが、そんなあねさんから見て、

 ――宗介長官のやったことはヤバイわけか。

 と、子義は状況に深刻しんこくさを感じ緊張を覚えたのだった。


 足柄の知る宗介は近親者へあつく、一度決意したことをそう簡単には曲げない。すでに天儀を襲うという行動に移ったのならなおさらだろう。


 ――宗介の中では、もう天儀は絶対悪ぜったいあくでしょうね。

 

 失敗したなら二度目を狙う。陸奥内で拘束されているなら、再び天儀を襲いかねない。

 この足柄京子様が止めなきゃ誰が止めるのよ。とすら足柄は思い、巡洋艦古鷹をドック海明へ急がせたのだった。

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