表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章一、氷華編
3/126

2-(1) 氷華 (上)

 レンガ造りにコバルトブルーの屋根。

 重厚じゅうこうな外観の建物を、木々がぐるりと一周。

 これがグランダ共和国の電子戦司令部サイバーフォースのおかれる庁舎ちょうしゃだ。

 

 外見こそ時代を感じさせるデザインだが内部はとても現代的げんだいてき

 この青い空にコバルトブルーの屋根がよく栄える建物なかを行き交う人々といえば、カーキ色のブレザー風の軍服ぐんぷくに身をつつみ誰もエリートとぜんとしていて知的だ。

 

 そんな電子戦司令部サイバーフォースで、その頭脳ずのうが集まる場所といえばずばり

 ――第一課だいいっか


 第一課の広い部屋には、一番奥に課長の席が設けられ、その前にはずらりと職員たちのデスクが並んでいる。

 

 ここにいま午前中の爽やかな日差しが差し込み、ひとりの女性を照らしていた。

 彼女の名前は、

 ――千宮氷華せんぐうひょうか

 

 いま彼女は陽光ようこうを受け、ウエーブのかかった長い黒髪が深緑色しんりょくに輝き美しい。

 外見はといえば、身長149センチにジットリとした目。

 無表情に目つきは悪いが、容姿ようしの分類は間違いなく美人。

 制服とされるカーキ色のブレザーの上に白衣はくいをはおっているのが特徴。


 氷華は士官学校しかんがっこう78期生を主席しゅせきで卒業。先行は電子戦科でんしせんか

 はるか昔、ナポレオン時代の軍のエリートが砲兵科ほうへいか出身だったのに対し、多惑星間時代ラージリンクプラネットのエリートは仮想空間上で戦う電子戦科だ。

 

 そんな氷華が自身デスクのディスプレイで目にしているのは、

星間連合せいかんれんごう打倒!戦争計画案の募集!★緊急★』

 というという朝廷から軍内へでている戦争計画の募集。

 

 思わず氷華がフッと笑った。

 

 皇帝様も、そのわがままに付き合う朝廷ちょうていもお暇ですね。

 なにより「星付けで緊急」というのが必死すぎで笑いを誘います。


 ――しかもです


 毎日、毎朝、この「ほし・きんきゅう・ほし」を見せられて、見なれてしまいました。

 全然もう緊急感がないのですが。

 そもそもです。これだけ待ってなかなか提出がないのは攻略が無理なんですよ。

 なぜ現状を理解しようとしないんでしょうか。


 そう勝つのは無理。

 これはグランダ軍内では、なかば常識だった。


 理由か簡単、敵である星間連合の第一星系にはりめぐらされた

ツクヨミシステム(無敵の電子防御陣)

 を打破だはできないからだ。


 グランダ艦隊がツクヨミシステムないに入れば、瞬時にコントロールを乗っ取られ戦いどころではありません。

 それなのに星間連合艦隊は、このツクヨミシステムからでてこない。これは完全に『詰み』ですよ。

 向こうが攻めてくる、というなら話はべつですが、攻め入って撃破げきはしようだなんて、ムリムリかたつむりなんですよ。


 こんな電子戦科でんしせんかでなくともわかるようなことを、やれとは不可思議。

 皇帝というのはお暇なんですかね。


 やるせない苛立いらだちから、無表情のジト目の氷華の思考がヒートアップ。

 この氷華の不機嫌ふきげんには理由がある。

 ことは三ヶ月前、電子戦司令部サイバーフォースへ着任して二週間目のできごとだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日、氷華は小太りの一課の課長のデスクの前の立ち


星間連合せいかんれんごう、第一星系電子防御陣ツ(でんしぼうぎょじん)クヨミ突破計画です」

 

 と、だけ口にすると課長のデスクへデータの転送を開始。

 

 氷華の突然の登場とうじょうと言葉に驚く課長。

 課長が思わずまじまじと、氷華の顔をのぞきこむ。


 グランダ軍始まって以来の天才といわれる千宮氷華。

 電子戦司令部サイバーフォースかなめである一課の課長も、その扱いには慎重しんちょうになっていた。

 逸材いつざいの育成に失敗すれば、責任問題せきにんもんだいだけでなく軍にとって大きな損失そんしつといえる。


 だが、課長にとって氷華は扱いにくい部下だった。


 先ず何より愛想あいそがない。

 そして仕事は早く、疎漏そろうはないが、与えられた仕事が終わると定時までじっとしているだけ。


 最初は、


「終わりました」


 と、愛想あいそなくデータを転送してきていた。


 が、一週間もたたないうちに、仕事が終わると黙って座っているだけになった。

 ようはサボっているという状態だが、あまり過度かどに仕事を与えるとハラスメントになりかねないし、倒れられても困る。


 課長は、この愛想のない美人を扱いかね、完全に持て余していた。

 そもそも課長からすれば、すでに相当な量の仕事を氷華へ与えている。

 それが午前中には終わってしまうのだ。これ以上仕事を与えていいのか判断しかねた。

 

 そんな千宮氷華せんぐうひょうかが、いま、ツクヨミがどうしたと口頭で報告しながら、自分のデスクにデータを転送してきている。

 

 送られてきたデータの冒頭ぼうとうをひと目見た課長は

 

「ツクヨミシステムの攻略案こうりゃくあんか」

 

 と、気色とともに口にしていた。

 

 なるほど、グランダ軍始まって以来の天才といわれるだけある。と、課長は興奮こうふん気味にデータへ目を通す。

 

 いま課長を驚きと喜びが支配していた。

 あの不可能とされるツクヨミシステムへのアプローチ案を提出してきたのか、という思で気が高揚こうようすらしている。


 もちろん課長とて、提出された計画書が、現実の作戦でそのまま採用可能なものとは思ってもいないし、問題点は散見されるだろうという予想も込みだ。

 加えて氷華はまだ若い。

 そんな彼女が、完璧な計画書を提出したとは思ってもいない。


 だが、現状はどんなものであろうが、ツクヨミシステムへのアプローチを計画できるというだけで評価できるという状況。

 電子戦司令部サイバーフォースとしては、打つ手なしなのだ。


「ツクヨミシステムに対し、向こう十年間は打つ手なしという試算しさんが出ていたが、君は期待通りだな」

「いえ、それほどでも」

謙遜けんそんだな。すばらしいぞ」


 課長は、そう興奮こうふんもあらわに口にし計画書に目を通していたが……

 その顔が次第に苦いものになり、青くなり、ついには無表情になり、最後は渋くなって、


「多数の条約、国際協定(こくさいきょうてい)違反、かつ実行不能な部分が散見さんけんされるが」


 と、ため息をもらすのを我慢したように、計画書への感想を口にしていた。

 

「氷華君、国際協定違反は不味いのだが」


 課長が感情を押し殺し、氷華へ気遣うように言葉を選んでいった。


「まあ、勝てば官軍かんぐんと申しますし」


 課長の気遣いに、にべもない氷華。

 いま課長の目に映る氷華は、無表情にジト目。

 課長の顔が引きつる。

 

 この計画書には、ざっと目を通しただけで、あらゆる無理が内包ないほうされている。

 兵器は消耗品だが、主力艦艇を片道切符かたみちきっぷで、自爆攻撃じばくこうげきのように使う部分も無理がある。

 課長は、その中でも目についたものの一つをたずねるように口にした。


中性子爆弾ニュートロンを、グランダ軍は有していないが」

「ツクヨミシステムを破壊したいなら製造するんでしょう」

「君の計画を見ると100万発とあるが、この規模になると大規模プラントが必要だが」

「ツクヨミシステムを破壊したいなら製造ラインを作るのでしょう」

「この数となると保管場所も馬鹿にならないが」

「破壊したいなら用意するんでしょう」


 他人事のようにいう氷華。

 課長の疲労の色が濃くなる。


「主力艦艇120隻を敵の第一星系へ突入させるとあるが」

「ツクヨミシステムをダウンさせるには、それと同出力の演算措置えんざんそうちをぶつけるのがもっとも効果的です」

 

 と、氷華が応じ


「計画書にあるように」


 と、続けて口頭で詳述しょうじゅつにはいったが、課長は疲れが一気に出たような表情になっただけ。


 課長は氷華の言葉を、もういい。と、遮り自分の前から下がらせたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 グランダ軍電子戦科でんしせんか始まって以来の天才から提出されたもの計画書は、あまりに非現実的。

 実効性は皆無かいむだった。

 

 だが、氷華からいわせれば


「不可能を可能にするのだから、非現実的なアプローチになるのは当然でしょう」


 ということだった。

 そうツクヨミシステムの攻略は現実無理なのだ。

 無理を押してやるのだから、その内容はフィクションにならざるを得ない。


 さらに氷華の考えを付け加えれば


「AI制御も伴うといってもツクヨミシステムの根幹こんかんを握るのは、人間ですから人間を沈黙ちんもくさせるのが一番です。そうなると残念ながら人体破壊兵器である中性子爆弾ニュートロンです」


 こういうことで、氷華からして中性子爆弾ニュートロンなど正気の沙汰ではない。

 そう現状、ツクヨミシステムの突破はそれほどに無理難題むりなんだいなのだ。

 

 課長は、そんな淡白たぱくなことを思う氷華の胸中など知らず。

 ――これが、グランダ軍の将来を担うかもしれない逸材いつざいなのか。

 と、内心ため息をついただけだった。


 今の時代、本来なら軍の頂点にあるのは電子戦科でんしせんかの出身者で、電子戦科出身者が軍中枢部を寡占かせんするような状態になるだろう。

 現に敵である星間連合軍の中枢は、電子戦科出身者が多い。


 それに軍始まって以来の天才ともいわれる千宮氷華。

 電子戦能力だけみれば課長より高い。

 そう千宮氷華は期待の新人だ。

 

 その期待の新人から作戦書が提出されたのだ。

 しかもみかどから再三要求され、先延ばしにしいていた星間戦争に関する計画書。

 課長は否が応でも期待した。

 が、喜びの絶頂ぜっちょうから、悪い意味で驚きのどん底に叩き落された。

 

 課長は提出された計画書の内容に、失望や期待はずれではなく


「こんなものは無理だ。やめてくれ」

 

 という悲鳴のような衝撃を受けただけだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 この日以来、氷華は司令部内で浮いた存在。

 業務以外で誰も氷華へ近寄ってこない日々を三ヶ月を間。

 氷華はモノクロの世界の住人となっていた。


 そう、あの日までは一緒に配属された同僚の男子たちから誘われ

 ――わずらわしいぐらいだったんですが。

 と、氷華は思い出す。

 

 それがぱったりとなくなったのだ。


 氷華としては、つどの誘いに面倒くさい。と、思わないこともない。

 だが、ごちそうしてくれるのだから悪い話でもない。

 それに、ともに電子戦科。

 価値観も近いし、それなりに知性のある相手から聞かされる話も退屈たいくつを感じるほどではない。

 

 いつの時代もで男は、女性を楽しませようと必死だ。

 女性の気を引くために、極楽鳥ごくらくちょうのようにさえずり、体と羽を動かしアピールしてくる。

 誘ってくる男たちから出る言葉や雰囲気を盛り上げるための演出は、正に美しい尾羽根おばねだ。


 氷華は、そんな相手に、

 ――必死だな

 と、ジト目を向けるだけだが。


 いまはすっかり誘いはない。

 日々の業務を淡々とこなし定時に上がり、両親と夕食を取る毎日の繰り返し。


 やってしまいました。あの計画書の提出で、私は完全に変人です。最悪です。

 いわゆる「ぼっち」ですよこれは。

 それは、いいんですけど退屈たいくつです。退屈で死にそうです。


 そんなことを思い、今日もモノクロの世界に浸る氷華。


 そんな折に、星系軍の将校しょうこうの服を着た若い男が一課に現れた。

 氷華は男を見た瞬間に、モノクロの風景の中に一つの色が差しような感覚が総身を突き抜け、思わずその男を目で追ってしまっていた。


 ――あれは、色付きね。

 目で追う氷華は、そんなふうに心のなかで思う。

 氷華は目で追いながら颯爽さっそうと室内を進む男に、青々とした新緑しんりょくのような爽やかさを感じた。


 ――涼しく、森林独特の爽やかな肌心地に木々の香り。

 そう、まるで気分は、真夏に木漏こもを受けながら木々の間を行くよう。

 男を目にした瞬間、氷華の退屈な世界に、光が差し込み目に映る風景に豊かな色彩がよみがえっていた。

 

 ……氷華は男を目で追い続けていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ