4-(8) 氷華の疑問
拘束された千早宗介は、第一星系の天京へ移送された。
――唐公の仇討未遂
という報告書を加えられて。
天儀は謀略を設けず正々堂々と切りかかってきた宗介の正直さへの返礼のつもりで、唐公の謀反の協力者ではないと報告書で言及しておいた。
そんな報告書作成を手伝った氷華には疑問があった。
――千早宗介が、1人で11人へ立ち向かったのは何故か。
氷華が、この疑問を天儀へ向けると、天儀が応じた。
「おそらく宗介は、自らの行いの神聖さを重視したのだろう。プリンス・オブ・エシュロンを誘えば、政治臭をおび、非道を責める潔白さに黒さが交じる。それにことは大きくなりすぎる」
「黒を糾弾する者は、白ければ白いほどよい、ということでしょうか」
「そうだな。宗介は、真っ白な男だったというわけだ」
「でも独りよがりな正義感な気もします」
現に唐公と恒星衛社は世の中を抑圧していたし、驕った唐公が軍の序列をまげて押し通ろうとしたのも事実だ。
加えて氷華は、宗介の「一人で行う」という部分にも、自分だけが正しいという人としての偏狭さ感じざるを得ない。
だが、天儀は違った
「あいつは優しいやつだよ。唐公の仇討ちは、宗介個人の問題だ。それに誰も巻き込みたくないので、一人で誰にもいわず決行した。ドック長官という彼の権限なら、自身と直属の部下の拳銃の携帯程度なら自由にできたはずだ」
なるほど、と氷華は思った。
宗介は、手続きという行為から、ことが漏れることを嫌ったというより、
「拳銃や刃物類の携帯には書類を通すことが必要ですからね。確かに手続きを通せば、それに関わった人間も処罰されかねません」
そう氷華が、思考の続きを口にしていた。
「我々は入港前から入港後も、千早宗介がその手の手続きを行っていないかドックのシステムへ侵入して探っていたわけだが」
「そんな形跡は、ありませんでしたね。これで宗介が火器を携帯していないと、私は確証が持てました。まあ、セシリーはあえて法を犯して所持していることを危惧していたようでしたが」
「千早宗介は、他人の非道を責めるのに、自ら法を犯してでも、というタイプの男ではないからな。自身は、必ずルール内でことを起こすと私は踏んでいたよ」
氷華は、天儀の
「ルール内でことを起こす」
という言葉に、千早宗介が腰に帯びていた軍刀を連想した。
――あれが、ルール内なのね。
そう思う氷華に、様々な疑念が渦巻く。
帯刀とは法令内、これはわからないでもないが、氷華にはやはりわからない。
そもそも刀剣を持ち歩けば銃刀法違反。この法令が、厳格に適用される種のものではないのは氷華も知っているが、殺気を帯びて軍刀を手にしていれば、完全にアウトだ。
ギリギリの綱渡りのようなものだろうか、とも思うが、そもそも宗介は、ドック長官という立場を利用して、天儀暗殺を仕掛けている。
氷華に腑に落ちないもやもやしたものが渦巻くなか
「司令、世間では、第二戦隊が唐公の皇帝暗殺計画を未然に察知して行動したことになっていますわ」
と、いう声が二人にかかっていた。
声をかけてきたのは、情報室長セシリア・フィッツジェラルドだった。
いま、セシリアの口にした話題は、唐公誅殺という事件で、世間に出回った噂の一つだ。
「そうなると、暗殺計画を掴んだであろう情報室長の手柄ということか」
天儀が、セシリアの言葉を受けて応じると、セシリアは氷華へ会釈しつつ
「いえ、電子戦班が、不審者のシステムへ入り込み情報を掴んだという線も捨てきれませんわ」
と、いって自ら切り出した話題での遊びを続けた。
「何にせよ。事実なら極めて優秀な諜報員だ」
「世間では、唐公が11隻で天京を襲う計画だったといわれたりしていますね」
そういって、氷華も話題に加わった。
「あの旧式艦の寄せ集め、しかも11隻でどうやってだ。もしそんなことが出来るやつがいたら頭を垂れて教えをこいたいどころか、全軍の指揮をさせて星間連合を倒してもらいたいぐらいだ」
「私たちの帯びていた命令が、勅命任務でしたので、帝が自ら察知して3隻を放ったという話もありますわ」
「11隻に対して3隻とは、どう考えてもつじつまが合わないだろそれは。仮に察知して確証があるなら軍が動く。動員されるのは、一個艦隊はくだらないだろう」
「そもそも妙高と、羽黒の艦長が大逆罪で逮捕されていますが、事前察知説では、そこをどう説明するのでしょうか」
第二戦隊が、未然に察知して唐公止めたというなら、両艦の長の処刑は違和感しかない。
「まあ、噂話というのは、都合の悪い点は無視するからな。そんなものだ」
「そこのところは両艦の艦長が、ギリギリまで日和見していたとか、唐公の首を献上するする過程で、帝を刺そうとしたなど色々よくわからない理由がついていますわよ」
そうセシリアが、苦笑していうと、情報室長として報告を天儀へ開始していたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
唐公の死を受け、世間に先ず政府から発表されたのは、
「唐公誅殺」
という四文字だけ。
当然、これだけでは言葉足らず。唐公に罪があって死んだのはわかるが、踏み込んだ理由がわからない。
この四文字が、様々な憶測を呼んでいた。
発表された段階では、発表した側も唐公の死亡という大事件に、正確な経緯を知るため情報を集め整理していた。
だが唐大公の死という事実は放置しておけない。先ず確定事項である唐公誅殺という事実だけを発表したのだ。
経緯が世間に知らされる頃には、様々な想像が事実となって世の中を駆け巡っていた。
最終的に、世間では、
――唐公の帝暗殺計画を知って、第二戦隊が未然にそれを防いだ
という話と、
――正規軍と針路の重なった唐公が、軍を排除して進もうとしたがゆえに殺された
という二つの話が、真実として同在する結果となっていた。
さらに前者が、先行して世間に浸透していたことで、
――正規軍と針路の重なった唐公が、軍を排除して進もうとした理由は、ここで暗殺計画が露見したから。
と、事実が多少変容した。
この方が常識人とっては、理解しやすい。受け入れやすいと言い換えてもいい。
まさか、針路を譲る、譲らないで、撃殺までに発展するとは、はたから見れば理解し難いところがある。
だが、誰もが唐公誅殺と聞いて、
「ああ、ついにか」
と思うほどには、唐大公と恒星衛社の増長は世間では当たり前のことだった。




