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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章三、四知・権道編
27/126

4-(7) 震畏四知(しんいしち)

 ドック海明の貴賓室は、白を基調とし広々とした洋風の造り。

 中央にはソファーが2脚、間には膝丈ほどの長いテーブル。

 その他には、品の良い調度品が数点という千早宗介の簡素な性質を反映した空間だった。


 仰々しい礼装に、軍刀を帯び一人で登場したドック長官千早宗介を、警戒した天儀だったが肩透かしを食らうかたちとなっていた。

 いま天儀は、そんな貴賓室のソファーに、千早宗介と対面して座っている。

 

 部屋にも廊下にも何も仕掛けはなかった。

 ただドック長官の千早宗介が一人。不気味だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 貴賓室の扉を、宗介が開けると、天儀の後ろにいた10名の内二名が前に進み出て中を確認。

 宗介は、そんな様子を見ても気にもとめずに、むしろ進み出た二人を誘うようにして一緒に中へ入ってしまったのだ。

 

 まるで

 ――ご警戒はわかりますが、安全ですよ

 というようにだ。


 天儀も、仕方なく残りの八名とぞろぞろと入室し、警戒しつつも室内を進んだ。


 ――本当に一人か

 天儀は、多少の驚きを禁じ得なかった。


 一方の宗介は、室内へ全員が入るのを確認すると、


「さあ」

 というように、天儀をソファーへ座るようにいざない。自身は、さっさとソファーへ腰をおろしてしまった。


 こうなれば天儀も座らないわけにはいかない。天儀は、浅くソファーへ腰を下ろした。

 そのような形での貴賓室への入室。

 

 いま天儀が、多少の驚きを覚えつつ目の前の千早宗介へ、その真意をうかがうように視線を向けていた。


 天儀の目に映る宗介は、気負ったふうもなく、従容といすらしている。

 だが、室内には、一人座る宗介に対し、天儀の後ろには屈強な男が10人。


 客観的に見れば、どう考えてもこの図はおかしい。

 いや、異常である、そもそも千早宗介は、歓待といって第一艦隊の戦隊司令を貴賓室へ招き、茶も出さないのだ。

 

 普通はお互い4,5名程度。

 宗介側はドックの高官やドック内に滞在している有力者、例えば第三艦隊司令やその高官。このような状況でなければプリンス・オブ・エシュロンの幹部なども招かれていておかしくない。

 それが宗介一人。

 

 対して、天儀側も普通は、戦隊司令部の高官を随行してくるはずだ。例えばセシリアや氷華などが混じっていておかしくない。

 それが天儀の後ろに並んでいるは、どう考えても肉体派だし、階級も下っ端(したっぱ)というわけではないが、高いとはいえない。

 

 だが、あまりに千早宗介が堂々として、天儀と向かい合っているので、誰もがこの状態が自然であるという錯覚すら覚えかねないような部屋の空気。


 ――あまりに不自然が自然すぎて、不気味さを覚える。

 これが今の天儀と、10名の心境。


 天儀に同行した10名も、千早宗介のあまりに堂々とした態度に、違和感を押し流されそうになりつつも、落ち着かない様子で目をせわしく動かしていた。

 千早宗介一人で、天儀を襲う気なら室内に何か仕掛けがあると考えたのだ。


 10名の20の目がせわしいなか、天儀は

 ――いや、違う仕掛けは部屋にはない。

 と思い。もう一度、千早宗介の存在へ目を向けた。


 白湯さゆさえでないのは、やはりおかしい。今から部下でも呼んで、応接でもするのか。

 天儀が、そんなこと思いつつ千早宗介の出方を待っていると、宗介が微笑していた。

 

 微笑すると同時に、宗介の左腿に乗せていた左手が動いた。腰から外してかたわらにおいた軍刀の位置をさり気なくなおしたのだ。


 この宗介の動きは余計だった。天儀の目が、宗介のかたわらの軍刀を捉えていた。


 ――なるほど、これか

 軍刀を目にした瞬間、天儀はおおよその見当がつき。覚悟が決まった。


 ――千早宗介の最も頼むところは、刀剣の技術

 宗介が何を考えているにしろ最終的に頼るところはこれだ。と、天儀は確信した。

 

 思えば最初からわかっていたことでもある。

 どう考えても宗介の礼装は過度で、軍刀を帯びているのも適切ではない。

 論理的視点に立てば、最上級の礼装は、軍刀を帯びても違和感が薄い。


 だが、違うな、と天儀は思う。

 千早宗介の礼装は、自分の潔白さへの証明であり、天儀へあてつけ。

 おそらく千早宗介の狙いは、天儀への個人的な問詰。


 そして、その腰に佩いた軍刀は、天儀がぬるい応じ方に出れば

 

 ――

 というかたくなで強烈きょうれつな意思表示。


 そこまで考えた天儀がフッと笑い。

 どうぞ、話をしましょう、という雰囲気を体貌たいぼうにじませた。

 天儀に落ち着きがでたことで、室内に天儀と千早宗介の二人の存在だけが起立きりつしていた。


 貴賓室内で二人は対面して着座し、距離は一メートルほどである。天儀は深く座っていない。


 最初に宗介の口が動いた。


「世間の風聞ふうぶんを耳にしますに、司令は、このたび大功たいこうをお立てになったとか。事実ならドック海明で、正式に歓待かんたいせねばなりません。それがドック長官の職務の一つでもありますから。ですが、風聞とは軽いもので、噂話うわさばなしで大功を立てたと聞いて、容易たやすくそれを信じれば、面諛めんゆ軽佻けいちょうの者と思われ信用をそこないます。そこで失礼を承知で、司令に直接確かめることお許し頂ければと思いますが、どうでしょうか」


 世間で駆け抜けた唐公誅殺を、自分はまだ知らないという千早宗介に、天儀の後ろに立つ10名に驚きの色がでた。

 暗にお前の唐公誅殺を、認めていといったに等しい。


 だが、天儀は気分を害したふうもなく

「ええ、逆臣ぎゃくしんちました」

 と、すずやかだ。

 

「なるほどつまり問罪で、功をお立てになったわけですね」


 功績こうせきの形にも色々ある。敵を破るというだけでなく、攻防の過程で起きるあらゆる兵士の行動。その中で特記すべきものが戦功となる。戦友を救ったというのも戦功だ。

 

 唐公誅殺は、唐公が序列じょれつげ、友軍を武力で排除しようことを発端とし、これに天儀は、軍法にもとづき行動を起こし、功績を立てたといえる。

 

「そうなりますね」


「つまり天儀司令は、軍法と法令にお詳しい」

 

 宗介は声の調子を強くしてそう結論をづけ、言葉を継いだ。


「そこで問があります。受けては頂けましょうか」


「ええ、どうぞ」


 天儀が、やはりすずしくうなずいていた。


「逆臣はたれるべきですが、奸計かんけいを行ったものはどのような罪に問われるのでしょうか」


 表情柔らかいまま、しんのある声での問い。いま、宗介の目が、真っ直ぐ天儀をとらえている。

 

 天儀は涼しく応じて

 

「内容によるでしょう」

 といい。続けて


「相手にもよる」

 と、いった。


「なるほど」


 宗介は口元にほのかに笑みをみせ温和おんわにそう応じると、表情に柔らかさを保ったまま眼光だけ鋭くし、天儀の目を、その眼光で射抜いぬくようにとらえた。


 2人の視線がぶつかり、お互い視線をそらさない。

 視線のぶつかり合いは、気迫と気迫のぶつかりあいだった。

 

 これの様子を後ろで見ていた天儀に従ってきた10名は

 ――視線がぶつかり火花ひばなるとはこのことだろうか。

 と、息をむ思いで見守っていた。


 10人は強襲部隊きょうしゅうぶたいの隊員だ。白兵戦に長じる彼らは、天儀と千早宗介の二人の視線のぶつかりあいに、武道ぶどうの立ち会いのようなものを感じた。

 

「では、例えば貴人きじん詐術さじゅつにかけ、君命と称して害すればどうなるでしょう」


「皇族殺害の容疑ですね。重罪だ」


 そう応じた天儀を見つめる宗介の目が強く光り、同時に眉がつり上がった。


「語るに落ちたな天儀。今、自ら重罪と言ったな。四知しちとはこのことだ。見くびったな。ドックの長ごときが知れないと思ったか!」


 宗介が体貌たいぼうから怒気どきを放ち、咆哮ほうこうのような声をあげていた。

 天儀に随行ずいこうしていた陸奥の乗員が、宗介の変容へんように色めき立つ。

 だが、天儀は落ち着いていた。


てんり、り、と言うところですね」


 宗介が立ち上がって


「そして貴様が知り、唐公が知っている」

 と、怒りの目で天儀を見下げた。


「なるほど長官は博識はくしきだ。うそは、つけないものです」


「黙れ奸物かんぶつ馬脚ばきゃくあらわしたな。唐公は潔白けっぱくだ!」


 言葉が終わるやいなや、宗介が天儀へ斬りかかろうとした。

 それより早く天儀が、部屋の入り口へ飛び退く。


 ――遠いい

 と、軍刀に手をかけた千早宗介が悲痛ひつうした。


 ――これでは、抜刀ばっとうざまに斬れない。

 

 宗介は、この距離なら抜刀と同時に叩き斬れると踏んでいたが、天儀が想像以上に早かった。

 

 宗介が激昂すると同時に、天儀が、あっという間にソファーの後ろへ飛び退き、10名の男たちの後ろへ隠れてしまっていた。

 

 そんななか、宗介が一歩踏み出した。今の宗介には、天儀しか見えない。

 

 宗介は上体を低くし、刀を左手で引き寄せ、つかに右手をかけ目で天儀を追う。 


 実は柄を握っていると見える手は、中指なかゆびしか触れていない。

 反対に刀を引き寄せている左手はぐっと握り込まれている。だが、腕には、いくらか余裕があり手首から上だけが岩のように硬い状態。

 

 抜く前に握り込みすぎると、剣速が鈍る。剣速がにぶれば当然威力も落ちる。

 力を込める直前の脱力が、爆発的なスピードを生み、斬撃の強さを増す。

 そう宗介は剣戟において、間違いなく手練だった。


 いま宗介には人の林の向こうにある天儀の姿がはっきりと見える。


 ――斬る

 と、無心むしんになる宗介に、巨大な影が次々と降った。

 

 天儀に同行していた強襲隊員たちだった。彼らも司令を殺されてはならないと必死だ。

 宗介が、天儀との距離を詰める前に、天儀に従ってきた10名が宗介に群がり、宗介は取り押さえられていた。

 

 部屋に宗介のわめき声がむなしくひびいた。


 宗介は10人の下敷したじきとなり首も回らない。

 ほほが床に張り付き回らない首で、宗介は目だけで天儀をにらみつけ怒声どせいを放つ。

 

 そんな宗介を天儀が見下ろしていた。

 

「君はれすぎたが、はかりごとというものを知らなかったな。はかりごともちいて、結果(せい)す。これを権道けんどうと言う。正しい謀略ぼうりゃくと言うやつだな。四知しちを知って、権道を知らなかったとは。

 唐公とうこうに私心がなければ危難きなんに合うことはなかった。何故、唐公はみちを譲らなかった。譲れば計謀けいぼうは発揮しようがない。唐公に驕慢きょうまんがあったからだ。その驕慢がついに逆心として表に出てほろんだのだ」

 

 宗介がうなるようにし、歯をめ、天儀をにらみつける。

 

 宗介は、天儀の詭弁きべんに怒りがこみ上げ、顔は怒りで真っ赤だ。目も血走り、息も荒く尋常じんじょうではない。

 

 それを見た強襲隊員の一人が、宗介が自ら舌をみ切ることを恐れ一撃。宗介を昏倒こんとうさせた。

 

 宗介は薄れ行く意識の中で


「君は正しい、だが正しいことが最善の答えとは限らない」

 と、いう天儀の言葉を聞いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天儀はドック長官千早宗介を拘束こうそくしたむねを発表し、早々に陸奥むつに戻った。

 大規模軍用ドック海明の指揮権しきけんと管理は、第三艦隊司令部へ一時的に移された。

 

 天儀は陸奥へ数歩踏み入れた時点で、乗組員たちの出迎えを受けた。

 一人一人に不安の色があり、出迎えというより、居ても立ってもいられないかったものたちが集まっていたというふうだ。

 

 天儀がドック長官の宗介に斬りかかられたことは、もう陸奥乗員の知るところである。

 

 秘書官の氷華ひょうかが、集まった乗員たちを代表する形で


「司令は」

 と、言葉を発したが、天儀はその言葉を遮り


「千早宗介は、立派りっぱなやつだったよ」

 と、一言だけ口にし、乗員たちのあいだけブリッジへと進んだ。

 

 そんな天儀の姿を見て、皆それ以上問おうとしなかった。

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