4-(6) 四知、佩刀の理由
誘導灯をきらめかせるドック海明は、宇宙空間に浮かぶ巨大な軍港。
戦艦、母艦クラスを何十隻も収容可能なその威容は、近づけば小惑星ほどにも感じる。
そんなドック海明へ入港した陸奥。
陸奥の入港にあたって、ドック長官宗介が自ら通信にでて出迎えるという歓待ぶりで、陸奥側をひとまず安心。
そして、いま千早宗介の映像に陸奥ブリッジの視線が吸い寄せられるように集まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「千早宗介」
は、貴公子然としたスラリとした立ち姿に、名前のとおりアジア系の容貌。
セミショートに、切れ長の目に落ち着いた雰囲気。
何よりその目が特徴的だ。
真っ黒な大きな瞳の奥に赤い炎の輝き、重厚な存在感。ひと目で大人物とわかる。
宗介の映像を見たセシリアが
「百聞は一見にしかず。巨人の巨大さは見ればわかりますが、これが人物というものなのですね。ひと目で圧倒されました」
そう思わず口にし、氷華も
――おお、二枚目です。これぞ星系軍の将校という感じです
と、セシリアの言葉に同意しながら、ため息を漏らすように思った。
天儀は、そんな二人を見て
「だが彼は金も名誉も、そして命さえもいらない。といった手合いだ。敵に回せば恐ろしいぞ」
と、いってブリッジを後にした。
天儀と同行する10名がドック海明へ入ると、千早宗介は最上級の礼装で天儀と陸奥一行を迎えた。
腰には刀帯と呼ばれる専用のベルトで吊り下げた儀礼用の刀剣まで見える。
千早宗介の装いは、まるで唐公誅殺を称えるようなものさえ感じさせたが、千早宗介からは唐公誅殺に関する話題は一切なく、天儀と宗介の向かい合っての敬礼が終わると、千早宗介からは、
「勅命任務という大任。ご苦労様です」
という言葉から始まる定形どおりの挨拶がでただけだった。
この様子をドック海明のカメラに侵入し陸奥ブリッジから監視していた氷華やセシリアは、宗介長官は勅命任務へ最大限の敬意を表して、あの装いなのかと漠然と思った。
そう天儀と宗介、二人の挨拶は、はたから見れば和やかそのもの。
対面した二人は、にこやかに挨拶を交わし会談を行うドック貴賓室へと歩み始めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――死に装束か
これが、千早宗介の礼装に軍刀とうい姿を目にして天儀が思ったこと。
天儀と10名を引き連れるように、一歩先を行く千早宗介。
天儀は、そんな宗介の背中を見て、無駄だと知りつつも周囲に気を配った。
天儀からすれば、宗介は、あまりに一人で堂々としすぎ、唐公誅殺という大事件を一言も口にしないというのは逆に不自然。
まずは、出迎えがドック長官の単独で、というのは珍しい。
天儀は
――何処かへ兵を伏しているのか
とすら思って、忙しく周囲を見たのだ。だがまっすぐな廊下が続くだけで、特に違和感はない。
引き連れている10名も、平静をよそおいつつも緊張感のある表情で警戒してはいるが、異変を感じたような様子はない。
となると、室内に入ってからだが、天儀は陸奥に残る氷華にドックのシステムに侵入するように指示していた。
貴賓室や、そこまでのルートに異変があれば、知らせてくるはずだが、それもない。
――ま、ハッキングも万能ではない。
天儀は、そう思い。十分に警戒してから部屋に入ろうと決めた。
考えを置いた天儀は、宗介の観察に注力した。
天儀の目に映る宗介の背中。
天儀は、少し宗介後ろを歩いただけで、その所作から刀剣の類を扱い慣れているのはわかった。
どれほどの腕前かは、不明だが
――自分のように、満足に扱えないということはないな
というのが、天儀の結論。天儀は、ナイフと銃剣を扱う訓練程度しか受けていない。
だが千早宗介の挙止からは、明らかに刀を扱えるという動きが出ている。不必要に上下にぶれない頭と肩、加えて無駄のない膝の移動。
あらゆる動作の発端は、膝に出る。
天儀は、
――これが足さばき。というやつだな。
と思いつつ宗介を冷静に観察しつづけた。
「腰に下げた刀が、まるで存在しないような動きだ。いや体と刀が一体といいかえてもいい」
これが宗介の所作を見た天儀の結論。
――今、立ち止まられ振り向きざまに斬りつけられたら終わりか。
と、すら天儀は思い。宗介の後につづいていた。
警戒したからといって、これ以上距離を開けるのは不自然だった。
宗介の腰に帯びる刀は、刃渡り80センチ程度、有効距離から逃れるには、相当な間合いを取らなければならない。
腕の長さと、斬りかかる折に飛び込むと考えると、
――2メートル強は、離れないと安全ではない。
と、天儀は思い。
思った瞬間に、
「お久しぶりです宗介長官」
天儀は思い切って声をかけ、前をいっていた千早宗介の横へピッタリとくっついたのだった。
これだけ近ければ、刀は抜きにくい上に、斬りつけにくい。
ただ、刀以外の武装、例えば短刀などを装備していれば逆に危険な距離。つまり天儀は、刀で斬りつけられることを最も警戒して、行動を選択したといえる。
それでも手練ているなら身をひねり一瞬にして抜くだろう。この場合、抜き終わると同時に、自分の身は二つになっているはずだ。と、天儀は思う。
だが、それでもこの距離が一番安全だった。
まともな距離ならもっと斬りやすい。どの距離においても危険なら、最も危険の少ない距離はどこかという話だ。
宗介は飛び込むように身を寄せ話しかけてきた天儀に、少し驚いた様子を見せたが微笑で応じ、二人は天儀が一方的に話す形で、貴賓室の前に到着したのだった。
天儀には宗介の懐へ、飛び込んだことで
――強いなら、ここまで近づかせない。
と、直感し、一つの予想が立った。
宗介は軍刀を頼みにしている割に、戦いの駆け引きついてはさほどでもない、という予想だ。
廊下を進む天儀は、宗介の肩に手を回し、身を寄せんばかり近接したのだ。
人に近づかれれば、普通は、適宜な間合いを保つために距離を取る。素人でもそうだ。
天儀は、あえてそれを踏み越えるように、素早く身を寄せたが、宗介が極めて剣の扱いに長じているならこのような急接近は絶対に許さない。
それが天儀が、宗介の襟を掴み腰に腕を回せる距離に入れたということは、立ち会いにおいて天儀のほうが上か、もしくは宗介の腕が微妙ということになる。
可能性としては、
――油断させるためあえて近づかせた。
というものあるが、だがそれなら敬服にあたいする。天儀は、それほどの手練なら斬られてやるとすら思って廊下を進んでいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドック海明長官の千早宗介が、儀礼の軍刀を帯びて姿をあらわしたのには理由があった。
「小銃、拳銃、ナイフ」
この三つは、グランダ国の兵士の基本武装といっていい。
ナイフの形状は様々だが長くても
――30センチ程度。
対して常に腰に帯びて携帯するような刀剣の類は、
――60センチから90センチ前後。
そしてこの小銃、拳銃、ナイフという三つを装備した兵士と、刀剣で対峙したらどうか。
ナイフが有効な距離なら、
――ナイフが有利。
刀剣では長すぎる。振り回すスペースが無い。
対して刀剣を振り回せるような距離があるなら、小銃か拳銃で対応可能で、
――火器が有利。
これらは、立ち会うものの技量以前に、抜く、構えるなどの所作動作を無視した単純比かつ理論上の話だが、技量が同じ者同士が対峙すれば手にした武器の特性が結果に直結するのもまた道理だ。
では、単純に、刀剣とナイフで対峙すればどうか。
より遠くから攻撃できる刀剣が有利だ。
だが、残念ながら今の時代、刀剣がナイフに対して有利な距離は、火器が有効な距離でもある。
こうして刀剣は、兵士の装備から外されていった。
だが、十九世紀後半に完成された回転式拳銃が登場するまでは、携帯、間合い、使用回数のバランスに最も優れたのが刀剣だった。
仰々しすぎる最上級の礼装に、
「儀礼用の軍刀」
という、一見滑稽なまでの千早宗介の装いだったが、ドック内は軍人といえども火器の携帯は許されない。
千早宗介は、火器のない状況下で、最も室内で強力な兵器を持ち込むことを選択したともいえた。




