4-(5) 四知、ドック海明と千早宗介(下)
1時間後、陸奥はドック海明を目の前にしていた。
陸奥ブリッジにある天儀は、ドック管制室へ、陸奥の入港を申請するようにオペレーターへ指示した。
入港許可を待つなか、天儀の横で控えていた氷華が
「大丈夫でしょうか。ドック海明は、唐公派の宇宙での最大拠点です。ギリギリになって、入港を断れられるという可能性もあります」
という懸念を口にした。
秘書官を兼任するという立場上、入港の手続きを準備したのは氷華だったが、そもそもドック側には、事前に陸奥の航行予定が提出されている。
今日の何時に、陸奥がドック海明入りすることは、わかりきったこと。
――それなのに返事がずいぶん遅い。
氷華としては、数分も待たされることなく、入港作業を開始できるものだと思っていた。
つまり氷華は、思っていたよりドック側の返事が遅く心配になり、事態の急変を予感したのだ。
だが、天儀は違った。
入港申請とともに、ドック側から滞留座標を指定されるが、そこから入港を待たされるなど珍しいことではない。
最寄りの宇宙施設同士を繋ぐ短距離シャトルなど、いわゆる公共の移動インフラは、待たされることはないが、その感覚はこの場合当てはまらない。
入港は待たされるものなのだ。
「仮に入港を断られるなら、基地内は抜き差しならない状況ということだ。陸奥が今日来ることは予定されたことで、それを断るとなれば異常事態。その場合は、ドック海明内の軍部隊と連絡を取って対策を検討する。流石にドックに駐留するプリンス・オブ・エシュロンの部隊と陸奥一隻では勝負にならん」
天儀は、氷華の懸念にそう応じてから
「だが、そんなことにはならないだろう」
そう自信ありげに断言した。
氷華が、何故かと問うジト目を向けた。
「宗介長官は優秀だ。基地の統制が出来ていないということはないだろう。星系軍の艦長を志していたら、二足機科に転向になり、さらに参謀本部入りで、そこから大規模ドックの長官へ。私から見ても凄まじい経歴だな。星系軍を知り尽くしているのが彼だ」
艦艇の運転の能力を持ち、二足機を知り、軍中枢で勤務していた。
軍幹部となれば、あらゆる仕事を経験した上で登り詰めていくものだが、その中でも宗介の歩調は早く、かつ縁故にも恵まれていた。
父、千早退助は参謀本部が長い将官、そして唐公の縁戚。
外から見れば、宗介は、父が失脚するまで、軍内で父と唐公の二重の後ろ盾を有していたといえる。
氷華は、宗介の経歴を調べた折に、この縁故の部分に意識を取られていたので、天儀の宗介を肯定的に評価する言葉に若干の驚きを覚えた。
「ほー。コネクションで、出世してきた男とは違うんですか」
「それはそうだ。あの若さでコネだけではドックの長官は無理だ。しかも海明は、大規模ドックだぞ。彼の起用が、対立する軍と唐公の譲歩と折衷の賜物だとしても、宗介が選ばれたのは、能力があり、彼の人柄に信用があったからだ」
氷華は、これを聞いて、
――なるほど、そういうものか。
と思った。
彼女の軍歴は電子戦科という枠組み内に特化している。電子戦司令部外の軍内の常識には、少し疎いところもある。
「宗介長官とは、演習で一度顔をあわせたことがある。しかも班が一緒だったので、食事も含め行動もともにした。少しシャイだが、真っ直ぐな性質を持っている」
ほお、といったように氷華が天儀を見た。
氷華からして、天儀からでていたドック長官宗介への信頼の理由はそれだったのかと納得の思いだ。
そんな氷華へ、天儀が、そうだ、といって思い出したように言葉を継ぐ。
「宗介長官には、左太ももから股の付け根まで、凄まじい縫い傷があるぞ。二足機の事故だそうだが、よくあれで歩けている。医療技術の進歩さまさまだな」
「どうしてご存知なのですか」
「風呂で見た。班が一緒だったといったろ」
途端に氷華が無表情のジト目で赤面した。
天儀が応じの言葉と同時に、
――こんなぶっとい傷だった。
というように自身の膝から股間あたりまで指を走らせたからだ。
男同士だと、そんなにジロジロとお互いの体を見るものなのか。
氷華が人事ファイルで目にした千早宗介は、かなりの二枚目。
連想したのは美形同士のバラの園。
氷華は、そんな不謹慎な想像を必至で打ち消した。
「彼は一言も父が将官だとか、唐公と縁戚だとはいわなかったし、雰囲気にすら漂わせなかったな。嫌味のない、好感のもてる男だよ」
「なるほど、血縁や家柄を鼻にかけるような方でもないんですね」
さも納得げにうなずく氷華を見て、天儀が少し笑った。
天儀が氷華の様子を見るに、唐公と縁戚の千早宗介は、唐公同様に驕った嫌な男と想像していたのだろう。
だが、
――千早宗介は、家柄や血縁を誇らない。
これは、軍内では、そこそこ知られた話。
謹厳で容姿に優れる宗介は、唐大公に大いに気に入られ、一時期は唐公の娘と婚約の話まで持ち上がったぐらいだった。
唐大公の娘も乗り気だったが、それを
「自分は、一生を一軍人で徹したく」
と、はっきりと断っていた。
父や唐大公とは関係なく、自分の人生を歩みたい、という宗介の若い情熱だった。
唐大公は、これ以降、娘にせがまれても二度と婚姻のことは口にしなかった。怒ったわけではなく、宗介を立派だと評価してだ。
証拠に両家の関係も、宗介と唐大公の個人的関係も、それ以降も良好だった。
天儀が、この話を氷華へ教えると、氷華がジト目に興味の色をのせて応じた。
「おお、知ってますよ。唐公のご息女。見たことあります。親に似ず美人でした。唐公義理の息子となれば逆玉ですが、それを断ったんですか」
いった端から氷華の胸間に渋さが走った。
そのご息女の父親を、自分たちは殺したのだ。
氷華は、唐公の娘の思い浮かべた際に、彼女の笑顔をだしてしまっていた。
休憩中に電子上の雑誌か、タイムラインだかで見かけた動画だ。
唐公の娘は、笑顔で草原のようなところを、帽子を押さえながら駆けていた。
氷華が呵責のような感情を覚えるなか、天儀は平然としている。
氷華は、そんな天儀を見て
――天儀の中に、殺したものの人生などないのだろうな
と、漠然と感じた。何故かはわからないが、確信に近い形でそう思った。
氷華が、天儀へ愁思のような感情を向けるなか、
「まあ、彼は付き合っている女性がいたからな。おそらくそれが理由だろう。つまり宗介長官は、節義を全うしたわけだ。綺麗事とはわかっていても、唐公の義理の息子という立場は大きいぞ。それを蹴るとは、好感をいだいたね」
天儀は、そんなことには気づかずに宗介の評価を続けていた。
「怒っていませんかね」
氷華が、天儀へジト目を向けうかがうようにたずねた。
氷華が頭のなかで、天儀からでた情報を総合すると、唐公と千早宗介の関係は良好だ。
――関係の良い千早宗介と唐公。
氷華の問は、唐公殺された千早宗介の心中はいかにといったところだ。
「公私は別だろう」
「では、やはり千早宗介を説得して戻るだけになると」
「いや、どうだろな」
そういって天儀が、眼光を鋭くした。
「会談する部屋に兵を伏せて銃撃などという闇討ちはしないが、正面切って斬りかかってくるかも知れんぞ。ドック内は、武器の携帯が厳禁といっても、礼装で腰に帯びる刀剣はお目こぼしされる」
「あれで、ですか。信じられませんが」
一定の階級もしくは、役職を得ると、礼装用の軍刀が支給される。
氷華も式典などで見たことがあるが、このご時勢に刀剣を腰に帯びる機会など役者でもない限りない。
当然、誰もが付け慣れていなく、鞘が足に絡まったり、隣のものにぶつけたりというハプニングが必ず見られる。
こんな、お歴々のアクシデントは、暇な式典中なら眺めていて面白い。
「というか、あの刀剣には、刃が入っていたんですね」
氷華としては、単なる装飾品で、実用性は皆無。つまり切れるように作っていない模造刀だと思っていたのだ。
「そういえば、どうなっているのだろうな。だが、たとえ切れるように出来ていなくとも、あの長さの鉄の棒でぶっ叩かれたら致命傷は免れんぞ」
「油断して打たれて大怪我。とうのは困るので、くれぐれもお願いしますね」
氷華がジト目に要注意という色を強くしていうと、天儀が素直にうなずいた。
天儀がうなずくと、ドック海明から入港許可下り、入港の誘導が開始されていた。
天儀は艦運転の監視に、氷華は秘書室の部下に仕事を引き継ぎ、電子戦指揮所に入る。
ドック内に入るなり、ハッキングを受けるということも考えられる。
まだドック海明長官である千早宗介の陸奥への態度は不明。
警戒しておくべきだった。




