4-(4) 四知、ドック海明と千早宗介(上)
――唐公誅殺。
というニュースが世間を驚かせるなか、第二戦隊旗艦陸奥は、海明星の高軌道上にある大規模軍用ドッグ海明へと進んでいた。
唐公の謀反による誅殺の報は、広い宇宙を駆け抜け、すでに国内に知れ渡っている。
いま陸奥が目指すドッグ海明の責任者は、
「千早宗介」。
このドック海明長官の千早宗介の陸奥へ対する態度は、まだ不明だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そして、ドックの責任者千早宗介の千早家は、唐公家と親戚の間柄ですわ」。
そう話す情報室長セシリア・フィッツジェラルドが、いま居るのは陸奥ブリッジの艦長席の近くにある司令指揮区画。
ブリッジから出ずに、ちょっとした内向きの話し合いをするには向いた場所。
この場所には、宙域図や作戦に必要な様々なデーターを集約し表示させるビリヤード台ほどの大きさのデスクが横たわり、いまそのデスクには、ドック海明の立体図や内部構造が表示されている。
ここでいま、セシリアに、天儀と千宮氷華の3人は、ドック海明の入港手続きや、ドック海明入ってからの意見交換を行っていた。
「ほお。では宗介は、唐公派なんですか」
そういってセシリアの言葉を受けたのは氷華だ。
氷華としては、いままでのセシリアの話を総合すると、そんな結論が予想できる。
氷華の聞いたセシリアの話では、千早宗介は唐大公の支配する宙域にあるドック海明の責任者を誰にするかで軍と唐公派が揉めた折に、唐大公から推薦されてドック長官に就任したとのことだった。
「いえ、宗介は、親戚づきあいと仕事を分けて考えている人物というのが、ドックの責任者に宗介が採用された理由ですわ」
「つまり、軍から唐公派ではないと見られているのが宗介」
「そうですわね」
「なるほど、千早宗介がドック海明の責任者に通ったのは、軍から見たら彼が唐公派ではなく、唐公派から見たら唐公家の親戚だから。なるほど、両者が納得しうる虹色の人材」
納得げにいう氷華に、セシリアは、でも、といって注意を付け加える。
「ですが千早家と唐公家が親戚というのも厳然たる事実で、宗介の父千早退助が軍内の派閥闘争で失脚したおりには、唐公は宗介が軍に留まれるよう援助したという事実もあります。こんな状況になれば宗介がどう動くは不明ですわ」
なるほど。と、氷華は思った。
いくら公私を分けた男でも、恩人を殺されたら出方はわからない。たしかにそうだ。
「海明星には、唐公の邸宅と恒星衛社の本社があり、海明宙域が唐公派の本拠地なのは知っていますわよね」
それは、いわれるまでもなく氷華も知っている。
「で、このばあい問題なのは、恒星衛社の部隊であるプリンス・オブ・エシュロンのドック海明の使用の割合ですわ」
氷華は、セシリアの言葉で情報が表示されているモニターへと目を落としてから
「全体の5割から6割がプリンス・オブ・エシュロンで、残りが軍とその他軍事関連企業」
と、目にした情報を口にした
つまり軍が管理するドック海明は、利用者はプリンス・オブ・エシュロンが多数を占め、存在する場所も唐公派の本拠地。
このような条件が揃い、自然ドック海明は、唐公派の宇宙での最大拠点となっていた。
「で、その千早宗介が翻意した場合、ドック海明は、責任者も、利用者も、ドックがある場所も唐公派一色ですか」
「ま、極端に言えばそうなりますわね」
セシリアのそのことばが終わると、氷華は天儀へジト目を向け
「司令は、千早宗介を拘束するおつもりなのですよね」
と、確認するように問いかけた。
「それは、場合によってだな。必ずというわけではない。私は、ドック内で宗介長官と会談を持つが、陸奥強襲部隊の中でも選りすぐりを10名同行させる」
氷華は、この言葉を聞いて、天儀が艦内の施設で訓練に励む強襲部隊員たちを訪ねていたのを思い出し
「だからあんな汗臭い場所へいって、何か打ち合わせをなさっていたのですか」
思わずそう口にした。
このおり氷華は、秘書官モードで同行したが汗臭くて辟易したのだ。
「そうだな。そして、第三艦隊の司令部がいまドック内にある。私としては、宗介長官に第三艦隊司令官へドックの指揮権を移譲してもらい、宗介長官へは朝廷へ自ら出頭することをお勧めするつもりだ」
天儀がいまいったこれが、今回のドック海明の行きの真の理由だった。
千早宗介は、唐公派からは唐公の親戚で、隠れ唐公派と認定されている節があり、
――ドック海明は、プリンス・オブ・エシュロンの本拠地。
という認識が唐公派の中では少なからずある。
そんな宗介が、ドックの長官を降り、第三艦隊司令官へ権限を移譲してしまえば、唐公派は宇宙での拠点を失い反抗の芽は完全になくなる。
だが乗り込むとなればドック内の安全や管理はどうなっているかだ。
「我々からしても、軍人だからといって武器を携帯しているわけではありませんが、ドック内のルールはどうなっているのですか。天儀司令の安全の確証がなければ、秘書官として司令のドック入りは同意できませんが」
「警察業務にあたっている軍警察以外の武器の携帯は禁止されていますわ。通常通りの管理がされていれば、基地内で武器を持ち歩くのは難しいはずです」
「今のところドック海明は、平常に運転されている。何か動きがあるようには見えないな」
「ええ、プリンス・オブ・エシュロンにせよ、第三艦隊司令部にせよ。どちらかが、おかしな動きをすればドック内で戦闘ともなりかねませんわ。お互い様子を見ているのでしょう」
セシリアは、言葉が終わると目の前の二人の目の前に、展開していたドック海明の一部分を指定し拡大。
「今回、天儀司令と宗介長官は、軍専用港となっている区画で面会となりますわ」
と、いってから更に操作し、口にする区画を色付けしつつ説明を続けた。
「ドック海明は、大きく分けて主要港が六つ、その内の二つをプリンス・オブ・エシュロンが利用し、それと反対側の二港が軍専用ですわ。
そしてドック海明は、軍の意向から基地の管理業務の多くに、下請け企業の民間人ではなく、生粋の正規軍人を充てています。
プリンス・オブ・エシュロンの専用港となっているような場所でも警察業務は、軍警察である特務機関が担っていますわ。仮に天儀司令の暗殺を企図しても、行動を起こすのは難しいでしょう」
セシリアの説明が終わり、
「陸奥単艦というのが、我々が宗介と単に交渉して帰るだけと思われている可能性もありやなしや」
氷華が、冗談のように軽くいった。
「まあ、戦力の少なさは、不必要な警戒を招かないといった利点はありますわね。ただ結局、海明宙域が唐公派の本拠地といっても、同宙域には第三艦隊司令部と麾下の艦隊があるのが、プリンス・オブ・エシュロンが動けない理由ですわね」
セシリアの言葉を天儀が受けていう。
「仮に唐公派が行動に出るならば、その場合、プリンス・オブ・エシュロンの戦力を集結させ、第三艦隊へ圧力をかけ、戦闘なしで第三艦隊を海明宙域から押し出すのが最も好ましい。まあ、彼らが最も好ましい手段を必ず取るとはかぎらんのだが」
「今のところ、そういった動きはありませんわ。ですからドック責任者宗介長官との会談を唐公派に妨害される可能性は低いでしょう」
セシリアと天儀のやりとりとジト目で聞いていた氷華が
「戦力の配置と基地内の状況から、天儀司令がドック海明に入っても唐公派は静観をすると」
そう結論付けると、3人が同時にうなずき、陸奥全体がドック海明入港の準備に取り掛かったのだった。




