4-(3) 心得違い
ところは引き続き天京の集光宮。
そこには集光殿というひときわ大きく華やかな建物を中心に、数々の瀟洒な宮殿が建ち並でいる。
いま、それらの崔嵬たる宮室が陽光をうけ、黄色の瓦風の屋根をけオレンジ色に輝かせていた。
まるで何か慶事が、あったかのごとく……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
復命した妙高、羽黒の両艦長を待っていたのは、上機嫌と見える帝だった。
二人は惑星天京に降りたその日に謁見が許されていた。
一日と待たされず、戻ってすぐの謁見。
二人は、これを帝の上機嫌と見て、
「帝は、それほどにお喜びか」
と、喜々として集光殿へ足を踏み入れていた。
だが、これは急き立てられるような性急さがあったと見るべきだった。
集光殿の朝集の間に入った妙高艦長と羽黒艦長は、帝の前に前かがみで進むとグランダ国ふうの跪拝を行った。
そんななか取次の廷臣が、二人の提出した報告書を帝へとうやうやしくわたしている。
朝集の間で、右膝立ての片膝づきで、右腕を立てた膝にのせ、左手で地をつきじっと帝のお言葉を待つ二人の表情は硬い。
嬉々として復命した妙高と羽黒の両艦長だったが、帝を前にして、どう思われているのか、どんなお言葉があるか、不安がないといえば嘘だ。
世間では、すでに唐大公の死は出回っており、
――誅殺。
として話題になっているが、実際に帝がどう思われているかはまったくの不明。
現にまだ朝廷からは、目立った動きはない。
桑国洋を中心に、朝廷が準備した唐公家の皇族指定の停止と、財産凍結はまだ発行されていない。
そもそもとして、帝が個人的にお思いなのかなどは難しい問題だった
朝廷が、いや世の中全体が、唐公派の排斥に動いても、帝の心の深奥にある思いは、真逆だということもありえた。
実は個人的に唐公とは親しくしており、その死を沈痛していたなどとなれば、携えてきた報告書は逆効果だ。
二人が、天儀から渡され、その内容に満足して携えてきた報告書には、
――唐公への嫌忌。
という感情の色が、ふんだんに文面から匂い立っている。
帝が、そんな報告書に目を通すなか、跪拝し、床を見つめ続ける妙高と羽黒の艦長二人。
朝集の間は広いく、そこが静まり返り、その静けさに冷えさえ思うが、二人の顔は熱く、腋間に汗を覚える思いで沈黙に耐えていた。
朝廷は、唐公や唐公派と激しく対立することもしばしばだったが、よくよく考えてみれば、帝が唐公や唐公家を悪くいったなどとい話は、聞いたことはない。
緊張する二人に、
「なるほど唐公は、長年にわたり国につくしてきたが、何事にもはばかりというものが欠けていた。朕を欺いていたとは、それを討った両将は褒詞に値する。なにか望むものがあれば言うがよい」
そう言葉が降ってきた。
二人は、この帝の発した言葉に床を見つめながら安堵し喜んだ。
何しろ皇族を討ち取るとは前代未聞である。
よくよく考えれば恐ろしいことで罪を問われかねない。
二人の総身から、硬さが抜け、表情にホッとしたものが出た。
だが、ここで帝のかたわらに控えていた太師の子黄が、異を呈した。
「往古、晋では献公の死後、国政が乱れ、臣が君を弑し新たに君を求めることを繰り返し、君主の権威は萎えました。
一度、弑を許せば、晋の文公でもその崩落を止めることが出来なかったのです。唐公は安帝から数えて三代目で、その身は尊貴です。これを害したとなれば罪を問うべきです」
晋の文公とは、春秋時代に斉の桓公と並び最高の評価を受ける名君。
十九年にわたり天下を周遊し晋の君主となるが、周遊といってもその実、放浪である。艱難辛苦の末に出来上がった深みのある人格を含めれば、春秋時代は文公が最上といっていい。
文とは諡号の最上位でもある。
そんな名君でも、一度乱れたものを元に戻すことはできなかった。
文公の後の晋の君主の権力は、代を重ねるごとに衰微し、ついに国は家臣によって三分され晋という国は消滅する。
つまり、太師子黄は
「都合の悪い皇族を殺して利益を欲しいままにさせれば、都合の悪い帝を廃して利益を得ようとするものが必ず出る」
と、強く諫言したのだ。
グランダ皇帝は、広大な宇宙、7の星系と8の惑星を一つにまとめるには国家象徴。
皇帝だけでなく、その尊い存在の血縁者である皇族の存在も重い。
唐公がグループの代表をつとめる恒星衛社が、巨大となったのも、その尊い血縁がゆえだ。
太師子黄の言葉に帝が、
「しかし逆臣を討ったのだぞ。褒詞は必要であろう」
と、応じた。
しかし太師子黄は、引き下がらない。
「許してはなりません。皇族を害して褒められるとなれば帝を害せばどうなるのでしょう。それを考えるものが必ず現れます。誅すべきです」
そして
「両将の上官である第二戦隊司令天儀についてもよくお調べになるべきです」
と、はっきりと付け加えた。
何事にも帝第一の太師子黄にとって、唐公の落命による恒星衛社の凋衰は好ましいが、貴人殺しという点は認めがたいものがある。
そして天儀は、自ら復命せずに、部下二人を帰してよこした。
先ず、あらわれた二人の態度が、太師子黄を不快にさせた。
妙高と羽黒の両艦長が、体貌に喜色まとっている。貴人を殺害して、誇り喜ぶ様子は、醜悪で見苦しく受け付けがたいものがある。
加えて、提出された報告書は、まるで妙高と羽黒が主体的に動いて唐公を討ったように書かれており、太師子黄は、
――二人を生贄にしたな。
と、ここに天儀の狡悪を見た。
拘束し、引き立てるとまではいわないが、召して問うべきだと子黄は確信した。
皇族を殺したようなものが、増長し制御できなくなれば、唐大公という害を除いたのに、新たに天儀という害に変わっただけとなりかねない。
内に狡猾な野心を抱くものを、大将軍へ任命すれば手がつけられない。
大将軍の権限は、戦場にある帝である。
大将軍は、人事と昇進賞与の自由だけでなく、戦場においては処刑の権限まで有する。
太師子黄の発言で、朝集の間の空気が変わっていた。
子黄の姿で、二人に降り注いでいた日差しが陰り、群れた黒雲からは、天譴が落雷となって落ちようとしていた。
落雷は、高所へ落ちる。
雷をくらわないようにするには、ひたすら身を低くし、潜むしかない。
そして、二人が、一息つき気を緩めたところでの太師子黄の激烈な言葉。
いま、妙高と羽黒の両艦長は、不意を突かれた形となり、驚き焦り身を床に伏せ小さくなるだけ。
太師子黄のからの出る圧力も凄まじく、抗弁しようにも二人は顔が上がらず声もでない。
それ以前に朝集の間入って、帝を目の前にしてから緊張で喉が渇き、舌が干上がり、口などとても回らない。
――寝不足と緊張で脳が働かん。
これが、集光殿の床にはり付けられるようになっている妙高艦長が覚えた焦燥感からくる思い。
妙高の艦長は、昨晩は、身の安泰を思うと喜びからくる高揚感でよく眠れなかった。
そう自分も羽黒艦長も唐公派。
それが誅殺で華麗に皇帝支持に乗り換えるという処世術はどうか。
妙高艦長は
――自分たちは、美味しい
と、栄達すら夢想し、興奮で寝付けなかった。
自分の横で青くなって慄える羽黒も似たようなものだろうと、妙高艦長は思った。
妙高艦長だけでなく、唐公派から寝返った二人には、罪悪感もあり、
――下手に言い訳すれば、もっと見苦しい
とも思い。
ただ帝の判断を待った。
ここで帝の感情を逆なでするような行為は状況を悪化させる。
ただ、静黙して待ったほうがよい。
そんな二人の希望を打ち砕くように、
「臣は、両名には、大逆罪の適用が好ましいと考え、これを以て昧死して奉ります」
そういって太師子黄が、発言を終えていた。
――殺す相手を目の前にして、その進言をする。
これが太師の子黄であった。
両艦長も太師子黄を知っている。
帝の傍に控え、口を開けば常に異を呈する盲目の老人という程度ではあるが。
子黄は、先帝が幼少の頃から使え、先帝に常に苦言を呈した太傅。
今の帝になっても、そばに控えて諫言や苦言しかしない老人である。
凡庸、いや愚人とも言えた先帝の傍らに常に居て、苦言ばかり吐いても遠ざけられなかった子黄を、二人は知らなすぎた。
状況の急転に青くなる二人へ、帝が言葉を下した。
「両名は、褒詞にあたいするが、皇族を害した罪はお大きい。逮捕せよ。朕は褒詞も下すが、皇族を害したことは議会へ下す。両名は沙汰を待て」
妙高、羽黒の両艦長は、上から降る声に凍りついたようになって動けない。
「皇族殺し」
が、議会をへて裁判所にまわり、判決で大逆罪が通れば即日執行される。
――自分たちは、数日以内にないに死にかねない。
と、二人は慄然としたのだった。
二人は腰が抜けた状態で、衛士に引きずられ退廷した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日の内に議会へ
『皇族殺しによる大逆罪の適用』
が、下問され、二人は、議場で唐公の不忠と、帝への忠節を弁明とした。
だが政府は、唐公の権勢はじゃまであったが、それと同じように帝の権力が増すことも恐ろしかった。
二人が、必死になればなるほど、与党議員を中心に議会全体が不信感をつのらせたのだ。
議会内の皇帝派は、当然、適用を支持し、これに少なくない数が同調しグランダ議会は大逆罪を可決した。
裁判では皇族殺害のみが争点となった。
上告はない、二人は断頭台のつゆと消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実質、惑星一個を支配下においている唐公家は、海明宙域では支持者も多い。
唐公派を裏切った二人を、唐公誅殺の首謀者として処刑してしまうのは、唐公死亡で怒れる唐公派の溜飲を下げさせるのには何より役立った。




