4-(1) ドック海明へ
唐公の誅殺から数時間後。
宇宙戦艦・陸奥は、その流線形のボディに赤や青、緑のナビゲーションライトを輝かせ、黒い宇宙を進んでいた。
ドック海明へ向かう、その姿は、さながら真っ暗な海の底を、体を明滅させながら泳ぐ深海魚のよう。
広大な宇宙空間にあっては、人類も深海魚も同じ。姿を隠すより、自身の存在を知らせることが重要。
小型のドローンから巨大基地まで、あらゆるものが宇宙では発光体だ。
そんな輝く船体の中、陸奥ブリッジあって電子戦指揮官および秘書官の千宮氷華は懸念を抱えていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥ブリッジで氷華は、目下の懸念を天儀へ問いかけた。
「いまから海明宙域、いわば敵の本拠地に入るわけですが、単艦で大丈夫でしょうか。妙高、羽黒のどちらかだけでも残すべきだったのでは」
「だからこそだ。これららドック海明へいく。彼らの随伴は好ましくないな。変心して後ろから刺されたら困る」
氷華が、ジト目をそのままに、むむっという顔をしてから、確かにと納得した。
両艦の艦長は、唐公派として有名だった。随伴すれば、氷華の電子戦室が監視をし続けることになるだろう。
それは手間だった。
最初から信用していないなら帰してしまうというのは、合理的ではある。
「セシリーは、随分と世間体を気にしていましたが、大丈夫でしょか」
氷華が次に疑問に思うところを口にしていた。
軍内で嫌われている恒星衛社だが、世間ではどうか。
氷華が思うに、やはり嫌われている。
帝の権威が高まるともに、その後を追うように唐大公という巨大な存在が首をもたげ、隠然たる力を持ち国内に蟠踞し、政界に唐公派などという派閥が形成されるようなったのだ。
グランダ議会は、与野党に加えて、三つ目の存在朝廷の勢力があり、そこに新たに唐公派が加わり、四勢力がときには対立し、ときには合同し、状況によって集合離散するという状況になっていた。
――あまりいい噂は聞かないですが、隠然たる力を持つ唐公を誅殺すれば反響が大きい。
と、いうのが氷華の危惧だった。
唐公の死で、起きる大波が、どこへ向かうか氷華には見えない。
「軍では嫌われていますが、唐公を支持する人々もいるのも事実です。現に、いま入ろうとしている海明宙域では、唐公は慕われているように思いますが」
「世の中そう甘くはない。恒星衛社は、これを機会に排斥されるだろう。議会内で嫌われているという事実は重い」
氷華の疑問に対し、天儀の応答は断言的だ。
まるでこのあとの展開がはっきり見えているように。
だが、それでも不安の消えない氷華は
「そうでしょうか。唐公家の支配は、海明星だけでなく第二星系全体ですよ。大丈夫でしょうか。星系まるまる1個の支持があるというのは私には重いように見えます。」
より具体的に懸念を口にした。
「10数年前ならいざしらず、今の政府は健常化している。第二星系内で、絶大な権勢を誇っていた唐公の死という機会を見逃さないだろう。唐公家の扱いには手を触れずとも、必ず社の解体に入る」
それでも不安げな氷華へ、天儀は微笑してから
「帝に甘さはない」
と、いった。
天儀は暗に、唐公誅殺は、朝廷へ根回しがあり、皇帝の了解があると氷華へにおわせたのだ。
そして天儀は、さらにダメ出しように、いったあとに口元に、思わず吹き出すような笑みを見せた。
氷華は、
――その笑顔はずるい。
と思い押し黙った。
真剣な顔に、突如愛嬌のある笑み。
そんなふうに笑われては、丸め込まれるしかない。と思い、なんとも、もどかしかった。
ただ氷華は、もどかしさの先に、皇帝もしくは朝廷から暗黙の了解のようなものがあるとは気づいた。
「根回しはなさったのですか。なるほど、そこは抜かりがないと。私たちはドック大光にあった陸奥ブリッジで、最初この計画を聞かされた時には恒星衛社を倒せると、浮かれていましたが、確かに独断でこんな行えません」
生真面目にいう氷華。天儀が、たまらず一笑した。
氷華から見て、その笑いはまるで
――物は言いようだな。そういわれると、そんな気もする。
というような軽薄な色が混じった笑い。
あわせて氷華は、天儀が言葉の直後に笑いを見せたことで、けげんなものが胸懐から抜け切らない。
「本当に、大丈夫なのですか」
氷華の抜け切らないけげんが、天儀への確認の言葉となって出ていた。
氷華からすれば、唐公の訃報に、軍人は誰もが喜びそうだが、政界や朝廷がどう動くかなどとても知れない。
仮に唐公誅殺が、法的に正当性がないと認められなければ、危ういどころの話ではない。
だが、天儀は
「その時は、その時だ」
そう軽く流してしまった。
氷華がジト目を強くしながら天儀へ向け、そして嘆息した。
いま氷華の目にする天儀には、唐公誅殺が、法的に誅殺として認められなければ、仕方ないというような色さえある。
この天儀の態度は、氷華に、よほど自信がるのだろうが、駄目だった場合は潔く諦めるという割り切りさえ感じさせた。
――もう、これ以上、問い詰めても何なさそうね
と、氷華が思うなか、天儀が
「帝は、私をお使いになる。外を攻めるには、先ず内がためから。腹が痛くては、戦おうにも剣など抜けない。恒星衛社の排除は戦争を再開するには不可欠だ」
そういって眼光を鋭くしていた。
なるほど、氷華からして、唐公と恒星衛社の存在は、グランダにとっては頭痛や腹痛のようなものだというのはわかる。
――腹痛は、戦う前に治しておきたい。
こう思えば、戦争前に唐公と恒星衛社を排除しておく合理性もある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
氷華が納得するなか、陸奥は目的地であるドック海明へ近づいていた。
いま、陸奥が向かう大規模軍用ドック海明の責任者は、千早宗介。
千早家は、唐公家とは縁戚。
唐公誅殺は、陸奥がドック海明に入る頃にはグランダ国内に出回っているだろう。
唐公の親戚である千早宗介が、陸奥と天儀に対してどう出てくるかは、全くの不明だった。




