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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章二、唐公誅殺編
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3-(8) セシリアの杞憂

 部下へ指示を出し終え、あとは天儀てんぎの報告書を待つだけのセシリア。


 セシリアは情報室を出て、ブリッジの中央の天儀へ目を向けると、すでに天儀は艦長用のコンソールを前に真剣な顔。報告書の作成を開始していた。


 報告書を作る天儀の横には、すでに千宮氷華せんぐうひょうかの姿がある。


 セシリアは、天儀へ近づきつつ

「艦の管制かんせいは、大丈夫でして」

 まず氷華へ柔らかく言葉をかけた。


「はあまあ、公子軍こうしぐんの艦艇が、異心いしんを起こして反逆してきたらボーンですね。11隻のコントロールは陸奥下にありますから」


 無表情のジト目氷華が、そういいつつ右手で拳を作って上げてパッと開いた。爆発を意味する動作なのだろう。

 

「あら、お怖い。妙高みょうこう羽黒はぐろは、平気でして。隙きを突かれて、すでにどちらかの艦から唐公死亡の急報が出回っているなど、私いやですからね」

「そっちも怪しい動きをすれば、ボーンですね」


 釘を刺すセシリアに、またしても氷華が、右手で爆発のジェスチャーをしながら応じた。

 それにセシリアは内心嘆息。

 セシリアは、電子戦の指揮官である氷華へ部下任せにせずに、自身で他艦の監視かんしを行うべきでは、とやんわりと問いかけたのだ。

 

 だが、会話の最中も氷華の視線は天儀に釘付け。

 

 ――今は、秘書官の業務中。

 と、いう氷華のかたくなさが体貌たいぼうからでている。


 そんなふうに熱心に視線を向けられる天儀といえば、二人の会話など、気にせず書類作りに勤しんでいる。

 天儀もいかに早く軍へ報告書を送るかの重要性は認識するところ。今の天儀は、報告書作りに没頭しているといっていい。

 

 セシリアとしては、氷華を信用していないわけではないが、ここは重要な局面なのだ。少なくとも天儀の書類が、書き上がり

 ――わたくしが、報告書を参謀本部さんぼうほんぶへ送信するまでは、電子戦指揮所でんしせんしきじょにいて欲しいのですけれど。

 と、いう思いが強い。

 

 氷華は、そんなセシリアの不安を察しているのかいないのか


「砲撃を受けブリッジが大破した唐公座乗とうこうざじょうの戦艦の消火作業は、もう終わっています。ダメージコントロール班もあと1時間で、戦艦から撤収てっしゅうです。戦艦の乗員の避難も30分で完了する予定ですね」


 そういってセシリアへ、作業状況をしめす画像を提示してきた。

 被弾した艦橋かんきょう部分に、薄緑色のアメーバ状のものが付着している。

 粘着性ねんちゃくせい消火剤しょうかざいで、これで被弾で生じた開口部が覆われている。艦の内部は隔壁で遮断しゃだんされた状態だろう。

 

 セシリアは、画像を見せられ

「あら、秘書官さんらしいお仕事ですわね」

 と、いう皮肉の言葉をぐっと飲み込み黙った。

 

 氷華が大丈夫というならもう信用しよう。と、セシリアは不満の思いを遮断した。

 それに天儀が、氷華をここにいることを許しているのだ。まさか書類作りに集中しすぎて、氷華が電子戦指揮所から離れているのに気づいていないということはあるまい。

 

「妙高に、被弾した戦艦のコントロールを渡して天京てんけい宙域まで、曳航えいこうしてもらいます」


 黙るセシリアへ、氷華が妙高と羽黒を含めた13隻の今後予定を淡々とつげていた。


 氷華からすれば、いま秘書官モードの自分へ話しかけてきたのだから、セシリアは秘書官の所管しょかんする事柄で何か知りたいことがあると推量すいりょうしたのだ。

 

 そして、いま秘書官へたずねるとなれば、一番知りたいのは、降伏した艦艇11隻の状況や、それらの今後の予定だろう。

 

 セシリアは、氷華の言葉に、何と応じたものかと、とりあえずお礼の一言でもと考えたさなか、目の前から声がかかった。


「セシリー、気持ちはわかるが、そう心配するな。唐公の死と、パーフェクト・ゼロという状態でコントロールを乗っ取られ、彼らは茫然自失ぼうぜんじしつといったところだ」


 天儀が顔を上げていた。天儀は、報告書を書き終えたのだ。


「なるほど、反抗的はんこうてきな態度を取れば、自分たちも唐公のように宇宙のちりとなると、船の中で縮み上がっているというわけですわね」

「そうだ。せっかく命拾いしたんだ。下手な行動には出ない」


 天儀は、セシリアへ応じてから、続けて氷華を見て


「それに、大丈夫なのだろう。この状況で、更に艦艇が爆沈ばくちんすることになると流石に困るが。追加で報告書を書かねばならなくなるのは避けたいのだが」

 

 そういって、口元にほのかに笑みを見せた。

 氷華が、この言葉に、なるほど、というように応じていう。


「そんなことを心配なさっていたのですか。大丈夫です。当然です。いま指揮所しきじょの席にいるのは電子戦司令部サイバーフォースでも生え抜きです。不意打ちや、隠密行動おんみつこうどうを見逃すことはないでしょう」


 そういう氷華は、セシリーも心配なら、はっきり問えばいいのにといった風だ。

 セシリアの不安と、気遣きずかいが台無しだった。


 セシリアとしては、あからさまに問えば、電子戦指揮官殿のプライドを傷つけかねないと気を使ったのだ。

 

 ただ、

 ――何故、氷華さんはここへいらっしゃるのかしら。今、持ち場を離れるのは危険でしてよ。

 

 そんな不満の思いが先立って、声に険のある色が出ることを気にし、はっきりと問えなかったというのはある。

 

 微妙びみょうな気分に、さいなまれるセシリア。

 そんななか、天儀が、セシリアの手元の携帯端末へ報告書を転送。


 セシリアは嘆息してから受け取ったデータへ目を通すことにしたのだった。


 ――問題ない内容ですわ

 

 内容を確認したセシリアは、報告書を情報室へ転送、唐公との通信データや交戦ログと共に、軍へ送る指示を出した。

 一刻も早く状況と、結果を報告しておく必要がある。

 

 ――時をおけば、第二戦隊の立場があやうい。

 これが、早々に書類を作成した天儀と、書類提出の速度を重視するセシリアの一致した認識。

 

 報告書では、唐公と、その艦隊が第二戦隊を実力で排除し、進もうとした事実を明確にしておいた。

 

 やはりこういうことは、真っ先に報告したもの勝ちというところは否めない。

 軍内では、唐公誅殺とうこうちゅうさつ一報いっぽうに続いて陸奥から送られるこの報告書で、事件の心象しんしょうが決定づけられるだろう。

 

 セシリアが自身の端末から顔を上げるとともに、


「で、次が二艦の艦長たちへ、携えさせる報告書だ」

 

 天儀がそういって、今度は、セシリアだけでなく、氷華の端末へもデータを転送した。

 

 書類作成なのどの庶務にも長けるセシリアだけに確認させれば問題ないが、本来この手の書類の確認作業は、秘書官の所管しょかんだ。

 天儀は、氷華へ気を使ったといえる。


「あらまあ、めそやして、これではまるで、妙高と羽黒が唐公誅殺の首謀者のようですわ」

「ほんとです。唐公を討ちたくて流行はやる気持ちを抑えながら、天儀司令の指示を待って、命令で即座に砲撃。彼ら自ら唐公を討ったようです」


 内容を確認した二人が、交互に声を上げた。


「彼らに、内容を確認させてから封密ふうみつする」


 天儀は、そういって、問題ないか、というように氷華を見た。

 それを受けて、氷華が、それとなくジト目をセシリアへ向ける。

 視線を受けたセシリア。


 ――なんのかんの言いましても、秘書業務は、まだ一人では不安ですのね


 セシリアは、氷華の仕草に微笑ましさを覚えつつ、問題ない内容ですよ。と、目でうなづいて応じた。

 

 セシリアとしても、こんな電子戦の天才に、頼られるのは悪い気はしないそれにもう氷華は、セシリアの大切な友人だ。友人手助けになるなら歓迎だった。

 

 氷華は、セシリアのお墨付おすみつきをもらうと、天儀へ、大丈夫です。と、すまして応じてから、通信オペレーターへ妙高と羽黒へ繋ぐように指示。

 天儀の書いた唐公誅殺報告書を転送するためだ


 程なく陸奥ブリッジと、妙高と羽黒のブリッジの通信が開かれ、両艦の艦長は、

 ――敬礼した状態

 で、映像に映し出された。


 通常は、通信が開いてから敬礼なりの挨拶をする。

 それが通信が開いた途端とたん、敬礼した状態の映像で繋がる。


 これは、いそいそと敬礼したところで、通信を開くように指示する両艦長の涙ぐましい努力のあとがうかがえるとともに、

「絶対に逆らわない」

 という両艦の艦長の強い恭順きょうじゅんの態度もしめしていた。


 天儀は、そんな二人へ笑顔で報告書を送り

 

「もし修正したい点や、付け加えて欲しいことがあれば遠慮えんりょなくいって頂いて大丈夫です。不備はありませんか」


 そう下手に出て、確認を促した。


 両艦長の目が、素早く動く、顔は真剣だ。

 唐公派の二人からすれば、この報告書が自身の運命握りかねない。


 誅殺ちゅうさつ大功たいこうだと、喜び勇んで、帝へ復命したら、内容が両艦長の不義ふぎをいい連ねたものだったらたまらない。


 そんな用心すらして、妙高と羽黒の艦長は、天儀から渡された報告書を確認したのだった。

 

「問題も何も、素晴らしい」

 

 これが、疑心と不安を抱えながら書類へ目を通した二人の感想。


 ――特に付け加える部分はない。

 と、二人は思った。


 内容は、まるで妙高と羽黒が、主体的に唐公を誅殺したような内容で書かれている。


 ――誅殺の殊勲しゅくんは、我らにあるのか。

 とさえ、二人は思い。

 顔に喜びからくる明るみがさし、先程まで硬かった二人の目元と口元がゆるんだ。

 

 報告書は、妙高と羽黒の二艦が、天儀を催促さいそくし唐公を討ったようにすら読み取れる。帝に取り入りたい両艦の艦長からすれば、歓迎すべき内容。

 

 二人は、喜色きしょくを隠しきれずに天儀へと敬礼し、問題ないこと伝えたのだった。

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