14-(9) 復命
陽光をうけ、キラキラとオレンジに輝く瓦風の屋根。アジア風の瀟洒な宮殿の群れ。
天儀が1人、集光殿のなかを進んでいた。天儀は礼装に身をつつみ、肩で風を切るよう、堂々としている。
昨日の早朝、大和率いる中軍はグランダの首都惑星天京に静かに帰投。帰投の翌日である今日、天儀は皇帝へ復命するために集光殿を進んでいる。
これは、ずいぶんと急ともいえるお召だ。
秘書官の千宮氷華などは、このお召を知って、
「今日帰ってきて、明日顔をだせとは、帝は随分とせっかちさんですね」
と、いったぐらい。
なお、そういう氷華がいるのは、ドックに停泊する大和の大将軍室、つまり天儀の私室で書類作りの真っ最中。氷華は普段のブリッジでなく、天儀の私室と意識すると、どこか落ち着かないが、周囲に人がいないので言葉づかいも砕けたものでいいので楽だ。
ただ全軍の長の私室となれば執務室も兼ねるので、氷華たちが与えられるような個室とは違うし、自宅の部屋というような雰囲気からは程遠いが。
そして帝を、せっかちさん、といった氷華からすれば戦勝からもう1ヶ月以上、ここまでくると2,3日伸びようと大差がないように思う。遥か彼方のミアンから帰ってきてすぐに顔を出せとは性急だ。
天儀が氷華の、
――せっかちさん。
に、苦笑。
「私と帝はお友達ではないからな、戦争中の直接のやり取りもない。私が人を介して陛下の状況を知るように、陛下も私が何をやっているか人づてにしか知れない」
天儀はそういって性急なお召を説明した。
「でも明日は土曜日ですよね?」
それがどうした、というような顔の天儀。
いえ、土日は本来なら休日ですが?と氷華は天儀のにぶさに苦い。
――皇帝が土日を返上して、わざわざ会ってくれるなんてよほどですよ?
と氷華は思い天儀の顔をジト目で覗き込んだ。
「へー、やっぱりお気に入りなんですね」
お気に入り、とは天儀が帝のお気に入りという意味だ。
だって、そうでしょう休日に会いたい人間なんてよほど仲がいいか、好きかだ。と、氷華は思う。
だが、天儀は、
「どうだろうか」
と、苦笑した。
謙遜ですか?でも――、
「絶対そうですよ。大体です。お気に入りじゃなければ大将軍なんて重任には指名しませんが」
天儀がなるほど、という顔をしたが、
「確かに本来休日である土曜のお召には特別な寵があると見ることができる。だが、それに甘んじれば身を滅ぼす。巨大なものに近づけば、その巨体が身を揺すったときに潰されかねない」
と、頑なに応じた。
むむ、大人気ないというか、相手に話を合わせて流すというのを知らないんですか天儀さんは。私は天儀さんを「皇帝に目をかけられてすごいね」と褒めたんですよ?天儀さんは素直に「そうだね」と返せばいいんです。などと不快を感じる氷華の携帯端末にメッセージが着信。
――む?
と、思った氷華が画面に目を落とすと、ついたばかりのメッセージには差出人の名前がポップアップ。そこには、
『GG,天儀』(GGはグランジェネラルの略)
とある。
――眼の前にいるになぜメッセージを?
と、氷華がジト目を天儀へ向けた。
「もうこうして簡単には会えなくなるだろうからな」
ああ、確かにそうです。明日の復命でグランダ主力の中軍は正式に解散。もしかすると天儀さんとはもう顔を合わせることもなく、私は電子戦司令部へ戻ることになるかもしれません。
「俺の連絡先だ。受け取ってくれると俺としてはありがたいが」
そう爽やかにいう天儀だが、一人称が俺になっていた。
氷華からして理由はわかったが、
――ですが何故いまさら。
と、いう困惑がある。
そう氷華は天儀の個人的な連絡先などすでに知っている。私的な端末にも、こうして持ち歩いている業務用の端末にも登録してある。ただ、それを使用したことはないけれど……。
が、氷華はハッとした。
――あ、ハッキングして知っただけでした。
と気づき、
――あぶない。とんだストーカー行為がばれるところでしたよ。
などと思いつつ平静をよそおい、天儀の連絡先を登録するフリをして誤魔化した。
――あ、あれ?これは関係が前進したんでしょうか?
戦争と多忙さですっかりそっちのけになっていたが、これはそういうことだろう。
そして氷華は手早く操作、
『遅いです。もっと早く教えてください』
と絵文字も交えて返信。
それを見た天儀がホッとしたように、
「これで大将軍府の天儀から、電子戦司令部の千宮氷華へ私用で連絡ということはなくなったな」
と、いった。
氷華はジト目に、ああ、という納得の色。
個人的な連絡先を交換していない場合、確かに連絡をつけようと思えばそうなる。
大将軍から連絡があれば、電子戦司令部は大騒ぎだろう。
――なにせ天儀さんは、星間会戦に勝った大物ですから。
そんなやり取りをへて、天儀は今日、集光殿を進んでいた。
今日のお召には、土日を挟んだ上、月曜が祝日だったので、
「よい。朕は時を惜しむ。一刻も早く褒詞を与えたい」
と、帝があえて押して土曜日に復命を指示したというわけがある。
星間戦争の勝利は帝の悲願だ。
朝集の間に入った天儀は、グランダ風の片膝立ての跪拝。帝に拝謁した。
朝廷には重く独特の空気がある。世界が違うといってもいい。
帝への拝謁は、頭を切り替えてのぞむ必要がある。一晩でも間を置けたのは天儀にとってはよかったといえるだろう。
そして広間には太師子黄、寺中・大農卿の桑国洋の他に、議員で廷尉の国子僑が控えていた。
帝が床を見つめる天儀に問を開始。
天儀は大将軍なので、
――直答を許す。
という言葉はない。至尊の存在に対して直接回答が許される。
「会戦の話が聞きたい」
と、帝はいきなり切り出した。
褒めたいので無理を押して休日に呼べ、と命じた帝から出た最初の音は、褒詞ではなく、
――こうして休日に会っている。いわぬでもわかろう。
とう傲然さ。
帝は多忙で、いますぐに自身の興味のあるところ知りたい。そして帝から見て、天儀は誠実で従順な臣だ。朕の意図をくんでくれるであろうという甘えでもある。
「大将軍は朕に示し、事前に得算室で立てた策で会戦に臨んだと聞いてはおるが、そのとおりに行ったか?」
「はい。我が方が横に長く並べば、敵は必ず中央を突破してくると、わかっておりましたゆえにその策が当りました」
「朕は、いたずらに往古の習わしに従い、軍を中軍、上軍、下軍の三つに分けたが、これは時宜にかなっておったか?」
「古来より将は三軍を率いるといいます。これは現在でもあながち間違いではありません。1人で俯瞰できる戦場は常に三等分されます」
「朕もあらゆる戦場を調べたが、必ずしもそうでないと言えるのではないか。軍の規模が拡大すれば戦場を回るのに一日以上かかる」
「物事は単純化と記号化ございます。単純明快として事を成りやすくします。臣は、そのため会戦を自身の手から余らない形としました」
「それが最小の単位の三個に収めるということか?」
「はい。星系軍は艦隊と呼ばれておりますが、その実、機動性は海上より自由があり速度ははるかに快速です。これは地上での人馬の自由に近いです。つまり艦艇と言っても地上で会戦を行うようなものです」
天儀の言葉に帝が、
「人馬か?」
と、おかしそうにいった。この世にもう軍用馬など存在しない。
馬の調教は伝統化され残っており、軍には親衛隊や儀仗隊の名残で馬乗の部隊は存在するが、いまの軍隊で馬を使うことは儀式的なこと以外にない。
「失礼いたしました。馬とは機械化部隊や機甲部隊でございます」
天儀が恐縮していいなおすが、帝には表現の方法などさして興味がない。
「大将軍は秋津の内乱で、地上戦を行なったことがあるな。その際に馬は使ったか?」
「人は愚かです。争いとなればどんなものを使ってでも戦います。銃がなければ剣を、剣がなければ棒で、棒がなければ素手で殴りあうだけです」
つまり天儀は、あればなんでも使った、といったのだが、天儀の発言に場の空気が凍りついていた。
――人は愚かで、何を使ってでも争いを続ける。
という言葉は遠回しに戦争を批判しているとも受け取れる。
繰り返すが、星間戦争の勝利は帝の悲願。言葉は帝の微妙な部分に触れかねない。
だが、帝は特に気にしたふうもなく、続きを促した。
「ラバやロバ、ラクダは有用でした」
「なんと馬はだめか?」
「馬は最初に食ってしまいましたから。わかりません」
そういって天儀が笑った。
つまり天儀は冗談をいったのだのだが場は、
――は?
という微妙な空気。
帝だけが笑声を上げた。気を使ったのだ。
そして帝の笑声は朝集の間に、あって珍しい事だった。朝議での帝は努めて喜怒哀楽を示さないようにしている。帝の顔色をうかがって議論が左右してはこまる。
帝が笑声を納め再び問う。
「会戦の流れを説明せよ。何を志向して何をなした」
「上、中、下を横一列に並べ、中央が突破される前に、左右で回りこむというのが大筋の作戦でした」
「大将軍が、朕に事前に示した通りだな。だが大将軍の思惑を外されたらどうする気だった」
「外されても問題ない布陣としておりました」
帝はうなづくと、もっとも知りたいことを問うことにした。
「勝因はなんじゃ。簡潔に述べよ」
帝は軍からの報告はいくつも見たが、長くて要領を得ない。
そうなると戦争の帰趨を握っていたものが、つまり天儀が最もよく説明できるはずだ。
まず天儀は第一の勝因を、
「一に、中央の下軍の李紫龍が破れなかったこと。これが全軍に不敗をもたらしました」
といってあげ、
「二に、左翼の上軍のエルストン・アキノックが迅速に敵陣を突破したこと。これが決勝です」
続けて第三の要因を口にし、
「三に、右翼の中軍が、左翼に合わせて前に押し出したこと。これが敵の心を攻めました」
そして最後に、
「一がなくては、二がなく、三がなければ二は意味をなしません。」
といって締めくくった。
「なるほど簡潔である。よく分かった」
帝は天儀の言葉で、戦場で何が起きていたか上手く思い描け、
――やはり戦いを行った本人が、一番理解しており説明も上手い。
と、満足した。
「なるほど。では中央の李将軍は、殊勲であったというべきか」
「李紫龍以外成し得なかったことだと思っております。死に体でも死なない。相手をした将は不死身の者と戦っていると恐れたでしょう。」
「ではアキノック将軍の功はいかなるものか」
「敵の右翼を壊乱させた後、アキノック将軍は敵中央軍の無防備な側腹を見たでしょう。これをあえて無視して、直進したことは並のことではありません。」
「朕は、あれを艦長にすることで褒章したが、よかったか?」
アキノックは元々二足機隊の出身から戦功を評価されて、帝の恩寵で艦長となっていた。
「速いということは、ただそれだけで何より尊きことです。アキノックが決勝だったということを考えれば帝のご英断の左証、としか言いようがございません」
帝がこの言葉にうなづき、
「他になにか卓越したことはあったか」
と、問うと、天儀は少し間を置いてから、
「二つあります」
と、応じた。
「述べてみよ」
「中央のビスマルクを駆った足柄京子の先陣の努めは殊勲です。私は一度を指示しましたが、足柄将軍は二度やった。これは絶技です。そして三度目はしなかった。引き際も見事の一言につきます。先陣の功とはまさにあれを言うのです。李紫龍はあれで随分助けられたでしょう」
「先陣の功か。多惑星間時代にあって、これは面白いことをいう」
帝がそう発すると、天儀は控えるようなしぐさを見せてから二つ目を答える。
「次に防人隊の草刈疾風の働きは、冠絶しております」
「それだ。朕もそれは聞いておる。あれぞ神域であろう。」
「戦前、彼我の戦力を比較して、我が国が星間連合に確実に勝っていたと言えるのは、唯一草刈疾風だけと言えます。他は総て伯仲しており、優っていると言い切れるものはございません」
戦後、防人隊と疾風の活躍を評して防人隊は、
――神風隊
と、あだ名されるようになった。
天儀は会戦が終わった後に、防人隊の具体的な活躍を知ると草刈疾風へ、
「単独スコア108機を撃墜か。疾風、まさに我が煩悩を振り払ってくれたな」
と、笑っていった。
最後に帝は、天儀に望みの恩賞を問うと、これに天儀は即、
「特にございません」
と、断言した。
これに帝が、
「ないのか」
と、再度問う。めずらしことだ。
いや帝の提案を断るという天儀の行為こそめずらしいともいえる。
だが、天儀は、
「はい」
と答えて辞退をしめした。
これに帝の側に控えていた太師子黄が声を発した。
「わきまえよ天儀!帝に綿上山に火をつけさせる気か。帝は五蛇のうち一蛇も余さない」
子黄の声は体貌全体から出ており、その場にいたものは帝以外、顔面に激風を受けるような威圧感に襲われた。
太師子黄は言葉を発してから帝に向いて言葉を継ぐ。
「大将軍は畏れて、あえて欲の少ないことを言っているのです。後日恩賞を問えば必ず答えるでしょう」
天儀は、太師子黄のこの言葉に自分の愚かさを知り、ただ青くなって退廷した。
一番功を立てたものが辞退すれば、それ以下のものは恩賞をねだりにくい。
正しく論功が行われなければ、帝の威信はそこなわれる。
天儀の無欲は、帝をかんがみない自己満足でしかない。つまり不敬である。
太師子黄は、正しく皆の業績が評価されるように配慮したのだ。
普通、人は働いた分だけ評価されたい。それがなければ生きていて張り合いがない。
後日、天儀は宝剣をねだった。ただの宝剣ではない。
古代の国王が佩いたといわれる伝説の宝剣だ。値段は付けようがない。
宝剣は皇室所有の博物館に所蔵されている。帝は許可した。宝剣の管理は、そのまま博物館に任された。
*注釈
「綿上山に火をつけさせる」
「帝は五蛇のうち一蛇も余さない」
晋の文公に使えた介子推の話。文公は迫害され19年間天下を周遊し君主の座についた後に苦労をともにした家臣を報奨したが、ただ介子推だけが受けなかった。
介子推は綿上山に隠れたが、晋の宮門には、
「龍が天下を望み、五匹の蛇がそれを助けたが、龍が天に上ると家を与えられたのは四匹だけ。一匹の蛇だけいるべきところもないのに恨みすらない」
とう文章がかかげられた。
恐らくは介子推の従者が憤慨の末に書いたのだろう。文公は介子推に命を救われたのに、今ではそれをまるで忘れたようだ。従者の憤慨も当然といえる。
文公は大いに恥じ、介子推を探させたが、所在を掴んでも介子推は山からでないこない。
ついには山に火をつけ炙り出そうとしたが、介子推はそのまま焼け死んだ。という説話による。