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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十三、終戦編
120/126

14-(7) セシリアの心労

 講和文章、後に、

 ――星間百年宣言

 と呼ばれる文章の調印式は無事終了した。


 セシリア・フィッツジェラルドはこの様子を感慨深げに見守っていた。調印式の一切を取り仕切ったのはセシリアだ。


 ――いえ、天儀さんの最初の同士はわたくしですから。

 

 天儀の、

「戦争を再開し、終わらせる」

 という非常識に最初に賛同したのがセシリアだ。そう思えばやはりセシリアには感慨は深い。


 両国の辺境守備隊が偶発的に戦闘をしてから100年。第一次星間戦争の戦端が開かれて40年。星間百年戦争は、ここに終結した。

 そして第一次星間戦争の発端となったA・ゼークトが時の皇帝へ『惑星戦争計画案』を上奏してから45年でもある。


 調印式のこの日は、しくもA・ゼークトが自らの上奏文を初めて景帝へ力説した日付と同じだった。


 この瞬間より星間連合議会はグランダ軍の監督下に入る。星間連合議会は当面の間グランダ軍の承認なしには何もできない。


 大将軍本営の一存で、議決もくつがえされるし、議会への命令権が行使される可能性もある。

 

 一ヶ月以内にグランダから統治団がやってきて、星間連合との間で最終的な落とし所が協議される。


 星間連合が再び独立国家となるか、完全に併合されてしまうか、厳密には未定である。


 ただ見通しはあった。グランダと星間連合は、

 ――同君連合どうくんれんごうとなる。

 というものだ。


 これが世間一般でいわれる現実的な落とし所だろうと噂されている。


「同じ皇帝を頂き、互いの独立性を尊重する」

 星間連合に皇帝という象徴が現れるだけで、今までと何も変わらないという見通しだ。


 だが式の一切を取り仕切ったセシリアからいわせれば、

 ――そんな中途半端では終わらないでしょうね。

 という確証に近い見通しがある。


 そう両国間の首脳部の考えは、もっと先を進んでいた。


 両国は経済面では、ほぼ一体。

 多惑星間時代ラージリンクプラネットの星系間国家は、分裂ではなく、融合拡大という方針を貫いている。


 結局のところ広い宇宙を統治にするには各星系や大規模人口地点の自尊独立性は保たれるし、世界が拡大した結果、共同体という意識は強くても自分がなに人という意識自体が希薄である。

 

 軍人の忠誠心や、保守派でも過激主義者が持つような強烈なナショナリズムの方がこの時代には珍しいものともいえる。


 このような状況下で、100年も戦争を行い、戦争以外でもあらゆる協定を結んでいくなかで、両国が融合してしまうのが最も効率が良いという認識が知識層の間では常識化していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ところ変わって、場所は記者会見場。

 高い天井に広い床。広大な床は全面ペルシャ絨毯。天井には豪奢な照明。

 ここは結婚式や、展示会、何かしらの大きな会合に使用される最上級の広間だ。


 式の最中、戦争が終わったという感慨と同時に、

 ――天儀が何か粗相そそうをしでかさないか。

 と、ヤキモキしていたのがセシリア。


 そんなセシリアの心配をよそに調印式は終了し、場所は記者会見の会場に移っていた。


 大将軍府報道官で司会進行を務めるセシリアは、

「まだ気が抜けませんわ」

 と、決意を新たに、会見を見守っている。


 この豪華な会場で記者会見をおこなっているのは、もちろんグランダ軍。具体的には大将軍本営の責任者である大将軍天儀。


 記者会見では、今後のグランダ軍の統治より、両国の統合についての質問が殺到した。

 

 天儀は予めセシリアからわたされていたペーパー通りに質疑応答を進めている。


 そう事前に誰がどのような質問するか、そして順番も決まっている。

 ――けれどやはり気は抜けません。

 というのがセシリアである。


 会見は、建前は自由な質問を許可しているので、事前に届けた質問内容を直前に変えてしまうことは可能だった。


 ――重鼎じゅうていの時のような事になっては困りますわ。

 というのがセシリアの危惧。


 重鼎での天儀の会見は、今振り返ればその後起こる星間会戦や星間連合軍の敗北などの重大事件で早々に過去の出来事になっていたが、今回の会見での発言は長く後を引く可能性が高かった。

 

 セシリアは調印式終了後に会場から引き上げる天儀へ駆け寄り、


「今回の会見での発言は両国の今後に大きく影響を与えるどころか、大将軍ご自身にも重くのしかかります。くれぐれも重鼎の時のようなことはなさらないで下さい」

 と、かなり厳しく迫っていた。

 

 これに天儀は、少し緊張した面持ちで、


「わかっているよ。事前に届けのない質問には、恥をかくように見えても黙って耐えるのがいいのだろう」

 と、殊勝に応じたが、セシリアはまだ信用ならない。


 重鼎じゅうていのときも会見前の天儀は、従順にセシリアの忠告を入れていたのだ。それが会見では記者の挑発を前に、あの傲岸だった。

 

「そうです。即興は止めてくださいましね」

 

 天儀は深呼吸するようにしてうなづいた。表情は真剣だ。

 

 そんなやり取りがあってもセシリアは心配だった。

 記者は発言を引き出すプロだ。挑発して感情をかき乱すのも、気持よくさせて乗せて喋らすのも上手い。

 

 そしていま最後の質問者となった。

 

 記者が立ち上がり、


「将軍は、宇宙初の艦隊決戦で勝利されたわけですが」

 と、喋りはじめた。

 

「来た――」

 と、セシリアに緊張が走る。

 

 この後に記者からどんな言葉が続くかまだわからないが、出だしの言葉から事前に届けた質問をする気がないことは明らかだった。

 

 重鼎の時のように、また最後の質問者だ。おそらく星間連合の記者たちの間で談合され、このような手法が取られているのだろう。グランダだと中盤にイレギュラーな質問を入れて、揺さぶりをかけてくる。

 

 星間連合の記者たちは、これで最後だと気が抜ける瞬間を狙い失言を誘発しようと狙ってくるようだ。


 これが彼らのベターな手法でなくとも、先の重鼎での会見で、天儀相手にはこれが効果的だと判断されたのは間違いなかった。


「会戦での最大の勝因は、なんだったのでしょう」

 

 これで記者の言葉が終わる。事前に届けられた質問とは全く違った。セシリアが天儀を見る。天儀は記者を見つめつつも大人しく黙っている。

 

 セシリアが、頭のなかで言葉を整理ししながら思う。

 

 天儀さん自重ですわよ。わたくしが、今後包括的に研究精査してからでないと具体的な勝因は申し上げられないと言いますから。お願いだから何も言わないで下さいまし。

 そう思いつつセシリアが頭のなかを整理し、息を吸って声を出そうとした瞬間だった。

 

 天儀が気を発していた。

 その気が言葉をとなって吐かれる。


「それは、どういうことだ。質問が漠然としている。もう少し絞れ」

 

 記者は、そう尊大にいう天儀に少し驚きつつも、この天儀の反応に期待が高まった。質問した記者だけでなく会場内全体もだ。


「はあ、例えばです。両国の間の兵士の練度の差があったとか。つまるところ我々は星間連合軍にサボタージュがあったのではないかと疑っています」


「なるほど人災的な」


「ええ、事前評判では星間連合軍の電子戦司令部(フィフス・フォース)の能力はグランダを圧倒している。それが会戦直前に電子偽装に引っかかったという話です」


「何となくわかってきた。もう少し、要点を絞れないのか」


「自分としては、マグヌスと冠して呼ばれる天童司令長官の足を引っ張る何かがあったと考えています」

 

 セシリアの顔が引きつる。天儀は記者と会話してしまっているのだ。

 

 天儀の応答に、セシリアは、卒倒そっとうしそうな感覚に襲われ、同時に思わずひたいに右手の甲を当て少し反り返るような仕草をしてしまう。


 あれだけ再三、余計なことを言わないようにと釘を刺したのに天儀さんどういうことですの!?

 

 ――ひっぱたいてやりたい!

 と、いう激しさがセシリアの胸間を抜けていった。


 セシリアは笑顔を崩さないに必死だ。自分まで取り乱せば収集がつかない。

 いま会場内は、大将軍がイレギュラーな質問へ乗ってきたことで、期待感に満ちた空気が流れている。

 

 質問者も会見場に座っている記者たちも、天儀の失言がありそうだと内心細く微笑んでいるのだ。


 一方、天儀は記者の発言に天童政宗てんどうまさむねは星間連合の世論でいまだに人気があるなと感じていた。

 

 自分から失言を引き出したいのなら何も正宗の話題でなくともいい。


 世論の要求とメディア要求は、ときとして合一する。記者は、天童正宗は優秀だったという手合の言葉を天儀から引き出したいのだろう。戦った者同士が称え合う。特に勝ったものが敗者を評価すれば美談となって記事にしやすい。世間もその手の話を望んでいる。


 証拠にイレギュラーな質問をした記者は、天儀から問い返される内に、失言を引き出すより、美談を作り上げることへ質問の内容の重点をシフトさせていた。


 だが、そんなことを思いつつも天儀は、会場内の空気の変化も敏感びんかんにさっし、気分を害していた。

 

 会場内には、失言への期待による緊張ではなく、間抜けな男が落ちそうにもない穴に足を入れるさまを楽しむような陰険いんけん弛緩しかんしたような空気で満ちている。

 

 この空気と合わせ自分から失言を引き出そうとした質問に、

 ――不純。

 と、天儀は感じた。

 

 天儀の思考が冷たく冷え。冷えた天儀が、冷水を浴びせるように一言


「敵将が無能だったから」

 と、その冷気を放っていた。


 会場内が静まり返る。望んでいた失言に類される言葉だったが、あまりに酷い一言だ。

 天儀はつづけて、


「勝因は、この一事に尽きる」

 と、先に発した短い言葉を締めくくった。


 これでやっと会場はどよめいた。敗れたとはいえ星間連合の9個艦隊を率いた天童正宗である。

 

 そして若くして海賊討伐をして名を挙げ、容姿も並以上、そして人当たりがよい天童正宗は、星間連合内では人気があり、それは記者たちの中でも同様だった。


 好意を抱くものを面と向かって罵倒され面白くない。会場内に不快な空気に包まれていく

 

 それに最後の記者は、特に正宗に好意を持っていたので、敗因は正宗にないといわせたかったのだ。

 

 会場の空気を知って天儀が更につづける。


「こちらは六軍、相手は九軍。私は運が良くて、天童がおめでたかったというわけだ。それ以外に勝ちようはない。星間連合軍の兵員はみな優秀だったよ。司令長官殿以外はな。天童はそうだな。今後は土いじりでもしていると良い。あいつは軍人に向いていない」

 

 会場内が一層どよめくなか、セシリアが疲労の濃い表情で、


「以上で、大将軍本営による第一回記者会見を終わります。次回の会見は二日後に予定していますが――」

 と、会見の終了を宣言。


 このセシリアの声は、会場内の喧騒でかき消されたのだった。


 即日、各紙の一面は、

『大将軍様死体に鞭打つ』

 とか、

『傲慢不遜の大将軍』

 という記事が各所で踊る。


 天儀の傲慢が、各紙面と、さらにソーシャルニュース上を賑わせたのだった。


 星間会戦敗北後、星間連合内では、敗北した天童正宗に非難の声が上がり始めると同時に、軍内の足の引っ張り合いで敗北した彼の悲劇の名将として持ち上げる動きも起きていた。


 また若く才能あふれる男は目立った。司令長官天童正宗は、批判と好意を同時に受け、世間の注目を一身に集め始めていた。注目を集めるというのは当然ポジティブな要素ばかりではない。


 星間連合議会内に正宗の責任追求の動きが出始めていたし、世論も敗戦という屈辱が、社会ストレスとして鬱積うっせきしそのはけ口を求めた。


 世間はそのストレスを傲慢なグランダ将軍をゴシップ誌で叩くことでその溜飲を下げた。天儀の傲慢な発言で、世間の注目は正宗から離れたといっていい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 会見場を後にした天儀へセシリアが続く。セシリアは、天儀へもう何も掛ける言葉がないといった様子だ。

 

 気まずく微妙な空気が2人の間に流れていた。


 セシリアの目に映る天儀には、

 ――すまない、ついな……。

 という明らかに謝罪の色がある。


 が、セシリアの頑なな表情を崩さない。体にとげをびっしりまとって、

 ――口も聞きたくありませんわ。

 という雰囲気を全面に押して、さらに腹立ちながら思う。


 あら、今頃になってご反省ですか?わたくし、あれだけ口を酸っぱくして散々余計なことをおっしゃらないようにと念押しましたのに。どうして、カッとなると見境がないのですね。今回ばかりはあきれはてましたわ。

 

 セシリアからして、天儀がセシリアに対して悪いことをしたとは思っているというのは、その態度から明らか。けれど、いまのセシリアには、そんな天儀の贖罪しょくざいの色すら腹立たしい。

 

 天儀がそんな気まずい沈黙を無造作に踏み越えるように口を開いた。


「あいつらは負けた正宗を散々っぱら叩いていたのに、俺が天童をののしると気分を害したい奴が多いようだったな」


 セシリアへの罪悪感とも言える感情を抱えているように見えた天儀からでた言葉は謝罪ではなかった。

 セシリアは、これに少し驚いたが、謝罪されても余計に腹が立つようなも気もした。


「負けた正宗を自分たちが叩くのは好意から、他人からそれを言われるのは面白くないのですわ」


「そうだ。好意と批判がないまぜといったところだな。つまり天童正宗には声望がある。二度と軍人として再起できないように止めを刺しただけだ」


「それだけの理由で、よくもまあご自分へヘイトを集めましたわね」


 そう嘆息気味に言うセシリア。人間の思いというのは多面的な目があるが、正宗を軍事として再起させないというのは天儀の本心の一つだろう。

 この少ないやり取りで、すでにセシリアからとげのある雰囲気が消えていた。


 天儀は、そんなセシリアを横目に見ながら提案を口にする。


「セシリー、今日の夕食は空いているか」


「あら、何かありますの」


「フレンチだ。三つ星だ」

 

 天儀が夕食へセシリアを誘ったのだ。今回の会見の謝罪の意味を込めて。

 これにセシリアが少し意地悪くこたえる。


「まあわたくしの面目を丸つぶしにしておいてよくいえますわね」


「すまないと思っている」

 天儀からあっさり謝罪の言葉がでていた。


 恐らくだが、セシリアからして天儀は最初にわざわざ意識して謝罪の言葉を遠ざけた。それはセシリアの精神を逆なでするからだ。それが、いまあっさり謝罪を口にしてしまっている天儀。

 

 これにセシリアはおかしみを覚えつつ、

 ――上手く毒気を抜かれてしまいましたわね。

 と、思ってから応じる。


「高く付きますわよ。三つ星でも帳消しに出来ません。貸しですからね」


「そうだな」

 と、天儀が笑う。


「それにしても、ここで三つ星といえば、六節グループのホテルですわね」

 

 このセシリアの言葉に、天儀がはぐらかすように返事をした。


「あそこは一ヶ月先まで予約が埋まっているほどの人気店ですのよ」


「まあ突然決まって、今から予約を入れるのは無理ではある」


 天儀が気まずそうに応じた。


「そうです。どう考えても数日前には事前に予約が必要ですわね。つまりです」


「ここ首都惑星アミンへ入る前に、天童正宗に頼んでな。予約をねじ込んだ」


 天儀が強引にセシリアの言葉を遮り、セシリアの意図することとは別のことを口にした。

 件の三つ星フレンチのオーナの六節グループの経営は、天童一族が握っている。いまは天童正宗の叔母が代表だが、グループの前会長は天童正宗の父親だった。


「まあ立場を利用したのですか」

 

 そう驚いたようにいったセシリアだったが、継いででた言葉は、


「で、話を戻しますわ。つまりです。今日の会見での最後の発言は、事前にやるとお決めになっていたのですね」

 と、本来自分が持っていこうとしていた話題に戻した。


 セシリアには、事前にディナーの予約が取られているということは、天儀は首都惑星アミンに入る前に、独断で最後の発言をすることを心に決めていたと受け取れた。

 

 六節グループの三つ星ホテルのディナーの予約は、セシリアへの謝罪のカードと考えられるからだ。

 これはセシリアの思いあがりではないだろう。


「因みに、自信のないテーブルマナーは大丈夫なのですか」


「まかせろ。今から会食会でもやるわけだしな。夜はこなれてもっと良くなっているだろう」


「呆れましたわ。でも、あそこはぜひ一度行ってみたいと思っていたので、歓迎ですが」

 

 天儀の悪びれない態度に、セシリアは簡単には許しませんよと、ツンとした態度を取る。

 これに天儀が不味いという表情をしつつ、


「そうそう、後でわたそうと思っていたが」

 と、いって懐から手のひらの中に収まるサイズの小さな懐中時計かいちゅうどけいを取り出した。


「これだ。受け取ってくれ」


「なんですの?」


「故・衛世えいせい将軍から頂いた。将軍にはなぜか私は気に入られていたので頂けた」


 そう聞いてセシリアの目が、天儀が懐から取り出した懐中時計に釘付けになる。

 衛世将軍は組織管理と、特に情報管理に長け、セシリアが最も尊敬する軍人だった。

 

「古今にわたって戦争は情報戦だ。いかに今の時代電子戦が重視されると言ってもだ。私が戦場の機微を読み取り、打つ手を間違えなかったのは情報部長であるセシリアのおかげだ。そうセリシアは優秀な兵士だ。君の戦場での諜報能力はジョセフ・フーシェを超える。礼を言う。受け取ってくれ」

 

 差し出された物の大きさと、比肩された人物にセシリアは驚きを隠せないという様子になった。


「あら、随分恐ろしい人と比肩なさるんですね」

 

 セシリアが苦笑しながらいう。


 ジョセフ・フーシェは、秘密警察の元祖といってい。フランス革命と恐怖政治を生き残り警察大臣となる。その人生は、あらゆる機密を握って政敵を脅し、葬り続け、ついにはタイレランと手を組んでナポレオンを孤島へと葬った。


「あくまで戦場と言う限定的な場面での話だ。敵から見ればフーシェのような恐ろしい存在だったはずだ。ま、これは敵が君の存在に気づけていればだがな」


「まあ、悪い気はしませんわ。でも冷血動物カメレオンと畏怖されるフーシェと言われて喜ぶ方は珍しいのでお気をつけになってくださいね」


 セシリアは、天儀の言葉を、自分の兵士としての部分を最大限賛辞してくれたと受け取った。

 

 ――兵士として、強くて恐ろしい。

 セシリアもそのようなものに、憧れないわけではない。


 天儀の賛辞を、軽口で返したセシリアだったが、前に差し出された懐中時計に手を出しかねていた。

 

 セシリアが、天儀の手のひらの懐中時計をただ見つめる。


 こんな大事なものを、自分がもらってしまっていいのだろうかという思いがよぎる。衛世将軍の所持品というだけでなく、アンティークとしての価値もかなり高いだろう。

 

 躊躇ちゅちょするセシリアを見た天儀が笑いながら、


「それだけ受け取っていいか迷うということは、価値がわかるということだ」

 と、いってセシリアの右手首を取ると、懐中時計を強引にセシリアの手の中に収めてしまった。

 

 セシリアが、自分の右手の手中に収まった懐中時計に目を落としながらいう。


「初めて私を軍人、いえ兵士として認めてくださったのが、衛世将軍なのですよ」


「そうだったのか。将軍は人を見る目がおありになる。未来の大才を発見していたというわけか」


「それまでは名家のご令嬢。どこへ行ってもそれがついてまわります。当たり前すぎて、疎ましいと思いもしませんでしたがやはり不満だったのですね」


 そういうセシリアは、天儀から渡された懐中時計を両手で持って胸で抱くようにして衛世との思い出にひたる。


「パイロット候補生時代に、衛世将軍に調練ちょうれんをしていただいたのです。気まぐれだったんでしょうが、その時怒られましたの」


「万事にそつがなさそうなセシリアでも指導を受けたことがあるのか」


「髪の毛を掴まれて泥水に叩きつけられましたわ」


 セシリアが、そういって破顔した。天儀もそれを笑顔でうけた。


「将軍は、セシリアを単に兵士としてしか見ていなかったのだな」


「はい、それが心地よかったのですわ」


 セシリアはそういうと、会食会の会場へと歩き出した。天儀がその後に続く。

 

 2人が立ち話していたのは、記者会見会場と控室をつなぐ通路。


 歩きながらセシリアは、今もう1人自分を兵士としてしか見ない変な男が目の前にいるなと、おかしさを覚えた。


 だが、やはりそれは悪い気はしなかった。今はもうセシリアは、記者会見のことなどどうでも良くなってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大将軍本営での定例会見で二度と天儀が姿を表すことはなかった。

 代わりに大将軍府報道官のセシリアが、グランダのスポークスパーソンとなる。


 容姿が端麗で、立ち振舞が優美なご令嬢。記者への質問への対応も柔らかい。

 グランダから統治団が派遣されてくるまで、セシリアはグランダの顔となったのだった。

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