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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十三、終戦編
117/126

14-(5) 平和の準備

 星間一号線せいかんいちごうせんでの艦隊決戦に勝利したグランダ艦隊は、星間連合の第一星系へと入った。

 星間連合艦隊が壊滅したことで、星間連合政府はグランダ軍へ降伏。


 進駐したグランダ軍と星間連合政府の間でまず行われるのは、

 ――講和文章こうわぶんしょう調印式ちょういんしきだ。


「で、講和文章の調印式ですが、こちらは天儀てんぎさんが代表でいいでしょうけど、星間連合側の代表はだれなんですか。やはり首相さんなんですかね」

 と、疑問を口にするのは大将軍秘書官の千宮氷華せんぐうひょうか


 場所は氷華に与えられている11じょうほどの私室。氷華は全艦隊の電子戦の指揮官も務める。多惑星間時代ラージリンクプラネットは電子戦なしには成り立たない。氷華は艦隊の超重要幕僚だ。スペースの限られる宇宙船内で1人広い私室を与えられるのも当然だった。


「星間連合は敗戦で首相は辞任、内閣が総辞職ですわ。いまは首相はいませんわね」

 そう応じるのは氷華の私室に招かれたという形の情報部長であり大将軍報道官のセシリア・フィッツジェラルド。


 いま、氷華とセシリアは2人で星間連合の首都惑星ミアンに降りたあとの打ち合わせの真っ最中。


「じゃあセレスティアル家の当主さんですかね」


 セレスティアル家は星間連合において盟主的存在の家系。国家の顔として、いまだに連合内で力を有している。

 

 確かにグランダの皇帝という位置づけに相応しい立場のファミリーですけれど。と、セシリアは思いつつ、


「半分当たりで、半分外れですわ。代表は連合元老院の議長東宮寺鉄太郎(とうぐうじてったろう)と現セレスティアル家当主の2人ですね」

 と、答えを口にした。


「ああ、あの元首相の」


「ですわね。よくご存知で」


「で、会戦では私たちと直接戦った東宮寺朱雀とうぐうじすざくの父親と」

 

 セシリアが、ですね、というようにうなづいた。


 氷華がセシリアを、うかがうように目を向けた。

 いまの氷華の興味は、部屋に招いた友人セシリーのご機嫌。

 

 ジト目でセシリアをうかがう氷華の胸中には、

 ――調印式のことは、よくわからないのです。

 という気まずさが一つ。そして、


「ですから正直、調印式のことはセシリーに丸投げしちゃいたいのですが、大丈夫でしょうか」

 という思いがあるが、同時に素直にお願いできない後ろめたさもある。普段の氷華は天儀の秘書官を気取り、天儀まわりのことは頑として譲らない。それが、面倒くさいことはやりたくない、というのは図々しいにも程がある。

 

 氷華が主計部秘書課から付けられた部下には、

 ――そんな大行事の仕切りなんてムリです!

 と、全員から逃げられてしまっている。もうあと頼みの綱はセシリアしかいない。


 が、氷華は普段の天儀独占の態度と、面倒事を押し付けたいという下心があるだけに気まずい。


 いま2人の前には紅茶と、ちょっとお高いお菓子。これは氷華の下心が見え隠れするおもてなしだった。

 

 そそくさと紅茶をいれる氷華に、セシリアは、あらまあ、という顔をしていた。アレは絶対に自分の下心に気づいている顔だと氷華は思う。


 ですが――。

 まずりましたね。普段あれだけ秘書官づらしているとお願いしにくいのです。

 

 黙り込む氷華に、


「で、今日のお話はなんですの?」

 セシリアが問いかけていた。


「その、美味しいお菓子が手に入ったので打ち合わせも兼ねてセシリーと楽しもうと……」


「あら、お気遣いありがたいですわ」

 

 セシリアがニッコリと笑ってから、


「で、本題はなんですか。大将軍秘書官の千宮氷華さん?」

 そういって上品に紅茶を一口。

 

 氷華は観念して、自身のわがままを言葉にしたのだった。

 セシリアは氷華のお願いに嘆息一つ。


「ま、おおかたそんなことだとは思いましたわ。いいですわよ。どうせ報道官として調印式後の会見などの段取りをやるのはわたくしですから。ついでですわ」

 といって、了解したのだった。


 氷華はセシリアの了承にホッとして紅茶をすすってから、


「調印式は大和でやるんですか?」

 そう何気なく疑問を口にする。実は氷華は調印式については、まだ天儀から何も聞いていない。これは天儀が、氷華に調印式の段取りをさせる気はないという考えの一端があらわれているが、氷華はまったく気づいていなかった。

 

 氷華の疑問を、


「まさか」

 セシリアが驚いて否定した。宇宙までわざわざ呼び出すとは傲慢ごうまんに過ぎる。後々の両国間の感情に致命的な間隙かんげきを生みかねない。


本営本部ほんえいほんぶにいらして頂いて、そこでですわ」


「ああ、あのラバルム市内に設置するという」


 ラバルムは首都惑星ミアンにある最重要都市。つまり星間連合の首都だ。

 

 セシリアから見て、いまの氷華はどこか気の抜けたところがある。知っていて然るべき調印式の場所を気なくたずねてくるなど、その最たるだ。


「帰るまでが戦争ですわ。気を抜かないように。いいですね氷華さん」

 

 セシリアは、そう釘を刺したのだった。


 星間連合は敗戦で首相が辞任し、内閣総辞職となったため、講和文章の調印式には、連合元老院議長の東宮寺鉄太郎とうぐうじてったろうと現セレスティアル家当主が臨む。


 大将軍天儀がグランダ側の代表。大将軍グランジェネラルは帝と議会から全権を委任され、規格外の大権を有している。その地位の裏付けは帝であるが、議会から全権を委任されるということは、国家代表としての役割も内包する。


 そして、

 ――本営本部。

 とは、グランダ軍が首都惑星アミンのラバルム市内に設置する本部。

 

 正確な名称は、

 ――大将軍本営。


 この古めかしい名前が、失笑を浴びなかったのはひとえに星間会戦の劇的勝利と、星間連合の官民の興味が、これから始まる新体制へと移っていたからである。

 

 戦争が決着したといことは、

「星間連合とグランダが一つになることを意味する」

 と、誰もが理解している。


 民衆の興味は、統合されていく新しい統治機構がどのようなものかだ。


 そして、この大将軍本営でグランダは戦勝で手に入れた権利を執行こうしする。つまり大将軍本営は、約束を履行りこうさせるための機関である。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ラバルムは、星間連合の議会と各省庁が集まる首都。


 曲線美の美しい摩天楼の群れ。摩天楼の下はアスファルトやコンクリといった地面ではなく、また建物。ビル群は根本で一体となっている。よく見るとビル同士も連絡通路でつながって、その連絡通路も単なるビル同士の渡り廊下ではなく、内部には生活空間が広がっている。

 

 首都ラバルムは都市自体が一つの建造物で、都市そのものが立体的だ。


 そんなラバルムの市内のビル群なかの一等地のビルを接収して設置されたのが大将軍本営。


 その大将軍本営内では、講和文章の調印式を前に、セシリアが大将軍天儀へ式の一連の流れを説明していた。

 

 セシリアが天儀のために段取りや立ち振舞について細かいガイドラインを作成し、もう1時間以上の熱心な指導を行っている。

 

 天儀はグランダの代表として、調印式に立つのだ。セシリアとしては、恥をかくようなことをしてもらっては困るという思いが強い。

 

「今のわたくしの立っている位置が、セレスティアル家の当主で、私の右斜め前に議会の代表の東宮寺鉄太郎とうぐうじてったろうが立ちます。大将軍は2人に軽めのお辞儀をしてから文章に先にサインしてください」


「なるほど。で、どちらが偉いのだ」

 

 セレスティアル家の当主と、議会の代表東宮寺鉄太郎とどちらが偉いのかという問いだ。

 これにまた話が止まったと、セシリアが嘆息気味に応える


「そこ気になりまして」


「2人に対して、頭を下げると言っても主体がどちらかわからねば困る」


「法的裏付けは、東宮寺鉄太郎ですが、星間連合の総意を象徴するのはセレスティアル家の家長ですわね」


「なるほど、わからん」


「そうですわ。どちらが偉いと考えるのは無意味な質問でしてよ」

 

 万事この調子で、一々時間がかかっていた。

 たしなめるようにそう言ったセシリアに、天儀がすまないといったように少し頭を下げた。

 

 それを見たセシリアが続ける。


「2人のサインが終わったら、大将軍から二人へ近寄って握手してください。これで今後の両国の融和を印象づけます。歩み寄るのは勝った我々ということ見せます」


「なるほど。彼らから近づいてきてはこちらが尊大見えるのか。どちらが偉いということもないなら近い方から握手すればいいな」


「そうですわね」

 そういうセシリアに、天儀がぐいと近づいて手を取る。


 調印後の握手を想定しての行動だった。

 急に手を取られ驚くセシリア。眉間にしわを寄せにらむようにしいう。


「大将軍、セクハラでしてよ」

 

 これにはっと気づいたふうなった天儀が真っ赤になって手を離す。

 天儀の意外にうぶな反応にセシリアの毒気が抜かれ苦笑。

 

 だがとうの天儀は、慌てて、

 

「本当に失礼した。気が回らなかった」

 と、謝罪を口にし狼狽ろうばいした様子が出ている。


「あら、そんなに慌てるだなんて、本当に女性の体に触れたかっただけですのね」

 

 セシリアがそう意地悪く返すと天儀は、


「違う。そういうことをいうから意識したろ。他意はない」

 

 さらに慌てていう天儀に、セシリアはさらに苦笑した。

 

 天儀は苦笑するセシリアを見て、自分がおちょくられている事に気づきばつが悪そうに咳払いしてから、

 

「実際の式は20分程度か。思ったより短いが、やることは多いな」

 と、話を先に進めた。


「ですが調印式後には、会食会がありますので、ここでもくれぐれも立ち振舞にお気をつけ下さい」


「なんだそれは面倒くさい。社交の知識に自信がない。フィンガーボウルの水を飲むレベルだ」

 

 フィンガーボウルは、食事中に指先を洗うための器。容器内には水が入っており、テーブルマナーにうといとうっかりその水を飲んで恥をかく。

 特に高級な会食会となれば、フィンガーボウルの中は、洒落しゃれて匂い付けした水や茶などが入れられる場合もあるので知識ないと無作法を犯しやすい。


「それだけ知っていれば十分でしてよ」


「くそ、統治するための行政関連の業務は覚悟していたが、こんなこともあるのか」


「それはそうです。本国から統治団が派遣されてくるまで行政的な指示より、大将軍は社交で星間連合側の政財界を抑えるのがお仕事になりますよ」

 

 そういうセシリアに、


「まじか」

 と、絶句する天儀。そんな天儀へセシリアはにあえてにこやかに継ぐ。


「学校や福祉施設などの訪問もありますので、ご念頭に置いておいてくださいね」

 

 セシリアは聞かされて露骨にうんざりする天儀に少し驚き覚えた。


「あら、戦争再開するために、度々グランダ内の社交会には顔を出していらしたではないですか。それほど社交会が苦手でしたの」


「あれは必要に迫られてだ。私には縁故えんこがない。社交会で顔を覚えてもらうしかなかった。ほとんど意味がなかったがな」


「あら、そうでしたの」


「セシリー以外には、門前払いよ。相手にすらされん」

 

 セシリアは、唐突に愛称で呼んできた天儀に内心驚きを覚えたが、悪い気はしなかった。親しみを込められたことに心地よさすら感じてしまった。


 肌に合わない社交の場で、天儀にとってセシリアは暗中の喜望峰きぼうほう、特別な存在だったのだろう。

 機嫌よさ気に微笑を浮かべるセシリアに、天儀が続ける。


「故にセシリー、あの時君を見つけた折には、私は絶対に手を離してはならないと必死だったよ」


「まあ、随分と思い入れがあったのですわね。私としては、私を軍人として見る変わった方に興味を持っただけですのよ」


 セシリアは明け透けな言葉を向けられ気恥ずかしさ隠すために、少し意地悪なことを口にした。天儀は時折こうやって唐突に赤心をさらすような言葉を堂々と向けてきてセシリアを驚かせる。

 

 天儀がセシリアのツンとした反応に笑しながら言葉をつづける。


「朝廷と政府に顔が利き、軍事も理解のある国子橋こくしきょう様が狙いだったが結局会えずじまいだったしな」


「目の付け所はいいですね。国子橋様は、リベラル派ですし。議員であり廷臣であもる。でもお声を掛けて具体的にどうなさる気だったのです」


「一緒に戦争しようと誘うつもりだった」


 この天儀の言葉にセシリアが、


「まあ」

 と、あきれと驚きを同時に表した声を上げた。

 

「更に具体的には、大将軍となって中軍の将をしてもらうつもりだった。その場合私が下軍だ。李紫龍りしりゅうという思わぬ男があらわれて必要なくなったがな」


「軍の主力の中軍を軍事の素人にですか!?」


「部隊管理は行政業務と似たようなところがある。あれだけ優秀なら軍のトップに立っても上手くやる。現場の最前線の指示は必要ない」


「シビリアンコントロールとはいいますが、最前線で使うにはどうかと思いますよ」


「話してみねばわからんが、胆力たんりょくは強そうだし、それに知らないだけに危機的状況になっても最後まで降伏しない可能性も高い。軍人だと状況の深刻さを頭で実感できるからな」


 セシリアは、この随分いい加減な見通しに驚いたが、結局実行に移さなかったところを見ると、頭の片隅で念頭に置いていただけで早々に破棄されたプランなのだろうとも思った。


 それにセシリアが天儀と知り合って今まで国子橋の話は一切出なかった。当初の全く見通しが立たなかった段階での話なのだろうと、セシリアは思った。

 

 会話が止まり一瞬2人の間に無言の時間が流れる。


 セシリアにとっては心地よい時間だった。いまこうして調印式の段取りを行っているということが、戦争に勝ったという達成感をセシリアに何より感じさせた。


 だが、ひたってばかりもいられない。もう調印式が迫っている。セシリアは意を決して、一瞬訪れた心地良い時間を破り、

 

「あと調印式の直後に、記者会見があります」

 そう口にすると、天儀がセシリアへ向けて右手を差し出してきた。


 記者会見での発言を指定したペーパーを渡せと催促しているのだ。

 セシリアは当然のように要求してくる天儀の態度に嘆息しながらペーパーを差し出した。


「くれぐれも指定してある内容以外の発言は控えてください」


「わかっている」


「また事前申請された以外の質問をしてくる記者がいるでしょうが、それはこちらで処理ますので」


「わかっている。黙っていればいいのだろう」


「くれぐれもお願いしますわ。重鼎じゅうていの会見は生きた心地がしませんでした。あの時とは状況が違いますわよ。今日の大将軍の発言は今後の両国の未来に影響します。」


 セシリアが苦言を伴って釘を刺すと、天儀が任せろという表情で受けた。

 

 セシリアは、それに再度嘆息し、歩き出した天儀に続く。

 2人は部屋をでて、建物内の調印式会場へ向かったのだった。

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