14-(3) ツクヨミコントロールキー
大和で星間連合軍の正式な降伏手続きが終了。グランダ艦隊は戦闘後の処理を一旦切り上げ、星間連合第一星系へと進路をとった。
このときに天童正宗から天儀へ譲渡されたものが一つ。
無敵の電子防御陣を謳われたツクヨミシステムのコントロールキー。
天童正宗は艦隊の降伏の証として、ツクヨミのコントロールキーに総旗艦アマテラスのコントロールキーもそえてグランダ側へ納めた。
――ツクヨミのコントロールの譲渡。
これは星間連合軍が、正式に降伏したという何より象徴的なできごとだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無表情のジト目。千宮氷華はいま銀色のスティック状の電子キーを手のひらに乗せ停止していた。
電子キーはいましがた天儀から手渡されたものだ。
氷華がブリッジで業務を行っていると、天儀がひょっこり現れ、
「手を出せ」
そういって胸の前で手のひらを天井むけるジェスチャーをした。
――同じようにしろということね。
と、氷華は理解し手のひらを天井へむけ胸の前で固定。
そするとポンッと氷華の手のひらの上に何かが乗せられた。
――これはなんなのか?
とは思わなかった。
スティック状のキーの側面には、
『TUKUYOMI』
と彫り込みがあるからではない。
天儀が氷華の手のひらにのせる前に、ヒョイッとコントロールキーをかかげ口元に笑顔を一つ。
まるでその笑顔は、
――ぶんどってやったぜ。
というような顔。
それだけで氷華は天儀がかかげているスティック状の電子キーがなにか理解した。
氷華が天儀から手渡されたものは、氷華の電子戦司令部や参謀本部がさんざん頭を痛めたアレだった。
それを天儀さんは、あめ玉を子どもの与えるように――。
と、驚きで固まる氷華へ、天儀は、
「勝てないものとは戦わない。勝敗の哲理だ」
そういってまた笑った。
――なるほど。
と、氷華は苦く思った。
そうですけれど、それと戦わなければ勝てないという状況だったのですが?それをなんのこともないとこれ見よがしに。
そんなことを思う氷華に、天儀は継いでいう。
「勝敗とは彼我の強弱によって決定づけられるものではない。強さは必ずしも勝因とはたり得ない。膂力に優れた大男でも、風邪ひけば弱い、ということだ。これを知るものは案外少ない」
天儀のこの言葉に、氷華はなるほどと思う。
イレギュラーヒューマノイドという唯一無二で特別な存在。その特別な男であるマグヌス天童を、その他大勢の凡夫に落としてから戦う。
――確かにこれなら勝てそうです。
と氷華は思うも、
――ですが。
と、反駁も持った。
天才はどんな状況でも天才ではないのでしょうか?獅子はどんなに弱っても、たとえ屍骸となっても獅子で、風邪を引いたからといって子猫にはならないのですが……。
が、天儀は、
――獅子を子猫に転じる。
それをやってのけたのだろう。とも氷華は思いぐうの音も出ない。
勝ってしまったのですから何よりの証明です。反論のしようがありません。ムム、なんか悔しいです。と思いつつ氷華は、
「ウィザード級の天童正宗からマグヌスの冠を取り去ったということですか。なるほど万能の天才にも凡夫の面があって、それを引き出したと」
と、天儀のいったことを自分なりの言葉に転じて応じた。
天儀が氷華の言葉に満足気にうなづいた。
氷華は手のひらにあるスティック状のキーを、そのジト目で見つめる。
千宮氷華は電子科で、電子戦司令部の所属で、連合艦隊の電子戦指揮官。
そんな氷華にとって手のひらに乗せられたツクヨミのコントロールキーは重い。
「我々は、それを手に入れるために、百年も戦ったとも言える」
「なるほど、そういう考え方もできますね」
「グランダ軍はツクヨミ攻略の手がかりが見つけられず苦心惨憺。本当に厄介なシステムだった」
「ですが、現行のツクヨミが機能するには、神世級戦艦が最低でも3隻は必要です。会戦に勝った今、これを受け取ったところであまり意味はさほど無いですけれどね」
そう無敵の電子防御陣ツクヨミシステムは、星間連合艦隊なしには機能しない。これが、星間連合軍がツクヨミ内から出るのを渋った理由の一つでもある。
有無を言わせない電子攻勢システムは、それだけ膨大なエネルギーと、演算処理能力を必要とした。星系内に張り巡らされた巨大なシステムは、最終的に複数の巨艦で制御し攻撃対象を無力化する。
いわば艦隊自体がツクヨミの発射口のような役割を果たす。
大型艦6隻から10隻前後をネットワークで繋ぎ、有効圏内の敵性因子のコントロールを乗っ取る。さらに攻撃の実行とその制御を行えるのは、旗艦アマテラスなどの神世級戦艦と呼ばれる一部の最新鋭の巨艦だけだった。
氷華は、そんな巨大システムであるツクヨミのコントロールキーを手のひらに乗せた状態で、天儀をジト目で見た。
――なぜ私に、このコントロールキーを渡してきたのですか?
という問いだ。
「記念にやる」
と、天儀があっさりいった。
「いいんですか!?」
「ツクヨミの象徴としての重みという側面はあれど、それ自体には何の意味もないからな」
確かにコントロールキーは象徴的なもので、ツクヨミシステムの起動に必須というわけでもないですし、操作に必要なパーツでもないのですけれど。と、氷華は思うも受け取っていいのか逡巡。
正宗から天儀へのコントロールキーの譲渡というパフォーマンスは、ツクヨミのコントロールが、グランダ軍へ渡ったということを端的に表す効率的な手法だっただけだ。
ツクヨミシステムを本当に手にしたいなら、山のような操作マニュアルに技術者のサポートが必要。コントロール室のコンソールに、キーをひと挿して実行ボタンをポチッと押せば起動などという単純なものではない。
そうツクヨミを動かすという点においては、氷華の手のひらの上にあるスティック状のキーにはさほど意味はない。
だが、氷華はツクヨミシステムの手強さを、言い換えれば価値を知るだけに受け取っていいか迷ったのだ。
いや、氷華にだけでなく、世間的にツクヨミのコントロールキーは重い。戦後に出回った動画の一つでもそれはわかる。
動画は、
――大和貴賓室で、向かい合って立つ正宗と天儀の2人。
という画から開始される。
映像が流れ出すと、正宗と天儀が、ほぼ同時に敬礼した後に、星間連合軍司令長官から、グランダ軍大将軍へツクヨミのスティック状のコントロールキーが手渡しされる。そして直後に握手。
この様子が数十秒ほどの動画と数枚の写真に収められ、両国間のネットワーク上を駆け巡った。各メディア上でも星間連合艦隊降伏の象徴的なできごととして取り沙汰される。
――ツクヨミのコントロールキーの譲渡。
戦争の白黒がついたということを、これほどわかりやすく表現する手法もない。両軍は、この手のデモンストレーションに長けていたといえる。
そう世間的に見ても、ツクヨミの存在と、そのコントロールキーはそれだけの重みがあったのだ。なお、この動画の公開は天童正宗の発案といわれる。知の巨人は戦後の混乱を望まなかったということだ。
氷華が、手のひらの上のコントロールキーに目を落としながらいう。
「しかしツクヨミのコントロールをあっさり我々に渡してしまうとは」
「情報部と電子戦司令部がすでに解析を開始しているが、ツクヨミは、我々が考えていたものとは少し違うようだな。それが理由だろう」
「そうですね。グランダでは、星間連合内のあらゆる機密管理もツクヨミで、行われていると考えられていましたが」
「実際は違ったようだな。ツクヨミは純粋に対グランダ艦隊だけに特化したシステムだった」
「有無をいわさず連合艦隊のコントロールを乗っ取れるようなシステムですから、確かにそれ以外のことをさせないほうが効率は良いです」
「抑止力として考えれば、こうやって艦隊決戦をするよりは低コストだろう。だが維持費を考えるとにわかに信じ難いか」
「そうですね。これだけの規模の電子システムです。普通なら平時には、何かしらに転用します」
そういうと氷華は天儀へジト目を向け、
「本当にいいのですか。後から返せとか言いませんか?」
と、念押しした。
ツクヨミのコントロールキーは、単なる象徴的な存在とはいえ電子科出身の氷華からすれば重いものだった。本来なら帝に献上されてもおかしくはない。
――博物館級のしろ物。
だろうと氷華にもわかる。
そんな氷華の念押しに、天儀が容儀を正して応じた。
「開戦前にグランダ艦隊は、星間連合軍の電子攻撃を前に艦艇の一割はコントロールを奪われるという試算が出ていた。それがどうだコントロールを奪われた艦艇は1隻もない」
さらに天儀の言葉は続く。
「しかも連合艦隊規模での電子偽装を成功させ、敵は我々を一時的に見失っていた。目立たないことかもしれないが、これは会戦に一度勝ったに等しい成果だ」
真っ直ぐに褒められた氷華は、心がこそばゆいような感覚にとらわれ、その様態にたじろぐような色を禁じ得ない。
そんな氷華へ、天儀はさらに一歩近づき、氷華がコントロールキーを乗せていた手を両手でガッチリと取り言葉を継いだ。
「星間会戦で我々は二度勝った。その一度目は君の勝利だ。これを持つ最も相応しい者は千宮氷華だ。受け取ってくれ」
こうも真っ直ぐに手放しに褒めることが出来るのだろうか。氷華はあまりに気恥ずかしさに顔が火のように熱い。
だが、氷華はあえて天儀を強く見つめ返し、
「今の時代の戦争は、電子戦です。最初の水明星での二度の戦いも、重鼎も、すべては電子戦から始まりました」
と、当たり前のことをいうなというふうに言葉を返した。
それに天儀が明るく、
「唐公の誅殺もだな」
と付け加えた。
グランダ内を政財界、軍事業界を蝕んでいた唐公を誅殺した唐公路口事件でも電子戦が成功して唐公が座乗する艦を降伏に追い込んでいた。
「私は重鼎を経験するまでは、電子戦と無人兵器だけで、戦争には勝てると考えていたふしがあります。実際はそんなわけないんですがね」
氷華の手を握っていた天儀の両手は、もう氷華から離れている。氷華はコントロールキーを握りこむと、もう片方の手で握り込んだ手をなでた。
「でも戦っているのは、人間でした。電子戦を操作するのも人間、重力砲の発射スイッチを押すのも人間。最後は全部人間です」
「浸透、征圧するには歩兵が不可欠だからな。電子戦や無人兵器でいかに敵を無力化しようと、拠点を制圧するには人を送り込む必要がある」
氷華の言葉に別の角度がから応える天儀。
氷華は、そんな天儀を眺めながら思った。結局、私の電子戦能力が活かされたもの天儀さんの裁量でした。私を使うと決めたのは天儀さんですから。
氷華から見れば電子戦の素人の天儀は、電子戦の活用の仕方を何故か知っていた。
――不思議なことです。
と、氷華は思ったのだった。