14-(2) 天儀と正宗
会戦の事後処理が進むなか、星間連合軍の司令長官・天童政宗は、艦隊降伏の正式な手続きを行うためアマテラスを後にした。これに公女コーネリア・アルバーン・セレスティアルも同行。
2人の目的地は、グランダの総旗艦大和。
セレスティアル家の公女の同席は、艦隊降伏の調印が星間連合の総意であるということを暗に示すためのものだった。
正宗とコーネリアが、大和へ乗り込むと、
「ご案内をさせて頂きます大将軍府報道官のセシリア・フィッツジェラルドです」
と、情報部長でもあるセシリアが出迎えた。
2人の目の前に現れたブリティッシュ美人。
コーネリアは敏感に、正宗が目を奪われたと気づき、
「あら、重鼎の報道官さんですね。中継は拝見しましたわ。こんなお綺麗で、とても知的で聡明な方にご案内頂けるなんて、嬉しい限りですね正宗様?」
と、あえて正宗へ振りチクリと刺した。
コーネリアの言葉をセシリアは社交辞令と受け取りニコニコしているが、正宗は言葉に含まれたコーネリアの感情を汲み取り苦笑い。セシリアと悪手を交わした。
正宗からして、コーネリアの言葉はどう考えても褒め過ぎだ。これではコーネリアの嫉妬を、察しないほうがおかしい。
正宗とコーネリアは、大将軍天儀が待つ応接用の貴賓室へと案内された。
正宗は、天儀の直接の出迎えのなかったことに、
――尊大な男だな。普通は出迎えるだろう。
と、引っ掛かりを覚えたが、物腰が柔らかく品のいいセシリアの対応で貴賓室につくころまでにはその引っ掛かりは霧散。不快の感情をひきずらなかった。
天童正宗は、天儀の対応に、
――勝ったのは俺だ。お前がこい。
という勝者の立場にこだわった傲慢さに気づいていたといえる。
正宗とコーネリアは、目的の部屋の前に到着した。
2人が目にする扉は、木目がペイントされ金色の細工で装飾された豪華なもの。
その豪奢な扉が開かれると、ひと目で特別とわかる礼装した男が立っていた。
礼装の男は、
「大将軍天儀です。そちらでは司令長官のようなものです」
と、いってにこやかに手を差し伸べてきた。
正宗が、その手を握り返すなか、セシリアが天儀の言葉を補足。
「大将軍はグランダの最高階級ですが、階級と職が一体化しておりますので大将軍といえばグランダ軍の最高責任者ですわ」
「大丈夫、知っていますよ」
そう応じる正宗を出迎えた天儀は、背の高い屈強な兵士4人に囲まれている。
そして握手を交わす折も、必要以上に近づかれないように随分警戒している様子だった。これで正宗は大和へ乗り込む折に、天儀の直接の出迎えがなかった理由をだいたい察した。
つまり、
――この天儀という男は、暗殺されることをかなり警戒している。
そう考えれば出迎えがなかったことは納得できる。接続艇の出入りの場所は確かにテロを仕掛けやすい。
だが正宗は、ここまできて馬鹿らしいことだなと内心あきれた。
続いて公女コーネリアが天儀と握手を交わす。
コーネリアは、天儀の不気味な視線に不快感を覚えた。頭の天辺からつま先まで観察するように見られたのだ。
後にコーネリアが、この感想を正宗へ漏らすと正宗は、
「そうです観察されたんですよ。弱点がどこかね。私も同様の視線を向けられましたから」
と、特に感情もあらわにせず応じた。
「初対面の人間を前にして、どこを攻めたら打ち倒せるかということです。殴ったり、押し倒したりと言ったごく単純なね」
「まあ、殴ったりですか。ではあの方は、何かあれば私たちに掴みかかろうと考えていらしたのでしょうか」
そう驚くコーネリアに、正宗が苦笑。
「違いますが、近いですね。以前、武芸の練達者から対面する相手の弱点を必ず探すという話を聞いたことがあります。立ち振舞から強さ、体型から弱点を導き出したり、歩き方で過去の怪我もわかるらしいですよ。それに相手が襲いかかってこないか常に警戒するといったことも聞きました」
「はぁ」
と、生返事を返し理解し難いといったコーネリア。
「ただ、あの男は病気です。あの場に、ああいった視線はふさわしくない上に、そんな警戒をするのは無駄だ」
めずらしくかなり手厳しく批判の言葉を口にする正宗。
コーネリアは驚きつつも愛おしさを覚えた。何故か言葉からは、負けたことが悔しいという正宗の心底にある拭いがたい感情がつたわってきた。これにコーネリアは可愛らしくさえ思ってしまったのだ。
――正宗が感情を吐露してくれる。
コーネリアいとっては喜びだった。
正宗とコーネリアが通された部屋は、このような場合に使われる通常の貴賓室より三倍ぐらいの広さで、部屋へ入ると右手側に6人掛けのソファーがテーブルを挟んで対でおいてあった。
2人は天儀へ誘われ、そのソファーへ腰を下ろした。
天儀と対面して座った正宗の天儀への一番の第一印象は、一言ですませば、
『隙がない――』
というものだった。
そして、いまにもこちらに組かかってきて打ち倒そうとしているような威圧感を感じ気圧された。
「天童元帥は、星間連合の最高の英俊と聞いております。ご英断でした。アマテラスほどよい場所ではないと思いますがご辛抱下さい」
元帥は正宗のいまの階級だった。第三次星間での勝利で正宗は星系軍大将から元帥へと押し上げていた。本来元帥は名誉職のようなもので、現職の軍人で元帥まで上り詰めた人間は数えるほどしかいない。
正宗の前に書類が置かれる。正宗は一つ一つ目を通しサインをしていく。
正宗が書類にサインを終えると天儀が、
「中央の第五艦隊司令の天童愛は、元帥の妹ですか」
そう無造作に話しかけてきた。
妹の名前がでて、
――愛がどうかしたのか?
と、正宗は何故か不快になった。
正宗は、天儀の言葉へ口元に笑みを浮かべてうなづくだけで返した。
これ以上この話題は続けたくないという意思表示をしたつもりだったが、天儀はそんなことには気付かずにつづける。
「我が方の将の紫龍が、一方的に押されまくりました。紫龍は優秀なので、驚きましたよ」
天童愛の話題が出たことにコーネリアが反応した。
「まあ、李紫明の孫という方ですよね」
李紫明は星間連合側でも有名だ。その驍名が悪名を伴っているとはいえ大人物ということには変わりない。
「そうです。そして指揮能力は、間違いなく李紫明以上だ」
「愛は黒髪でとても美しい方でもあるのですよ。そんな女性が、グランダの猛将を向こうに回して引けを取らないだなんて」
「引けをとらないどころか。彼女の強さは強烈だ。同数なら紫龍は死んでいたでしょう。劣勢を自覚して終始守りに徹したことが良かった」
「そういうものなのですか?」
「今回だけに限った話ですがね。戦場は千差万別だ。同じものは一つとしてない」
「天童愛の優秀さとは、具体的にはどのような点なのでしょうか。お聞きしていいでしょうか」
コーネリアは、一歩踏み込んだ質問をした。
天儀が、正宗や自分を気遣って天童愛を持ち上げているようにはコーネリアには見えなかったが、自分たちを気遣って安い賞賛を送っているなら軽蔑の対象でもある。天童兄妹の仲が睦まじいというのはそれなりに知れている。天儀が正宗へへりくだるために愛を持ち上げたのであれば安易に過ぎ不快だった。
コーネリアは、そんな思いがあり、天童愛を持ち上げる天儀の真意を確かめたのだった。
「これはイメージの話ですが、理想的には十手打ちたいところで、現実では良くてその半分も実施できればいい方です。戦場の状況は刻々と変化するし、口も脳も一つしかない。同時に指示は出せないと言うことが必ず起きる。しかも後からこうすればよかったという後悔が伴う。ところが天童愛は、理想通り十手打ってくる。しかも最善手でね。先を見通して予め手を打っているのでしょうが、これには参りました」
「まあ、そんな愛でも破れない紫龍という方は随分と優秀な方なんでしょうね」
コーネリアからして、天儀が質問に真摯に答えたことはつたわったが、内容が抽象的すぎてコーネリアには理解しがたかった。
コーネリアは、天儀の真摯さだけは読み取って、返礼として紫龍を賞賛した。
しかし天儀は、コーネリアの言葉を、
「違います」
と、力強く否定した。
これにコーネリアだけでなく、黙然とやり取りを見守っていた正宗も驚いて天儀を見る。社交辞令ですませばよいところを、それですませない空気の読めない態度も2人の気を引いた。
「確かに紫龍は優秀ですが、会戦で李紫龍が敗れなかったのは運命です。戦場には成るべくしてそう成ったとしか思えない運命的な結果がもたらされる時がある。今日の李紫龍は、誰が攻めても破れなかった。それだけです」
「運命的な結果、痛恨のミッドウエーですね」
「よくご存知だ。博識でいらっしゃる」
「あら、私これでも軍人ですのよ?」
「これは失礼しました」
天儀がサッと頭を下げた。
瞬間、コーネリアが破顔。口元に手をやって慎ましく笑った。
天儀へ微笑みを向けるコーネリアの横顔は朗らかで美しい。まるで目の前の天儀という野獣との会話を心から楽しんでいる。正宗が思うに、自分と話すコーネリアにはどこか硬さがある。これは当然、コーネリアからすれば正宗目に良く映りたいという緊張からくるのだが、いまの正宗には知りようもない理由だ。
正宗は、
――天儀にコーネリアの兵士部分がくすぐられた。
と直感し、思わず、
「これは耳が痛い。なるほど将の活用の仕方を、私は知らなかった。ご教授感謝しますよ」
と、口を挟んでいた。
「そんなつもりは」
そう慌てる天儀。
正宗は、天儀の言葉の中で、中央への4個艦隊の配置の不味さを指摘されたと感じた。そしてそれを誘導されたことにも気づいていた。
正宗は過剰配備という明確な結論までには至らなかったが、天儀の
「同数なら紫龍は死んでいた」
という言葉は大きなヒントだった。
それに李紫龍が運命的に破れなかったというのであれば、紫龍を中央に起用した天儀の采配はどうか。天儀は、李紫龍の今日のみ発揮される冠絶を知っていて起用したという意味に取れる。
慌てた天儀が取り繕うように、
「美しくて、強い。素晴らしいですな」
と、強引に話を締めくくると部屋に笑いが起こった。
正宗も天儀の言葉を笑って受けたが、この男から妹の話題を聞くのはやはり不快だった。
その後、30分ほど話していたが、天儀は正宗が思っていたような男とは違った。ありていに言えばもっと品が良く頭がいい人物かと思っていた。
会話は正宗が話を天儀のレベルに合わせていたというのが実情だ。
こんな男に負けたのか、勝敗とはわからないものだと、正宗は思ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋に残された正宗のコーネリアの2人。
降伏の正式な手続きが終わり、すでに天儀は部屋を後にしていた。
室内に監視はついているが、部屋にほっした空気が流れている。
部屋に静寂がおとずれてからしばらくして正宗の横に座るコーネリアが、
「変わった方でした」
と、苦笑しながら感想を口にした。もちろんこれは皮肉も混ざっている。
正宗もこれに、そうですね。と、苦笑で返したが継いで、
「あの男は李紫龍が運命的に敗れなかったと言ったが、あの男はそれを知って中央に李紫龍を起用したのです。戦場のことに関しては間違いなく神智がある。悔しいが完敗だ。スッキリした」
そういう正宗の顔は、どこか晴れやかなものがあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この大和での降伏文章への調印で、星間連合の総旗艦アマテラスはグランダの第一星系へ送られることになった。
つまり戦利品である。見栄えのする最新鋭の巨艦を見れば、誰もが勝利というものを知覚しやすい。
加えて天童正宗は、このまま大和に軟禁されることとなったのだった。公女コーネリアは旗艦アマテラスとともにグランダへ送られる。
天儀が貴賓室をでると、情報部長のセシリアが出迎えた。
天儀は、セシリアを見ても目で少し挨拶しただけでやり過ごそうとした。
天儀から見て目の前にしたセシリアの顔には、
――私、大将軍に一言物申したいのですが?
という険しさがあった。
やり過ごされたセシリアは、天儀の後を追いかけて声をかけた。
「コーネリア・アルバーン・セレスティアルの処遇ですが、公女を人質にとったと思われかねませんが」
セシリアが天儀を待ち構えていた理由は、正宗とコーネリアの扱いについて確認を取るためだった。
だが天儀は、セシリアの懸念に、
「人質に取るんだよ」
と、あっさり答えた。
「そこまでする必要はあるのでしょうか」
「だから面目が立つように体裁は整えた。公女には巨艦アマテラスをグランダへ送り届けるという重要な任務がある」
この答にセシリアが、露骨にため息をついた。必要性があるのかという質問は黙殺され、天儀は人質に取るという前提の応じ方をしたからだ。
セシリアは諦め今度は、正宗の処遇につて言及する。
「天童正宗は、このまま大和へ留め置く処置ですが、これも問題がありますわ」
「隙があれば誰でも変な気を起こす。魔が差すということだ。付け入る隙を与えない。正宗は軟禁する」
「ですが……。天童正宗は今後星間連合政府との折衝で重要な役割をはたすと考えられますがよろしいのですか?」
「だから厚遇する。毎日接待してやつと夕食を共にするぞ。我々は戦ったが、それが終われば友だということを内外に示す」
「正宗さんは教養があって、その大将軍とは随分と趣味趣向も違うようですが、大丈夫なのですか」
「頭のいいやつは、話を相手に合わせられる。彼も今後のために私を活用することを考えるはずだ」
「手玉に取られないでくださいよ」
最後にあきれて言うセシリアに、天儀が笑声を上げてから
「あと、先行して東宮寺朱雀を星間連合の首都惑星ミアンへ送り込む」
と、方針を口にした。東宮寺朱雀は、星間会戦に参加した星間連合軍のなかで、天童正宗に次ぐナンバーツーと目される男だ。
「星間連合政府との折衝を担当させるわけですね。これはいい手だと思いますわ。彼は元首相の息子で、その元首相も現役の議員」
「そうだ。あと星間連合軍は、なにも星系軍だけではないからな。彼に首都惑星ミアン以外の惑星守備軍を統括させる」
「グランダ政府と朝廷から統治団が到着するのに最悪一ヶ月。その間に我々が星間連合内の最終的な意思決定を握りますが」
このセシリアの言葉に、天儀は、
「わかっている」
と真剣な顔をしていった。
先程までの正宗やコーネリア扱いの話をしている時とはだいぶ違う。
「図らずも一国の主となったようなものだな。統治団は早く来てもらわねば困る。毎日催促してやる」
天儀のこの言葉に、セシリアは安堵。明らかに天儀は政治家に向いていないし、それに必要な教養もない。
「早く凱旋できるように、善処いたしますわ。あと首都惑星ミアンで記者会見ではくれぐれも余計なことは仰らないようにお願いしますね」
セシリアがそういうと、やはり天儀は、
「頼む」
と真摯に応えた。
結局、天儀は、公女を人質に取り、正宗を信用はしてはいなかった。
コーネリアをアマテラスの名目上の艦長に指名し体裁を整えてグランダへ送り、正宗を大和艦内に事実上の軟禁状態に置いてしまう。
大和艦内に軟禁された天童正宗の接待は、名家のご令嬢で社交的なものに長けたセシリア・フィッツジェラルドに一任される。
天儀は、天童正宗の接待責任者をしぶしぶ承諾したという様子のセシリアへ、
「俺なら生あるかぎり絶対に反撃を考える。軟禁は必要だ」
と、正宗を軟禁する理由を再度強調したのだった。
この言葉にセシリアは、心底あきれた。
◇ ◇ 余 談 ◇ ◇
天儀は呆れるセシリアへ、
「それに貴賓室での天童正宗は終始セシリア、君を気にしていたぞ」
と、断言。
セシリアは天儀の言葉の意図が汲めず、はあ、と疑問顔で応じるしかない。
「あいつは紳士面して、とんだスケベだ。セシリー、君のことがちょっと気になっている。君が応接すれば気を良くするのは間違いない」
セシリアは、自分で自分が美人とはいわないが、
「殿方というのは、そういうものではないのですか?」
と、天儀へ異議を口にした。
美人を前には男は喜ぶし、女だって美男子を前にすれば同じだ。どうしようもない。
「違う。それにあいつは間違いなく君のような上品なご令嬢が好みだ」
「あら、天童正宗は女性に弱いとうのなら、天儀さんもそうでなくて?」
「俺は違う」
と断言する天儀に、自分を棚に上げるとはまさにこのこと。と、セシリアはやはりあれるしかない。
だが天儀は、
「俺は頭がオカシイからな。ブレない」
そう明け透けにいって、セシリアは再度心底あきれた。