14-(1) 会戦の決着
「星間会戦」
は、両軍会敵から約4時間で勝敗が決した。この星間一号線で戦われた星系軍大艦隊による大規模開戦は振り返れば4時間という短時間で、あっけなく終わったのだ。
星間連合軍は一気呵成に攻め立て、グランダ軍もそれに果敢に応じた。
上軍司令官エルストン・アキノックは、この短さを、
「天儀のやつは、中央の李紫龍将軍が敗れる前に勝負を決めたかったからな。急ぎに急いだってわけだ」
といって副官のエレナ・カーゲンに説明した。
言葉を口にするアキノックは気分よさげ。何故ならアキノックの下軍の天童正宗への急進が勝敗を決したといっていい。いまのアキノックは気分がいいのは当然といえる。
副官のエレナはけげんそうに問う。
「我々がいかに急ごうと、そう簡単に短時間で決着とはいかないのでは?」
戦いにおいて短時間で勝つということは最も好ましい。長々とダラダラ続けても被害は大きいし、戦っている時間が長いということは、それだけ逆転を許す可能性も高いということだ。
だが、戦いは1人ではできない。相手がいる。こちらが一方的に勝敗を急いでも、相手が乗ってこなければ、短時間で決着がつけることは難しい。
「そうだよ。マグヌス天童も中央の勝利を急いだんだよ。天童正宗は中央の決着を何より優先した。予備の投入は中央で、しかも早い。それに中央戦闘群司令の天童愛は攻めに、攻めたろ。間違いなく正宗の意向が伝播している」
断言するアキノックを、エレナが驚いて見る。アキノックの確証も、エレナからすれば、まだ断定するには材料が足りない。
「それに急いだのは天童兄妹だけじゃない」
とアキノックはいうと、敵の左翼、東宮寺朱雀の艦隊を指さした。
「凶星部隊の投入ですか?」
「そうだ。急ぐ天童正宗に星間連合軍全体が引きずられた。凶星部隊の投入は、早くもなく遅くもなく――」
この後に続きそうな言葉は、
「絶妙」
だが、アキノックからその言葉は出なかった。代わりにでたのは、
「最悪だったな。あのタイミングでの投入は必要ない」
という言葉だった。
「攻めたいのか、守りたいのか、虎の子の戦力を、ここぞ!という強烈なタイミングで使えなかった。凶星部隊の投入には意思がない」
エレナは、このアキノックの言葉に、
――言葉の根拠はアキノックの動物的勘でしょうね。
そう内心嘆息して思った。
エレナからしても、いわれてみれば凶星部隊のタイミングが悪い気はする。だが、そう感じる根拠まではわからない。
「天儀は無意味なところで凶星部隊を引き出した。天儀の麾下が押せたのはこれが理由だ」
ともアキノックはいった。
「意図したんでしょうか?」
戦場では偶発的なことが重なって結果がもたらされるということは往々にしてある。いや、日常でもそうだ。意図したこととは違ったが、結果オーライ。そんなことは、生きていればまま体験する。
エレナには凶星部隊の無意味が、意図したものなのか、度重なる選択肢の結果、偶然もたらされたものなのかわからない。
アキノックは、エレナの疑問に、
「どうだかな。凶星部隊の戦力評価は1個艦隊以上。あんな強烈なもんが戦場に登場すれば、それだけ厄介だ。タイミングがムチャクチャだろうが、そのまま押し切られかねない。どうやって対処するか思いもよらん」
そう応じただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会戦直後にグランダ艦隊内部で発行された
『グランダ軍戦報』
によれば、星間開戦はグランダ軍6個艦隊、星間連合軍7個艦隊が、お互いに左翼・中央・右翼を形成し交戦を開始。
星間連合軍の天童正宗は、グランダ軍の中央を突破する計画だったが、その前に左右の翼、特に右翼を抜かれたことが決定打となり敗北した。
そして、これはそのまま戦後の人々の共通認識となる。
星間会戦は、天儀がどう勝ったか、ではなく、
――マグヌス天童が何故負けたか。
が、重視され研究の題材とされた。
それだけこの宇宙において万能の天才、イレギュラーヒューマノイド天童正宗の存在は大きかったといえる。あらゆる分野が専業化された多惑星間時代において、どんな分野でも高い能力を発揮する「万能の天才」などイレギュラーな存在だ。人々にとって天童正宗は、イレギュラーが人の形を成したような男でもあったのだ。
正宗の敗因は、『グランダ軍戦報』によれば、会戦直前の
「9個艦隊中の2個艦隊の分離」。
これは開戦直後から指摘されていたいことだが、加えて、
――中央への過剰配備。
――予備二個艦隊の質の劣悪さ。
の二つが『グランダ軍戦報』には記載されている。
星間連合軍の中央に配置された4個艦隊の内、2個の第八艦隊、第九艦隊、この予備艦隊は第一艦隊から第七艦隊と比べると旧式艦と簡易建造艦で構成され、兵員の質も低かった。
そもそも、この2個艦隊は40年前の創設当初は、出払う七個の艦隊に対し星系守備に残されるはずの艦隊だったのだ。
加えて新設の2個艦隊は、グランダの6個艦隊へ対して、実質的には数の水増しという役割が大きかった。
多大な予算を投じられて、新設された鎮衛第一艦隊、鎮衛第二艦隊(後の第8艦隊、第9艦隊)だったが、当初はその質の低さから星間連合軍内では、
『クソちん――』
と、蔑称されていた。
新設の予備艦隊2個を管理するのは、同じく新設された、
「星系鎮所」
と呼ばれる機関で、この星系鎮所の鎮の前に糞をつけて侮蔑したのが『クソちん』である。
星間連合軍もこの問題点は、認識しており星系鎮所を廃止、予備2個艦隊を正式に第八、第九艦隊として、様々なテコ入れを実施。数字上は他の七艦隊と遜色ない戦力となるように改善が行なったが、この悪しき出発点の問題は払拭しきれず、やはり装備と質は他の七艦隊と比べると下だった。
さらに正宗の敗因を上げれば、
――左翼アキノックの過小評価。
――凶星部隊の壊滅。
これらの要素が星間一号線の星間会戦で、星間連合軍へ敗北をもたらしたといえる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会戦終終了後、アマテラスのブリッジで司令長官・天童正宗と、司令長官を輔弼する軍令部は武装解除の作業に追われていた。
宣戦布告から100年、第一次星間戦争から40年。この100年間に両国の間で様々な戦争条約が結ばれ、戦闘後の処理についてもガイドラインが共有されている。守るか守らないかは、結局のところ当人たちに委ねられるが、天童正宗は条約に乗っ取り粛々とこの作業を行なった。
作業が進むなか、アマテラスのブリッジ及び艦内は落ち着きを取り戻していた。
先程まで忙しく指示を出していた司令長官正宗も、いまはブリッジ内の席で武装解除の進捗を見守っているような状況。
いまのアマテラスには、どこかホッとした雰囲気すらある。
そんななか正宗の横にあるコーネリア・アルバーン・セレスティアル。
この公女コーネリアが、
「惑星割譲や、莫大な賠償金が要求されるのでしょうか」
と、今後の懸念を漠然とだが口にした。
これに正宗が応じ、
「今時それはないでしょう。戦争の目的は色々言われていますが、グランダの皇帝を星間連合でも皇帝にする。つまるところ彼らの要求はこれです。そしてグランダ側からすれば皇帝の意向で始めた戦争は中止できない、というのが、戦争が続てしまっていた理由でもある」
と、どこか他人事ようにいった。
「二つの宇宙の皇帝ですか。私には野望が大きすぎて理解できません」
このコーネリアの言葉には、暗にそんなくだらない事のために戦争をしたのかという批難が隠されている。
「そうですね。で、そうなると向こうは同君連合が望みでしょうが、その程度ではすませない。逆にこれを利用してグランダを星間連合へ取り込んでしまいますよ。国力は我々のほうが大きい」
「まあ、もうそんな先のことまで」
コーネリアが驚いていった。コーネリアからすれば、いま負けたところで、戦後処理をどう進めるかを考えているとは舌を巻くしかない。確かに1秒でも刻めば過去といえるが、天童正宗の切り替えの早さはコーネリアを驚かせた。
「敵の司令長官といえる天儀という将軍は、戦争を終わらすということが目的で開戦したと聞いています。なら我々はその一歩先を行く。二度と戦争が起きないように両国を一体化してしまえばいい」
「そうなると象徴君主制ですね。グランダ皇帝は、あらゆる手段を使い政治の実権を握っていると聞いていますが、戦争に勝ったら逆に何もできなくなる。お可哀想に」
コーネリアからして、両国の融合という正宗の考えが具現化するなら、皇帝が実権を握るような政体は絶対にありえないとわかる。ということは、どう考えてもグランダ皇帝は政治力を失う。
「そういうことです。星間連合軍は負けたが、星間連合という組織は健在です。外交や政治力、電子戦能力、経済力。全部我々が上ですからね」
いってから正宗の口中に多少に渋さが残った。
そう、あらゆる力は上だった。劣るのは星間連合5星系に対し、グランダ7星系という星系の数ぐらい。
だが――。
負けたのは星間連合軍だった。それでも何故負けたかにこだわるより、未来をどうするかに脳を使うべきだ。これが正宗の考えだった。
「星間戦争について伯父様とお父様が、話しているのを聞いたことがあります。勝った時のことです。今、正宗様が仰った二度と戦争が起きないように両国を一体化するというようなことを話していました」
「それです。私と意見と似たような考えを持つ人は星間連合の政界には多い」
「勝っても負けても似たような結果になると。名を与えて、実を取る。星間連合らしいです」
いい終わるとコーネリアが、苦笑した。
コーネリアからして、グランダ皇帝が滑稽だったからだ。グランダと星間連合という二つの宇宙の皇帝になっても単なる象徴となり下がる。これはグランダ皇帝が望んでいることではないだろうと容易に想像できる。
「ただ一つ想定と違うのはグランダ皇帝が、星間連合でも皇帝になるという点だけです。ここを飲めば、あとの交渉はこちらが主導権を握れるでしょう」
「伯父様より偉い人が出来るということですね」
コーネリアは、そう冗談をいった。コーネリアの言う伯父とは、星間連合の盟主的存在であるセレスティアル家の現当主のことである。
正宗が、そうですね。と、苦笑してから言葉を継ぐ。
「今の両国は、技術、資源、経済面で相互依存の関係にある。特に塞外系の惑星では、資源供給や経済活動がお互い相手国に依存していますから、お互いにいいことは多い」
「星間連合系企業で本社がグランダの星系にある会社もありますものね。その逆もしかりです。軍事面でも物資だけでなく、共同研究などして技術ですら相互依存しているところがりますし」
電子技術で強い星間連合に対して、グランダは軍艦主砲系の技術の重力砲技術に一日の長があった。二足機系の技術は、どちらが特に強いということも出来なかったが、お互い自国のほうが優れているという見解を持っている。
「そういうことです。そして星間連合系星系の不安定は、グランダ内の安定にも良い影響は及ぼさないどころかグランダ内も不安定化するでしょう」
「そうなるとグランダは、星間連合側の要求をむげにするようなことは出来ないと。なるほど少し安心しました。私は戦後どんな大混乱になるか。それが不安でしたから」
コーネリアは、そういうと、
――負けた現実を前に、未来の見通しが暗くない。
と感じ、敗北という闇さが払拭された。
粛々と進む降伏作業も、星間連合軍内に正宗が口にしたような見通しがあるからだろう。
話が一段落。正宗とコーネリアの間に沈黙という間が一つ。
正宗がその沈黙を破り、
「でも勝ち負けの差は大きい。私は敗れた――」
と、自身に言い聞かせるように付け加えた。
この正宗の嘆息のように漏れた言葉に、コーネリアが目を伏せる。
なんといっていいかわからなかったからだ。下手なことを言えば、正宗の誇りを傷つけ、惨めにするような気がした。
正宗は、
――心根の優しい方だ。黙ることで応じてくれたな。
と、コーネリアの優しさを感じた。
「これほど野獣のように攻め立てられるとは」
正宗が難しい政治の話から、場の空気を何段か軽くしていった。
いま会戦で激しく攻め立てたのは、星間連合艦隊というイメージが何故かある。そして、このイメージは戦争全体にも及ぶ。不思議なものだ。戦布告をしてきたのはグランダで、攻めてきているのはグランダ艦隊。現に戦場は星間連合の領内だ。
――どうしてか?
と、正宗は思えば、そうか、と一つ答えが浮かんだ。
――妹の愛のせいだな。
そう結論すると同時に可笑しみを感じ、正宗は口元に手をやり含笑していた。
星間会戦で、天童愛が猛烈にして苛烈に攻めたことで、星間連合が攻めに攻めた星間会戦、星間連合が攻めまくった星間戦争というイメージが世間に定着した。
軽くなった場の空気に、
「あら、ライオンやトラのような方なのでしょうか」
コーネリアも冗談を半分、軽やかさを混ぜて正宗へ応じた。
「どうでしょうか。戦場と一体になる男でしょう。最初から最後まで主導権を奪えなかった。我々が宇宙の何処かで肩を回すだけで、天儀という男にはにはつたわり、その少し肩を動かしただけのことを利用される」
そう正宗が肩こりほぐすように右肩を回しながらいった。
「まあ、正宗様を手のひらの上で踊らせるだなんて、随分賢い方なんでしょうね」
「それはどうでしょう。私より頭がいいなら戦争はしない」
正宗が冗談とも心胆から出たとも判別できない言葉を口にすると、
「金持ちけんかせず、ですからね」
と、コーネリアは笑って正宗を優しく包み込んだ。
――金持ちけんかせずか。
正宗は、コーネリアのこの言葉に、これから訪問する敵旗艦大和で顔を合わせるであろう天儀という男に憤りを覚えた。
わざわざ戦争をしようと思った狂った馬鹿は、どんなヤツだ。その瞬間的に感情が沸騰し、隠し押さえつけていたものが思わず外へとでた。
「両国はあらゆる面で相互依存関係にあった。なぜ戦争する必要があった。交渉で融和融合するのは惑星間時代の常。そうやって我々は国家の規模を拡大してきたのではないか。星間連合5星系11惑星、グランダ7星系8惑星が融合して何が悪い。戦争をする必要があったとは思えない」
これにコーネリアは思わず苦笑してしまう。正宗は感情を露わにして真剣なのにだ。コーネリアは悪いとは思ったが、コーネリアは自身の正宗への敬愛ともいえる思いの方が抑えきれなかった。
「ごめんなさい。正宗様でも怒るのですね。私なぜか随分と安心いたしました」
そういうと正宗へ向けて微笑んだ。
正宗は、これに毒気を抜かれ、
――なるほど自分も負けたことがかなり悔しいのか。
と自覚し、沸騰した感情が一気に覚めたのだった。
同時にでも負けたのは自分で、これ以上戦うことは不毛だと自分へ強く言い聞かせた。敗北したという事実は揺るがない。過去取り繕うことは不毛で、未来に生きたほうが有意義だった。