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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十二、星間会戦編
111/126

13-(10) 紫龍と天童愛(中央の決着)

 グランダ軍中央を形成する李紫龍りしりゅう下軍かぐん。いや形成した。と、過去形でいったほうがいいこの3個艦隊による連合艦隊は、いま天童愛の4個艦隊に飲み込まれようとしていた。

 

 中央を担当する司令官天童愛(てんどうあい)の、


「強情な男へ、嫌でも負けをわからしてやります!」

 

 この一言で、星間連合軍の中央戦闘群は、

 ――ヤマトオグナを扶桑へ向け突入させる。

 という凶暴な一手に打ってでていた。


 旗艦の突入は当然、周囲の友軍も引き込む形となる。

 一瞬にして大攻勢が展開。


 対して、李紫龍は押し寄せる敵艦艇の波を前に、


「なんて強引な女だ。つつしみながない!我らが相手をしていたのは、とんだアマゾネス(猛女)だったな」

 そううめき、追い詰められつあることを否が応でも自覚。


 天童愛のこの凶悪な突入で、ついにグランダ軍中央で唯一隊形を保っていた扶桑麾下の隊形も崩壊。下軍は完全に潰乱かいらん。戦闘を継続している艦は10隻にも満たないというありさま。

 

 下軍旗艦扶桑も、ヤマトオグナを含む敵艦数隻に取り囲まれ、砲戦に入っていた。


 扶桑ブリッジでは叫ぶようなされる被害報告が止まらない。そして、いままた、


艦橋かんきょう付近に至近弾!かすめました!」

 という報告が上がっていた。


 敵の射撃精度は発射されるたびに上がっている。

 

 紫龍は報告を、

 ――つまり、次は当たるということか。

 と解釈。いまの紫龍の顔には、顔には鬼気迫るものがある。

 

 ヤマトオグナからの射撃は激しい。


 扶桑の艦橋は、根本に直撃弾を受けすでに傾きピサの斜塔しゃとう。次、直撃弾をうければ艦橋が分離しかねない。

 

 そんななか再び船体が揺れ、


「至近弾!」

 という叫び。もう報告ですらない。


 ――これは死ぬ。

 紫龍が直感し、


「死ねば名誉が回復されるとは思わないが、それ以外に手立てもない。諸君と運命をともにできることを喜びすら感じる。後悔はない」

 と叫んだ。


 だが、その瞬間、中央の両軍に静寂が包まれていた。


 ――静寂。

 とは、つまり星間連合軍からグランダへの砲撃が止んだのだ。


 紫龍は爆沈を覚悟したと同時に、突如空白の時間に投げ出されたのだった。


 ――何故敵は攻撃を止めた。我らを一網打尽にする何かがあるのか?

 と、紫龍が少し顔を上げるようにする。


 捕虜ほりょにしてしまいたいとか、もっと効率よく殲滅せんめつする手立てがあるとか。

 紫龍が目にしたブリッジの中央の戦況モニターには、敵艦の示す赤い大小の点で埋め尽くされ、自軍の艦艇を示す青い点どころか、自身の乗艦する扶桑を示す青い大きな丸すら見えない。

 

 いぶかしむ紫龍へ、副艦長の孫達が、


「将軍。降伏です」

 と、茫然自失ぼうぜんじしつといった様子でつげてきた。


 紫龍が声の方向へ目を向けると、憔悴しょうすいしきっている孫達の顔があった。

 瞬間、紫龍がかっと激しく反応。


「ならん!それだけはならん。耐えかねるのなら私が自決してからにしろ。下軍司令に降伏はない!」

 

 降将こうしょうの汚名は残せない。絶対にだ。部下が降伏したいと願うなら自分が死んでからにしてもらう。

 

 紫龍からして、死ねば祖父の汚名を雪げるなどという安易かな考えはないが、降伏すれば汚名を重ねることに他ならない。

 

 孫達が激しく反応する紫龍へ叫ぶ。


「違います!敵艦から続々と投降信号が出ています!」

 

 孫達は、さらに紫龍の両肩を掴んで揺さぶるように、


「我軍が勝ったのです!勝ったんですよ!」

 と、紫龍と、そして自身へ言い聞かせるようにいった。


 オペレーターが孫達に続くように、


「敵第二艦隊旗艦ヤマトオグナから降伏信号です!ヤマトオグナ艦長天童愛が麾下の4個艦隊を代表して投降を申し出てきました」

 と、つげると扶桑ブリッジに歓声が沸き起こっていた。


 ――勝った。


 李紫龍は再び空白の時間にとらわれた。何かが起きたのだ。勝った。取り敢えず勝った。

 紫龍は呆然としたまま停戦を指示したのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天童愛は第二艦隊旗艦ヤマトオグナのブリッジで、星間連合軍旗艦アマテラスから降伏信号と戦闘停止命令を受け取った。

 

 左右が突破されて、自分が間に合わなかったのだ。と、天童愛は強烈に自責。足元がゆらぎ、思わず目の前のコンソールに手をついた。


 ――敗北の責任は自分にある。

 と天童愛は打ちのめされ、


「あれだけ押していたのに何故――」

 その後の言葉が続かない。


 何故倒しきれなかったのかわからない。


「お兄様が、敗北。私のせいです」

 

 愕然がくぜんとうなだれる愛に、副官の常守つねもりが、


「そうです、敗北です。艦隊指揮官としての義務を果たしましょう。負けてもみじめに振る舞うなと、正宗様の言葉です」

 と、言葉をかけた。


 天童愛は艦隊中央戦闘群司令官。何故負けたなどという敗北に浸っている暇はない。

 

 常守は、打ちひしがれ狂乱すらしかねなそうな天童愛へ、

 ――司令官としての義務がある。負けたからといって終わりではない。

 と厳しかった。


 天童愛が苦渋を抑えこみ、顔をあげ、


「降伏します」

 と一言。

 

 天童愛の心が少し軽くなった。一言だしてしまえば何の事はない。

 ――負けを認めたくない。

 と、激しく揺れていた感情も揺れが止んでいた。

 だが同時に強烈な敗北感にも襲われ、天童愛の心は消沈。天童愛の周囲に暗さがただよう。敗北感に押しつぶされないように必死にあらがいつつモニターへと目をやる天童愛。


 降伏するには、降伏を申し入れる対象が必要だ。どの艦艇へ降伏を申し入れるかでも扱いが随分違ってくるのは想像に難くない。


 天童愛は、

 ――敗北感。

 という気だるさに押しつぶされそうになりながらも、降伏を申しれる艦を疲労の濃い目で画面上から探す。


 画面は自軍の艦艇の表示で埋め尽くされ、残っている敵艦がわからないぐらいだ。


 ――表示を拡大し、艦艇を探さなければ。

 と、天童愛は思うが気だるさと疲労感で中々腕が持ち上がらない。


 ――やはり負けを認めたくない。

 と、いう思いが疲労感とともに天童愛の胸懐にしみる。


 だが降伏は、迅速に済まさねばならない。星間連合軍は、敗北したのだ。行動に遅滞を見せれば、逸脱行動と見なされお兄様に迷惑がかかる。

 

 天童愛の持ち上がらない腕、だが指先はタッチパネルの操作しなければ、という意思が伝達されているのか少しだけ動いた。


 常守が消沈する愛へ、

 

「敵の中央軍の旗艦は一応残っておりますが」

 と、ブリッジの窓から見える巨艦を指差した。


 天童愛は、常守の指先へ視線を向けて思う。

 そう。敵はあんなに近くにいた。

 

 ――ヤマトオグナの重力砲を8回は命中させたはずです。


 いま天童愛の目には、重力砲の被弾で艦橋が根本から傾いている扶桑が映っている。


「あれで負けを認めないなんて……」

 と、天童愛は独りごち。目の前にいた敵下軍旗艦扶桑に降伏信号を上げるように指示したのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天童愛が副官の常守を伴って扶桑へ一歩足を踏み入れると、出迎えにきた将校しょうこうたちの間に溜息が広がり、次に畏怖いふが広がった。

 

 まず美しさに目を引かれ、遅れて、

 ――好奇の目を許さない。

 という天童愛の頑なさが、出迎えた将校たちへつたわってきたのだ。


 そう星間連合軍・中央戦闘群旗艦ヤマトオグナは、グランダ軍・下軍旗艦扶桑(ふそう)へ降伏を申し入れていた。


 ヤマトオグナから発進した接続艇(ランチ)が扶桑へと収容され、接続艇の扉が開くと、そこには、

 ――りんととし、腰まである黒髪が美しい若い女性。

 

 誰もがひと目見て、

 ――こいつがアイスウォッチ(天童愛)か。

 と確信した。


 確信したと同時に、誰もが跳ねるように敬礼していた。

 

 応じる天童愛といえば余裕がある。堂々として、


「中央戦闘群司令・天童愛です」

 そう口にしながら敬礼。


 一言短く出しただけで、場が天童愛に呑まれていた。


 出迎えた将校たちは完全に気後れしつつ天童愛を案内。

 だが案内についている将校たちは背中に冷えたものを感じ居心地が極めて悪い。

 当然、背中が冷え上がる理由は天童愛。

  

 天童愛の体貌たいぼうから冷気が湧き立っているのだ。


 将校たちは緊張を強いられ寒々とし、冷や汗をかきながら、

 ――なんだこの女は?!

 と天童愛をチラリと盗み見る。


 だが目の端でとらえた天童愛の表情には険呑けんのんな色はなく、余裕すらあり、そして美しい。


 一方、この様子を眺める常守は少し違う。

 

 天童愛に従う常守は、

 ――そんなに、ご威嚇いかくなさらなくても。

 などと思わず心中で苦笑。


 宇宙空間での一大決戦という機会がめったにないのと同様に、降伏、そしてそれによる投降作業の機会もめったいない。

 常守は投降作業進める天童愛の緊張を見抜いていた。


 案内の将校に続き扶桑艦内を進む天童愛と常守の2人。

 2人が乗り移った扶桑艦内は慌ただしく、乗員たちは大わらわで被害状況を調べている。


 天童愛が進みながら目にしたのは、被弾の衝撃で塗装が剥げたり、内装表面に亀裂の入った艦内だった。ヤマトオグナは至近弾を二発受けていたが、それ以外の被害はなし、当然内装は綺麗なままだ。

 

 愛は扶桑艦内を見て、もぼろぼろだ。どちらが勝者なのかわからない。年配の兵もずいぶん多い。など断片的な感想が次々を頭に浮かんだ。

 

 そして2人がすれ違った古参兵たちは、


「これで紫明しめい将軍の名誉は回復される」

 ということを盛んに話していた。


 天童愛が常守とともに案内された部屋に入ると1人の若者。

 若者は下軍司令官・李紫龍と名乗った。

 

 ――あら、まるで貴公子ようですね。


 これが天童愛の李紫龍の初見の印象。目にした李紫龍は、長い真っ黒なストレートの髪が美しく、身にまとう雰囲気は別格。

 天童愛は続けて、お兄様とさほど年齢は変わらないとも思った。


 そして天童愛はホッとしもした。

 

 普通は格下、つまり敗軍の将から名乗り出なければならないが、李紫龍が機先を制すように名乗り出てくれたおかげで、天童愛はみじめさがいくらか和らいだ。天童愛は勝利に興奮し丈高とする男すら想像していたので、紫龍から落ち着いた優しさを感じると戸惑いもしたが、安心しもした。


 天童愛は安心すると通された部屋がよく見えた。

 

 まず目に入ったのは対で置かれたソファーが2脚、間には背の低いテーブル。

 そして部屋の内装は豪華な作りだが、いまはそれが台無しな状態。


 天井てんじょうの板は何枚か欠落し黒々とした穴を晒しているし、シャンデリアがあったと思しき場所にはむき出しのライト。恐らく砲戦の衝撃で壊れてしまったのだろう。いくつかの部屋の調度品もおかしい。天童愛は調度品の元の姿を知らないので、違和感がある。としか感じないが。


 天童愛と常守が部屋のソファー座ると、茶と菓子が運ばれてきた。

 これに紫龍が眉間にしわを寄せ、茶と菓子を運んできた年配の兵をたしなめるように言葉をだした。


「なんだ。ワインかウィスキーでおもてなしすると指示してあったろ。どうしたことだこれは」


「全部割れております。貴賓接待用のやつは残っちゃいませんよ。安物の酒より高級茶葉と思ったのですが」


 たしなめられた年配の兵は、そう悪びれずいった。

 このやり取りを見た天童愛が苦笑を一つ、

 

「あら、少し激しくしましたからね。自業自得というところでしょう。でもわたくしお茶好きですのよ」

 と柔らかく微笑むと、李紫龍と茶を運んできた年配の兵がこれにたまらず笑声を上げた。

 

 紫龍が笑いを噛み殺し、


「そうです。本当に激しかった。8回は死にましたね」

 というと天童愛の視線が泳いだ。


 戦闘の話となれば負けた自分は惨めに晒されかねない。と警戒したのだ。

 

 ――ですが、ここはあえて明るく強気で振る舞うべきです。

 と、天童愛は思い、


「あら奇遇ですね。ブリッジでわたくしが勝ったと何回口にしたか常守は覚えていて」

 そういって、あえて笑貌しょうぼうを見せた。


「8回ですな」


「あら、わたくしったらそんなに?8回も恥をかいてしまうだなんて恥ずかしいわ」

 

 この天童愛の強気とも言い訳ともとれない苦しい心中がにじんだ発言を、紫龍は微妙な笑いで流した。

 

 紫龍は若い。加えて敗北に打ちひしがれる天童愛に、司令官という将軍の姿ではなく、単なる消沈する女性を見て、掛ける言葉が思い浮かばない。


 一方の天童愛は、上手く笑えただろうか、などと思いつつ、言葉を口にするおりに紫龍を直視できず視線が泳いだなとも思い言葉を口にした直後から、

 ――見苦しい微妙な発言だったかしら。

 という苦い自覚が胸懐に満ちた。

 

 証拠に目の前の紫龍の反応は微妙なものだった。


 ――わたくしったらどうかしてますね。

 と、天童愛に負けたという事実が、また重くのしかかってきていた。


 天童愛の個性は強烈。その存在は部屋を圧倒する。そんな天童愛に暗さがでれば室内は消沈し沈み込む。


 紫龍は場の空気が暗く沈む前に、それでは、と2人の前に書類を差し出すことでこの話題を流した。

 

 紫龍から差し出されたのは、ヤマトオグナの投降に関する書類だ。

 

 天童愛が出された投降に関する書類に目を通しサインをしていく、これでヤマトオグナはこれでやっと正式に降伏したことになる。

 

 紫龍はサインされた書類を一枚づつ確認、


「問題ないですね」

 といって部下へと手渡した。

 

 降伏とヤマトオグナの投降作業は、これで一段落。

 部屋に無事作業が終わったという安堵の空気。同時に話題がないという微妙な沈黙。

 天童愛が動いた。


「私、かなりの負けず嫌いで意地っ張りなのですが、紫龍様はそれ以上ですわ」

 

 天童愛に突然言葉をかけられた紫龍が、少し驚いたように天童愛へ目を向ける。

 その目に天童愛が真意をつげるために、


「完敗です。敗れました」

 と、言葉を継いだ。


 天童愛の肩から力が抜けていた。すっぱり負けを認める。それが自分らしいと天童愛は思う。

 

「なるほど。でもその言葉は、下軍の将に私を起用した大将軍にお贈り下さい」


 こんどは天童愛が、

 ――何故です?

 というように紫龍を見つめた。


 天童愛からすれば紫龍を、認めて最大限に賛辞を送ったのだ。それを流されれば良い気はしない。普通は内心どうあれ素直に受け取るものだ。

 

 ――育ちはよさそうですが、社交辞令を知らない。

 とすら天童愛は思い。言葉の真意を目で問いかけたのだ。


「我らはともに大将軍の手のひらの上で踊ったのですよ。それだけです。私は麾下の3個艦隊が消滅しても戦うという決意を利用されました。どうしたら勝てるなど考えもしなかった。役割に徹しました。対して大将軍は、貴女あなたの行動も読まれていた。中央の下軍は瀕死になるとわかっていてのこの紫龍の起用ですからね」

 

 この紫龍の言葉を、天童愛は戸惑いを含んだ微笑で受けた。

 

 天童愛は言外に、

 ――自分は貴女に勝ったわけではない

 というような色合いを感じ取ってしまったからだ


 つまり紫龍は、

 ――この天道愛を気遣った。

 そう思うと、天童愛の中でまた敗北という苦さが広がり、それが次第に疲労となって心に重くのしかかってきた。胸間に広がる疲労に、天童愛は敗北感というものを知った気がした。

 

「手のひらの上で踊った、なるほど。会戦の中央で、2人でワルツでも踊っていたのかしら。そう考えると気持ちが良いものですね。でも、それならわたくしもう少し紫龍様に合わせたらよかったと思います。一方的に好きなように踊ってしまった気がしますから」

 と、天童愛が微笑とともにいうと紫龍は、


「はは、確かに次があれば加減してください。女性を引き立てるのは、男の役目ですから。今回も十分それを果たしたと思いますが」

 と、いって立ち上がり、2人へ優美な会釈を見せてから部屋を出て行った。


 続いて天童愛をここまで案内した将校たちもでていく。

 

 愛と常守の2人は、指示があるまでしばらくこの部屋で待機となる。

 部屋には静寂が満ちた。


 目を伏せるようにしてたたずむ天童愛へ常守が、


「艦内を見ましたか」

 と、声をかけた。


 言葉は問とも、天童愛の気を紛らわすための世間話程度の話題振りとも取れる。


「ボロボロでしでしたね」


「そうです。そしてもうとうに退役していても良さそうな古参兵ばかりでした」


「確かに、ご年配の方ばかりでした。ボロボロの艦に、古参兵、昔見た映画のようでしたね」

 と、軽い言葉を口にする天童愛だったが、そんな天童愛へ常守は容儀ようぎを正して愛を真っ直ぐ見つめた。


 愛も常守の隊の変化を、察して居住まいを正すと、それを認めた常守が口を開き、

 

「扶桑には古参兵が多い。これはおそらく下軍全体に言えるのではないでしょうか」

 と、いった。


「そうね。戦闘中に出た捕虜も年配の方多かったと思います」

 

 常守がうなづいた。


「それに、いい年の老人がはしゃいで、李紫明りしめいの名誉が回復されるということを心の底から喜んでいましたね。わたくし、実は扶桑へ入ったら茨棘しきょくの上をゆくがごとく、当てつけのように勝ちを誇られると思っていましたので、勝ったことを、そっちのけで喜んでいる彼らを見て驚きました」

 

 心中を正直に語る天童愛、常守は大きくうなづいてから言葉を発した。


「なるほど、我らが目の前にしていた下軍は、故李紫明が率いていたのです。どうして死人を破ることができようか。おのずから必敗ひっぱいであったと言えます。愛様、李紫龍は祖父の遺徳いとくに大きく助けられたと言っていい。そして李紫明は死してなお、グランダ軍を指揮していたのです。李紫明は真の名将です。これに敗れたことは恥じることはありません」


 この常守の言葉に、天童愛の眉間にしわが寄ったかと思うと、サッと目を伏せた。天童愛は、常守が自分を気遣ってくれるのがよくわかって目頭が熱くなったのだ。いまはただ老常守の暖かさだけが胸にしみた。


 そして思った。なるほど死人に負けたのか。それなら確かにどんなに押しても死なないはずだと。


 ――おのずから必敗。

 なら誰が何をしても無駄だ。


 天童愛は、いまはもう、お兄様はどうしているだろうとそればかりが気がかりだった。

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