13-(8) 李紫龍の新陣形(中央の戦い)
星間一号線で戦闘が開始されてから1時間。
グランダ軍の中央を受け持つは李紫龍。
その紫龍の下軍3個艦隊は、瞬く間に天童愛の3個艦隊に呑み込まれたのだった。
「敵、攻勢面前進!」
下軍旗艦・扶桑ブリッジには戦況をつげるオペレーターの声。
とたんに扶桑ブリッジに、
――まずい早すぎる。この前進は苦しい。
という重さが広がった。
副艦長の孫達などは、
「敵は無鉄砲にも程がある。何故こんなに無造作に前進させた」
と、思わずもらしていた。
この強気の言葉は当然、焦燥からくる。
一番面倒で嫌なことをされた――。
という苦さが孫達にはある。
戦い序盤は勢いづくといっても、普通もっとジリジリと様子を見るような動きがでる。それが敵は、こちらの手の内がわかりきっているというような一気呵成の攻勢。
紫龍が、孫達を見ずに、
「見抜かれたんだよ。敵将の天童愛は我らの初動の一端を見て、こちらの廟算を見透かした。これはきつい戦いになる」
そう応じた。
「まさか」
「どう考えてもそうだ。噂に違わぬ有能な女だ」
孫達の驚きに応じる紫龍の顔には、鬼気迫るものがある。
そう中央の李紫龍の麾下は、
――グランダ軍のなかで最も数が多い。
といっても惑星降下部隊も含んでおり、会戦に参加できる戦力は実質2個艦隊半ほど。
天童愛という攻勢最強といわれる女に甘さはない。
天童愛は最前列が敵とぶつかったと同時に、
――当たりが弱い。
と直感、
「なるほど」
と口にしてから、
「数が多いと思いましたが、とんだ風船艦隊ですわね」
と、冷気を吐いた。
この天道愛の言葉に応じたのは、副官の
――常守。
という初老の男。高身長で真っ白な髪と真っ白なひげ。特殊部隊出身で、服の上からはわからないが筋骨隆々としている。もともとは天童家に古くから仕える家宰。老常守などと呼ばれている。家宰とは天童家では執事長のようなものだ。
常守はテクニカル・アドバイザーとして乗艦しているが、内実はお目付け役、兄正宗の配慮だった。
「風船でございますか?」
常守からして、いまの天童愛の言葉は抽象的にすぎる。
「そうです。正面の敵には、ほぼ間違いなく多数の惑星降下部隊の艦艇が含まれています。艦隊戦が専業の艦艇は実数より少ない。とんだ水増しですね」
天童愛は、風船艦隊の意味をそう説明した。
「何から何まで天儀という男は、虚勢をはるのがお好きなかたですこと」
暴力という殴り合いもコミュニケーションの一つ。といえばそうだ。軍事に優れる天童愛にとって交戦するとは、語り合うに近い。
天童愛は戦闘初手の感触から、天儀に対し、
――矮小な人間性。
を洞察し心のなかで唾棄した。
下軍の3個艦隊の内情を看破した天童愛の戦術は、
――紫龍軍の1隻に対して2隻を当てる。
という数の優勢を生かした戦術。
これが遅疑なく正確におこなわれ、恐ろしく的確な配置が瞬く間に展開。紫龍の下軍は想像以上に早い段階で防戦一方に立たされたのだった。
双方の軍の間に飛び出た足柄京子のビスマルクの単騎駆で、星間連合軍中央の主砲群が拘束されている間に、李紫龍の下軍は前進を開始。
紫龍から下軍旗艦扶桑のブリッジから麾下の3個艦隊へ指示が飛ぶ。
紫龍が戦況の表示されたモニターを見た。
敵戦列は前進を開始しているが、一つの点を追い、もしくは翻弄され引きずられ陣形が歪だ。
その一つの点が意味するところは、
――足柄京子のビスマルク。
足柄京子にかき乱される天童愛の中央戦闘群の戦列。
足柄は開戦と発端となる単騎駆で、完全に麾下の艦艇と切り離さ入れ合流を断念。そのまま両軍の間を遊泳していた。
――足柄司令はすごい。まだ、かき乱しているのか。
と、紫龍は賛嘆し、
「三面三角錐陣形を取る。敵は精鋭にして大兵だが、三面に対して展開できる兵力は限られる。三面防備で耐えて攻勢を漸減するぞ」
そう指示を口にした。
足柄の作った敵の乱れは、紫龍にとっては時間の余裕。紫龍は足柄の産んだ時間を活用し天童愛の猛攻を、防御陣形で防ぐと決断したのだ。
――三面三角錐陣形(スリーサイズ・ピラミッドフォーメション)。
とは、宇宙空間ならではの立体陣形の一つ。
ようは四面体で、
「三角錐の頂点を敵へ向け、三面防御を展開する」。
敵へ向けた頂点部分を軸に、三角錐の三本の線部分に艦艇を一列に並べ、この三本同士を相互扶助させ、三角の下部、つまり辺に近づくほど広がる面にも艦艇と戦術機を配置し空間を埋める。
そして艦艇で形成したデルタ多面体の内側に、二足機大量運用する母艦と予備戦力を配置し、各面防御の補助と、最も激しい攻勢に晒される頂点部分を援護する。
つまり三面三角錐陣形とは、宇宙というあらゆる方向から攻撃をうける場所で、
「攻勢を受ける面を最小限に減らし」
かつ、
「敵の攻撃を三面と頂点部分という4ヶ所へ絞り」
そして、
「敵の大攻勢を頂点部分へ誘導する」
という防御陣形だ。
当然、頂点部分に最も激しい攻撃が加えられる。この陣形の運用の肝は先端部分にあるといっていい。先端部分に優秀な指揮官を置き、全体を監督する紫龍には適宜にして迅速な扶助の判断が求められる。
孫達が防御陣の完成を見ながら、
「敵は驚きますな。これは極秘の新型陣形です」
と、紫龍へ向けて強がりを口にした。
状況は戦端が開かれた瞬間から劣勢である。しかも敵の展開が想像以上に早く、かつ的確。
紫龍が、孫達の強がりに力強く応じていう。
「天童愛は数を頼みに五面から攻囲するつもりだったろうが、そうはさせん」
宇宙空間では包囲される場合、前後左右、上下の六面から攻撃を受けるが、この三面三角錐陣形は、敵の包囲攻勢に対して敵の攻撃を頂点と三面の4ヶ所へ限定でき、攻撃は脆弱そうな頂点へと集中する。
いや事実のこの陣形の頂点部分。頂点部分が崩壊すれば、陣形も崩れる。
なお、これが既存の陣形だと正面と左右に、上下を加えた四面もしくは五面から攻囲され圧殺される。付け加えておけば宇宙空間で六面から包囲されることはありえないといっていい。地上での四面包囲ですらなし難いのに、六面となれば攻撃側にとっても面数が多すぎ包囲が薄くなるからだ。
「再三、参謀本部に蹴られた陣形だったが、今、新防御陣形の真価をしめし竹帛に名を垂らす」
詩的じみたことをいう紫龍に、孫達が苦笑しながら応じる。
「普通は、数差が決定的な場合は戦闘を回避しますからな。特に艦隊規模となればそうだ。防御特化陣形などあまり意味がない」
「無理を押して勝つ。これを常に考えてきた」
祖父の汚名を雪ぐために、
――数の不利を覆す。
というのは紫龍が常に念頭に置いてきたことだ。多数を破るには、防ぎきった後に攻勢に移る。これが紫龍の答だった。
だが、この陣形には問題点もあった。孫達が、それを指摘する。
「三面三角錐陣形は優れた陣形です。でも守るだけでは敵を破れないですからな。参謀本部は揚げ足取りが好きだとよくわかりましたよ」
「それだ。この陣形は、追撃が苦手だ。攻勢への転換がどうしても手間取る。後退する敵に痛撃を加えるのが難しい。打撃力のある母艦群の配置は後方だし、先端部分の精鋭艦隊は防御しきった時には余力がほとんどなくなっていることが考えられる」
そう応じた紫龍は、この陣形を考案した時の従姉の安心院蕎花の顔が忘れられない。
「なんと、マゾヒストな。お主は死ぬ気か」
と、呆れていう蕎花。顔は塩の塊を口に含んだような表情だ。
だが、紫龍が新陣形案を軍内に発表したとき、その優良性を認めたのは従姉の蕎花だけだった。
「艦隊まるまる囮に使うとは、大将軍はこの李紫龍の活かし方を知っている」
「それですな。防御には超優良な陣形なのは間違いないのです。長所を最大限に発揮させ、得意なことだけさせる」
「今思えばあの頃の私は一人で勝とうとしていた。だが大将軍はもっと巨視的だ。我々は三面三角錐陣形を維持するだけで自ずと勝つ」
紫龍は明るくいうと彼我の戦力の展開されたモニターに目を向けた。
敵の攻勢展開が思っていたより早い。こちらが三角錐の形成した直後に敵が攻勢を開始していた。
敵の素早い攻勢を目の当たりにした紫龍は、
――やはり強いな。
と、天童愛の手強さを嫌でも思い知らされた。
言うは易く行うは難し、紫龍は天童愛を相手に防御陣形を維持し切るのは至難とも感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
星間会戦の戦端が開かれ1時間半。
李紫龍の下軍3個艦隊は天童愛の猛烈な攻勢を受けて後退を続けていた。
天童正宗は押しきれない中央に、止めとばかりに予備の1個を追加。紫龍の受け持つ中央の下軍は、自軍の両翼からほとんど切り離されてしまっている。
三面三角錐陣形は四面体であるが、敵へ向ける頂点の裏側にはろくに戦力を配置していない。この弱点ともいえる背面を突かれないためには、上手く後退する必要がある。
紫龍は、そつなく指揮し背面回りこみを許さなかったが、それだけ後退もしていたのだ。
――味方の両翼は遥か彼方だな。
と、紫龍が悲壮感を打払いながら思った。
そして、いま三角錐頂点は猛烈な攻勢を受け、三面も同時に強烈に圧迫され、
――陣形は崩壊しようとしていた。
下軍旗艦扶桑のブリッジに、
「頂点部分のフレッド戦隊崩壊します。戦隊旗艦は離脱。こちらへ合流してきます」
というオペレーターの報告が飛んだ。
ついに三面三角錐陣形が崩壊した。
李紫龍がこれに間髪入れずに応じ、
「よく持ったほうだ。後退の判断もいい。たとえ能力が低下しても軍艦は戦場にいる限り砲戦も電子戦も行える。存在するだけで敵の脅威で在り続ける」
そのまま陣形変更指示をだした。
「残った艦を三つに分ける。三隊うち一隊に必ず敵の攻撃が集中する。残りの二隊でその一隊に取り付いた敵を攻撃する」
さらに紫龍は念押しするように、
「三隊の間を戦術機で埋めろ。敵を間に入れるな」
と、強く指示した。
紫龍はこれまで敵の攻勢に対応してきたが、敵の中央を率いる天童愛は、
「細心にして的確」。
こちらが艦艇の並びに少しでも隙間を開ければ、的確にそこに戦術機隊や高速艦艇を滑りこませてくる。
――恐ろしく攻撃が上手い、
というのが天童愛の正確無比な攻め手に、ひたいに汗しながら対応した李紫龍の素直な感想だった。
またブリッジに、
「坂本鏡也司令の機動部隊から艦載機隊が発艦。撤収するフレッド戦隊残存戦力の支援を開始」
というオペレーターの報告が入った。
この報告に、孫達から声が出た。
「流石、鏡也司令。指示を出す前に対応している」
「フレッドも鏡也も私の三面三角錐陣形理解者だからな。フレッドは特に、軍内にこの陣形を発表した時に、先端部分に自分を仕えと迫ってとんでもない男だ」
フレッドを持ち上げる紫龍の言葉に、孫達の表情が、なんとも言えない顔になる。フレッドの顔をも思い浮かべたからだ。
――フレッド・M・山本。
は、若くて長身、端正な顔をしているがとんでもないマゾヒストな性癖をしていた。星系軍で毎月必ず3日間の昼夜行軍の訓練を提出する軍内で有名な変人で、その3日間フレッドはほとんど寝ないという。交代制の星系軍に昼夜貫徹の訓練の義務はない。フレッドの部下もマゾ揃いだった。
なおフレッドは同僚や上司から雑務を押し付けられても、
「試練だ!」
と、喜んで受けるが、そのうち誰もが不気味がって余計な仕事を回さなくなった。
そして、もう1人の、
――坂本鏡也。
は、士官学校ではなく、その中でも特に優秀な者を育成する星系軍アカデミー出身の超エリート。
その鏡也から、扶桑のブリッジへ直接通信が入った。
扶桑ブリッジのモニターに、黒髪のメガネをかけた七三の青年。知性と生真面目を絵に書いたような容姿が映し出された。これが坂本鏡也。
鏡也からの通信の内容は、
「山本司令の崩壊を予感しましたので、僭越ながら頂点部隊の後退を指揮をしました」
という言葉から始まる、いままでの対応の報告だった。
鏡也は、重要な38個の対応をよどみなく2分で報告しきり敬礼。通信を切ろうとした。状況は抜き差しならない。こうやって報告している時間も敵は一手、また一手と迫ってきているのだ。
だが、それ紫龍は、あえてそれを止め、
「天童愛は恐ろしい女だ。私だけでは間隙は埋めきれなかった。よくやった」
と、真っ直ぐな褒詞を与えた。
「差し出がましいとは思いましたが」
「いや。見事だ。私から一々指示を出してからでは遅かった。適宜の対応に感謝する」
賞賛の言葉を贈られた画面内の鏡也が敬礼。
紫龍は、そんな鏡也へ、
「そうだな」
と言葉を口にし続けて、
「負滅だ」
そう唐突に口走った。
鏡也が、
「はい」
と返事をしたが、その返事は負滅の意味を問いたげだった。
紫龍が負滅の意味をつげる。
「お前の一手、一手がすべて負けを滅した。お前がいなければ下軍はすでに崩壊しているよ。今後、坂本負滅を名乗れ」
これに鏡也は、特に表情も変えず得心がいったというふうに、
「はっ」
と、歯切れの良い返事をして通信を切った。
通信が終ると孫達が、抜き差しならぬ状況での長話を非難するように苦笑。
「悠長なものですな」
「私は、絶対に敗北を認めない。消えてしまう前に、部下を賞賛しておこうと思っただけだ」
そう紫龍が真っ直ぐ前を見ていった。
紫龍の言葉に孫達の目が見開かれ、紫龍を凝視する。
――いま、紫龍は死ぬつもりだと宣言したのだ。
「さらりと、恐ろしいことを言わないでください」
と、たしなめる孫達に、紫龍がフッと笑って応じたのだった。
辛くもしのいでいるとはいえ下軍の状況は目下最悪。
敗北していないというだけで、次々と艦艇は戦闘から離脱している。
敗北していないのは、フレッドや鏡也、足柄京子のような優秀な司令がいるのもそうだが、単純に紫龍が、
――敗北を認めていないだけ。
というのが大きかった。
普通ならもう降伏信号を上げて、勝負は決している。
ブリッジに敢然と立つ紫龍。その姿は、
「下軍が敗北する時は、下軍旗艦扶桑が撃沈したときだけだ」
と、いわんばかり。
孫達はその姿を見て、天童愛も化物だが、それを防ぎ切る李紫龍はなんだ。と息を呑んだ。
上司の李紫龍は、手にある部隊を次々と運用転戦させ、摩滅するまで使い切っている。
こんな戦い方をすれば、下軍が負けるときは消滅するような状態となるだろう。
孫達は、下軍の敗北には、
――多大な犠牲が伴う。
と、思いゾッとし心が揺らいだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グランダ軍中央の下軍は、徐々に押されていた。
いまは、もう三分の二以上の艦艇が戦線を離脱。
下軍の状況は、
――最早、退勢をめぐらすこともかなわない。
ほとんど敗北という状況に等しいが、李紫龍は組織的抵抗を続けていた。
そんななか扶桑ブリッジに、
「左翼のアキノック将軍が、敵の右翼を粉砕し突破したとの情報です」
という報告がもたらされた。
だが、扶桑ブリッジには歓声の一つどころか、明るい空気すら微塵も生じない。
もう下軍の周囲には敵ばかりだ。旗艦の扶桑も3回もの直撃弾。
扶桑は、
――いつ何処に風穴があいてもおかしくない。
紫龍は随分前に、
「乗員は順次宇宙服を着用。腰紐での係留を厳命する」
と、艦内へ命じていた。
宇宙で船体に穴が開けば、外へ吸い出される。腰紐のフックを手近な留め金へ引っ掛け吸い出されることを防止するのだ。宇宙服一つで、無秩序に宇宙空間へ放り出されてしまえば、まず助からない。
――アキノック勝てり。
の報告を耳にした孫達は、吉報あり、という表情を作り、
「アキノック将軍が敵を抜いたんです。敵の右翼は撃破されました」
と、あえてブリッジ内の全員に聞こえるように大声で叫ぶようにした。
孫達からして、まだ本当にアキノックが敵を撃破したか不明だが、危殆に瀕する下軍にもう余裕はない。二足機1機すらもう充てがえない。いまの下軍に出せるものといえば気迫ぐらい。
――なんでも良いから士気を鼓舞した方がいい。
とうのが孫達の判断だった。
繰り返すが下軍は通常ならもう降伏しているような状況である。下軍は全体で三割以上の艦艇が離脱、または撃沈されている。
開戦当初の艦隊機能は1時間以上前に喪失。戦闘を継続出来ているのは紫龍の采配。適宜規模を縮小しているからだ。
孫達が言葉を終えた瞬間、扶桑が大きく揺れる。
また直撃弾を受けたのだ。警告音と止まず、警告灯の光が激しい。
そう扶桑の艦内はまさに地獄。
だが扶桑の乗員は誰一人降伏を口にしない。黙々とやれることと、やるべきことをこなしている。
ブリッジで敢然と直立不動する紫龍が、そんな乗員の様子を見て思わず、
「決死の形相だ。獅子奮迅とはこのことだな」
と、口にした。
それを聞いた孫達が、
「我々は死んだら紫明将軍にあえますからね」
と冗談をいって笑貌一つ。
孫達は、まだまだ戦えると決意を示したのだ。
「なるほどそれはいい。私もお祖父様にあってみたいしな」
その瞬間、今度は艦橋付近に被弾した。船体が大きく揺れ、警告音が鳴り、赤いランプが点滅する。もう三隊に分けた部隊で、隊形を維持できているのは紫龍の扶桑率いる隊だけになっていた。
紫龍が自身の前のコンソールの画面で状況を確認する。
次々と残っていた下軍の艦艇の印が、
――暗転。
暗転は戦線離脱を表示していた。
紫龍は、
――呑み込まれる。
と、確信した。
「敵は恐ろしいやつだったな。攻撃が上手い。猛攻をして、繰り出される突きは繊細にして的確」
紫龍が感傷的にいうなか、孫達は必死に叫んでいる。消火対応と船体に開いた穴を塞ぐ作業を指示しているのだ。
さらに紫龍は目をつぶり独りごち。
「軍にあっては、常に三倍の敵と戦うことを考えてきた。自信はあったんだがな」
紫龍は覚悟を決めた。紫龍は降伏を宣言しないつもりだ。
――負けるときは消えるだけ。
扶桑の乗員もそんなことは、わかりきっていた。故李紫明の名誉回復は、紫龍以上に古参兵たちの望むところ。
第一次星間戦争で汚名を被って失墜した李紫明の名誉を回復するには、
――勝つか、消滅するか。
二つに一つだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
李紫龍が、参謀部提出し軍内に提示した
「三面三角錐陣形(TSPフォーメション)」。
この陣形の初出は、星間連合軍9個艦隊に対し、グランダ6個艦隊で決戦を挑むという課題への答えの一つだ。
そう命題は、
「数の差を解消」。
この命題に対して、提示された新型陣形だった。
デルタ多面体は最も頂点、辺、面の数が少ない多面体。つまり攻勢を受ける面を最小に絞れ、そして敵の大攻勢を誘導する陣形の重心点で辺が三つ重なる頂点部分は、戦力の密度が高く硬い。
だが6個艦隊で三面三角錐陣形を形成して防ぎ切っても、防ぎきった後に複数方面に展開した星間連合軍をすべて補足するのは不可能と考えられた。
敵が攻勢を諦め後退を開始する頃には、
――グランダ軍の余力はない。
というのがシミュレーション上の回答。
敵は殿軍を残し撤退。特に敵の旗艦は難なく離脱していくだろう。余力を残した撤収を許せば、どこかで待ち構えられるだけ再度決戦となる。
戦えば漸減でき敵の数が減るが、当然として、
――こちらの数も減る。
いつまでたっても数の差は埋まらない。
紫龍の三面三角錐陣形による決戦思想は、参謀本部を中心に勝っても実質痛み分けが続きは意味がないと指弾された。
これに紫龍が、
「実質、守りきれば勝ちです。勝てば状況は変わる」
と反論すると、
「具体性がない」
と一笑に付された。
天儀は、この紫龍の三面三角錐陣形での決戦思想を言わば縮小化し、三つに分けた戦場の一つで行わせることで、紫龍の強力な新型防御陣形を活用したのだった。
そう天儀が李紫龍と下軍へ与えた役割は、
――敵主力群の長期拘束だった。
下軍が星間連合多数を戦闘に引きつけている間に、両翼で勝負を決する。
天儀が会戦前に紫龍へ向け口にした、
「負けなければ勝ち」
というのにはこのような意味があった。