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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十二、星間会戦編
108/126

13-(7) 正宗の決断

 グランダ軍旗艦大和(やまと)から虎旗隊146機が飛び立ってしばらくした頃。星間連合の司令長官である天童正宗てんどうまさむねの乗艦する総旗艦アマテラスは、左右から挟撃きょうげきの危機におちいっていた。


 ――総旗艦が降伏なり、撃沈すれば敗北。


 この状況を前に軍令長の六川公平は、


「主戦力を拘束され、旗艦をガラ空きにされた。敵は何故こんなことができる。地上戦じゃないんだぞ」

 と、思わずもらしていた。


 眼鏡の痩身そうしんえない黒い天然パーマ。だが眼光は鋭く思考は常に冷静明瞭。そんな六川の顔色は悪い。


 六川の役目は、正宗の言葉と、目の前にある現状との総合調整そうごうちょうせい。正宗から出された指示を、六川が微修正し各部隊へつたえ戦線全体を一つの形とするのだ。

 

 天童正宗が六川に求めたのは、平時の組織監査(かんさ)・管理の手腕だけでなく、戦場にあっては

 ――往時おうじの理想的な参謀長。

 の役割だった。


 戦場とは宇宙でも地上でも、晦冥かいめいの底を進むようなもの。天童正宗という他人の光を当てにして歩けば、必ず道に迷う。現状と指示に齟齬そごがれば、六川が自ら明かりを手にして、進む道を決めるしかない。命令だといって諾々(だくだく)として他人に運命を委ねれば、いつかは奈落の底へ落ちる。


 六川は尊敬する正宗の指示を盲信したわけではない。と思うも、戦場を構築こうちくするにおいて、正宗の指示を大きく修正した覚えもない。


 六川は、

 ――僕は何か間違ったかのか。

 と悄然しょうぜんとし、戦場の陥穽かんせいに、どっぷり腰まではまって動けないという不快感の底にあった。


 宇宙船を動かし、宇宙で半恒久的はんこうきゅうてきに生活圏を得る。という行為が、極めて計画的で高度な未来設計の積み重ねの上にあり、そして宇宙に人間が存在するには極めて人工的な環境に身を置いている、ということでもある。そう人類にとって宇宙での生活は、一から十まで計算されつくされた完璧な人工世界に身をおくこと。


 これは、

「宇宙に想定外は存在しない」

 ということでもある。

 

 宇宙で想定外があれば人は死ぬしかない。


 そんな時代を長くへた多惑星間時代ラージリンクプラネットには、宇宙戦争は将棋しょうぎやチェスの駒を進めるように手が進められ優劣が決すると考えられていた。

 

 宇宙で戦争をすれば、きれいな棋譜きふができあがる。つまり総旗艦が撃破されるような状態なら、軍隊はすでに組織的な機能を失い反抗不能。


 これは言葉を変えれば、

 ――総旗艦だけが狙い撃ちにされることなど理論的にあり得ない。

 ということである。


 それがいま、六川が目にする棋譜せんじょうには、有力な天道愛の中央戦闘群を残したまま、アマテラスだけが挟撃きょうげきの危機に陥っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天童正宗はアマテラスのブリッジで黙考していた。

 

 遠目から見れば正宗の座する艦長席の周辺だけ一段空気が違い、神聖ささえある。だが、平静として口を結ぶ正宗のひたいには、脂汗がにじんでいたのだった。


 まず早急に対応すべきは、右翼側だった。アマテラスの右方向からアキノックの2個艦隊が急速に迫っていた。

 

 これに正宗は、左翼から戦力を引き抜いて充てるという応急措置を選択したが、

 ――だが次の手はどうする?もう迷っている時間はないのだが。

 と、決断ができない。


 いや、中央の状況は?中央さえ押し切れ可能性はある。と、正宗が焦りとともに戦況が表示されているモニターへ目をやった。


 天童愛の中央線戦闘群は敵を大きく押し込み、グランダ軍の陣形は大きく弓なりになっている。中央のグランダ軍は瀕死ひんしだ。


 これで、まだ勝ちきれないのか――。

 正宗が悲痛した。


 そろそろ応急措置でてた戦力が、アキノックの2個艦隊と交戦へ突入するだろう。約1個戦隊が突破されるのは時間の問題。アマテラスは早急に次の行動を取らなければ、アキノックの2個艦隊に呑まれる。


 迷う正宗がブリッジ内を見渡した。ブリッジは落ち着き、クルーは淡々(たんたん)と仕事をこなしている。正宗は、まだ私の動揺はつたわっていないか。と、思ったが、いや違うとも思った。

 

 ブリッジのこの静けさは、状況を正確に把握できていものが多い。つまり、

 ――にぶさ故の平静さだな。

 と、正宗は自責しつつも皮肉な目でブリッジを見た。


 充てた約1個戦隊が戦闘に入れば、ブリッジ内は騒然とし動揺で揺れに揺れるだろう。

 ――さしずめ今は嵐の前の静けさか。

 とも正宗は思った。


 六川が正宗へ近づき、


「戦闘中の約1個戦隊は長くは持ちません」

 と、小声でつげ、正宗へ次の対応策の指示をうながした。

 

 急場しのぎの約1個戦隊は長くは持たない。わかりきったことだったが、これ以上打つ手もなかった。だが、アマテラスがアキノックの艦隊と交戦に入れば、そのまま取り囲まれて敗北する。

 

 正宗は対応に充てた1個戦隊が時間を稼いでいる間に、アマテラスと随伴護衛艦の行動を決定しなければならない。


 ――だが、どうする。

 という正宗の沈黙。


 これに六川が、


「三つです。どれかお願いします」

 と、確認するように口にした。


 ――三つ。

 とは時間を稼いでいる間に、アマテラスが選択できる行動のことだ。


 この言葉に正宗はかんばしくない表情でうなづくと、それをみとめた公女コーネリアが、あえて努めて明るく


「まあ、三つもあるのですね」

 と、正宗へ励声れいせいをおくった。


 いま正宗へとのしかかる重い重圧感。正宗が見るに、ブリッジ内で自分と似たような感情を共有しているのは六川と星守ぐらいだろう。そんななかコーネリアの声には明朗さがあり、

 ――この人の明るさに救われる。

 とすら正宗は思いコーネリアの明るさに微笑を返してから、三つの選択肢の内容を口にした。

 

「一つ。逃げる」

 

 これにコーネリアが、口元に手を当て、まあ。といってから


「男らしくない。まさかそれはありませんよね?」

 と、確認するように正宗へ目を向ける。

 

 これに正宗が苦笑し、ええ、というように余裕を持ってうなづいてからつづける。


「逃げれば左翼の朱雀すざくと中央の愛を捨てての離脱です。現状だと敗北を認めることと大差無い。これなら降伏したほうがましだ」


「では二つ目は?」


「二つ目は、中央の4個艦隊を合流を目指す。だが遠すぎて間に合わない。補足されて撃滅されるだけです」


「では三つ目が上策なのですか?」


 コーネリアの問はこくだ。と正宗は思いつつもコーネリアを憎めない。

 

「最後は、今、準備している朱雀の左翼と合流。これが一番マシですが」

 と、いって歯切れ悪く三つめの選択肢の言葉を切った。


 ――どれも悪手だ。

 正宗は口にしてみてあらためてそう思う。


 三つ目にしても敗北を先延ばしにするだけだ。粘って勝てればいいが、そのまま負ければいたずらに犠牲を増やすという最悪な結果だけを残す。勝っても敵の翻弄された指揮の稚拙さを糾弾されかねない。


 瞬間、正宗は、

 ――愛が中央を突破してくれれば。

 と、淡く思ったが、まだそんな幻想にすがっている自分に気づき自嘲じちょうした。


 確かに、そうすればあるいは勝てるな、と正宗は思う。妹の愛の中央戦闘群が勝ち、自分は朱雀と合流し粘りに粘る。そこへ妹が駆けつけてくれる。こうなれば勝てる。だが、むなしい想像だった。

 

 正宗は、

 ――妹の連携を断たれたな。

 とも思い首を振ったのだった。


 正宗の怜悧れいりな頭脳につながっている慧眼けいがんは、眼先手、先手を見通すだけに、粘って一縷いちるいの望みたくす虚しさを痛感していた。


 敗北予感すれば、朱雀艦隊と合流し粘ることは、あまりにみじめだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 虎旗作戦きこさくせんでブリッジを後にする直前の天儀てんぎが、


「あの天童正宗にとっても、戦場は非日常だったか」

 と感情なくいった。


 氷華が思わず天儀を見た。


 氷華からすれば、天儀は先程まで戦況に嬉々とし、身振り手振りで指揮していたのだ。これは冷静さを失っているわけではないが、間違いなく興奮はしている。

 

 それがいま氷華の耳に入ってきた天儀の声には、感情の片鱗へんりんすらない。


 ――なんですか突然?

 と、氷華は違和感を覚えたのだった。


「俺にはこちらが日常だ」


 天儀の目が虚空を見ていた。まるで奈落のような目。


 セシリーは真実の天儀さんの瞳には、青白い炎が見えるといっていましたが……。

 いま氷華が目にする天儀の瞳には何もない。ゾッとした。


「天童正宗ほどの男でも敗北を前に、願望から幻想を見て、妄想を信じた。これでは一を聞いて十を知るような男の脳でも眠ったに等しい。やつが目覚める頃には我々の勝ちだ」

 

 出撃を前に天儀の言葉は傲岸ごうがん


 ――あまりに危うい。

 と氷華は全身で感じ、思わず天儀を引き止めそうになった。


「天儀さんは――」

 

 感情が高ぶった氷華が天儀へすがるように声を出していた。

 

 その無表情ジト目には、いまはうれいの色がありありとつたわってくる。

 だが、出撃で高ぶる天儀極めて冷静であり、傲岸だ。


「俺は――」

 と、天義は口元に笑みを見せてから、

 

「常に眠っているようなものだな。目覚めない。だから負けない」

 そう放ってきびすを返していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 10分ほど前に、急場しのぎで充てた1個戦隊が、アキノックの艦隊と交戦に入ると、アマテラスのブリッジに大きな感情の揺れが一つ。ブリッジは動揺のるつぼと化していた。


 淡々(たんたん)としていたブリッジの乗員たちも交戦という報告に、

 ――アキノックの2個艦隊は、もう眼と鼻先。

 と、嫌でも理解したのだ。しかもまだ正宗からの次の指示はない。それも動揺を呼ぶのを手伝った。


 2個艦隊と1個戦隊では勝負見えている。アマテラスが2個艦隊に取り囲まれるのは時間の問題だと誰もが思う。

 

 ここで正宗の横に控えていた公女コーネリアが気を吐いた。


「中央の天童愛の勝ちを疑うのですか!」

 

 立ち上がりそう放つコーネリア。ブリッジ内が、冷水を浴びせられたように静まった。

 

 あの線の細いコーネリアが、強い言葉とともに敢然かんぜんと立つその姿には神々しさすらある。


 ――これがアンシャン・レジーム(旧体制)の威光か。

 と誰もが思い、ブリッジ内は粛然しゅくぜんとした。


「中央の4個艦隊が、グランダ軍を粉砕してもう戻ってきます。なぜそう慌てるのですか。ただ耐え切ればいのです。義務を果たしなさい」


 血胤けついんを輝かせ燦然さんぜんとするコーネリアから続いて出た言葉は、希望的な観測だったが、コーネリアの語勢に呑まれた乗員たちには判断の余地はない。公女の言葉は、無知や楽観視からではないと印象づけた。

 

 それに耐え切って4個艦隊が戻ってこれば、確かに勝負はわからなかった。


 なお、この折のコーネリアは手をギュッと握りしめつつ膝に震えを覚え、わたくし、顔は青くないかしら。と、内心は憔悴しょうすいしたような気のちじみ上がりようだった。


 コーネリアの毅然きぜんに呑まれた乗員たちの目は、自然と横へいる男へと移っていた。

 

 公女コーネリアの横には、颯爽さっそうとする天童正宗。さしずめ公女様のナイトだ。


 マグヌスを冠して呼ばれる、このナイト(正宗)なら公女様の言葉を具現化するすべを知っているかもしれない。誰もがそう思った。


 目は口よりものを言う。乗員たちの視線は、

 ――どうなんですか天童司令長官。

 そう目語している。


 正宗は集まった視線へ、


「左翼、朱雀軍との合流を開始する」

 と、いった。声は落ち着いており、勝利を疑っていない態度だ。


 アマテラスの朱雀艦隊との合流は、場当たり的な対応にすぎないが、


「星間連合軍中央の勝ちは疑いがない。我々が負けなければ勝ちだ!」

 そう正宗は放った。


 これで状況は最悪だが、数時間左翼で耐え切れば勝てる。という雰囲気ブリッジがでて、乗員たちはまた淡々と仕事をこなしはじめていた。

 

 正宗がフッと息を吐くと、コーネリアが、


「正宗様は、危機に陥って頼りたくなる男。頼もしいと思います」

 そういってクスリと微笑んだ。


「いえ、ありがとうございます。コーネリアの言葉に目が覚めました。私は妹を信じます。中央は実質勝っているようなもの中央が戻るのを待ちます。たとえどんなに惨めでもね」

 

 コーネリアの言葉に、このまま降伏もやむなしと揺らぎかけていた正宗の心が再び奮い立っていた。


「天童愛は、天童正宗のマジックソード。きっとやってくれます」

 

 コーネリアのこの言葉が終わろうとしたとき、


「左舷前方、敵機!小隊機規模です!」

 という報告がブリッジに響いた。


 途端に騒然とするブリッジ。

 アマテラスは朱雀艦隊と合流するために、まだ回頭を始めたばかりだ。

 状況が急変していた。

 

 左からアマテラスの防空圏付近に、星間連合の戦術機隊が出現しはじめたのだ。

 戦術機隊の出現に、正宗が立ち上がる。

 

 対して横のコーネリアにはまだ状況が飲み込めない。それが、


「特攻部隊でしょうか」

 という問となって正宗へ向けられた。


 コーネリアの認識では、左翼の朱雀軍が突破されるとは想像し難かった。

 朱雀の第二艦隊は、星間連合軍で最初に攻撃を仕掛ける突入部隊を想定された精鋭艦隊である。


 ――朱雀様の艦隊は最強。

 という認識がコーネリアにはある。


「いや左翼から引き抜いたことで、左翼も突破され始めたのだ。くそっ。はやりこうなったか!」

 

 正宗は、そういうと


「星守!」

 と、星守あかりへ状況報告を要求した。


 星守から戦況分析が正宗につげられる。


「朱雀軍から引き抜いた1個戦隊と護衛艦5隻は、このままだと30分で突破されます」

 

 この言葉にコーネリアの表情も青くなる。30分ではアマテラスは朱雀軍との合流が間に合わない。


 思わずコーネリアが叫ぶ。


「中央は戻せないのですか」


「距離が開きすぎています。間に合いません」

 星守がそう応えると同時に、オペレーターから、


「アマテラス左方向から敵戦術機多数。アマテラス防空射程内に侵入、高角砲での迎撃開始」

 と、つげられアマテラスが戦闘に入ったという現実が突きつけられた。

 

 戦慄せんりつするアマテラスブリッジ。


 六川がいぶかしげな顔をしてから、

 

「星守君、朱雀軍の凶星きょうせい部隊はどうした」

 と、星守あかりに問いかけた。


 最強の凶星部隊200機が、まだの何処かで戦闘しているはずだ。 これを司令長官権限でアマテラスへまわす。強引な手だが一番現実的な方法でもある。

 

 凶星部隊なら敵の戦術機体を一掃できる。それにアマテラス付近に現れた敵戦術機はかなり強引に左翼を突破してきているはずで、到達できただけで余力は少ないだろう。


 だが、星守の答えは無情だ。


「凶星部隊は過半数を失い、再編成整備中です。36時間は再出撃不能です」


 六川が絶句した。

 

 正宗はアマテラスに艦載された直掩機の展開指示を直接出し終ると、


「中央にこだわり過ぎた。敗因はこれだ」

 と、思わずもらしていた。


 中央は押しまくっているが、逆に中央だけが離れ、旗艦アマテラスが孤立していた。気付いたときには中央を戻せる距離になかった。


 ――そう。直ちには戻せないほど押しているのだ。

 と、正宗が悄然しょうぜんとモニターを見た。


 何故か、その中央が勝ち切れない。もうすぐ中央が勝って戦いは終わると思い続けているうちに時間だけが過ぎていった。


 混沌とし始めた正宗の思考を、


「左方向に敵旗艦信号。繰り返します。アマテラス射程圏内に敵旗艦信号」

 というオペレーターの声で現実に引き戻した。


 星守がその報告を否定するようにが叫ぶ。


「左翼の朱雀軍は、まだ撃破されていません」


 だが続いて通信オペレーターが、


「緊急打電、敵からです」

 と、星守の声を上書きするように叫び内容をつげる。


はつ、大和、大将軍天儀。あて、アマテラス、司令長官天童正宗。もう十分戦った。今、百年の雌雄を決する』


 信じられない報告だった。


 この打電の意味するところは、

 ――敵の旗艦が左翼を突破してアマテラスに迫っている。

 ということだ。


 これにコーネリアが立ち上がってブリッジへ鞭打むちうつような声でつげる。


「キングで、キングは詰めれません。無粋な行為です。大和が来ているのなら打ち払えばいいのです。好機です」


 だが、コーネリアの言葉にもブリッジ内は騒然としたままだった。もう旗艦アマテラスも直接戦闘に入るのだ。

 

 もう誰も、

 ――公女様にはかまっていられない。


 ブリッジは平静さを失ったまま。

 

 コーネリアが自身の無力さを痛感、眉間にしわをよせ痛恨の表情となって力なく座った。


 一方、正宗は魂魄こんぱくを失ったように自失。指示にきゅうしたといってもいい。

 

 正宗は、

 ――思考が停止する。

 という体験を人生で初めて味わっていた。


 大和出現の報告を聞いて正宗は、

「不味い――」

 と直感し、焦燥しょうそうが身を突き抜けていた。


 グランダ軍の大和の51センチ超重力砲が直撃すれば一撃で戦闘不能になりかねないという事実が頭を支配する。すでにアマテラス付近に、左翼からの戦術機が出現していることから考えても大和が朱雀軍を突破してきた可能性はある。


 アマテラスには、軍属とはいえ公女コーネリア・アルバーン・セレスティアルも乗艦している。セレスティアル家の出身者の戦死ともなれば大問題だった。コーネリアは、本家から極めて近い人間。現当主のお気に入りの一人だ。


 ――いや、そんな打算はいい!

 と、正宗が雑音を打ち払った瞬間に、ハッとしてコーネリアの存在を目で探した。

 

 コーネリアは悄然として正宗の横にいた。


 いま正宗の目に映るコーネリアは、目を見開き青くなって、力なく座席にある。士気を鼓舞しようにも、コーネリア自身の心が折れたような様態。

 

 正宗に冷静さが戻っていた。自分はコーネリアを探して、彼女に何を求めたのか。また士気鼓舞して欲しいとでも思ったのか。


 ――情けない。

 という淡愁たんしゅうが正宗の胸懐に広がった。


 守るべき女性にすがって、どうする気だった。敗北宣言を彼女にさせる気だったのか。このような緊急事態では、確かにセレスティアルの血胤は司令長官の立場を超越しうる。

 

 正宗の脳裏に、

 ――まるで女性を盾に命乞いだな。

 そんな思いがよぎった瞬間、総身がかっと熱くなった。


 熱くなった途端に急速に冷える。現実を受け入れたのだ。


 正宗の目には、

 ――憔悴しきったコーネリア。

 これが現実だった。この憔悴は全軍の憔悴だろう。

 

 正宗が息を吐き、つばを飲み込んだ。


 指示を出そうにも喉がカラカラで、このままだと言葉をうまく出せない。正宗は口中に唾液を広げる。

 この行為で、さらに心が落ち着いた。


 正宗が、星守を見て


「中央、天童愛の状況はどうだ」

 と、問う。


 正宗は自身のこの言葉に内心苦笑した。この期に及んでまだ中央が勝てばという願望が捨てきれないのかと。

 

「中央は、まだ勝敗が明らかではありません。戦闘を継続中です」


 星守から返ってきた言葉は、無情な現実だった。

 直後に、オペレーターが叫んだ。


「右、我が1個戦隊中、3艦が戦線離脱。右、突破されました!」

 

 この報告で、六川の指示が飛ぶ。


「砲戦準備だ!第一、第二砲塔は装填を開始。右の敵艦だ。第三、第四砲塔は左へ備える」

 

 慌ただしく砲戦準備に入るアマテラスブリッジで、天童正宗はひたいに汗して目をつぶった。決断が迫られている。何を決断しようが屈辱は回避できそうにない。総身にくやしさが充満し、それがひたいの汗となって出ていた。


 戦闘は状況が全てを支配する。


 今、ここで、正宗に望まれている状況はアキノックの2個艦隊へ対応できる戦力。


 ――そんな戦力はない。

 それが現実だった。

 

 正宗が静かにゆっくりと目を開いた。


 コーネリアは、その様子を憔悴した顔で見上げるだけだ。六川と星守は砲戦準備の対応で大あらわ。ブリッジの乗員たちも同様だ。

 

「中央は間に合わなかった……」

 と、正宗がうめくような小さな声でいった。公女コーネリアだけがこの声を聞いた。合わせて正宗の双眸そうぼうには、燃え上がるようなくやしさがにじんでいた。これもコーネリアだけが見た。


 正宗が強くブリッジ内に響く声で、

 

「降伏信号を上げる。全艦に戦闘の中止を命令する」

 と、決断を口にした。


 ブリッジ内に水を打ったような静けさ。


 六川が自ら淡々と降伏信号を上げる作業を開始。敗北が決まった以上早く戦闘と止めないと被害が拡大していく。

 

 ものの数秒で降伏信号を上げる準備が整う。


「降伏信号を発信。全艦艇へ戦闘停止命令を指示」

 

 六川は、そう口にしながら、モニター中央に赤く大きくポップアップした

『降伏信号』

 というボタンへ指をのせようとした瞬間、


 僕が、これを押すのか――。

 と、指が止まった。


 星守が進み出て変わろうとした。上司に気を使ったのだ。六川がポップアップしたボタンを押すのは、天童正宗にそんな屈辱は似合わないという思いがあるのは、星守にも痛いほどわかる。星守の天童正宗への尊敬は、六川と遜色そんしょくない。だが星守は六川も尊敬していた。

 

 だが、六川は、


「いや、軍令部の、いや軍令長の僕の責任は重い」

 といって実行ボタンに指をのせた。

 

 これで直ちに戦場全体に敵へ星間連合艦隊の降伏が知れ、同時に自軍の艦艇にも戦闘停止命令が行き渡る。

 

 六川が、降伏宣言終了、と静かにいうと正宗が、


「ご苦労。アマテラスはこれより武装解除の作業に入る。ブリッジ乗員は艦隊各艦に戦闘停止を徹底させろ」

 と、応じて、アマテラスは武装解除に入ったのだった。

 

 そんな中、六川の作業を横で見ていた星守が、


「この作業をすることになるなんて」

 と目を伏せて口にした。


 一方、六川は画面にのせた指を動かせない。素早く淡々と降伏作業を行った六川だったが、敗北に打ちひしがれていた。

 

 正宗は全艦艇へ通信を開くように指示し、こうつげた。


「我々は敗北した。だが惨めに振る舞うことは許さない。毅然とした態度を崩さずグランダ軍の指示に従え。同時にグランダ軍へのあらゆる反攻を許可しない。両国間で合意された条約に乗っ取り紳士的に降伏作業を進める」


 司令長官天童正宗から直接の通達が終ると、星間連合艦隊全体が粛々と武装解除に入ったのだった。

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