13-(4) 側腹(星間連合軍右翼vs.グランダ左翼)
「突っ込みすぎるなよ。誘引されて頭から呑まれるように撃破される。先行した部隊は後続部隊の有効射程外より前に出るな」
これが開戦した直後のアキノックの上軍旗艦榛名ブリッジでの第一声。
大会戦に臨んでアキノックは慎重だった。
このアキノックには似合わない慎重に、副官のエレナがアキノックへ問いたげな目を向けた。
エレナは、速度を命とするアキノックなら矢継ぎ早に攻勢を展開し、先手必勝とばかりに、戦端が開かれると同時に連打をお見舞いすると考えていたのだ。
何故なら上軍2個艦隊に対し、正面の敵は1個艦隊。
――数とスピードで飲み込める。
とすらエレナは思う。
だが、アキノックは、
「敵の1個の予備は恐らく俺たちに投入される。倒したと思ったタイミングで元気ハツラツの1個艦隊が現れて見ろ。こっちはゲンナリだ」
という考えを持っており、天童正宗麾下の予備1個が自身の目の前に登場することを警戒していた。
「大将軍は予備が投入されるのは中央だと、いっていましたが」
アキノックは、このエレナの言葉に、
「だろうな」
と、応じてから
「だが展開としては、左右への投入の可能性は捨てきれない。天童正宗はいい性格してやがる。こっちは予備の使い方はっきりするまで明確な行動に出られない」
そう苦々しく吐いた。
――考えすぎでは?
とエレナは思うも。現に予備の1個が、まだ戦場へ投入されていない以上、可能性としてはあり得た。アキノックが速攻して正面を撃破すれば、予備の1個はアキノックの目の前に現れるだろう。
崩壊した右翼を放置して、中央に予備戦力を投入するとは、さすがに考えにくい。
だが、ここで疑いすぎても。とエレナは思う。
戦端が開かれた直後の衝突は、エレナの上司アキノックの持ち味をもっと活かせる場面だ。エレナとしては、
――開戦と同時に一発くらわせ、良い感触をつかんでおきたい。
緒戦で大きく有利を手にすれば、それが最後まで生きる。と思いエレナは、
「潰走する敵に新手が加わっても、敗走の波に呑まれるかたちとなり新手も意味をなさないでは?」
そうアキノックへ問いかけた。
「まあ、そういうタイミングもある」
「それになぜ予備がこちらに投入されると思うのですか」
と、エレナはさらに疑問を口にする。
そう。中央でないなら、選択肢は左右の二つ。こちら側に予備が投入される根拠はなんなのか。エレナからすればわからない。
「天儀の側に予備を投入し、総旗艦の大和を撃破する。確かに考えられなくもない選択肢だな。だが違う」
「何故ですか?」
「天儀の正面は東宮寺朱雀の第二艦隊だ。司令官の朱雀は有能で、スザク艦隊は星間連合軍で練度および攻撃力が最も高い。正宗は自軍左翼では撃破もしくは、最悪でも拮抗を狙っている」
が、約2時間後、
「予備の1個が動き中央に投入された」
という報告が榛名ブリッジにはもたらされていた。
――マグヌス天童は勝ちを焦ったか!
アキノックは自身の体が芯から熱くなるのを感じた瞬間、
「押すぞ!突貫する!」
と、体から声が出ていた。
ブリッジがアキノックの声で揺れた。
続いて矢継ぎ早にでる部隊配置の指示。慌てて復唱するエレナ。
ブリッジもエレナも、茂みに潜んでいた大型ネコ科動物が飛び出たような忙しだ。いまブリッジに立つアキノックは獰猛の極み。
一方の星間連合軍右翼の司令は、緒戦で正面した敵に魯鈍さを感じ、
「艦隊規模にまではアキノックの素早は滲みない。所詮は二足機の華よ。過剰な期待は禁物。あのような武人は戦隊司令で活かすべきだったな。艦隊を率いたアキノックは鈍い」
といい、さらに1時間半後には、
「いや、敵は早々に自軍の左翼2個艦隊から1個艦隊引き抜いて中央を補填したのではないのか」
という結論を持った。
当初からのアキノックの魯鈍さは、
――開戦早々に戦力半分を引き抜かれた。
こう考えれば、あのクイック・アキノックの《のろ》鈍さも理由がつく。
右翼を受け持つ星間連合軍司令官は、
「戦隊指揮程度がお似合いの男が1個艦隊の同数戦では、ブタのように鈍くて当然」
と、思考を結んだ。
中央の李紫龍の異常な粘りで、情報が錯綜していた。
中央は攻勢最強の天童愛が大軍でぶつかったのに、
――部分的には押し返された場所すらある。
という情報すらあった。
星間連合軍全体が、アキノックの2個から1個を引き抜いて中央に回したと誤認。何故ならこちらは中央に予備を投入したのだ。敵も同じようにする。
冷静に考えれば、思い込みに等しいが、戦場にいる彼らにとっては、これが自明の理ですらあった。
司令官の気構えは全軍に伝播する。星間連合軍の右翼には、
――心構えのゆるさ
が生じていた。
ここへ突如逼塞していたアキノックからの獰猛な一撃。
星間連合軍右翼は壊乱。アキノックの下軍の進撃が開始されていた。
「進むか!曲がるか!これか!」
アキノックは自身の受け持つ翼の決着を前に、そう叫んでいた。
このままいけば自分の上軍が、正面の敵を破るまでにそう時間はかからない。
破った時に、
――直進するか、中央の敵の側腹を突くか。
そんなことを迷っている暇はない。
叫んだアキノックへ、エレナが、
「敵の予備の一個艦隊は、中央に投入されています。中央のグランダ軍は相当に苦しい状況のはずです。どうなさいますか」
判断を仰いだ。
エレナの問の内容は、中央の李紫龍の下軍が崩壊する前に助けるかということだ。
アキノックが、
「無視すればどうなる」
と、憮然と応じた。
エレナは、
「中央を、このまま放置すれば、ですか」
そう考えるふりをして、いいよどんだ。
エレナからして、中央を放置した場合の最悪の事態は、面白いものではない。
エレナも兵士だ。いま直進すれば、
――勝てる。
という感触が、ありあるとある。だが、直進する間に李紫龍の下軍は、打ち付けられ、引きずられ、転げ回されるように、なぶられ続けるだろ。そしてアキノックが天童正宗のアマテラスの前に到着する頃には……。
「おそらく下軍は消滅します。降伏しないとは考えにくいですが」
「紫龍の坊っちゃんは降伏しないだろうな」
エレナが驚いてアキノックを見た。
宇宙空間で戦況が決定的になれば降伏当然。戦闘を継続する意味はいない。全滅するまで戦った水明星の黄子推は異常だ。特例といっていい。
だが、アキノックは会戦前の最後の集合で、紫龍に、
「私の下軍は降伏しない」
と啖呵を切られている。
アキノックからして、あの紫龍の様子を思い出すに、
――降伏するとはとても考えにくい。
「直進するか」
と、アキノックが苦しくもらした。同時にアキノックの胸中に、
――勝っても紫龍を見捨てたと言われるか。
そんな苦味が広がった。
アキノックは第三次星間戦争では、逃げて昇進した男。とさげすまれた。
第四次星間戦争では、
――味方を見捨てて、戦功を立てた男か。
という自嘲のような寂しさがアキノックの胸間を抜けていった。
それに天儀もあの坊っちゃんをずいぶんと気に入っている。紫龍を勝ちの生贄にしていのか?戦功を優先して紫龍を見捨てた、と天儀から断じられれば、アキノックは耐え難い。
迷うアキノックが戦況の表示されたモニターを見た。
アキノックが目にできるモニターは多数ある。その中の一つには10分後の予想状況が表示されている。
10分後には、
――敵中央はグランダ軍左翼に対して、無防備な横っ腹をさらけ出している。
ここへ突っ込めばどうなるか。と、アキノックは思う。
華々しく勝てるだろう。大戦功だ。気分がいい。
そう、中央に乱入すれば二倍以上の敵を撃破するという快挙を成し遂げられる。
「おそらく中央の星間連合軍は、俺たちの2個艦隊に対策もしていないだろうが」
「そうですね。情報的には、中央の天童愛は遮二無二に李紫龍を攻め立てています。今、下軍が壊乱していないのは奇跡でしょう」
エレナは中央側腹を刺して、李紫龍を救援すべきだと思っていのか、そうアキノックは判断し、
――俺、思いだねエレナは。
と、内心苦笑。
アキノックは、エレナが戦後に俺が惨めな立場に立たされることへ気を使ってくれたと思った。
だが、
「真っ直ぐ進む。天童正宗を刺す!」
これがアキノックの決断だった。
意外な答に、エレナが驚きの目を向ける。
エレナから見たアキノックは、こう見えて周囲への配慮が多く気苦労もある。李紫龍を救うために中央を選択すると思っていた。
ただ、その場合アキノックは、李紫龍を救うとはいわず、
――派手に勝てそうだ。
とでもいって中央突入の選択を自分らしさで粉飾する。
それ直感的に直進が最良と思ったエレナも、思い直してみれば直進して旗艦アマテラスを、降伏させられる確証は現時点ではない。つまりアキノックの下軍がアマテラスに迫った時に、敵は何らかの対処をしてくると想像できた。
その何かは、いまはわからないが、そこでもたついていると中央の下軍が破られて会戦に負けかねない。なら李紫龍救援という名目も美しく、確実に得られる戦果を優先した方がいい。
「中央は持ちますかね」
「知らん。自分の役割に徹する」
「はあ」
と、エレナは返事と疑問とも取れない返事がでた。
いまのアキノックの言葉は、大きな決断に対して、投げ捨てるような応じだ。乱暴すぎる。
「開戦直前の会議で天儀が言った。李紫龍へな。『君には死んでもらうつもりだ』と。本人を前にしてだぞ。つまり天儀の意図は、中央を無視して正宗を突けということだ」
この言葉にエレナが、少し驚いて眉を動かした。
「それに今から行っても下軍は救えても紫龍の坊っちゃんは死んでいる可能性もある。だったら正宗を突く。このまま直進すると全艦艇につたえろ」
「李紫龍の下軍が消滅する前に、我々は間に合うでしょか」
このエレナの問いにアキノックが嚇と目を見開き満腔から気を発して、
「間に合わせるんだよ」
と、力強く断言した。
体の大きいアキノックの体貌が膨らむようになり、肩が怒るような仕草がでた。
間に合うか、間に合わないかではない。
――ただ当たり前として間に合わせる。
やって、やり抜き、間に合わせる。ただそれだけ。決意したアキノックにとってエレナの問いは愚問だった。
そしてこれは何事にも力まないアキノックには、めずらしい事だった。
野獣のように眼光が鋭くなったアキノックに、
――こんな面もあったのですか。
と、思わずエレナが息を呑む。
エレナは、ただ
――怖い。
と本能的に感じ身が引き締まった。
「考えてもみろ中央の側腹を突く選択肢をするなら左翼の責任者は俺じゃなくてもいい」
「なるほど、宇宙最速の男を起用した意味ですか」
「そうだ。俺の早さなら中央が壊乱する前に正宗へ到達すると思われた。俺にしか出来ないことをやる」
エレナが、このまま前方の敵を突破する方針を麾下へ伝達するように指図を開始。
直進するなら降伏してきた艦艇の受け入れ作業は後回しにして、戦闘を継続する必要がある。
少しでも早く前進しなければ、中央の李紫龍の軍が持たない。
結局のところ上軍司令エルストン・アキノックのグランダ軍左翼の前に広がってたのは、
――想定外に目の前の敵が薄い。
という天啓とすらいえる幸運。
この天啓を動物的嗅覚にすぐれるアキノックが見逃すはずがない。
クイックの異名を誇る宇宙最速の男は正面敵を撃破、直進を開始していたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アキノックが直進を選択するする理由はもう一つあった。戦況が表示されるモニターを穴のあくほど見つめたアキノックの見立てでは、側腹を突くように敵中央に乱入しても天童愛を倒しきるのは難しい可能性があった。
敵は4個艦隊、アキノックの率いるのは2個艦隊。乱入時に紫龍の軍が反撃する力が残っていなければ、逆に取り囲まれる可能性も捨てきれない。
なお無防備な敵中軍の側面を見て、あえて進むというのは並の決断ではない。
――倍の敵を破るという誘惑はあまりに大きい。
それに安易に発想すれば左翼で勝ち、中央で勝てば戦場の三分の二で勝ったようなものだ。これが全体への勝利へ繋がるという想像はたやすい。
だが戦場はそれほど、たやすいものではない。
天童愛は中央を大きく押し込み、対してアキノックは押したのだ。
両者は入れ違いになり、
――距離は遠いい。
アキノックが中央後方の天童正宗を刺すのと距離はさして大差ない。
これだけの距離があればアキノックが中央へ向かっても、天童愛は迎え撃つ備えが可能。
そして決断したときのアキノックたちは知る由もなかったが、このときまだ天童愛の手元には戦線に投入できていない1個艦隊規模の余剰戦力があった。
アキノックが中央側腹を刺すことを選択すれば、どうなっていたか……。
恐らくアキノックは天童愛を破れなかったろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――右翼崩壊。
この報せに星間連合軍旗艦アマテラスのブリッジは騒然としていた。
司令長官天童正宗も思わずといったようすで、その目を全体用の大モニターから自身の前の個人用モニターへと移し再度確認したが、状況は報告どおり。現実は無情だった。
軍令副長の星守あかりは、この正宗のようすを目撃し驚いた。
正宗へ右翼崩壊を報告したのは星守あかりだった。
星守は正宗のふるまいを見て、
――報告を信じたくない。
という正宗の動揺を察知したからだ。
報告を終えた星守は、
「以上です」
といって、正宗から視線をはずした。
星守から見て天童正宗は全知全能。仰ぎ見るような巨大さがある。
そんな尊敬する上司の
――動揺する姿など見たくない。
というのが星守の心情。
だが視線をはずす星守の目の端に映ったのは、まばたきを忘れ悄然とモニター見つめる正宗。というやはり面白くないものだった。
驚きで目を見開き、眉一つ動かない正宗。
この正宗の静黙は、打開策への思考を意味するのか、思考が停止しているのか。どちらかわからない。
そんな正宗の横にいるのはコーネリア・アルバーン・セレスティアル。
公女コーネリアは指示を待つ星守へ気をつかい、
「信じられません。1個艦隊と1個艦隊の戦いでこうも早く決着がつくのですか」
そう声をかけた。
「状況はそうです。とにかく対処をするしかありません」
星守がキッと強気の視線をコーネリアへ向けいった。
星守からすればコーネリアの言葉は愚かしいのも程がある。
状況は差し迫っている。思わず苛立ちが、声にも態度にもでていた。
不利な状況に、見たくもない正宗の動揺、そしてコーネリアの間延びした問い。星守は憮然とした。
コーネリアは星守の憮然に、とりつくろうように笑みを返すしかできない。
星守とコーネリアの間に気まずい空気。
正宗は、2人の短いやり取りを見て再度現実をつきつけられた。星守の苛立ちは、自分の動揺が彼女につたわったからだろう。
星間連合右翼が相手をしたのは、グランダ2個艦隊だったわけだが、中央の李紫龍の驚異的な粘りから星間連合軍は、敵は左翼から1個艦隊を引き抜き中央に回したと判断。グランダ軍の左翼は1個艦隊と誤認し続けていた。
――1艦隊対、1艦隊。
正宗は左翼が、勝てないまでも破られないことは期待していた。
正宗は自身が卓越した能力を持つだけに、逆に右翼に置いた第六艦隊の力量を甘く見積もり過剰評価した。つまり自分なら最低限これぐらいはやれるので、第六艦隊もその程度は戦うだろうと思ったのだ。
合わせてエルストン・アキノックを過小評価した。確かにアキノックと正宗が戦えばアキノックは勝つことは難しいだろう。だがアキノックが目の前にした相手は、星間連合第六軍であり正宗ではない。
天童政宗は自身が、優秀すぎるがゆえに彼我の戦力の見積もりを誤っていた。
そして、この時正宗を襲ったのは、
「間違いを認めること容易いが、状況を変えることは極めて難しい」
というもの。
――なるほど、なら間違いを認めたくないのも納得だ。
と正宗は思った。
間違いを認めても状況が改善されないなら、頑迷に当初の方針を貫き万に一つにかけたくなる、という甘美な誘惑。
それに差し迫った状況で突然一から方針を変え、計画を立て直すというのは難しい。
正宗、星守、コーネリアという3人の間に思い沈黙。
コーネリアが、そっと正宗へ目を向ける。
コーネリアの目に映ったのは、
――ひたいに汗する正宗の顔がモニターの光に照らされて怪しく輝くさま。
これは嫌でもコーネリアに状況の悪さを痛感させた。
黙る正宗に星守が
「我が第六艦隊は、複縦陣の間に入るように挟まれて壊滅しました。離脱した艦艇もありますが右翼は組織的に反撃できる能力を失っています」
そういって指示を促した。
正宗は、
「対処か」
と短く口にしつつ、あとに続く、
――だが、どする。
という言葉をぐっと飲み込んだ。
「中央へ送った艦艇の一部が、まだ交戦に入っていません。これを呼び戻しましょう」
正宗が自身目の前のモニターへ目を落とす。
正宗の麾下にあった予備軍の1個は、すぐに押しきれると思っていた天童愛の中央軍が手こずっていたので、すでに投入していた。
旗艦アマテラスの下に残っているのは、直率する第一戦隊のみ。
余剰戦力のある中央と、旗艦アマテラス含む第一戦隊とは、大きく距離が開いている。呼び戻しても1時間以上かかるだろう。
物言わない正宗へ星守あかりが叫んだ。
「エルストン・アキノックは宇宙最速の男です。その男が今ここに猛進してきます。直ちに中央か左翼から軍を引き抜いて充ててください」
叫ぶ星守の顔も青い。
このまま手を打たなければ、正宗が乗艦する星間連合旗艦アマテラスと第一戦隊が粉砕されるのは時間の問題だからだ。
「中央から引き抜いても間に合わない。左翼から引き抜く」
「左翼は拮抗しており、引き抜くと崩壊しかねませんがよろしいですか」
「状況はそれ以外に手がない。中央からでは間に合わない。引きぬいた分は凶星部隊で補える」
凶星部隊の壊滅は、まだアマテラスにはつたわっていなかった。
星守が、この正宗の決断を左翼へつたえるために通信オペレーターに指示を出し、1個戦隊と護衛艦4隻の移動を命じる指示を左翼へ飛ばした。
離れていく星守を横目に、コーネリアが正宗へ確認するように
「朱雀様の第二艦隊と合流するのはだめなのですか」
と、聞いた。
つまりコーネリアは、中央と連絡が遠すぎるなら、左翼の朱雀艦隊と一つにあればと安易に想像したのだ。
だが、正宗の応じは厳しい。
「アマテラスの位置を動かせば中央と完全に分断されます。これは最終手段で得策ではないのです」
それでもコーネリアはそれにもめげずに、
「大丈夫です。朱雀様なら抑えきるどころか勝ちます」
と、痛恨の表情の正宗へ励ますように言葉を紡いだ。
コーネリアの、中央が勝てないなら、左翼だ。というまた安直な発想。
なにせ左翼の正面には敵総旗艦の大和。大和を撃破すれば条約上勝ちだ。
戦端が開かれる直前に行われた確認事項中に、
「総旗艦が撃破された場合、速やかに停戦し」
という下りがある。万に一つの大逆転がある。
だが物事はそんなにたやすくない。軍人の公女様は戦いは素人だった。
正宗はコーネリアの言葉が聞こえているのかいないのか、
「敵の中央軍は、愛の4個艦隊を相手にしてほぼ壊乱している。殲滅もしくは降伏も時間の問題です。敵中央が瓦解するまでなんとか保たせる」
という願望を口にしていた。
が、正宗は言葉を口にした瞬間、厳しい表情でムッと黙り込んだ
正宗は自身が口にした言葉で、さらに現実をつきつけられたのだ。
つまり仮に敵中央の軍を降伏へ追い込んでも、同時期に旗艦アマテラスが粉砕されれば会戦には敗北する。
敗北を回避するには、手元にある第一戦隊に、引き抜いた1個戦隊と護衛艦4隻でアキノックの軍と闘いながら中央の天童愛の艦隊と合流する必要がある。
アマテラスが左翼の朱雀軍と合流しても、
――正宗は1個艦隊に1個戦隊を足したという規模。
対して、
――敵は3個艦隊。
しかも朱雀との合流は腹背から同時に敵を受けることになる。
後ろから宇宙最速の2個艦隊、正面には精鋭機動部隊が中核の1個艦隊。
こんなものは敗北を先延ばしにするだけ、つまり
――詰み。
である。
そう、確実な勝利には中央の天童愛との合流が必要。
だが、これは現状を鑑みるとあまりに現実的でなかった。