13-(3) 神風疾風(じんぷうはやて)
200機の凶星がグランダ軍の戦列を突入すると、突入口に配置されていた艦艇は破砕したように弾け飛んだように見えた。
凶星部隊が目標を定め、艦尾方向からの急襲。45秒で巡洋艦が爆沈。閃光が宇宙の闇を照らした。
対空防御は艦尾が最も手薄だ。噴射口には対空火器は配置できない。
閃光から次々と飛び出てくる真っ黒な凶星。
対空砲火をかわし、うねるように飛ぶ200機はまさに死へと誘うデスサイス。
だがまだ戦況の変化としては小さい。
グランダ軍全体がこの小さな崩壊の始まりに気づく前に天儀が1人戦慄していた。
大和のブリッジに新手の二足機部隊の群れが報告されると同時に、その群れが一艦、一艦ありが群がるように襲いかかり、立て続けに2艦を撃沈。
報告を受けた天儀は、危機を直感して思わず
「何だあれは!」
と声に出していた。
いま天儀が見ているモニターには、凶星部隊を示すマークが点滅しながら直進、こちらの直掩機など存在しないかのように真っ直ぐ大和へ向かってきている。
天儀が思わずもらした声に、横に控える秘書官の氷華が黙っているので、気を利かせたオペレーターが代わりに応じ
「凶星です。200機からなる『不死隊』と呼ばれる星間連合の決戦機で――」
これを天儀が最後までいわせず、
「知っている!」
と荒げた声で遮った。
凶星部隊の直進を前に、天儀は迷っていた。
険しい顔になって、黙考する天儀。
いまこちらの温存してある二足機部隊を投入するのは時期尚早だ
天儀としては、アキノックの左翼が押し切って進むのに合わせてレティの近衛隊と、疾風の防人隊を投入したい。
おそらく、この200機という多数で群れる凶星部隊を止めるには、余剰の二足機をすべて投入する必要がある。
いま、こちらの二足機隊全部を投入すると、中軍に敵を押す力が無くなってしまう。
横に控えていた氷華は、めずらしく焦りを見せる天儀へ
「早く決断を。中軍が壊滅しかねません」
と、催促した。
氷華は天儀ほどこの200機の登場がどれほどの意味を持つか想像はできなくとも、報告から数分で2隻の撃沈だ。氷華とて早急に対処する必要がある懸案だというのはわかる。
天儀は氷華の声などまるで聞こえていないかのように無反応。口元に拳をあてて思考を続ける。
「凶星部隊の戦力評価は約1個艦隊。これが過剰評価ではないのは今目にしているとおりです。早急に対応しないと、このまま呑まれますよ」
氷華が再度決断を即すが、天儀には全く聞こえていないようだ。
この瞬間にも3隻目を沈め終わった凶星200機が次の目標に取り付いている。
軍艦という巨象は、凶星というハゲタカに為す術がない。いくらもがこうと、対空砲火は飛び交う凶星を掠めもしない。
その状況を目の当たりにした天儀が、
『駄目だ迷っている暇はない。あれに全部食いつくされる』
と強く直感した。
天儀が叫ぶ。
「第一格納庫へ内線を繋げ。草刈疾風だ!」
オペレーターが、第一格納庫の防人隊員の待機所へ繋ぎ、天儀のコンソールへ通信を送る。
天儀は目の前のコンソールのモニターに、疾風の顔が映ると同時に、
「疾風、見たか!」
と、また叫んだ。
「はい。凶星ですね」
そう返事をする疾風の表情は、戦場に似つかわしくないほどに涼しげで明るい。
会戦が始まって草刈疾風は戦況を逐次確認していた。当然、疾風の興味は、
――いつ自分が投入されるか。
疾風はモニター越しに凶星の群れを見た瞬間、
――自分の出番だ。
と直感。天儀からの指令を待っていたのだった。
「そうだ。あれは俺をちょっと困らせてる。行って黙らせてこい」
天儀が、あえて平然といった。
命令を下す天儀の胸中は苦しい。疾風が、あれに呑まれればレティの近衛隊を投入するしかない。
が――。
そのとき防人隊は、ほぼ壊滅しているだろう。
だが疾風は苦しさを抱える天儀へ、命令への承服の言葉ではなく疑問を一つ。
「全部ですか」
「何がだ?」
と、天儀が困惑した。
天儀は凶星隊を、
――なんとかしろ。
といったのだ。
そう天儀からすれば疾風から問い返された意味がわからない。
行って黙らせてこい。とは、引きつけるなり、撹乱するなり、とにかく凶星200機の動きを止めろといったのだ。この言葉の意図がくめない疾風ではあるまい。
天儀は疾風の思わぬ言葉に反射的に、無謀な命令を拒否されたのかとすら思った。
だが疾風は、目を炯々とさせ、
「全部撃墜するのでしょうか」
と、いって白い歯をのぞかせ笑貌を見せた。
天儀が一瞬、躊躇。
――ここで防人隊が消滅するのは不味い。
が、天儀は疾風から見せつけられた笑貌へ反射的に、
「当たり前だろ!あいつらに二度と俺を煩わせるな!」
そう言い切っていた。
一方、第一格納庫内の待機所。ここは防人隊の隊員が待機している。
疾風は内線を一方的に切られていた。
先程まで天儀の顔が映っていた画面は黒くなり自分の顔が写り込んでいる。
天儀は要件を一方的につげ内線を切り、防人隊への激励もなかった。
だが疾風には、それが当たり前のように仕事をこなせといわれているようで、逆に心地よく、
――自分と防人隊は信頼されている。
と、天儀の態度から疾風は体が嚇と熱くなった。
疾風は画面が暗転し自分の顔を見た瞬間に後ろへ振り向き、
「仕事だ。大将軍は我々を信頼してくださっている。対二足機特化機の本領をお見せするぞ!」
室内に待機している防人隊員たちへ出動をつげた。
待機所のどこからともなく
「防人隊だけですか?」
という質問が出た。
「そうだ。防人隊だけだ。大将軍は防人隊の真価をご存知だ。二足機を狩るための二足機。それが防人――!」
防人隊は30機で1個の中隊で、2個中隊が存在する。いま、第二中隊の大半の機体が発動機の不調で出動不能。
つまり防人隊は第一中隊の30機で、200機を相手にすることになる。
この事実に待機所内の隊員の眼の色が変わる。
――歓喜でだ。
室内は燃え上がり闘志に満ちた。
室内の士気の高揚を受け、疾風はつづけて
「今まで十倍の敵と戦うことまで想定して、艱難辛苦を耐え続けきた。防人隊は、今、この時のために存在したと言っていい。凶星部隊を殄滅する。余さずだ」
というと言葉が終るやいなや待機所を飛び出した。第一中隊隊員たちもそれに続いたのだった。
疾風麾下の防人第一中隊が大和から発艦。駆逐二足機の防人は二足機を狩るための機体。多目的戦闘機以上に、二足機と戦うことに特化している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
真っ白なカラーリングの防人に、真っ黒なカラーリングの凶星。
遠目から見れば、その二つの色は噴射口の閃光という一つの点でしかない。
真っ暗な宇宙では噴射口しか見えない。白かろうが黒かろうが、宇宙では光の点だ。形状も関係ない。
そしていま一つの光の点を、多数の光の点が追っていた。
草刈疾風の防人ただ1機が、凶星の残存機すべてを引き連れるように宇宙空間を駆け抜けていた。
疾風機は目下危機的状況にある巡洋艦に取り付いた凶星隊へ突入を仕掛け、9機を失うも巡洋艦から凶星の群れを引きはがすのには成功していた。
が、その直後、猛烈な反撃を食らっていた。
疾風は残った自分以外の20機を2機一組の分隊で散開させ、なんとか中隊を守り切ったが、疾風機は凶星隊約150機に四方から激しく追い立てられ孤立。10個の分隊どれとも合流不能となった。
「俺1人に的を絞るとは人間じゃない。いい感してるね」
と、1人追い立てられる疾風が思った。
凶星部隊は、防人隊が10個となって散り散りになると、疾風機のみに対象を絞り全機で襲いかかってきたのだった。
これが疾風の防人一機が、凶星の群れを引き連れて飛行するいまの状態の理由。
ただ引き連れているのではない。100機以上に追われているのだ。
1機追いかけられる防人のコックピット内では、
「ほんとかよあれ!」
と、疾風がモニターを確認して叫んでいた。
三桁の数で編隊を組む凶星部隊には一糸の乱れもない。まるでそれは一つの生き物のように、100機以上が激しく上下左右に機動しても隊形は崩れない。
疾風は激しく機体を運動させ、敵の隊形を乱そうとしたのだ。
そう隊形が乱れれば、
――徐々に数が減る。
操縦が下手な機体から集団行動ついていけなくなり、離脱が限界というところまできたら、敵は追撃を一旦切り上げ合流し隊形をつくりなすはず、というのが疾風の狙いだった。
「普通、徐々に付いてけないヤツがでてバラバラと離脱するだろ。なんだよこれ」
と思うも、現実自分を追ってくる凶星隊には一糸の乱れもない。追走による離脱はゼロだ。
人間技とは思えない信じられない集団行動。
巨大なシャチに追いかけられる飛魚をという状態が、いまの疾風の正確な状況だった。
――このままだと埒が明かない。
と思った疾風は、モニター必死に睨みながら打開を模索する。
いま疾風が凝視するモニターには、
「自機示す緑の点の周囲が、真っ赤な点で塗りつぶされる」
という3分後の予想が表示されている。
つまりこのまま何もしないと、疾風は3分後には撃墜される。という知りたくない未来予想。
「何かないのか。このままだと未来がない」
思わず声にだし、目を動かす疾風。
その瞬間に画面の右端に映った大きめの青い点に気づいた。
自軍の巡洋艦だった。
それを見た瞬間、疾風は、
――これだ。
と直感した。
機体を巡洋艦の方へ飛ばした。
同時に、背中に搭載している対二足機用の大口径砲の残弾を確認。対二足機大口径砲は、当たれば一撃で凶星のみならず大抵の二足機は撃墜出来る。
「残弾208発か。追いかけていているのは158機。一機に1.3発か。行ける!」
疾風が、そう叫んだ瞬間、巡洋艦の船体が目の前に迫っていた。
防人を失速させ、巡洋艦舷側中央に着地するように降着装置、つまり足をつけて、さらにフックを下ろし機体を巡洋艦へ固定。いま、疾風の防人は、巡洋艦の側面に立った状態となった。
その間にも凶星158機が迫ってくる。
疾風は機体を固定し終わると、背中の対二足機大口径砲を、右上腕部で引き出し分離。
分離した対二足機大口径砲も自身の機体の正面、巡洋艦の舷側へ固定した。
機体と対二足機大口径砲の両方を固定した状態、つまり
――狙撃モードに入ったのだ。
「迫る凶星158機へ、残弾208発を狙撃モードで連射して全機撃墜する」
草刈疾風の活路は、これだった。
だが射撃モードで連射とは、無理難題がすぎる。
照準し、一発打ち、装填し。を、繰り返すのには短くても5分はかかる。
先ず砲を向けた正面から、先頭の20機が迫ってきた。
疾風の防人が20発を連射する。弾が放たれるたびに、撃墜されていき。
――20機が1機も余さず消えた。
さらに続いて30機が突入してくる。疾風は、30発を連射。
――30機が正確無比に射抜かれた。
これに凶星の残存機108機が、一旦巡洋艦から距離を取る。
疾風は、これに狙撃を加えて、
――8機撃墜。
残敵100機。
その100機が、二隊に別れ一隊が右側から、もう一隊が後ろから十字で挟むように向かってくる。
疾風が、巡洋艦の舷側に固定していた降着装置のフックを解除して、対二足機大口径砲を軸に回転し、右側へ砲の向きを変え、再び船体に機体を固定。
回転数と同時に、
――ギィウウウイイイ。
とい聞いたことがない金属音と火花。
回転で機体が軋み、足場にしている艦内にも、けたたましく鈍い金属音が響いているだろう。
疾風は先ずは右側から向かってくる凶星の群れへ雄叫びを上げながら30発を連射。これに右から迫る凶星隊が、回避行動取って離脱していった。
さらに間髪入れず、迫る残り一隊へ向けて、また対二足機大口径砲を軸に回転するように砲身の向きを変え20発を連射。
「1機、2機、そして3,4,5,6,7,8,9,10機、そして11機!」
ここで疾風機は、流れるようにカートリッジを入れ替え、先頭の凶星に向けて連射を再開。
「12機、13機、14機、15機、16機!17機!18機!」
半数近くを撃墜され、当初後方から迫っていた凶星隊が離脱行動に入る。
「逃がさん――」
そう叫んで4発を連射し、さらに2機を撃墜した。
残存の凶星50機が、他の防人を追いかけていた凶星と合流しながら戦場を離脱してゆく。
疾風は、それを確認しながら大きく息を吐いた。
疾風の顔は汗でまくができたようにびっしょり、息も荒い。
が、疾風は、大きく一度息を吐いただけで、
「敵排除完了。喫緊の状況は去った。追撃はなしだ。帰投する」
と、麾下の残存機へ集合の指示。同時に対二足機大口径砲を背中へ戻し、巡洋艦から機体の固定も解除。
疾風の防人が、巡洋艦の側面を軽くけって浮き上がった。
疾風機は残っている20機と合流するため飛び立ったのだった。
疾風機が降りていた巡洋艦の舷側には、中央に点のある円形の傷。円形の傷は砲身向きを変えた際に出来た傷で、中央の穴のような傷は大口径砲の固定痕だ。
その円の周囲には凶星から放たれた無数の弾痕が残っていた。
疾風は凶星の一糸乱れぬ集団行動を見て、
「人間業じゃない」
と評したが、砲戦中の艦艇の舷側に着艦するのは不可能といってい。
着艦設備もなく、機体も艦も動いているのだ。こんなことをしようとすれば衝突事故で死ぬだけだ。
撃墜数より嘱目すべきはこの点である。
これは飛行中のジャンボジェット機に、セスナが収容されるに等しい。
この離れ業を瞬間的に感覚だけでやってのけたのが草刈疾風だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
疾風の防人隊が、発艦して20分が経過。
防人隊は、巡洋艦へ襲いかかっていた凶星部隊へ突入していった。
さらに10分。
旗艦大和のブリッジで防人隊を見守っていた天儀が息を呑んだ。
天儀から、
「信じられん見たか」
と思わず言葉がもれた。
声を向けられた氷華が、持ち前のジト目にあわせてけげんそうな顔で天儀を見る。
氷華の目に映る天儀の顔は、自分で命令しておいて信じられないといった様子。
氷華には戦術機のことはよくわからない。
――30対200。
という数字に氷華が思ったのは、こうなるとわかっていて、命じたのではなかったのですか。よほどの確証がなければ約六倍の敵を排除しろなどという命令は出しませんよ。というもたらされた結果を当然と受け入れる鈍さ。
「驚きました。ああも、あっさり排除してしまうとは。わかっていて投入したとしても驚きだったと言うところですか」
この氷華の言葉に、天儀が曖昧な態度で返す。
氷華は、その曖昧な態度を横目で見ながらも凶星についての感想を述べる。
「星間連合の主力機凶星については、その勇名の割に全く情報がなく、機体セキュリティも完璧。ハッキングを仕掛けるのは無理でした。あの凶星部隊への対処もグランダ軍にとっては頭痛の種でした。それを早々に排除。疾風隊長はよくやってくれました」
天儀が氷華の言葉にうなづき、あらためて防人隊への感想を口にする。
「神風とは言うが、それが吹いたな。グランダ軍で、星間連合軍に唯一優っていたものは、草刈疾風の防人ただ一つだ」
氷華は、この言葉に、
「そうですか」
と多少批難の色を込めて応えた。
天儀の疾風への激賛に、
――自分も同じぐらい働いているのですが?
という嫉視が出たためだった。
あー、はい天儀さんはハヤテくんが大好きですからね。仕方ないですね。はい、はい。
そう思う氷華の本職、電子戦の状況は良好だ。
「しかし凶星、なんだあれは、有人機とは思えない戦い方をする」
「そうなんですか?」
「最初の防人の突入時に、致命的な被弾をした凶星一機が、防人一機に組み付いたと思ったら間髪入れずに別の凶星が、そのまま撃ちぬいたぞ」
そんな光景が、何度か再現され、これは明らかに異常といっていい。
だが、天儀は考えるのをやめた。
いまは考えている暇はない。戦闘はまだ続いており勝敗は決していない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天儀と氷華、そして大和ブリッジの乗員が目撃したものは、防人隊30機が、巡洋艦に群がる凶星200機へ突入したと思ったら瞬く間に追い散らした様だった。
追い散らされた凶星部隊は、攻撃目標を巡洋艦から防人隊へ変更し、防人隊へと突っ込んだ。
しばらくして疾風の率いる防人隊は9機を損耗。残存機は2機1組でバラバラになって撹乱を図るも再び合流出来ずにそのまま追い散らされていた。
その中で凶星部隊は隊長機の疾風機に攻撃対象を絞り執拗に追いかけ、疾風機が巡洋艦を背後についに取り囲まれた直後、すさまじい勢いで凶星が撃墜され凶星部隊が下がっていった。
防人隊は、9機を損耗するも凶星部隊排除に成功したのだった。
天儀は、まだ知らない。
この時防人隊は凶星131機を撃墜。内108機は草刈疾風の単独のスコアである。
戦後、この働きを賞賛され草刈疾風の防人隊は、神風隊の別称を授けられる。
「神風が吹くが如し、防人隊はまさにそれです。凶星隊200機の活躍如何では、中軍は危機的状況でした。陛下にご運があって勝ったとすれば、それは私でなく草刈疾風です」
天儀は、帝に問われた時にこう答え、帝から防人隊へ『神風』の名前が下賜された。