13-(2) 凶星始動(星間連合軍左翼vs.グランダ右翼)
星間会戦の戦端が開かれて2時間弱。戦況は両軍にとって予断を許さない状況で推移。
星間連合軍左翼を受けもつのは、
「東宮寺朱雀」。
長身童顔、大きな瞳のくせ毛。清高な人格に謹厳さ、何事にも精力的で真面目に取り組む姿は精励恪勤。この諒(諒は嘘を言わない)とした朱雀に率いられる第二艦隊は、
「スザク艦隊」
とも呼ばれていた。
スザク艦隊は星間連合軍の前衛部隊位置づけられる。つまり戦いとなれば朱雀の第二艦隊が投入されることが想定されているのだ。
朱雀という孤独な瑞鳥の性質は火烈。火のように激しく攻め立てる。舞い進むだけで天空を焼き、地を焦がし、河海は干上がる。
つまり星間連合軍において、
――最も練度、攻撃力が高い。
のが朱雀の第二艦隊だった。
そう、
――同数には負けない。
という自負が朱雀にも麾下の第二艦隊にあった。
正面の大和麾下のグランダ軍は1個艦隊規模。スザク艦隊も1個艦隊。
それが正面のグランダを押せないどころか、
――拮抗。
最強の攻撃力を誇る第二艦隊にとって、拮抗は押されているということを意味し、
――劣勢。
を意味する。
「本来、この左翼で1点取れるところが、0点とは。+1が0ではマイナスだ」
というのがいまの左翼戦闘群司令・朱雀の苦さ。
朱雀の座乗する第二戦隊旗艦スサノオのブリッジでは、
「正面の敵の編成が明らかになりました。母艦を多数含む実質母艦機動部隊です。やられました。識別信号の大和打撃部隊は嘘っぱちです」
という幕僚からの報告。
「51センチの大和の名に惑わされたか」
と、朱雀が顔を渋くした。
――51センチ超重力砲。
この大和に搭載された巨砲は星間連合軍にとって最も憂慮すべき脅威の一つとされていた。
だが、こんなことは言い訳にはならない。とも朱雀は思う。
第二艦隊は、戦いの初投入だけでなく殿軍での投入も想定されている。相手が誰であろうが、何であろうが、押せる。というのが朱雀艦隊。
が、こんなことは天儀からいわせれば、
「結構な自負だが、それも時と場合だな。現実は無情だ」
ということで、
「戦場は状況が総てだ。我らは艦攻の攻撃を2回も通したぞ」
ということだった。
グランダ軍は今回の戦争にあたってかなり特殊な編組を行なっており、天儀の中軍に精鋭戦術機隊が集中配備されていた。朱雀艦隊は戦闘が開始された直後から戦術機戦で押され、制空権で不利に立たされ、これが拮抗という実質押されている状況をもたらしたのだ。
「敵は我らより少ない戦術機を防御ではなく、型通りに攻勢に投入した。杓子定規の運用だな。ものを知らん」
とまで天儀に傲然といわせた。
戦術機の直掩とハリネズミのような対空砲で守られる艦隊に、戦術機による対艦攻撃を通すのは至難。2回という事実は重い。
そう、いまスサノオのブリッジに立つ朱雀には、かんばしくない戦況報告が続いている。
報告を受ける朱雀は、コンソールの画面で全体の戦況を確認して、
――中央が押せていないな。
と思った。
宙域マップ上の戦場中央は大きく押し込んでいるが、その状態で停止。
開戦直後から猛烈に押しまくる天童愛率いる星間連合軍中央。
いまは、その勢いが殺がれ押し合いとなり、数が多いのに押しきれない。
朱雀がこの戦況を、
「愛ちゃんは最初衝突で押し切り粉砕するつもりだったろう。それがとどめを刺せない」
と、口にすると、思わず横にいた幕僚が朱雀をみた。
「失礼、愛司令だ」
東宮寺朱雀は天童家とは幼い頃から交流がある。幼いころの朱雀は、何故か天童愛に懐かれ、ずいぶんとついて回られたのだ。その親近感が、喫緊の状況にあって思わずでた。
ともかく朱雀の左翼も、天童愛の中央も想定通り進んでいないのだ。
「本来ならもう潰走に持ち込めているはずだ。戦闘開始まもなく中央が押した直後に、正宗司令長官は予備の約1個艦隊を中央へ駄目出しのように投入した」
「敵も必死です。思い通りには行きません。それに中央の優勢は明らかです」
「そうだな。でも現状は、正宗司令長官の意図とはかなり違っているだろう。予備を投入したのに中央が殺しきれていいない」
朱雀のこの言葉に、相手をしていた幕僚が、
――ではご指示は?
というように黙った。
幕僚からすれば朱雀がこれだけ言葉を尽くしたのには意味があるということだ。
幕僚は、朱雀の戦況を批判的に見る言葉に、第二艦隊が能動的に動いて会戦を勝利に導くという意図を感じていた。
朱雀が目の前の画面に表示された戦況の確認を切り上げ顔を上げた。
「中央で時間をかけると、こちらの右翼が崩壊しかねない。不死隊を投入する。目標は、我が艦スサノオから敵旗艦大和までの直線上にいるあらゆる敵性因子の排除する」
朱雀の口にした、
――不死隊。
とは、200機からなる凶星部隊の別称だ。まるで死を知らないように恐れず戦うさまを形容した愛称だった。
幕僚が朱雀言葉を、簡素に整理し指示として復唱、通信オペレーターが、指示を凶星部隊の待機する母艦2隻へ伝達されていく。
凶星部隊の出撃が決定されるなか、幕僚の1人から懸念が上がった。。
「凶星部隊でも大和を撃沈するのは難しいと思います。条約上も状況的にも大和を撃破すれば我々の勝ちではありますが」
凶星部隊の戦力評価は1個艦隊規模といえども、欲張り過ぎではないかという幕僚。
「凶星単独に、そこまでは期待していない。凶星で排除して左翼全体で押す。この凶星の投入はきっかけだ。そして敵右翼の大和を含む基幹部隊は、劣勢となれば中央に合流するだろう。そこに、そのまま我々も突っ込む。つまり目の前の敵を掃除、その勢いで敵中央の側腹を突く」
「なるほど」
「正宗の意図とはだいぶ違う結果になるが、凶星部隊を任された意味は保険だと僕は理解している。これ以上待つのは危険だ。第二艦隊で勝負を決めるぞ」
朱雀は勝負を焦っていた。本来なら敵の中央がすでに崩壊しているはずなのだ。
朱雀だけでなく、天童正宗も同様だった。その焦りが、戦闘開始早々に中央へ予備を投入である。
星間連合軍には、勝負を焦る理由があった。
星間連合は、第一次星間戦争勃発あたって2個艦隊を新設したが、
「軍拡に軍資の供給が追いつかず、内実は核分裂炉を積んだ艦が現在でも一割から二割存在している」
というのが、朱雀が司令長官となった正宗から聞かされた軍の現状。
これまでは電子防御陣ツクヨミから出ることがなかったので問題とならなかったが、核分裂炉を積んだ艦は、燃料庫や核分裂炉付近に被弾した場合に乗員は必死といってよく最前線へ出すことは難しい。被爆の可能性があるので、被災艦への救助もままならない。
朱雀の率いる精鋭の第二艦隊ですら、雑務担当で一定数核分裂炉艦が混じっている。
このような問題も考えると、朱雀としては与えられた、正面の敵の拘束、という役割を果たすだけでは考えが甘い。できればなるべく早く正面の敵を切り崩してしまいたかった。
朱雀の指示から20分後、スサノオのブリッジには
「凶星部隊全機が発艦しました。凶星部隊、敵旗艦大和へ向けて進行を開始」
とうい報告。
ブリッジ内が、
――おお、ついに。
という興奮と期待が混じった空気におおわれる。
朱雀を始め乗員たちの熱い視線が、大画面のモニターに集まる。
そこには凶星部隊を意味する三つの点が敵旗艦へまっすぐ進行中。
凶星部隊は、200機で一体という連携を得意とした戦術機部隊。その戦力評価は1個艦隊相当。大和の撃沈は、無理でも敵へ痛撃を与えることが予想できた。
――凶星。
は、真っ黒なボディに洗練されたデザインは未来的だが、実は機体の基本的な骨格は一世代前の設計が元となっている。何より特筆すべきは搭載されたAI。凶星のAIは宇宙一と豪語される思考力と演算力を持ち、機体の連続稼働時間もグランダの所有する機体と比べて倍である。
その凶星200機がグランダ軍の艦艇に襲いかかったのだった。