13-(1) 戦いの先鞭
星間一号線で、星間連合艦隊とグランダ艦隊は会敵。
いま決戦の火蓋が切られようとしていた……。
[星間連合艦隊] 総旗艦:アマテラス
右翼に1個艦隊、中央に4個艦隊(天童愛)、左翼に1個艦隊(東宮寺朱雀)。
そして中央後方に予備で司令長官天童正宗の第一艦隊が控えている。
[グランダ艦隊] 総旗艦:大和
左翼に2個艦隊(アキノック)、中央に3個艦隊(李紫龍)、右翼に1個艦隊(天儀)。
右翼が大将軍天儀の第一艦隊。
星間一号線に入った両艦隊。最初に動いたのはグランダ軍。
グランダ艦隊は三列縦隊で星間一号線へ入ると同時に流れるように陣形を展開。そのまま漸進。ジリジリと距離をつめはじめた。
対して星間連合艦隊は、まだ陣形方向の転換中。
――不味い、このまま側腹へ突入されるぞ。
という寒々とした焦燥が星間連合艦隊を覆った。
「敵艦隊接近!砲雷戦距離までや約10分!」
アマテラスのブリッジにオペレーターの切羽詰ったような声響くなか、
「間に合います!」
という軍令副長の星守あかりの叫び。
間に合う。とは当然、星間連合艦隊の布陣のこと。
星守は、
――敵突が攻撃を仕掛けてくるまでに布陣を完了し、砲雷戦準備を完了できる。
と確信を持っていた。
全然、合ってますから!20分前にもう移動の指示は完了してます。残る位置につていいない30隻も5分で配置完了。焦る必要ななんてないです。
だが艦隊の向きの変更中での敵艦隊の指呼の距離での接近。
グランダ艦隊は、
――もう肉眼で見えるほどに近い。
という意識があるアマテラスのブリッジの乗員は浮足立った。
正宗の横の座席に座る公女コーネリア・アルバーン・セレスティアルも蒼白。
彼女の位置からは、いまいかに星間連合艦隊が不味い状況にあるか手に取るようにわかる。
コーネリアは思わず、
――どうなさるのです。正宗さん。
と、心中で叫び。
どうにかして下さい――。
と、懇願にも近い眼差しを正宗へと向けた。
「発、アマテラス、司令長官天童正宗。宛、各艦艇。隊形転換間に傾注せり。我らは敵突入に合わせ砲雷戦を開始する!」
浮足立つアマテラスに錘子が一つ。その錘子は、静かで重く揺るぎない。
マグヌス天道は、人器が違った。
つづけてブリッジへ向け、正宗の一声が飛ぶ。
「隊形の変更は間に合う。1時間前に完了しようが、数分前に完了しようが、間に合ったということに相違があるのか」
正宗の声は落ち着いているが、
――重い。
正宗の言葉に乗員たちに落ち着きが戻り、まるで魂を取り戻したようだ。
正宗はさらに、
「ないだろ!ならば慌てることはない!」
と敢然と発した。
ブリッジ内の空気が一変。誰もが引き締まり自身の役割へと集中。
総旗艦のブリッジは連合艦隊総司令部も兼ねる。浮足立っていては話にならない。
しばらくして
「敵戦闘群、砲雷戦距離へ侵入。敵艦隊漸進停止!」
というオペレーターの声が、アマテラスのブリッジに響いた。
双方、砲戦距離となったが、
――戦闘開始。
とはならなかった。
星間連合、グランダの両国にとって宇宙での初めての艦隊決戦である。
水面下で電子戦が行われるなか、両軍の間で戦時国際法の履行や宇宙航行の順守の確認が行われていたのだ。
現実は、こんなものだ。
なお確認されたのは降伏艦艇への攻撃停止、降伏した艦艇の戦闘の復帰の禁止、そして戦闘後の救助活動の約束。
また
『旗艦が降伏した場合には、速やかに戦闘を停止し、勝敗を受け入れる』
ということも確認された。
結局のところ未知の宇宙決戦を前にして、両国は慎重だった。
戦闘が開始されれば間違いなく、星間一号線は、
――生きて地獄と化す。
のたうち、阿鼻叫喚し、人が人の形をなさない。人為の地獄。
誰もが、ここがすぐに、
「アイアンヘル・セクター(鉄の地獄宙域)」
をなることを想像した。
これらの確認は今更という話でもあるが、両軍は戦闘前に、
「宇宙空間では人命を尊ぶ」
という基本理念を確認しあうことで、未知の宇宙決戦に法的裏付けを行い戦闘行為への正当性を得ようとしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
星間一号線を重力砲の轟音ではなく、静寂が支配していた。
戦端はいつ開かれてもおかしくない。
会敵からそのまま戦闘に入らなかったことで、両軍は戦闘に入る切っ掛けを掴みかねていたのだ。
いつ砲を撃ってもいい、
――だが誰かが一発撃てばそのまま地獄化す。
その実感が両軍の間に流れ逡巡となって静止した。
アマテラスのブリッジは、息を一つつくのもはばかられるような静寂。
この緊迫感に満ちた空気を通信オペレーターの声が破った。
通信オペレーターは、入った通信を中央のモニターへ映像を転送、モニターには黒髪が美しい色白で気の強そうな目をした女性が映し出される。
映し出された女性は、
――中央戦闘群司令・天童愛。
座乗する艦はヤマトオグナ。
六花をイメージさせる天童愛が、いま体貌に冷気をまとっていた。
『お兄様、攻撃をお命じ下さい。宇宙初の大会戦に、先鞭をつけ突入します』
この一戦で星間戦争100年の勝敗が決するのは間違いない。
その歴史的一戦の一撃を自ら最初に行いたい。戦場では、常に果敢で超攻撃的といっていい天童愛らしい要求といえる。
だが、正宗は妹のこの要求に冷静に、
「あくまでグランダ軍から撃たせる。我々は撃ってきたグランダ軍へやむなく反撃する」
と、力強くはっきりとつげ、あくまで戦いを仕掛けてくるグランダ軍という形にこだわったのだった。
兄の言葉に、いきり立った表情の天童愛が、一転して微笑を浮かべ
『あくまで黒いのはグランダ。白いのは星間連合。ことの善悪をはっきりさせる。お兄様らしいですわ。わかりました愛は待ちます』
そういうと敬礼してから通信を切ったのだった。
これで星間連合艦隊は、グランダ艦隊が攻撃を仕掛けてくるのを待つこととなった。
この時点で選択肢は自由だった。
良識ある天童正宗は、これから始まる
――より殺したほうが勝つ。
という狂気に二の足を踏んだともいえる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、グランダ艦隊旗艦大和のブリッジでは、大将軍天儀から
「足柄は動かないのか」
という催促の言葉がでていた。
――早く攻撃しろ。
といわんばかりの大将軍様に、横に控えていた千宮氷華が、
「足柄将軍のビスマルクは、中央先頭で停止したままですね」
と応じてから、
――わかりきったことをなぜ口に出したのです。
といわんばかりに天儀を見た。
言葉を発する天儀は交戦情報が表示されている宙域図を見ていたのだ。それに何らかの動きがあれば報告がある。
天儀は、この氷華の言葉がきっかけとするようにして、
「通信兵、ビスマルクへ打電!」
と、通信オペレーターへ直接指示。
同時に大和のブリッジに緊張が走る。
天儀の一言に、誰もが戦端が開かれることを敏感に察した。
間違いなく次に天儀から紡がれる言語は、ビスマルクの足柄京子への攻撃命令。
「発、大和、大将軍天儀。宛、ビスマルク艦長足柄京子。行け。以上」
この天儀の指示に通信オペレーターだけでなく、氷華も天儀を確認するように見る。
大会戦の戦端を開く指示にはしては、あまりに短い。いや雅味がない。
「わかった。もう少し洒落ておく。加えてこうだ。戦場のことは、先駆けを以って賞とす。ただ駆けよ」
これを通信オペレーターが復唱、ビスマルクへ打電した。
直後、モニターに表示された宙域マップの中央の赤い点が一つ動き出す。
戦端が開かれた瞬間だった。
「中央、足柄京子のビスマルク動き出しました!」
この報告とともに大和のブリッジが興奮と不安が入り混じったような重圧で支配された。
戦場では足柄のビスマルクがたった1隻、右舷を晒すようにして斜め前方へ直進している。
「戦場が始まった。全艦艇に通信をつなげ」
天儀が叫ぶようにいった。
――声が若干上ずっているな。
と、氷華は冷静に思った。
氷華が天儀の言葉を復唱し、通信オペレーターが各艦艇へ通信を飛ばす。
通信オペレーターの目の前の画面に広がる膨大な数の各艦との通信状況
『艦隊宛通電100%』
というポップアップと同時に、通信オペレーターが手を上げて、
「全艦艇と通信開きました」
と叫んだ。
「会戦が始まった。戦闘行為を許可する。我々が星間戦争を終わらす。今この瞬間、諸君は往古の英雄たちの背中に迫った。そして勝って、その横に並ぶ。帝は各員が義務を果たすことを望んでおられる。一層奮起せよ。以上」
天儀の言葉が終わるやいなや、グランダ艦隊が一斉に動き出した。
当然、先行するのは、すでに動いている足柄のビスマルク。
星間一号線で、
――星間会戦。
と呼ばれる一大決戦が開始された瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
両艦隊が睨み合うなか、両軍の中央に飛び出た戦艦が1隻。
足柄京子のビスマルクだった。
勇躍、飛び出したビスマルクに、
――これ見よがしに、誰だってそんなこと出来ます。
と、天童愛が嚇となった。
「舐めた真似を!撃ち落としなさい。出過ぎればどうなるか。ここは戦場ですよ」
「ヤマトオグナでは射程外です!」
という砲術長の声を、天童愛は黙殺、指揮管制オペレーターへ、
「戦列3巡目まで、目標艦中央の怪鳥。照準開始」
と、艦隊指揮を飛ばした。
――あんなものは怪鳥なんですよ。鳥は撃ち落としてお終いです。目障りな。
不吉な怪鳥は早々に排除してしまうに限る。とも思う天童愛は、飛び出した足柄京子を羨望していた。
本来なら私が、ああしてやりたかった。いえ、一艦隊を預かる身としては、そんな軽佻は許されません。それを飛び出たあの艦は――。
――戦場は個人の武勇を誇る場所ではないのですよ。
天童愛は胸懐にいだいた羨望を、時代錯誤と唾棄して捨てた。
天童愛の指示で、単艦で飛び出したビスマクルへ、中央麾下の艦艇は一斉に照準作業を開始。
星間連合艦隊4艦隊の主砲群の砲口が、ビスマルク一隻へ集中したのだった。
一方、ビスマルクのブリッジでは副官の子義が、
「姐さん、これ大丈夫なんですか!」
そうたまらず叫んでいた。
現在、ビスマルクは、星間連合の4艦隊の前に単艦で突出してる状態だ。
確認せずとも、その4個艦隊の砲口がビスマルク1隻へ集まっていることは想像できる。
ひたいに汗を浮かべ青くなる子儀に対して、足柄はブリッジ中央に仁王立ちし笑みさえ浮かべている。
「大将軍がね。これをやれってご命令よ!」
「そいつは涙が出るほど嬉しいご命令ですな!」
「でしょ信頼されてるのよ私」
そう信頼されている。そう足柄は強く確信して高揚していた。
士官学校を優秀な成績で卒業した足柄だったが、自身の変えようのない跳ねっ返りの性格のため今まで一艦長に甘んじ続けてきた。
自分のやり方を貫けば、どうしよもないことだったが、いまはそれで良かったと思う。おかげで味方3艦隊と敵の4艦隊の目が、すべて足柄京子に向いている。そう思うと最高の気分だった。
「敵は随分上手く、4艦隊を配置したわね。無駄なく初弾が飛んでくるわよ」
足柄の表情も鬼気迫る色が出ている。
ブリッジ内には、敵艦艇の照準作業の状況をつげるオペレーターの声が響いている。
通常では、ありえない数の砲門数が、自分たちへ向いていることが嫌でもわかる。
この状況にビスマルクはブリッジ内だけでなく、艦全体が緊張に包まれていた。
オペレーターから敵艦艇の重力砲群の射撃が、秒読みに入ったことがつげられる。
副官の子義が、
――どうしますか、姐さん。
と足柄を見た。
同時に、こちらも反撃するかということを目で問いかけたのだ。
足柄が叫ぶ。
「撃たないわよ。擬似座標の情報を出し続けて」
敵の重力砲を避けるには、艦の総てのリソースをビスマルクの虚像構築に割り当てても足りない。
オペレーターが叫ぶ。
「敵重力砲射撃、重力弾頭多数、向かってきます」
――多数。
などという報告は普通はない。飛んできた正確な数が報告される。多すぎてカウントできないのだ。
オペレーターが続ける。
「着弾まで50秒、49、48、47、46」
足柄京子が再びさ叫ぶ。
「真上、直上へ全力機動。避けるわよ!」
ビスマルクの船体が軋む。巨艦が垂直に上へ移動した。50秒前にビスマルクのいた位置へ重力砲の束が通り過ぎた。
擬似情報の座標にも同じぐらいの重力砲の束が光っている。
それは、あまりに美しい死の閃光だった。
オペレーターの言葉を、子義が
「回避運動成功!」
と力いっぱい復唱する。
「次!まだまだ来るわよ。また避けるんだからね」
子義が足柄の声を復唱して、
「回避準備」
と叫ぶ。
子義の言葉の後には静寂。
重力砲の装填には、小口径でも3分前後を要する。
次弾が発射されるまでの数分の猶予。
――もうジタバタしても始まらない。
と、腹をくくった子義が苦笑した。
それを見咎めた足柄が、
――あんた、なんか言いたいの?
と、子義へ目を向けた。
「俺は軍のお偉いさんに足柄京子の艦は管理が楽でいいといわれたことがあります」
――なんでよ。
と、また足柄が目で問うと、子義は、
「問題があっても足柄京子1人へ始末書を書かせればすむ、それが理由だそうです」
といって笑った。
足柄も思わず哄笑。
普通、規律違反で始末書を書かせるような場合は、班単位という連帯責任がほとんど。だが管理する側からすれば、一人一人の始末書を確認し、個別に処分しなければならない。といったところで、実は面倒くさい。
ところが足柄京子の艦は、艦長が率先して先導するので足柄京子1人ですむ。という冗談だった。
子義が哄笑する足柄の横で、
「ここでビビったらヤクザやチンピラと一緒だ。やるぞ!姐さんは回避をお望みだ!」
と叫んだ。
ブリッジ内から次々と声が上がる。
「任せて下さい。我らがアーレス」
「俺たちは軍人です。普段の大言壮語は、いついかなるとき、どんな場所でも変わらない」
「機関良好。我らがアーレス嬢のお願いじゃ仕方ありませんね。次も避けますよ」
「ボーナスくださいよ」
足柄はそれらの言葉には応じず、腕を組んで敢然と立ち目元には鋭さ、口元には笑み。戦闘に嬉々としていた。