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超短編ホラー

超短編ホラー2「コーヒー」

作者: 青木森羅

 気がつくと、私は見知らぬ部屋で目覚めた。

 その部屋は三畳程の広さしか無く、無機質な白い壁と大きな襖が目を引く。

 

「ここは? 私は、なんでこんな所に?」


 私は直前の記憶を思い返してみた。

 しかし、いくら掘り起こそうと記憶は欠片も浮かんでくることは無い。


「どうして?」


 その声は、誰にも届くことは無く虚しく部屋の壁に吸い込まれた。


「はぁ」


 ため息を吐く。

 とりあえず、ただ棒のように立っているだけでは埒が明かないと襖を開ける。


「ウッ!」


 その先はただ眩しく、光量の強いライトをずっと当てられているかの様だった。

 慌てて襖を閉じる。


(目がチカチカする)


 数秒待ち、ようやく目の調子が戻って来た。

 光の先が気にはなったが先に、反対側を確認する事にした。


「こっちは暗いな」


 そちらは暗く今まで体験した事の無い闇そのものだった。

 試しに腕を差し入れてみる。


「肘から先が見えない……」


(こっちは危なそうだな、何があるか分かったものじゃない)


 危ないので、こちらも閉めておく。


「仕方ない、反対側に行ってみよう」


 そう呟きながら振り返ると、そこにはさっきまでなかったはずのテーブルが現れていた。

 その上に湯気を上げるカップが置いてある。

 それが急に現れた事よりも、気になった事があった。


「このカップの柄、見た事ある気がする……」


 カップに手を伸ばす。

 触れた途端に、喉が凄く渇いてきた。

 怪しいは怪しかったが、本能には勝てなかった。

 それと、何故か安心もしていた。


 ゴクゴクゴク。


「うん?」


 黒く濁った液体からは、味がしなかった。

 薄くて味がしないのでは無くて、単純に味がない。


(けど懐かしい気もする)


 とりあえず、喉は潤ったのでこれからどうするか考えた。

 腕を組んで目を閉じていると、サーと音がした。


 目の前を見ると明るかった方の襖が開いていた、閉めたはずなのに。

 それにさっきより眩しく無い。

 私はそちらに向けて足を進めた。



「うーん」


 私はまた倒れていたようだ。

 辺りを見渡すと、さっきと同じ部屋の様だった。


「なんで、またここに?」


 しかし、さっきと違う所もあった。

 それはテーブルとコーヒーが既にある事だった。


 カップを見ていると、また喉が渇いてきた。

 持ち手に指を掛け、カップを傾ける。


「ウッ!」


 ゴホゴホとむせる。


「苦ッ」


 さっきの無味と違い、ひたすらに苦い。

 まるでコーヒーの粉をそのまま飲んでいるみたいだった。


 水が飲みたかったけど当然そんな物は無く、その苦みから逃げられなかった。

 

「ウゥッ」


 またひとりでに襖が開く。

 襖の方にゆっくりと一歩、また一歩と足を進めた。



 再度、目を覚ました。

 同じ部屋、同じ場所で。

 

「またここか……」


 体を起こす、机の上にはまたもコーヒーがあった。

 おそるおそる手を伸ばす。


 ズッ。


「あっ」


 美味しくは無い。

 美味しくは無いけど、まだ飲める味だった。


 薄いけど。

 

 カップを傾け、すべて飲み干す。


「ふぅ」


 ようやく人らしい物を飲み終えて、ようやく人心地ついた。

 改めて部屋を見渡してみたものの、やはり何もない。


(仕方ない、進もう)


 それ以外に選択肢は無かった。



 それからずっと同じ事を繰り返した。

 無人の部屋で起き、テーブルのコーヒーを飲み、部屋を出る。

 それだけをずっと繰り返していた。

 五百回位は繰り返しただろうか。


 あまり変化の無い部屋と反比例する様に、コーヒーの味は毎回少しずつ変わっていた。

 豆の種類、味の濃さ、温度等が少しずつ変わり、美味しくなっていく。

 私の好みの味に。


 それと、コーヒーを飲んだ時に色んな感情が湧き上がる事があった。


 百杯位までは、楽しく陽気だった。

 四百までは、穏やかで。

 それから以降は、徐々に胸が苦しくなった。

 コーヒーは美味しいのに、味がしない日もあった。

 

 そして、また目覚める。

 上体を起こしカップを見た瞬間、ようやく思い出した。

 

「これ、自分のだ」


 このカップは誰かと一緒に買いに行った物だった。

 たしか、雑貨店だった。

 なんで思い出せなかったんだ。

 そして、なんで思い出せた?

 

 ゴクリ。


 喉が渇く。


 手に持ったカップの中の黒い液体が波打つ。

 コップを通して温もりが伝わる。


 けど、その暖かさに隠れた悲しみも感じた。

 ここまではすぐ口をつけたのが嘘の様に、手が動かない。

 

(でも飲まないといけない。そう、飲まないと)


 何故かそう感じた。


 ゆっくりとカップを口に当てる。

 傾け、飲んだ


 頬に涙が伝う。


 そうだ、思い出した。


「グフッ!」


 口から、赤い液体が噴き出る。

 視界が歪み、床に頭をぶつける。


(そうだ。このコーヒーはあの人が淹れたものだ)


 一緒に住んでいた、誰よりも愛おしいあの人。

 あの人は夕食の後に、作った事も無いコーヒーを「私が淹れるよ」と言ってくれた。

 それから、徐々に美味くなっていったんだっけ。

 

 しばらくは幸せだった。

 そう幸せだったんだ。


 けど、お互いのすれ違いが増え、喧嘩の回数が増えた。

 あの時は、ごめんと言えなかった。


 そして、あの人が最後のコーヒーを淹れてくれた。

 その味は、今までで最高で、今まで一番辛かった。


 あの人は、倒れて行く私の姿を泣きながら見ていた。

 

(そんな顔させて、ごめん)


 そう言おうとした私の意識は、そこで消えた。

 そう、今のように。


 ごめん。



「ハッ!」


 私はまた目覚め、コーヒーを手に取った。


「味がしない」


 私はこれを永遠に繰り返すのだろう。

 贖罪。

 そう、贖罪なんだろう。

 私はここで永久とわにコーヒーを飲む。


 あの人が淹れてくれた、コーヒーを。

 読んで頂き、ありがとうございます。

 超短編シリーズの一篇、「コーヒー」が出来ました。

 これを書くきっかけになったのは寝てる時に見た自分の夢なのですが、何度進んでも同じ部屋しかないってのが面白そうだと考え、結果こんな話に変化しました。


 それとこの作品ですが、主人公をあえて男女どちらでも当てはめられる様に書きました。そんな風に読んで頂けていれば嬉しいです。

 

 あとホラーと銘打ってますが、どちらかというとミステリーになってしまった様な……。

 死んでいるのでホラーという事で、お願いします。

 没にしたネタでもう少し奇抜な七色に光るコーヒーや酸っぱいコーヒーなんかも考えていたのですが、それこそホラーで無くなるのでやめました。


 そんなわけで後書きは終わろうと思います。

 感想、評価、ブクマ等、お待ちしています。


 では改めてもう一度。

 読んで頂き本当にありがとうございました。

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