第2話 セカンド・インパクト(7)
その後、俺たちは数時間ほどデュタを探した。
隣町付近、山沿いの住宅街、旧道など今まで調べていなかった所をくまなく徹底的に。
だが、残念ながらデュタは見つからなかった。
時刻は、既に6時を過ぎていた。日も暮れ始め、これ以上探すのは困難だ。
それに何より、ミミも疲労の色が出ている。少しでも早くデュタを見つけたいのは山々だが、無理強いさせるわけにはいかない。
「見つからなかったか……」
「にゃあ……」
俺たちは重たい足取りで溜め息をつく。
「でも、明日がありますわ。その時は、お昼の弁当を持参しますわ」
「それいいね、妙ちゃん。私も弁当を作っていくよ」
少しでも暗い空気を吹っ飛ばそうとそらと妙なりにフォローするが、それを覆すまでには至らない。
「今日はここでお開きにしようぜ。明日のためにもさ」
武士の言うとおりだ。今日見つからなくても、明日には見つかるかもしれない。そのために体力を少しでも回復させないと。
「じゃあね、大和くん、ミミちゃん」
「大和さま、ミミさま、明日も頑張りましょうね」
「じゃあな」
3人は俺とミミに明るく別れの言葉をかける。
「にゃにゃにゃ~!!」
それに合わせて、夕日を背にミミも元気よく手を振った。
「ふう……、かなり歩いたな」
「にゃにゃあ~」
探すことに必死になっていたから全く気付かなかったが、今日1日で橘町内を3周は歩き回ったかもしれない。おかげで足はすっかり棒になっている。
「じゃあ、夕食の買い物をするかミミ。ミミが好きなものはなんだろうか? お魚?」
「にゃにゃあ!!」
子供らしく明るく返答するミミ。この笑顔を見るだけでも、疲れを忘れることができる。
「決まりだな。だったら、お寿司にするか」
「にゃにゃあ~い!!」
ミミは喜び跳ねる。毎日大したものは食べていないから、俺もたまには寿司が食べたかったところだ。高いものは買えないが、1パック380円の半額の特売品ぐらいなら問題ないだろう。
それにしてもなんだろうか、この湧き上がる感情は。ミミと出会ってからまだ1日も経っていないのに年の離れた兄妹というよりも、妙の言っていたように親子のような情念すら感じてしまう。
もし、保護者と思われるデュタという少年の元に帰すことが出来たとしたら、再び出会うことができるのだろうか? 今日のように一緒に歩くことが出来るのだろうか?
いかんいかん、何を考えているんだ、俺。下手をすれば誘拐だと勘違いされない状況なのに、こんなことを考える資格があるのか? それはない、絶対にない。
一緒にいたいという感情と、保護者の下へと帰さないといけない感情がぶつかり合う。ああ、どうすれば納得のいく結論が出るんだ。
「にゃあ……」
突然、俺の服の裾を弱々しく引っ張ったまま、ミミはその場にしゃがみこんだ。その表情は、元気一杯だった先ほどとは違い、苦悶そのものであり、声も弱々しい。
「お、おいどうしたんだ!?」
「にゃ、にゃあ……」
俺はミミの額に触れた。
熱い。まるで高熱病に罹ったのかと思われるぐらいに熱い。
いや、それだけではない。霧のように発せられる湯気、呼吸をするのも辛そうな息遣い、滝のように流れる汗、腕に伝わる全身の震え。
ミミの突然の不調、これを異常事態と言わずして何と言う。
「にゃああ……、にゃあ……」
しゃがみこんで動けなくなっていたミミだが、ふらふらと立ち上がった。今にも倒れそうなほどに覚束ない足取りで歩みを進めながら。
「お、おい!? どこに行くんだ!?」
ミミの向かった先は、大通りから外れた小道。人気が無く、街灯なども切れかかっており、大通りに比べて殺風景で寂れている。子供一人で通るにはかなり心細い道である。
「にゃ、にゃああ……、にゃ……」
壁に体を擦り付けながら歩くミミ。一歩ごとに姿勢を崩し、転びそうなほどに傾く。その様は、痛々しいという言葉以外出てこない。
「そっちへ行ってどうする!?」
俺はミミを止めようと肩に触れるが、歩みを止めない。俺の言葉が聞こえていないか、痛みに耐えてまで歩く理由があるのか?
「にゃ……」
そして、薄暗がりのT字路を曲がりきったところで、ミミはついに倒れてしまった。
「にゃあ……にゃ、にゃ……」
アスファルトの地面で小さく丸まり、止めどなく涙を溢れさせ、ガタガタと体を震わせるミミ。声もさっき以上にか細く、殆ど聞き取れないほどだ。
「おいミミ!! 大丈夫か、大丈夫か!!」
俺は丸くなったミミの体を揺するが、俺の声には反応してくれない。
もうネコ耳がどうのネコの尻尾がどうの、宇宙人がどうのどころの話ではない。ミミの正体がバレてもいいから、病院に連れっていてどうにか治してやらないと。行くのならば、内科か、外科か!?
錯乱気味であったが、冷静になることを心がけながら、ミミを病院に連れて行くために背負った。
重たい。
このくらいの子を背負ったのは、小学生時代に高熱を出した妹を病院に連れて行った時以来だが、こんなに重たくなかった。
いや、おかしいのはそれだけではない。
それにミミの体の中から妙な音が背中越しに伝わる。
骨が軋むのような音というか、体内から聞いたことのないような音が鳴り響く。
ミミの身体に何が起きているんだ?
俺は確認のため、背負っていたミミをアスファルトの地面にゆっくりと傷つけないように置いた。
大きい。
さっきまでのミミに比べて、一回りほど大きくなっていた。パッと見、小学生低学年ぐらいの大きさだ。どうして、こんな不可解な現象が起きた? これから何が起きるというのか?
その不可解な現象は俺の意思とは関係なく進行する。
ミシミシと痛そうな音とともに大きくなっていくミミの体。それは小学生低学年ではなく、もう小学生高学年ぐらいの大きさだ。
それに伴い、布のビリビリと千切れていく。妙の用意したお洒落なお古が無惨にも破れ、白い肌が露わとなる。
「うにゃあ、うにゃああ……」
ただただ呻き声をあげるミミだが、俺はどうすることも出来なかった。
常識的に有り得ない状況に直面し、思考が停止してしまったからだ。
どうすれば、ミミは想像を絶する苦しみから解放されるのか? 俺は何をすればいいのか。それを考えなければいけないのに、何故か体が動かない。
「にゃあ……うにゃあ……・うにゃあ……」
時間が経つに連れ、弱々しくなっていくミミの呻き声。それに合わせて、ミミの急成長の速度も緩やかになっていく。
それに合わせて俺は思考能力が回復し始め、この兆候を何であるかを直感的に理解した。
そろそろ成長が終わる。
俺の予想は当たっていた。体調の不調に気付いてからおよそ5分、ミミの肉体の急成長は終わりを告げた。
「ど、どうなっているんだ……」
俺は大きくなった半裸のミミを心配げに見つめた。
憶測だが、140cm中頃はあるかもしれない。10歳近くは一気に歳を取ったような気がする。その割には、胸はかなり控えめな気がする。多分、Aカップ程度かもしれない。
いや、バストサイズのことなどどうでもいい。それよりも、謎の急成長以上に特筆すべき点があった。
先日、デュタという美少年が見せた画像の少女そのものだ。
右目は青眼、左目は赤眼のオッドアイ、、両頬に書かれたピンク色の二本線、独特のデザインをした髪留めとピンク色が特徴的な短めのツインテール、マニアックに言えばツーサイドアップだろうか。そして、ネコ耳とネコの尻尾。服装こそは違うが、それ以外は寸分違わない。
やはり、デュタが探していた少女はこのミミだったのか。どうしてあんなに小さな子供から、このような姿に変わったかなど理解はできないが。
だが、今はどうでもいいことだ。ミミの安否の確認をしなければ。
「おい、ミミ大丈夫か!? しっかりしろ!?」
俺はミミの熱い体を優しく揺らす。一刻も早く、意識を戻してくれ。
「う……ニャ……?」
幸い、すぐに反応をしてくれた。
「うにゃ……にゃ……?」
右目の青眼と左目の赤眼のオッドアイで虚ろに見つめるミミ。
「うにゃ……、にゃあ……にゃあ……」
「俺だ、大和だ。聞こえるか? ミミ、体調はどうだ?」
「うにゃ……」
ミミは、俺の目の前に手を見せて……。
「え?」
「うにゃ!!」
爪を立てた五本の指で、俺の顔を斜めに引っ掻かれてしまった。
「ほわっちゃあ!!」
顔に作られた五本の赤い斜め線。痛さのあまり、俺は間抜けな声を吐いてしまった。
「一体、何をするんだ!!」
心配していたのに、いきなり引っ掻き攻撃とは。裸を見たのは悪いかもしれないが、攻撃してくることないだろ。
「にゃあ? にゃにゃあにゃあー!!」
何を言っているか分からないが、ミミは甲高い声で酷く興奮していた。何を言っているか分からないが、怒っていることは確かだ。
さっきまで可愛かったミミの態度が豹変。見た目だけでなく性格までまるで別人となっている。ますますワケが分からない。
「にゃあ……」
半裸のミミは立ち上がり、ゆっくりと立ち上がり、大通りへと向かった。
「おいちょっと待て!!」
当たり前だ。ネコ耳やネコの尻尾はともかく、裸で大通りに出られたら大事になってしまう。それに、こんな姿で歩いていたら風邪をひいてしまうし、体調は大丈夫なのか?
俺はミミの止めようと肩に手を置いた。だが、いかにも不機嫌そうな声で手を払われてしまった。
「そんな格好で出歩くなって!!」
「にゃあ……」
ギラリと睨みを利かせるミミのオッドアイ。それは年相応の女の子のものではなく、威圧に満ちた瞳だ。まるで皇帝か魔王かを想起させるほどの恐ろしい睨み。
「な、なんだよ、おい。俺は、お前のことを気遣って止めようとしたのに」
「にゃあ? にゃにゃあにゃにゃあにゃにゃあ」
「何を言っているか分からないけどさ、いい加減にしろよ!!」
さっきからずっと我慢していたが、もう限界だ。
「今までこっちは、色々と苦労したんだからな!! 食事だって!! 風呂だって!! 寝床だって!! お前の保護者探しもさ!! 少しは感謝ぐらいしろよ!!」
怒りは花火工場に引火したように連鎖爆発した。小さいミミだったら感謝するのに、どうしてこいつは態度がでかいのだろうか!?
「にゃにゃあにゃあにゃあにゃあ!! にゃにゃにゃあ!!」
「ああ、勝手にどっか行けよ!! 俺はもう知らん!!」
俺は腹に決めた。もうこれ以上、こいつと関わるのは止めよう。恩を仇で返す奴の世話なんてできるか。
「にゃにゃあー!!」
ミミも怒りのゲージが振り切れてしまったのか、怒声をぶつけた後、本当に去ってしまった。
大通りの喧騒とさほど変わらぬ大声は鳴りを潜め、いつもと変わらぬ寂しいだけの裏通りへと元通り。
「ったく……」
なんなんだよ、アイツは。
保護欲みたいなのもあったかもしれないが、困っていたから助けてあげただけなのに。さっきまでミミも感謝していたのに……。
それなのに、あのでかい態度は。一日中、歩き回った俺が馬鹿だった。今日は上手い飯でも買って、徹夜でゲームをしてストレス発散をしなければ、この怒りが収まりそうもない。
しかし、怒りの感情の他にも幾分かの不安の感情も混ざっていた。
こうやって怒りに身を任せたとはいえ、ミミはこれから先どこへ行くのだろうか? 自宅に戻る方法やデュタという美少年に出会う術があるならともかく、そのような術を持っているようにも思えない。最悪、路頭に迷うなんてことも……。
いやいや、これ以上深入りしてどうする? あいつが勝手に暴力を振るって、勝手に去っただけだろ。逸れで終わりじゃないか。
取るべき選択肢がどれか分からない。このまま放っておくか、ミミを助けてやるか……。
だが、長考する暇など無かった。
「にゃあ!!」
ミミの叫び声が聞こえた。それも、さっきの怒鳴り声とは質が違う。
「ミミ、何があったんだ!!」
俺はミミの去ったT字路へと向かったが、すぐに身を潜めた。
何故なら、ミミ以外にも得体の知れぬ声が聞こえたからだ。
俺は身を背を壁に置きながら、T字路の先を覗いた。
そこにはミミの進路方向を立ち塞がる形で謎の三人組が立ちはだかっていた。
一人は、2m超はある茶髪の厳つい巨漢。
一人は、目深な紫髪のボブカットの少女。
一人は、ミミよりも若干背の高い銀髪童顔の少年。
威圧感溢れる三人組には、共通する特徴が二つあった。
一つは、黒づくめのスーツを着ていること。
もう一つは、ミミと同じようなネコ耳とネコの尻尾と頬の線が生えているということ。
「あの三人は、何者なんだ? どうして、ネコ耳とネコの尻尾がついているんだ?」
ただ一つだけ、この状況が何を意味するのかは理解できた。
ミミが謎の三人組に襲われていることを。