第2話 セカンド・インパクト(6)
「じゃあ、大和君のいる場所でいいよ」
「橘海岸まで遠いんじゃないのか?」
「ううん、一昨日は大和くんが付き合ってくれたから今度は私の番だよ」
俺は無意識に頬を掻いた。こういう時は男が女のところへ向かうのが相場なのだが、そらが言っている以上は、断るわけにもいかない。ただ、どこかばつが悪かった。
「そうか。俺たちは海岸入口で待っているからな」
「分かったよ。10分で行くよ」
「慌てて交通事故なんかに遭うなよ、交通事故に」
「分かっているってば」
俺はそらに強く念押しをして電話を切った。
「あっちもダメだったらしいな」
「ああ、思いのほか見つからないものだ」
俺は思わず溜め息をつきながら、海岸入口の塀に座った。
ミステリーサークル現場から去ってからおよそ1時間半。俺と武士は様々な場所を探した。
あの美少年と出会った橘橋をはじめ、橘町の玄関口である橘駅、海岸沿いの遊歩道、そして橘海岸。だが、どこにもいなかった。
やはり、あの美少年は既に別の場所へと行ってしまったのだろうか? 先日の出来事だから、そうだとしても何らおかしくない。
しかし、それにしても。
「まだ匂うんじゃないのか?」
「うっせえな。家に一度戻って、シャワー浴びて、服着替えたんだから匂わねえって」
武士がドブに落ちてしまったことによるタイムロスが痛かった。異臭漂う姿で橘町を歩くわけにもいかないし、俺も精神衛生上嫌だった。そのため自宅まで戻ってシャワーと着替えを済ませたのが、それだけで30分も時間がかかってしまった。
「まったく、あのじゃじゃ馬はなんなんだよ。少し前を見て歩けってば」
その通りである。幸い、俺は雑草まみれで助かったが、武士は悲惨な目に遭った。位置が違っていれば、俺も武士と同じ運命を辿っていたかもしれない。
「それと聞き忘れていたことなのだが」
「なんだ?」
「ミミちゃんがこの星に来た理由だ」
「だからミミは宇宙人じゃなくて、どっかの遠くの国の民族だろ。アル・ビシニアンって国からさ」
俺は呆れて溜め息をつく。昨日と今日でどれだけの溜め息をついたかもう分からない。少なくとも、数か月分はため息をついたかもしれない。
「まあ、お前が宇宙人をしていないというのは散々分かっているって。だから、それは別に置いてさ」
箱を両手で別の場所に移動させるジェスチャーを取る武士。
「仮にミミちゃんが宇宙人だとして、アル・ビシニアンから地球へ来た目的だ」
そう言われると、そっち方面のことは全く考えていなかった。
「この星に来た以上は、何か目的があるはずだぜ。移民? 漂流? 侵略? 誘拐?」
「移民とか宇宙漂流はともかく、侵略とか誘拐は有り得ないんじゃあ……」
というよりも、あんな小さな子供が侵略や誘拐目的に地球に降り立ったら怖いって。それとも、猫を被っているというのか? そうだとしたら、相当な知能犯である。
「いやいや、意外にあるかもしれないぜ。こうやって人間と友好的になったと思いきや、少しずつ人間の生活に侵食して国を乗っ取る。最終的には、地球そのものを侵略完了するとか。時間はかかるけど、いかにもスマートな方法だぜ」
武士は冗談交じりの色を見せる。
「武士はそう来るのか。じゃあ、俺だったらこうするな。宇宙空間で事故に遭ったものの、奇跡的に生還した宇宙飛行士の精神を乗っ取り……、うひょあ!!」
首筋に伝わる謎の冷たさに俺は思わず情けない声を上げてしまった。
「遅くなってごめんね」
振り返ると、キンキンに冷えた缶ジュースを持った妙がいた。
「随分早かったじゃないか」
「はい、大和さまのために急いで参りました!!」
「うにゃ!!」
別に急がなくてもいいのに、わざわざ急いで来るとは。交通安全には気をつけろよ。
「うにゃあ~……」
「うわっ、止めてくれ!!」
ミミは俺に抱き着き、頬と頬をすり合せる。幼児特有のぷにぷにとした肉感が妙に心地良い。いかんいかん、これでは本当にロリコンだ。
「まるで親子みたいですね、大和さま」
「おちょくらないでくれよ……」
年の差が年の差だけに、下手をすると親子だと思われてもおかしくない。もし、こんな光景をクラスメイトの誰かに見られていたら、俺は学校での居場所を失ってしまう。
「まあ、親子ごっこはこれぐらいしてそろそろ昼食にでもしようぜ」
「はい、大和くんに武士くん。妙ちゃんとミミちゃんもね」
そらが、俺と武士に白い包み紙に包まれた料理と飲み物を渡す。デフォルメされた猫のマークと『ネコのパン屋さん』と書かれた店名が目に入る。
「ネコのパン屋さん? 初めて聞いた店の名前だ」
「私も初めて聞いた名前だけど、車で移動しながら売っていたの」
「ここら辺で移動販売のパン屋なんて初めて聞いたぜ。観光客目当てに、他の地域から来たんじゃねえのか?」
「うん、マッチョなパン屋さんだったの」
「マッチョ?」
ネコのパン屋なんて名前を可愛らしい名前をつけているのに、見た目はマッチョ。見た目とは違って、随分とメルヘンな人物である。
「で、これはなんなんだ? もしかしてホットドッグか?」
「開けてみたら分かりますわ、うふふふふ」
妙のちょっと気味の悪い笑い。まさか爆弾なんてことはないだろうか?
俺はとにかく中身を確認するためにも、白い包み紙を開けた。
中に入っていたのは、コッペパンに挟まったトマトとオニオンとサバ……、サバっ!?
「おい、なんでサバが入っているんだ!? ホットドッグじゃないのか!?」
「え、ホットドッグなんて一言も言っていないよ? 私たちが買ったのは『焼きサバパン』なの」
「「えっ?」」
俺と武士は包み紙の中に入っていた珍妙な食べ物、焼きサバパンに困惑した。
「焼きそばパンの聞き間違えか?」
「いいえ大和さま、焼きサバパンですわ」
妙がそらの言葉をより強くするために後押しする。
「中に入っているのがサバであることは分かった。しかし、どうしてサバなんだ?」
俺は当たり前の質問をした。
「お兄さんが言っていたけど、ヨーロッパのある地方ではサバをパンにはさんで食べるらしいの。それをアレンジしたらしいの。サバは地元で獲れた首折れサバを使って、野菜も地元のもの、パンに使った小麦粉は北海道の選りすぐりの生産農家から仕入れたらしいの」
創作パンではなく、実際にそんな変わったものがあるとは。世の中、広いものだ。
「首折れサバか、そこのパン屋もよく分かっているじゃねえか」
首折れサバがどんなものか俺はよく分からないが、実家が鮮魚店である武士が言うからにはなかなかのもののようだ。
「まあ、武士がそんなに絶賛しているのなら……」
俺は初めて見る組み合わせに戸惑いながらも一口味見をした。
「あれ、意外に美味しい……」
「でしょ!? お店の人もおすすめしていたの!!」
俺の感想に大喜びするそら。お前が買ったの確かだが、作ったのはお前じゃないだろ。
「程よい塩気とたっぷり脂がのった焼きサバに、トマトとオニオンの爽やかさ。そして、パリッと焼かれた風味豊かなフランスパン。どれもがバランスよくアピールして、食感も風味も邪魔されていない。これはなかなかの美味しさだぜ」
味にうるさい武士も焼きサバパンは高評価のようだ。勿論、俺も。
「ミミさま、パン屑が顔についてますわ」
「うにゃー」
パン屑と野菜屑をボロボロこぼしながら食べるミミ。顔についたパン屑を紙ナプキンで拭き取る妙。その姿は、どこか本当の親子に見える。
「ところで大和くん、デュタくんがなかなか見つからないけどこれからどうするの?」
「分かれて探しても見つからなかったからな、今度は五人一緒に探すというのはどうだ」
正直、二手に分かれて見つからなかったのだから、それ以外に選択肢がない。だからこそ、今日中に見つけなければ。
「うにゃあにゃあにゃあ!!」
「大和さまがそういうのでしたら!!」
「そうだね、大和くん。一緒に探したら効率がいいかもしれないね」
「それしかないな」
俺を含めて五人とも満場一致だった。
「じゃあ、食事を済ませたら探していないところを探そうか」
コンクリート塀に腰掛けながら眺める風景、太陽光でキラキラと輝く海、海風に運ばれる潮の香り。
周りが観光客で少々騒がしいのが少し気になるが、外で和気藹々と食事をするのも悪くない。
俺たち5人は、さながらピクニック気分の昼食に大満足であった。