第2話 セカンド・インパクト(3)
「い、生きてて……良かった……」
あの後、俺は3人に袋叩きに遭った。殴られながらも弁明するものの、なかなか聞いてくれず、話を聞いてくれる頃には、俺は出来の悪いジャガイモのような顔になってしまった。
「大和さま、この子は隠し子なのでしょうか?」
「嘘をつく必要ないだろ。ていうか、なんで隠し子なんだよ」
猜疑の眼で見つめる妙に対して、俺は顔を摩りながら必死に弁明する。下手なことを言って、出来の悪いじゃが芋から地面に叩き付けられたトマトになるのだけは勘弁だ。
「世の中、変わった子がいるものだな。ネコ耳に、ネコの尻尾。まるで、アニメかゲームに出てくるようなキャラクターだぜ」
ネコ耳少女のネコ耳を撫でるように触る武士。気持ちがいいのか、初対面であるにもかかわらず、無警戒無抵抗の表情だ。
「それは俺も同じだ。最初はアニメのコスプレあたりだと思っていたのが、お……」
俺は、「お風呂に入った時に、直についていることに気付いた」と言おうとしたが、墓穴を掘ることになるので、これ以上言うのは止めた。
「ネコ耳に、ネコの尻尾……。大和くん……、この子ってもしかして……」
「なんだ?」
そらのことだから言いたいことは概ね想像ついたが、一応は聞いてみた。
「宇宙人じゃないの?」
「言うと思った」
俺は、呆れた口調で返答した。
「だって、ネコ耳やネコの尻尾を生やした女の子って、普通はいるの? 普通はいないでしょ? だから、普通に考えても駄目なの」
「まあ、そうだけど……・。だが、お前が『普通』って言葉を使ってもなあ……」
今回に限っていうのならまだしも、毎日毎日宇宙人とかUFOのことを言っているから、普通もへったくれもない。説得力ゼロだ。
「そうだよね、ネコ耳宇宙人ちゃん」
「うにゃあ!!」
笑い顔でこくりと返事をするネコ耳少女。
「やっぱりー、ネコ耳宇宙人ちゃんはネコ耳宇宙人ちゃんだよねー」
「言っていることが分からないから、適当なことを言っているだけだろ」
「ううん、私には分かるの。ネコ耳宇宙人ちゃんが言っていることを」
宇宙人のことはやたらと詳しいけど、流石に宇宙人の言葉が分かるはずがない。腐れ縁ではあるが、そらがここまで電波な人間だとは思わなかった。
「そんなに信じないんだったらネコ耳宇宙人ちゃんに何か言ってよ。私がそれを翻訳するから」
自信満々のそら。その自信はどこから来ている?
「じゃあ……、お前の名前はなんなんだ?」
「にゃーうにゃあにゃにゃんにゃにゃうにゃあん、うにゃにゃんにゃんにゃん」
例によって、意味不明な言葉。しかし、そらは違っていた。
「ミューナ・ミュスティール・スコティッシィって立派なお名前があるんだよね、ねえ、ミミちゃん」
「にゃにゃん!!にゃんにゃん、にゃーん!!」
大げさなリアクションで返事をするネコ耳少女。それに対して、そらは何事もなく会話している。
「とてもそういう風に言っているとは思えないが……。まあ、名前が無いのは困るから、ミミでいいか」
「どこか神秘的な響きで、とても素晴らしい名前ですわ!!」
「ミミちゃんか。ネコ耳宇宙人にはピッタリな名前だ」
全く、そらの不思議ワールドにはついていけない。そらの頭の中では、どのような思考回路が働いているのだろうか? 頭の中を見れるのなら一度見てみたいものだ。
「ところで、大和はミミちゃんの両親をどうやって探すんだ? 連絡先も分からないんだろ」
武士が最重要項目に話題を移す。俺としてもそちらの方が気が楽だ。
「そうだよなあ……、手がかりとなるようなものが殆どないからなあ……」
「そうだよねえ……」
六畳一間の安アパートの一室で俺を含めた三人は悶々としてしまう。
そんな中、突然にミミは髪飾りの一つを取り外す。近未来感を漂わせる大きくて丸い髪飾り、ミミはそれに刻まれた淵を沿うように指で触れる。すると、どのようなトリックが施されていたのだろうか、髪飾りは真ん中から割れたではないか。まさか、こんなギミックがあっただなんて。
「にゃーん、にゃあにゃ」
ミミは、俺たちが分からないネコ語で呟いた。
すると、先日出会った少年が見せた立体映像と同じものが現れたではないか。
ただし、映っているものはミミらしきネコ耳少女ではない。あの青髪の少年だ。全く同じ格好で。
「これはなんでしょうか? ネコ耳宇宙人の機械でしょうか?」
「馬鹿なこと言うな。東雲家電の作った試作品か何かだろ」
頭ごなしに妙の意見を否定したが、よくよく考えればおかしな話だった。いくらここ十数年で科学技術が急激に発展したとはいえ、いくらなんでも飛躍しすぎている部分がある。仮にトップシークレットであったとしても、今の技術で作れるかどうかは考え辛い。あの時、どうしてそれに気付かなかったのだろうか?
「これが家族なのか、ミミ」
「うにゃん!!」
そらに翻訳してもらう必要はなかった。どうやら、あの少年はミミの親族のようだ。
「うにゃあ、にゃあにゃあにゃにゃんにゃあ」
「名前はデュタだって」
本当にそれを言っているのかどうかはともかく、呼び名があるだけでも有難い。
「それにしても、見れば見るほどカッコいいな。アイドルだったら、女衆は確実に黄色い声を上げるぜ。かーっ、羨ましいぜ」
「うん、この人がアイドルだったら、私もサイン貰いたいなあ……」
男女問わず魅了するその美貌は、映像ではあるものの、色褪せない。本当にカッコいい人物というものは、実物ではなくともオーラを纏っているのかもしれない。
「あと、これだけは聞いておかないとな」
「一体何を?」
「ミミちゃんがどこから来たのかだ。住所と電話番号をさ」
「何を言っているのか分からないのに、調べられるのか? 俺はダメだったぞ」
「任してよ、私の翻訳に間違いないっての!!」
その翻訳が正しいか甚だ怪しいが、今はそれに頼るしかなかった。頼らなければ、二進も三進もいかない状況だからだ。
「ミミ、お前はどこから来たんだ? もしかして、宇宙とか言わないだろうな?」
宇宙人なんか存在しないとは思うが、一応、釘を刺しておいた。宇宙人の話題で話が脱線するのはもうこりごりだ。
「にゃんうにゃあにゃーにゃあにゃん」
「ミミちゃんが来た場所は『アル・ビシニアン』っていう場所らしいの」
「「アル・ビシニアン!?」」
それは一度たりとも聞いたことのない名称だった。
「大和さま、アル・ビシニアンって場所を聞いたことがあります?」
「知るわけがないじゃないか、最近出来た国なんじゃないのか?」
そうでも思わないと合点がいかなかった。それともミミは、不思議の国からでも遊びに来たとでもいうのだろうか? まさか、そんなわけがない。
「にゃにゃあにゃにゃにゃうにゃーん、うにゃんにゃんにゃー。にゃにゃにゃーんにゃあ」
「寝る前までは家にいたけど、目が覚めたらよく分からない場所にいたから大和に出会う前までは怖かったらしいの。お腹もとても減っていたの」
そらの通訳から明らかになっていくミミの経緯。そらが適当なことを言っている可能性もあるかもしれないが、状況から察するに間違ってはいないようだ。現に、昨日に作った即席料理をがっついていたのだから。
「こりゃあ、とんでもないものを拾ったもんだな」
「他人事みたいに言うなって」
それは俺も分かっている。これが学生一人で解決できる問題ではないことを。だけど、デュタという少年が警察を利用してはいけないとも言っていた。だから、下手に動くことも出来ない。
「う~ん、どうしたことやら……」
「そうだよねえ、大和くんのところにずっと預けておくのも危ないし」
「それ、どういう意味だよ。もしかして、俺が変なことでもするっていうのか?」
「うん」
即答だった。
「すっげー落ち込むわ、それ……」
「はははは、全然信用されていないな、大和」
「勿論、武士君もね」
即答だった。
「冗談だろ、そらちゃん……」
「でも、ミミちゃんをこのままにするのはいけないよね。これじゃあ、さっきみたいに人が来たら大変なことになっちゃうね」
「当たり前だけど、俺の家には女物の服なんてないぞ。ましてや、子供服なんて」
「大和さま、私が持ってきますわ。ミミちゃんにピッタリな服があると思いますわ」
「そうか、それはとても助かる」
「将来の旦那さまである大和さまの頼みなら、このぐらいは当然です」
そう言うと、妙は子供服を取りに部屋から出て行った。
「動きが早いねえ……」
「そう言えば、妙の実家ってどこなのだろうか? 取りに行くと言った以上は、近くにあるんかな?」
「いつか聞いてみないとね」
それから30分後。
妙は子供服が数通りほど入った紙袋を持って帰ってきた。そして、そらと妙はミミを連れて、洗面所で着替えを行った。
その間に、俺と武士はネコ耳少女のことを、インターネットで考える限りものを探していた。
「『ネコ耳」、『宇宙人』、『行方不明』っと……」
「検索に時間がかかんな。こんなオンボロノートPC、よく動くな」
「仕方ないだろ、1万円の格安PCだからさ。動けば、それで十分だ」
本心としては、最新モデルのノートPCが欲しかった。厚さ1cm以下、重量200kg以下、128テラバイト、一つ前のモデルとも通信速度も25%向上したの最上物が。
だが、現実は10年もの前の中古のノートPC。よくフリーズも起こすし、対応しないサイトや機能も多い。最低限使えるものがあれば十分だが、それでも苛立つ事もある。
「おっ、検索が終わっ……、また昔のアニメのサイトかよ……」
「宇宙人というだけあって、なかなか見つかるもんじゃねえな」
「一応、そらが好きそうなオカルト系のサイトも調べたけど、そんなものなかったし……」
まるで泥の中から砂金を掘り出す地道な作業。 これではいつ終わるか分からない。
「掲示板はどうだ? 何か収穫でもあったか?」
「こっちもサッパリ。アニメの見すぎだなんて書かれていた」
「ったく、おめーらはおめーらでオカルトの見すぎだっちゅーの。実際にネコ耳の生えた宇宙人がいるっていうのによお」
口汚い言葉ばかりが書かれている掲示板に向かって、武士は愚痴る。宇宙人だとは到底思えないが、ネコ耳の生えた少女がいるというのは本当なのに。
「それにしても、着替えだというのに随分と時間がかかるものだな」
「そりゃあ、俺たち野郎とは違って、適当じゃあいけないからな。男の着替えとは違うぜ」
「女って、面倒な生き物だな」
俺は検索候補の条件を『ネコ耳』、『宇宙人』、『人探し』で探す。しかし、それも警察の人探しのページにしか繋がらなかった。
「おい、そろそろなのか~」
「大和さま、ミミさまの着替えが終わりましたよ」
「きっと二人とも驚くと思うの!!」
「うにゃ!!」
そう言うと、3人は洗面所の扉を開けて現れた。
「どうでしょうか? 大和さまに、武士さま」
そのミミの姿は、ピッタリという言葉以外でないほどのコーディネートであった。
フリルが清潔感を醸し出す白いブラウスに、黒を基調とした洗練されたデザインのスカート、白いリボンがアクセントとなる黒いショートソックス、シンプルでありながらも他の衣装に負けない存在感を漂わせる黒いチョーカー。
白と黒が織り成す世界。御洒落をしっかり意識しながらも、ネコ耳やネコの尻尾がちゃんと隠れる見事なまでもの仕上がり。これなら、あまり怪しまれずに済む。
「これ、わたしのおさがりなんですけど……、お気に入りだったんです。どうですか?」
「驚いた……。妙って、料理やスポーツ以外にも出来るんだな」
昨日もそうだが、妙の多才ぶりには舌を巻く。どうしたら、ここまで完璧にこなすことが出来るんだ? 男ながら、完璧超人っぷりは羨ましいものがある。
「にゃにゃんにゃん!!」
「や、やめてください、ミミさま」
嬉しさのあまり、むにゅっと胸に飛びつくミミ。気恥ずかしいのか、それとも気持ちいいのか、妙は顔を紅潮させている。役得だな、ミミ。
「さて、準備も出来たことだし、そろそろ決めようぜ」
「何を決めるんだ、武士?」
「何をって? 二手に分かれてデュタを探すんだ」
そうだった、すっかり話が脱線していた。デュタを探すのことが目的だったんだ。だけど、わざわざ歩いて探す必要があるのか?
「探すのはいいけど、さっきみたいにネットで協力を求めるのはどうなんだ? 上手くいけば、一発で見つかるかもしれないぞ。手間が省けるじゃないか」
「止めた止めた、あんな連中はアテにならねーぜ。俺たちが見つけるからこそ価値がある、そうだろ?」
「警察に連絡するとかなんてのどうだ?」
「それは最後の手段だ」
「そうだね、私もそれに賛成なの。私たち5人で見つけるから意味があるんだよ」
「大和さまの意見でしたら、私は賛成しますわ」
「うにゃ!!」
満場一致で決定。これで今日の予定は、少年の捜索だ。
ただ、俺にも譲れないことが一つだけあった。
「じゃあ、俺と武士が海側を探す。そらと妙とミミが山側。それでいいな?」
「ちょっとちょっと、大和くん!? 勝手に決めないでよ」
「大和さま、わたしと一緒にいたくないのでしょうか?」
そらと妙が雪崩の如く反論をする。しかし、俺は異論を受け付けるつもりはない。
「まあまあ、落ち着けって。こういう風に分けたのには理由がある。俺はデュタという少年を見たことがあるから、ある程度の情報が分かっている。その一方で、お前はデュタ本人と出会ったことはないが、ミミと会話が出来る。だから、バランスよく探すのにはこれが一番。そう思うだろ、武士?」
「あっ、ああ……、俺もそれで構わないぜ」
突然意見を振られて動揺気味の武士だったが、しっかりと話を合わせてくれた。これでこその友人だ。
「なっ、武士もそう言っているんだし、それでいいじゃないか」
「う~ん、納得いかないけど仕方ないや」
「分かりましたわ……」
俺の意見にしょげるそらと妙。
「あと、もう一つ注意しておくことがある」
「「「「?」」」」
俺を含めた四人がきょとんとする。
「ミミがネコ耳とネコの尻尾を生やしていることを話さない」
「私たちの極秘事項というわけなのね」
「そういうこと。バレると面倒なことになりそうだからな」
当たり前ではあるが、事前にこういう事を決めておかないと後々厄介なことになる。特に、そらあたりからポロリと零れそうで怖いからな。ここで釘を刺しておいた方が得策だ。
「よし、大体のことを決めたことだし、そろそろ出かけますか」
俺は腰を上げ、安物のハンガーに掛けていた安物のベストを羽織った。
「ええ、ミミさまのためにわたしも頑張りますわ!!」
「ミミちゃん、今日一日一緒に探そうね」
「必ず見つけてやるからな!!」
各々に発せられる、気合付けの言葉。意味そのものを理解できているかどうかは知らないが、ミミにとってそれはとても喜ばしいものであることは理解できた。
「んにゃ!!」
ミミは、満面の笑みを浮かべた。